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■夏の日の想い出・南へ北へ(8)
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目次 8
時間索引 #
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翌19日(日)はホテルで一緒に朝御飯を食べてから、玲羅のアパートに行き、まずは部屋の掃除をすることにした!
ここで政子は戦力外というか、むしろ邪魔なので織絵の気分転換も兼ねてドライブでもしておいで、と言って送り出した。この時期、政子は自動車学校に通っていたが、先週仮免試験に2回続けて落ちて、今週再挑戦という状態でまだ路上練習も出来ないのだが、織絵は免許を持っているということだったので、スカイラインの鍵を織絵に預けた。
そして、私と千里、玲羅、龍虎というメンツでお掃除をする!
「龍ちゃん、ごめんね。こんなの手伝わせて」
と千里。
「いえ。ボクもよく部屋を散らかしてると言われてお片付けしてます」
と龍虎。
「部屋って散らかるよねー」
と玲羅。
「いや、これはさすがに散らかりすぎ」
と千里。
「でも昨日来た時より少し片付いている気がする」
と私は言う。
「さすがに酷すぎると思って、昨夜頑張って掃除しました」
「それは大変だったね!」
「それでゴミがあれだけ出ちゃったんですよ」
「なるほどー」
仕分けされたゴミの袋がいくつも台所の隅に置かれている。
「それ不燃ゴミとかは回収日まで時間あるし、あとで車で処理場まで持っていこうか。お金はかかるけど」
「ああ、それでもいいか」
「でも布団買って来なくちゃね」
と私が言う。
「私行ってきます」
と玲羅が言い、車で出かける。玲羅の車は何だかあちこち凹んだり傷付いたりしているセフィーロ・ワゴンである。色は上品なゴールドだ。
「これかなり昔のモデルだね」
と私は言った。
「1997年型ですよ。1万円で買ったんです。傷も半分は元々なんですよ」
と玲羅。
「1万円は凄い!」
と私。
「動かなかったのを、私の友達に整備してもらったら動くようになった」
と千里。
「でも大きな車だから、これなら布団とか充分乗りそうだね」
「ええ。でも1度には無理かも知れないから、2往復します」
それで玲羅は出かけるが、何かメモを持っているので、それ何?と聞くと、織絵から頼まれた買物メモと政子から!?頼まれた買物メモらしい。
「お疲れ様!」
それで私は彼女に念のため5万円渡しておいた。玲羅は結局3往復した。1度目が敷き布団とマットレス、2度目が毛布2枚と掛け布団、枕やシーツ、3度目が織絵と政子の買物メモであった。
昨夜玲羅が頑張って片付けたということで、奥の4畳半の部屋はかなりすっきりしていたので、そちらに電気カーペットを敷いた。そして6畳の部屋の掃除をしていく。基本的には奥の四畳半に織絵を寝せて、6畳の方に玲羅が寝るというのでいいだろうと千里は言っていた。
「でも真新しいタンスとか衣装ケースとか本棚とかあるね」
と私。
「こないだ私が来た時、あまり散らかってるからと思って買ってあげたんだよ」
と千里。
「なるほどー」
「でもそれを使わずに散らかしてたんです。昨夜頑張ってだいぶ収納しました」
と玲羅。
「本は今日の午前中だけでも随分本棚に収納したね」
お昼になるので玲羅が(千里に頼まれて)3回目の買物の時に買ってきてくれたお総菜でお昼にしようとしていたら、政子から
「お腹空いてきたから、いったん戻る」
という連絡が入る。
「政子が戻るなら、食料が足りない!」
「ピザでも頼もう!」
ということで千里がピザの宅配を頼んでいた。Lサイズ5枚なんて注文をしている。そのピザが届く前に政子たちが戻って来る。
