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■夏の日の想い出・男の子女の子(4)
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ローズ+リリーの12月21日富山公演は、青葉たちの学校の合唱軽音部に出演してもらった。『苗場行進曲』で、彼女たちに各々の楽器を持ったまま行進してもらう。またオープニングでは、青葉と七星さんのサックスをフィーチャーした『こきりこ』をロック調で演奏した。『こきりこ』は富山県の三大民謡(八尾の『おわら節』、五箇山の『こきりこ』『麦や節』)のひとつで、結構様々なアレンジで演奏されることも多い。
実は私は五箇山のすぐ近くの高山の生れなので、小さい頃から『こきりこ』と『麦や節』は聞いていたのである。今回マリには半日レッスンを受けさせている。
『雪を割る鈴』では、毎回様々な人に鈴割り役をお願いしていたのだが、この公演でもアクアにやってもらい、聴衆がてっきり女の子と思っているので、「一応男の子です」などと紹介すると「え〜〜!?」という反応が返ってきていた。
そういう訳でアクアのお披露目は、正式なデビューとなる12月29日の前に沖縄と富山で2度フライングで行ったことになる。合計約5000人の観客がアクアを見たことになるが、そこからネットでの噂で広がっておそらく数万人規模の人が
「近く物凄い美少年アイドルがデビューするらしい」
という情報をキャッチした状態でその日を迎えることになる。
千里もこの年の11-12月は忙しい時期を送っていた。修士論文はだいたい10月までにほぼ出来ていたのだが、11月は指導教官と話し合いながら最後の調整を掛け続け、中旬にはほぼOKをもらい、12月1日に提出した(最終版を製本して提出するのは3月)。
論文提出直前の11月29-30日には水戸市に関東総合選手権(オールジャパン関東予選)を見に行く。自身の40 minutesは東京予選で敗退して出られなかったものの、つい先日までオーナーをしていたローキューツが千葉県代表として出ていたので、それを冬子と一緒に見に行ったのだが、この会場で千里は準優勝となりオールジャパン出場を逃したS学園の篠原監督と遭遇した。
監督からは
「君のプレイを少し見せてくれ」
と言われて、大会が終わった後、千里は監督にスリーを撃つのを見せた。またS学園のエースの選手とマッチングの手合わせをした。
すると
「全く衰えてないね!」
と言われる。それで篠原さんが監督を務めるユニバーシアード代表の取り敢えず候補として招集するからよろしくと言われた。
12月13,21,23日には東京都クラブバスケット選手権があり、40 minutesは決勝戦で江戸娘に敗れたものの、2位で関東クラブバスケット選手権に進出した。
実は千里はその試合狭間の22日には貴司と『非結婚記念日デート』をしている。2012年12月22日に「結婚する予定だった」千里と貴司にとってはこの日は『非結婚2周年:綿婚式』で、お互いに練習用の靴下セットを贈っている。
貴司は「記念日なんだから、できない?」などと千里に言ったものの千里は
「結婚している男性とセックスなんてできません」
といつものセリフを言って『セックスは』拒否した。
ついでにやっと安定期に入って、散歩程度はできるようになった阿倍子さんのマタニティウェアを選ぶのに付き合い、カルシウム入り煎餅など、妊婦にお勧めのおやつなどを選んでお土産に持たせた。
「でも買物助かっているよ。まだとても重たい物なんて持たせられないし」
「まあサポートはしていくよ」
12月23日に東京都クラブバスケット選手権が終わった後は、ウィンターカップ見学のために出てきた旭川N高校女子バスケ部有志の子たちを宿泊している安ホテルに訪ねた。
「今年本当に惜しかったね」
と千里は声を掛ける。
「あと1歩だったんですけどねー」
