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■夏の日の想い出・南へ北へ(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-12-11
「ね、ね、青葉にさ、少し織絵のヒーリングしてもらえないかな?」
と政子が言い出す。
その時、龍虎がドキッとしたような顔をしたので何だろう?と私は思った。龍虎も青葉に会ったことがあるのだろうか?
「あの子、何だか忙しいみたいだよ。北海道まで来る余裕があるかな」
と私は心配したが
「私が電話してみる」
と言って千里が青葉に電話してみたのだが、どうも電源を切っているようである。
「ちょっと桃香に言って、桃香から連絡してもらおう」
と言い、千里は結局桃香に連絡していた。
お昼を食べた後、掃除を続けるが、織絵と政子は再び外出させた。また玲羅はゴミの一部を車で処理場に運んでいき、ゴミの袋が随分減った。そしてお掃除は午後5時頃になって、何とか6畳の方も物が片付き、電気カーペットを敷ける状態になった。それを敷くと思わずパチパチと拍手が起きた。
「でもまだゴミか何か判然としない物体群をかなり台所に押し出した」
と千里。
「そのあたりはまた追って整理します」
と玲羅。
「うん、よろしく」
しかし処理場に随分運んだのに、まだゴミの袋が15個もある!
「このゴミ一度に出したら顰蹙だから、3−4回に分けて出そう」
「その間に更にゴミの袋が出来たりして」
「うむむ」
5時半頃、政子から
「お腹空いた。昨日はジンギスカンだったから、今日は蟹を食べたい」
などという連絡が入る。
「じゃみんなで食べに行こうか」
「お片付けの方は後は暮らしながら掃除するということで」
「努力します」
「じゃ、あとはよろしく〜」
ということで、玲羅がお勧めの蟹料理店に予約の電話を入れ、そちらに行くことにする。政子たちには現地に直接行ってもらい、こちらは玲羅のセフィーロに4人乗ってそのお店に向かった。
政子たちが戻って来るということで、今夜中に東京に戻ることになることがほぼ確定したので、私は帰りの航空券の手配を、蟹料理店への道すがら、スマホから行った。
ANAのサイトにログインした上で搭乗者の名前を入れていく。
カラモト・フユコ 23歳・女
ナカタ・マサコ 23歳・女
ムラヤマ・チサト 23歳・女
タシロ・リュウコ 13歳・女
と入力する。それで確認ボタンを押そうとした時、待て、龍虎は男の子だということに気づく。それで性別を修正しようと思ったのだが・・・
よく考えてみると、今日の龍虎はスカート穿いているし、そもそもスカートを穿いていなくても女の子にしか見えないし!ここで性別男の航空券を作ってしまうと、かえってトラブルになる気がした。
じゃ女の子ということにしちゃおう!と私は思い、そのまま予約を確定させた。
お店に着き、予約の名前を言うと、個室に案内されるが、私たちが着いてから少しして、政子たちも到着した。
「どこ行ってきたの?」
「小樽(おたる)の先のね。名前の読み方が難しいんだよ。忍者の忍(にん)に道路の路(ろ)と書くんだけど、何て読むと思う?」
と政子が言うと
「おしょろ」
と千里・玲羅・私がほぼ同時に言った。
「なんで読めるの〜?」
「北海道の人なら、普通に読める地名」
「冬はどうして読めるの?」
「忍路(おしょろ)はたまたま知ってた」
「でも随分遠くまで行ったね!」
「あそこの景色はきれいなので有名だよ」
と千里が言う。
「最初モエレ山って所が夕日きれいだと聞いたのよね。それでモエレ山なんて言うから凄い山の上かと思ったら、池の中だし」
「あそこは池の中に山がある」
「標高62mだったかな」
「まあ大阪の天保山よりはずっと山らしい」
「あれって凄くきれいな形だったけど、スコリア丘?」
と織絵が訊くが
「人工的に造成したもの」
と千里は答える。
「なんだ!」
「札幌の町から出た不燃ゴミを積み上げて造成したんだよ」
「あれはゴミの塊なのか!」
「10万年後には全て自然のものに還ってるかもね」
「あそこ、丘珠空港に発着する飛行機が見えるから、結構いいショットが撮れる時もあるんですけどね」
と玲羅が言っている。
「うんうん。飛行機は見た」
「でももう少しへんぴな所がいいよね、と言っていたら、小樽の先に夕日のきれいな所があるよって、近くに居たおばちゃんが教えてくれて」
「へー!」
