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■夏の日の想い出・南へ北へ(3)

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「そういえば、もう出がけだったから連れてきちゃったけど、龍虎ちゃんの用事は何だったんだっけ?」
と私は訊いた。
 
龍虎をこの場に置いておいたら、どうも教育に良くないと私は判断した。
 
「私のお披露目の企画書が出来たらしいんですよ。それでケイ先生の意見を聞きたいと言われて」
と龍虎。
 
「じゃ、そちらで聞こうか」
と言って、私は龍虎を連れて前方の席に移動することにする。
 
「あ、よかったら醍醐先生もいいですか?実はケイ先生のあと、醍醐先生の所にもお伺いするつもりでした」
 
「OKOK」
 
結局3人で前の席に移った。私と千里が抜けると、後のメンツの会話はどんどん暴走していきそうだ。
 
龍虎をコーパイ席の真後ろの席(離陸の時にも座っていた席)に座らせ、それをはさむように、私はその後ろの席、千里はコーパイ席に座った。千里は何かを確かめるかのように計器を見て頷いたりしている。その様子を見て
 
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「村山さんでしたっけ?コーパイ席に座られたことあります?」
とパイロットの森村さんが訊いたが
 
「550とあまり変わらないなと思って」
などと千里が言う。
 
「ええ。G650はG550の改良型なので。大きな違いは後退角が大きくなって浮力が大きいことと、このコックピットパネルが少し小さくなっていることで」と森村さんは説明している。他にも色々森村さんが説明するのを千里は頷きながら聞いている。更に幾つか専門用語を交えて質問して、その質問に森村さんはむしろ感心したように答えていた。
 

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龍虎が企画書のコピーをリュックから取り出し、私と千里に1枚ずつ渡す。私も千里もそれを少し読んでいく。
 
「なるほど。アクアの名前の命名者は映画監督の荻田美佐子さんにするのか」
「アルトお姉さんの女子高の先輩らしいです。私はお会いしたことないのですが」
「へー。そういう縁があったのか」
 
“アクア”という名前を付けたのは、彼の父親代わりでもある上島先生なのだが、アクアの身元については成人する頃までは隠しておきたいという意向があり、直接実父=高岡猛獅さん(2003年死去)と関わりのある人物をあまり表に出さないようにしようというのが、上島先生・親権者の長野支香・紅川社長・加藤課長、そして里親の田代夫妻で話し合った結論なのである。それで上島先生の代わりに「名付け親の代理」をしてくれる人というので、荻田監督に白羽の矢が立ったということであった。TV番組の中で荻田監督がアクアと命名するシナリオにするらしい。
 
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しかし龍虎は「アルトお姉さん」と言っている。上島先生のことは「上島のおじさん」と言っているから、それなら「アルトおばさん」でも良さそうだが、「おばさん」と言って叱られて「お姉さん」にしたのか?
 
「でもその番組の企画が微妙に嫌なんですけど」
と龍虎が言うので、ん?と思い、企画書を読み進める。
 
私と千里がほぼ同時に吹き出した。
 
「こんな番組作るんだ!」
「ローズクォーツの『Rose Quarts Plays Sex Change −性転換ノススメ』が大ヒットしちゃった影響らしいです」
 
「あれはあんなに売れるとは思わなかったよ」
と私は言う。
 
「龍ちゃん、もしかしてあのCDのキャンペーンに参加したりしてない?」
と千里が意味ありげに尋ねる。
 
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「実は友達に騙されて一緒に見に行きました」
「ああ・・・」
 
そのローズクォーツのCD発売にあたって、非公開の“顔出し・水着版PV”の上映と、性転換に関するトークを含むキャンペーンを全国10ヶ所で行って、かなり生々しい性転換手術の実際の様子なども公開した(会場ではかなり悲鳴があがっていた)。本来は18歳未満は入場禁止だったのだが、当事者のみ高校生でも可ということにした。もっとも龍虎はまだ中学生である。
 
「高校生のふりして参加したの?」
と私が訊くと
「友達がボクを連れてって、ふたりともFTMの高校生ですーっと言って」
と龍虎が言う。
「まああれは世間的には高校生以上という建前にしたけど、実際には本当に当事者っぽかったら、中学生くらいまでは黙認で入れたみたいね」
と千里がコメントする。
 
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「取り敢えず龍虎ちゃんはFTMには見えた訳か」
「MTFだと主張しても絶対信じてもらえないからと言って。でも別にボクMTFでもなくて、ふつうの男の子なんですけど」
 
「そうね、普通の男の子ね」
と言って私は笑いを噛み殺すのに苦労した。
 
「性転換手術の様子を納めたDVDとかも見た?」
「自由にお取り下さいになっていたのですよね?ボクは別に見たくもなかったんですが、一緒に行った友達が見てみようよと言って、帰ってから友達数人で見ました」
 
「どうだった?」
「きゃー!とか悲鳴あげながら最後まで見ました。でもまるで手品みたい。男の人の形が、きれいに女の人の形に作り変えられていくんだもん」
 
「みんな何か言ってた?」
「これボクの身体で実験してみようという声も出てましたが、麻酔薬が手に入らないから取り敢えず保留と言われました」
「どこまで冗談か分からない話だ」
 