「織絵ちゃんたち、どこ行ってきたの?」
と千里が訊くと
「取り敢えず市内で買物してた」
と言う。
「買物も結構気が晴れるでしょ?」
「うん。カードで100万円の真珠のネックレス買っちゃったよ」
と言って、大型の青いジュエリーケースに入った大粒のネックレスを見せる。
「きゃー。100万円?」
と玲羅が悲鳴をあげる。
千里がそのネックレスを見て
「これ国産だね。伊勢湾?」
と言う。
「うん。そう言われた。伊勢志摩のアクア貝だって」
と政子が言うので、龍虎が一瞬ビクッとする。
「アコヤ貝ね」
と織絵が訂正した。
「そういう大きな買物すると、結構気が晴れるよね」
と私は言う。
「でもどうしよう。私もらった退職金2000万をあっという間に使ってしまいそう」
「それ1500万円くらい、別口座に移して、そのカードを誰かに預けた方がいい」
と千里が言う。
「そうしようかな」
「玲羅、月曜日に一緒に銀行に行って手続きしてさ、その通帳とカードを睦子に預けてくれない?あ、いや最初から睦子を呼び出して、睦子にも一緒に銀行に行ってもらった方がいいかな。あの子結構押しが強いから、住所問題とかで何か言われた時にあの子なら何とかすると思う。それで睦子に東京に持って来てもらって、冬に預かってもらう。というのでどう?」
と千里は提案する。
「ああ。ケイに管理してもらうと安心かも。美来も危ないし、うちの母ちゃんはもっと危ない」
と織絵。
「じゃ、そうしよう」
と私は言った。
それで千里が高校時代の友人で札幌在住の瀬戸睦子に電話していた。
「そうだ、これ買ってきたのよ」
と言って政子が何だかとても可愛いスカートを取り出す。
「これアクアちゃんにプレゼント。君、ジーンズもいいけど、スカートの方が絶対似合うよ。昨日はあまり可愛いの見つけられなかったんだよね〜」
などと言い出す。
「え〜?私、スカート苦手です」
と龍虎。
「だって中学の制服はどうせセーラー服か何かでしょ?君のように可愛い女の子はスカートの方が絶対いいって」
と政子。
私も千里も苦しくてたまらなかったのだが、龍虎は困ったような顔をしながらそのスカートを受け取る。
「下着もまた買ってきたよ。パンティは、イチゴ模様、水玉模様に、キティちゃんのバックプリント、ブラジャーは、ぷりりのB65を2枚」
「ありがとうございます」
と言って、龍虎はそれも少し困ったような顔をしながら受け取った。
「じゃ着換えて来ます」
と言って、バスルームに行き、スリムジーンズの代わりに可愛いミディのプリーツスカートを穿いて来た。どうも下着も交換したようである。
「おお、可愛い!」
と織絵が声をあげる。
「ほんと可愛い。アクアちゃん、絶対スカートの方が似合ってるよ」
と玲羅も言った。
そういう訳で、この日アクアは後半はスカートで過ごすことになった。なお、脱いだ服とかを入れるのに玲羅が、紙袋と旅行用バッグを出してあげた。
「この旅行用バッグはアクアちゃんにあげるよ。500円で買った安物だけど」
「じゃ頂きます」
と言って、アクアは下着の交換したのと未使用分をバッグの中に左右に分けて入れ、穿いて来たスリムジーンズは紙袋に入れていた。
やがてピザが届く。まずはピザの箱3つを政子の前に積み上げ、残り2つを他の5人でシェアする。
掃除がほぼ終わっている4畳半の方でピザとお総菜、コーラなどを取り囲んで座ったのだが、この中でスカートを穿いているのが政子と龍虎で、他は全員ズボンである。政子は足を前にまっすぐ伸ばした状態で座っているが、龍虎は足をそろえて曲げて片側に出し、いわゆるお姉さん座りをしている。やはりこの子スカートに慣れてるじゃん!と私は思う。
「でもピザの宅配なんて頼んだのは初めて」
と玲羅が言っている。
「あまり出前とか頼まない?」
と私は訊く。
「そういう習慣が無いもので」
と玲羅。
「留萌は出前とかしてくれる店無かったんだっけ?」