と2年生の新キャプテン・志村美月(PF 174cm)が言う。
「いや、実力が足りなかったです。私があと2点取っていれば勝てたんだもん」
と1年生の福井英美(C 182cm)。
ウィンターカップ道予選で旭川N高校は札幌P高校と延長戦にもつれる死闘の末、1点差で負けている。
「インターハイに3年ぶりに出場できたから、この勢いでウィンターカップもと思ったんですけどね」
と3年生で受験目前であるにも関わらず出てきている横宮亜寿砂(SF 165cm)。
旭川N高校は2007年から2011年まで5年連続インターハイに出場、特に2008-2010年の3年間はウィンターカップにも出場したものの、2012-2013年は旭川L女子高の後塵を拝してインターハイにも出場できなかった。
しかし今年3年ぶりにインターハイに出場することができた。それは何といっても、1年生の福井英美の物凄さによる。彼女は今年のインターハイ道予選、ウィンターカップ道予選の得点女王・リバウンド女王である。今年のインターハイでもその実力を全国に見せつけ、U19代表候補としても招集されている。
今回出てきているのは、宇田先生・南野コーチと選手10人で、3年の亜寿砂以外の9人は恐らく来年のインターハイの主力になる子たちだろうと千里は思った。今回は大会に出場する訳ではないので、交通費・宿泊費自費だったのだが、実は千里が交通費だけは負担してあげた。それで貧乏なので行けないと言っていた1年生の三井秋枝(PG 154cm)も来ることができたのである。(秋枝に関しては実は宇田先生が他の部員には内緒で個人的に宿泊費も出してあげたらしい)
今回は、合宿とかではないのだが、レベルの高い試合を見て
「私たちも少し汗を流したい」
という声が出たようである。
それであちこち問い合わせてみると、横浜市郊外の公共体育館が25-26日の2日間、午後なら空いていることが分かり、試合を見た後、そちらに移動して練習をしていた。
これには東京周辺に居るN高校OGに声を掛けて、結局、千里、暢子、夏恋、川南、雪子、薫、揚羽、紫、ソフィア、それに横田倫代、徳宮カスミ、瀬内鮎美といった面々が参加した。
「OGの方が多い!」
「まあ若い人はみな1.2倍くらい頑張るということで」
それで最初に練習試合をするとOG組が現役組を圧倒する。マッチングした千里に完璧に封じられて1点もあげられなかった福井英美は試合後、顔面蒼白であった。彼女にとっては物凄く良い経験になったようである。
「これはこのまま地獄の合宿に移行かな」
と宇田先生が言うと
「ひぇーっ」
という声があがっていた。
12月29日。AYAのゆみは、妹の遠上笑美子と一緒に、この6月に亡くなった養父(笑美子の実父)の墓参りをした。そのお墓にゆみのマネージャー井深圭子が来ていた。
「私、この業界のことよく分からないし、至らないこと多いと思いますけど、頑張りますから、私と一緒にまた歌手活動しませんか?」
と井深は言った。
「そうだね。また少し頑張ろうかな」
とゆみが微笑んで言うと、井深は
「張り切って営業して取ってきました」
と言ってAYAスケジュール予定という紙を見せてくれる。
「何これ〜〜〜!?」
とゆみは悲鳴をあげた。
その日の夕方、ゆみは井深と一緒に$$アーツに行き、前橋社長に深々と頭を下げて、この半年ほどのわがままを陳謝した。
「じゃ、また頑張る?」
「はい。頑張りますが、少し手加減してもらえると」
「そんなにきついんだっけ?」
「圭子ちゃんが頑張って営業してくれたらしくて」
「ん?」
それで井深からスケジュール表を見せられた前橋は吹き出した。
「まあ、この後はもう少しゆるりとしたスケジュールを入れることにしても、お正月はこのペースで頑張ろうよ」
と前橋は言い、ゆみも
「分かりました。ではスケジュールの入っている分は頑張ります」
と答えた。
ゆみは前橋社長に、今は打ち込み全盛の時代だけど、だからこそ逆に自分は生バンドと一緒に演奏活動をしたいと言ってみた。