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「でもあの男性→女性の改造法は、多くの外科医がここ50年ほど色々と試行錯誤をしたあげく辿り着いた技法なんだよね。でも今後もまだ改良されていくかも知れない」
 
「性的に興奮した時にちゃんと湿潤するヴァギナなんてのは、ごく最近開発された手法だもんね」
 
「そうそう。多分私や千里たちの世代がその走りくらいじゃない?」
と私は半ば誘導尋問的に尋ねる。千里は
 
「そうそう。あれは多分2005-2006年頃から出てきた手法」
と言って平気で返してくる。
 
私たちは意味ありげに視線を交換した。
 

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私は2011年4月、千里は2012年7月に性転換手術を受けたというのがお互いの「公式見解」だが、誰もそれを信じてくれない!私の性転換手術の時期については、多くのファンが2009年のローズ+リリー休養中だろうと思っているようだし、2007年にKARIONでデビューする前と思っている人もある。千里の性転換時期も、様々な状況証拠から、少なくとも2006年夏以前であることは間違い無い。
 
もっともふたりとも周囲からは「小学生の内に性転換したんでしょ?」とよく言われている。
 
和実は「冬子も千里も骨格が女の子だから、思春期前に性転換したのは確実」と言うが、実際にはクロスロードの仲間で最も女らしい体つきをしているのが和実である。小学4年生の時に自分で睾丸の機能を停めたと言っている青葉よりも女らしい体つきをしている。
 
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それで本題に戻るのだが、その龍虎が「これ嫌ですー」と言った番組の企画が『性転の伝説Special』というもので、男性のタレントさんを10人か20人ほど女装させて、その美しさを競うという何とも昭和の香りさえ漂うものなのである。
 
「出演依頼予定者が、ウドゥン・フォーの本騨真樹、ハイライトセブンスターズのヒロシ、レインボウ・フルート・バンズのキャロル、ハルラノの慎也(優勝予定)、ローズクォーツのヤス?」
 
「ハルラノの慎也が優勝予定なのか!?」
「ジョークがきついなあ」
「あの人、どんなメイクの達人に女装させられても女に見えない気がする」
「それが何か秘密があるらしいです。プロデューサーさんから聞いたのですが」
「ほほぉ・・・」
「この話、おおっぴらには話して欲しくないけど、関係者には話してもいいと言われました」
「なるほどー」
 
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実際私はプロデューサーから聞いた話を安易に話すのはどうかと一瞬思ったのだが、噂を立ててもいいということであれば問題無い。
 
「キャロルも無理があるね」
と私が言うと
 
「キャロルは断ると思う」
と千里が言う。
 
「だよねー」
「ポールなら笑って女装してくれるかも知れないけど」
「ああ、あの子はジョークが分かる」
 
レインボウ・フルート・バンズはメンバーが全員セクマイというバンドであるがキャロルは純粋なゲイで、どちらかというとハードゲイっぽい、物凄く男らしい人である。女なんてこの世から居なくなればいい、などという発言もあった。彼の女装というのは想像が付かない。彼のイメージ戦略にも合わない。一方、ポールは元々が「男装者」で、女装者のアリスとともに「オチ」担当なので、女装を披露してくれる可能性はある。実際彼がまだ女子中学生をしてた頃のセーラー服姿が週刊誌に載ったこともある(男の子が罰ゲームでセーラー服を着せられたようにしか見えなかった)。ただ彼は肉体的には女性であっても普段の格好はどこをどう見ても男性なので、今更女装させても男にしか見えない気がした。もっともバストはまだ除去してないらしいので、女を捨てたおばちゃん程度には見えるかも知れない。
 
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「ローズクォーツのヤスってのは何故だろう?さんざんタカ子ちゃんキャラで売ってるタカなら分かるけど」
 
「それは女装者を今更女装させても無意味だからだと思うよ」
「うーん。。。。タカ子ちゃんは本人がああいうキャラと思われてる気もするね」
「するする。もう後戻りできない」
と言って千里は笑っている。
 
「サトは雨宮先生の命令で女装で歩いていて職務質問されたらしいね」
「サトが女装できるなら朝青龍だって女装できそう」
「まあ無理がありすぎるよね」
 
サトは元自衛官だし、スポーツ選手かと思うほどのがっしりした肉体の持ち主である。テレビ局で「どこの球団の選手でしたっけ?新人さん?」と阪神の藤川球児選手に訊かれたことがあるらしい。
 
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「それで龍虎も女装させられちゃうんだ!」
「ボク、女装なんて嫌なのに」
「まあ芸能界って、可愛い男の子見たら女装させちゃう所だよ」
と私は言う。
 
「ウドゥン・フォーの本騨君もだけど、大林君もよく女装させられてる」
「ああ、させられてる。彼も結構美人になる」
「他の2人の女装は、あまり見たくない感じ」
「見たことあるけど、私もそう思った」
 
「龍ちゃん、映画とか撮る時に監督から女装してと言われたら女装しなきゃいけないし、これは割り切るしかないと思うよ」
と千里は龍虎に言う。
 
「そうですねー。仕方ないか」
と龍虎は言っているが、実際問題として今彼が着ている服は上下ともどう見ても女物である!
 
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夏の日の想い出・南へ北へ(3)

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