「その人に乗ってもらって往復した」
「わあ、そこまでしてもらって良かったのかな」
「その忍路(おしょろ)の出身の人なんだって。だから帰省を兼ねてと言ってた。で、現地でその人のお父さんが軽トラの荷台に乗せてくれて、こっちがきれいだよと言われて、忍路漁港の端の方まで連れて行ってもらった」
「へー!」
「あの道は軽トラでないと辛かったね」
「うん。スカイラインの車体サイズと私の運転の腕だと通るの辛かったと思う」
「教えてもらったお礼に、蟹食べていきませんか?と誘ったけど、甲殻類が苦手なんだって」
「あらら」
「それで午前中に真珠のネックレス買った時にもらった商品券1万円分とローズ+リリーのサイン、押しつけてきた」
「ちょうどいいもの持ってたね」
「でも凄くきれいだったよ」
「感動した」
と2人は言っている。
「それでこれ書いたから曲付けて」
と政子が詩を書いた紙を渡す。
「3篇ある」
「1つ目はモエレ山で書いたの」
「『夕日が落ちる、飛行機落ちる』って何これ?」
「飛行機の離着陸見たし。夕日は予定稿」
「夕日が落ちるはいいけど、飛行機落ちるはまずいよ」
「そうかな?」
「あと2つは忍路(おしょろ)で書いたもの」
「こちらはまともだ」
全員到着したので、料理を持って来てもらう。蟹の脚入れは最初2個置いてあったのだが、すぐにお店の人が政子専用のをもう1つ置いてくれた。
ここでも龍虎は
「北海道の蟹、凄く美味しいですね!」
と言ってニコニコしながら食べていた。この子は食べている時の様子が本当に気持ちいい。
蟹のお寿司、蟹のセイロ蒸し、蟹の天麩羅、蟹の茶碗蒸しなど蟹の料理に加えて蟹脚食べ放題というコースを頼んでいたのだが、その蟹脚の消費量が物凄いので、お店の人が結構焦っている感じだった。私は6人分では気の毒だから8人分払いますとお店の人に言ったが
「お心遣いは無用です。ちゃんと6人分のお値段で提供しますよ。でも見ていて気持ちいいですね。本当に美味しそうに頂いておられるし」
と店長さんはニコニコして言っていた。
「じゃこのお料理の写真撮って、うちのブログに載せていいですか?」
「タレントさんか何かでしたっけ?」
「歌手です。ローズ+リリーというのをやってまして」
「あなた方がローズ+リリーさんですか!はいぜひ載せてください」
と言った後で、店長は
「もし良かったらサインとか頂けますか?」
というので、店長さんが持って来た色紙に私と政子でサインを書いて渡した。
食事中に、私はトイレに行くような振りをして席を立ち、いったんお店の外に出ると、麻央に電話をした。
「ちょっと頼まれてくれないかなと思って。バイト代出すから」
「おお、やるやる。どんな仕事?」
「ちょっとひとり尾行して欲しいんだよね」
「彼氏が浮気してないかの調査?」
「尾行するのは女の子」
「ふむふむ」
「物凄いロングヘアの子だから見ればすぐ分かると思う」
「彼氏の浮気相手?」
「そういうのではないんだけどね」
「まあいいや。あまり予断は持たない方が良さそうだし」
「今札幌に来てて、最終便で羽田に戻る予定なんだけど、私たちと一緒に羽田に着いた後、たぶん千葉に戻ると思う。そのあと1週間くらい昼間の行動をチェックしてもらえると嬉しい」
「じゃ、トシとふたりでやろうかな」
「うん。それでもいい」
「車あった方がいい?」
「多分あった方がいい。向こうもインプ乗りだから」
「おおっ、それはすごい」
佐野君の車もインプレッサである。千里は赤いインプレッサに乗っているが、佐野君のは青いインプレッサだ。
「ガソリン代とか高速代とか掛かると思うし、取り敢えず20万くらい麻央の口座に振り込むから口座番号教えて」
「分かった」
「今日は日曜だから、明日の朝9時以降に引き出せると思う」
「了解」
私が席に戻ると、今青葉から連絡があったよということだった。一週間ほど学校を休んで札幌に来て、織絵のヒーリングをしてくれるということであった。
「でも一週間滞在するなら、どこに泊めるの?」
「あの部屋かな」
「布団敷ける?」
「無理〜」
「まあホテル取ってもいいし」
蟹料理屋さんを出た後は、玲羅と織絵をセフィーロで返し、私たち4人はスカイラインを運転して新千歳まで行く。そこで車を返却し、羽田行きの最終に搭乗する。ここの空港のトイレでまたまた龍虎は「君、こちらは男子トイレ、女子トイレはそっち」とやられていた。
「あの子、もしかして男の子になりたい女の子?男子トイレを使いたがってる?」