と政子。
「あったと思うけど、うちは超貧乏だったから」
と千里。
「あぁぁ」
「うちの両親が結婚した頃は、とりあえず市営住宅に入るけどお金貯めて5年後くらいには家を建てようなんて景気のいい話してたらしい。でも北海道の西側の海域で獲れる魚が毎年減っていって、私たちが小学校中学校の頃は、どんどん家が貧乏になっていったんだよ」
と千里。
「大変だったね」
「ついに私が中学3年の時に船団が廃止になって、父が失業。お前は高校には行かせてやれないから中学出たら就職してと言われて」
「ほんとに大変だ」
「そんな時に、私の出たバスケットの試合を偶然見た旭川N高校の宇田先生が私を授業料の要らない特待生として取ってくれたんだよ。おかげで私は高校に進学することができた」
「そういう経緯だったのか」
「それで高校の友人たちと一緒にDRKというバンドを組んでほんとに余暇に活動していたら、それを∞∞プロの谷津さんが偶然見て、あんたたちCD作らない?とか言われて」
「へー」
「でもうちは進学校だし、そんなのできないじゃん。それで私たちよりもっといいバンドがどこどこで見つかりますよと私が占った」
「欲が無い!」
と織絵が言う。
「それで谷津さんが、私が占いで出した場所と日時で見つけたのがラッキーブロッサムだったんだよね」
「おぉ!」
「ラッキーブロッサムは実際には、ラッキートリッパーとレッドブロッサムという2つのバンドで、∞∞プロではこれを合体してひとつのバンドとして売り出すことにした。ここで問題が2つ生じた」
「ふむふむ」
「ひとつはパートが重なるという問題」
「ああ」
「もうひとつは鮎川ゆまが、サクソフォーンを吹いた方がいいかボーカルに転向した方がいいのかという問題」
「あれはゆまさんがサックスだから良かったんだと思う」
と織絵が言う。
「それをどうすべきか占ってくれと言われて、私が東京まで呼ばれたんだよ。彼女たちを見つけてくれた占い師さんの意見を聞きたいと言われて」
「へー!」
「そしてその時、ゆまさんの先生である雨宮先生と遭遇して、気に入られちゃったというのが、私が音楽業界にどっぷり片足突っ込んでしまったきっかけ」
と千里は言った。
「なんか物凄い巡り合わせだね」
「宇田先生、谷津さん、雨宮先生、その誰か1人でもいなければ今の私は無い。そして雨宮先生のお手伝いして色々曲を書いたり編曲したりとしていたおかげで私自身の学費が稼げたし、妹の学費も出してあげることができた」
「自分の学費を全部自分で稼いだんだ!」
「親からは高校入学の時の費用を出してもらった以降は全く仕送りが無かったから」
「わあ・・・」
その話を聞きながら私は唐突に疑問を感じた。授業料の要らない特待生って、それは物凄く枠が少ないのではということ。そしてそんな枠を持っている学校って、物凄く強い所なのではということ。すると千里ってひょっとしたら強豪高の超凄い選手?そしたら、そしたら、まさか千里って今でも超凄い選手なんだったりして!?
「あの時期、この家はどうなっちゃうんだろうと思ってた。お姉ちゃんのお陰で私も高校、大学と入ることができた。私も中学出たら働いてくれと言われていたし、私はむしろその前にこの家は一家離散になるのではと思ってたよ」
と玲羅は言う。
「まあどん底を経験した人間は強いよね」
と政子が言うが、政子自身、2009年から2010年に掛けて、精神的に深い底に沈んでいた。
「だから織絵ちゃんもしばらくここで心を休めてからまた再起すればいいよ」
と千里は言う。
「でもその時、私ソロ歌手になるのかなあ」
と織絵。
「今は考える必要無い。いづれなるようになる」
と私は言う。
「そうだね。今は考えないことにしよう」
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