前橋さんはしばらく考えていたようだが
「君がそうしたいというなら、それでもいいよ」
と答えた。
それでポーラースターのリーダー、杉山さんを呼び出し、前橋・ゆみ・杉山の三者会談をした結果、ゆみがポーラースターを雇う形にして、ゆみから毎月ポーラースターのメンツに1人30万円(暫定金額)の給料を払うことにした(振込や源泉徴収などの事務手続きは$$アーツ側でやり、事務手数料をゆみが払う)。
「でも杉山君、今ポーラースターのメンツって何人くらい稼働可能なの?」
と前橋社長が尋ねる。
「実は残っているのは僕とサックスの神原君だけなんだよ。他の3人は辞意を表明して他の仕事に就いている」
「わっ」
「ベースの諸添君は佐川急便で働いているんだけど、こないだ、もしかしたらポーラースター復活するかもと言ったら『やるやる』と言って、1月いっぱいで向こうを退職することになった。だから2月から稼働できる」
「わぁぁ。だったら万一私が復活しないことになったら大変だったのね」
「まあ、ゆみちゃんはゆみちゃんなりの、責任があるよ」
と杉山さんが言うと、ゆみは
「この半年間、申し訳ありませんでした」
と杉山さんに謝った。
「ドラムスの増川とキーボードの所沢は各々今やっている仕事が簡単には辞められない状況みたいだし、あいつらこの半年全く練習もしてなかったらしい。だから、ドラムスとキーボードは補充が必要」
「それ、誰かある程度の技術のある人を探してみようかね」
と前橋社長が言ったのだが、ゆみはある人のことを思い出した。
「キーボードは心当たりがあります」
とゆみが言う。
「ほほお」
「どういう人?」
「チェリーツインの『臨時雇い』状態らしいんですよ。言えばスカウトできると思います」
「臨時雇い?」
「元ラッキーブロッサムのMonkeyさんなんですが」
「おぉ!」
「彼なら技術的には全く問題無い」
と言ってから、前橋さんは心配そうに言った。
「彼ほどの人なら月30万では無理では?」
ラッキーブロッサム時代は恐らく年収が1000万円を越えていたはずである。
「チェリーツインは寝る所と食事と、牛乳の配達と雪下ろしの仕事付きで月10万円らしいですから、引き抜けると思いますよ」
「牛乳の配達か!」
ゆみはもうひとつ、バンドメンバーの収入を確保するため、現在ほとんどの曲を上島先生に書いてもらっているのを、カップリング曲については、ポーラースター名義で出さないかというのを提案した。
「それは可能だと思う。上島さんは明らかにオーバーワークで、どうしても楽曲の品質にばらつきがある。ここだけの話」
と前橋社長は言った。
「でもポーラースターで書ける?」
「杉山さんには一度アルバムの曲を書いて頂きました」
「去年も一つ作ったけど、他で数が揃ってしまったから使わなかったね」
「その曲の譜面出る?」
「この事務所の資料庫にも入れていたはずです。たぶんすぐコピーできます」
と言って席を立とうとするが、前橋さんは彼に「ちょっと待って」と言った。
「ゆみちゃん、こないだ北海道に行っていた間に随分詩を書いたとか言っていたね」
と前橋さんが言う。
「ああ。はい」
「だったら、ゆみちゃん作詞、杉山君なり神原君の作曲、ポーラースター編曲といった線はどうだろう?」
「あ、その方がセールスが見込めると思います。ゆみちゃんもいい年の女性になったから、このくらいの年齢のアーティストが詩を書くのはありだと思いますよ」
と杉山さんが言った。
「いい年の男性にならなくて良かった」
「ゆみちゃん、男の子になりたかった?」
「結構なりたかったですよ。まあ女も悪くないかなと今は思っているけど」
「じゃ、その件、上島先生の所に相談しに行こう」
と前橋社長は言った。
「いつ行きます?」
「今から」
「わっ」
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