と政子が訊くが
「間違えたんでしょ。近眼みたいだし」
と私がいうと
「ああ、目が悪いのか!」
と納得しているようであった。
23:10に羽田に到着。私は到着したというのを麻央にメールで送った。到着口のところで麻央と視線を交わす。私は龍虎にタクシーチケットを渡し、タクシーに乗せて自宅に送り届けた。
政子は最後までアクアのことを女の子だと思っていたようである。
ところで龍虎がタクシーで帰った後
「あっ」
と千里が言うので何かと思ったら、龍虎が最初穿いていたスリムジーンズを入れた紙袋が手元に残っているというのである。
「ということは龍虎はスカート姿のまま帰宅することになるな」
と私。
「今更という気がするよ」
と千里。
私と千里が頷きあっていると、政子は何だろう?という感じで見ていた。ジーンズは次会った時返すと千里が言っていた。
私と政子は京急で品川まで出て山手線で恵比寿に帰還することにする。千里は空港連絡バスで千葉に戻ると言っていたので、ここで別れた。
青葉は月曜日に札幌に行き、織絵のヒーリングをしてくれたようである。織絵は毎日レポートを入れていたが、どうも玲羅と意気投合したようだ。
月曜日のお昼頃、唐突に鮎川ゆまがやってきて『ファイト!白雪姫』という曲のスコアとCubaseのデータを渡し、
「これ今作っているローズ+リリーのアルバムに入れて」
と言った。
聴いてみると物凄く品質の高い、そして格好いい曲である。
「この作品のサックス、ゆまが吹く?」
「それはナナ(七星さん)に任せた」
ゆまは政子に「男らしい」「格好いい」と褒められたのに気を良くして、
「ちんちん見せてあげるよ」
などと言って下着を脱いで、装着している《おちんちん》を見せていた。
「すっごーい」
「おちんちんってあると便利なんだよ。でもマリちゃんだって、ケイの付けおちんちんはいつも触ってたでしょ?」
「ケイはちんちん付けてみてと言っても付けてくれないんですよー。高校生時代に生のおちんちんには触ったけど」
「それが付けおちんちんだよ。だって私がケイと知り合ったのは、ケイが中学生の時だけど、その時、既にケイにはおちんちん無かったもん。お風呂にも何度か一緒に入っているから間違いない」
「そうだったのか!やはりあれは偽物だったのか。凄い情報を知ってしまった」
私はもう反論せずに苦笑していた。
その日の夕方には、千里の友人瀬戸睦子さんがマンションに来訪した。織絵の預金通帳とキャッシュカードを持って来てくれたのである。
口座を作るのはいいとしてキャッシュカードは郵送しかできないと銀行が言うのを、今引越作業の途中なので、郵送では受け取れないと主張して、何とかその場でキャッシュカードまで発行してもらうことができたということであった。
「まあ1時間ほど副支店長さんとやりとりはありましたけどね」
「お疲れ様!」
瀬戸さんの交通費・宿泊費に手間賃は織絵から受け取ったということだった。私はお土産代とおやつ代にと言って1万円渡した。彼女もありがたく受け取っておくと言っていた。織絵の通帳とカードはマンション内の金庫に納めたが、残高は1700万円であった。
この日、私は麻央からは何度か千里の尾行に関する経過報告を受けたのだが、何だか物凄く大変そうだった。
「あの人、いつ寝てるんでしょうかね?」
「うん。あの子はそれが謎なんだよ」
「実はアンドロイドか宇宙人ってことは?」
「ああ、そういう疑惑は昔からある」
21日(火)。
朝6時前に私は電話で起こされた。見ると静花(松原珠妃)である。
「おはようございます。静花さん」
「おっはよー。ね、冬、今名古屋かどこか?」
「東京ですけど」
「ストリップ劇場かどこか?」
なぜそんな所にいなければならぬ?
「こんな時間にストリップは開いてないと思いますが。自宅マンションですよ」
「だったら暇だよね?」
「忙しいです。今日中にスコア2本完成させないといけない」
「じゃ7時までに浜松町まで来て」
「忙しいんですけど!?」
しかし浜松町ということは、恐らく羽田に行くということなのだろうか。
「だから、一緒に南の島まで来て欲しいのよね。明日には解放するからさ。スコアなんて機内で書けばいいじゃん」
「機内じゃ楽器が使えませんよ!」
「じゃ待ってるからよろしくね〜」
というので静花は電話を切ってしまった。
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