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■夏の日の想い出・瑞々しい季節(9)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-07-09
「佐斗志のアクアはこのあと、舞理奈の敦美ちゃんを押し倒すよね?」
と熱心にテレビを見ていた政子が私に訊く。
「押し倒さないでしょ。佐斗志くん、意気地なしだもん」
「ああ、確かに。あの子も思い切って去勢すればいいのに、意気地がないよね」
なぜそういう話に行く?
「純一の卓也と友利恵のアクアは、やっちゃうんでしょ?」
「それもしないと思うよ。たぶん着衣で抱き合うだけ。深夜番組じゃないもん。それに純一は佐斗志にセックスまではしないと約束したしね」
「言わなきゃバレないよ」
「そういうずるいおとなみたいなことはしないって」
「でもセックスするには、ヴァギナが無いと困るよね。アクアは来週の放送までにちゃんと手術してヴァギナ作っておかなきゃ」
どうも放送日程と現実とが混線しているようだ。
「よし。本人に直接言ってあげよう」
「ちょっとぉ!何時だと思ってるの?やめなよ」
と私は注意したのだが、政子はアクアに直接電話を掛けてしまう。つながらないのではと思ったのだが、つながってしまう。
「おはようございます。マリさん」
とアクアはきちんと挨拶する。
「おっはよー。アクア。今日の放送凄かったね」
「ボクのラインに友達から凄い数のメッセ入ってます」
「あれ、どちらもセックスするんでしょ?」
「来週のネタバレになってしまうから、マリさんといえどもお話しできません」
「あれ、佐斗志と舞理奈の方はキスくらいで終わるかもしれないけど、友利恵は純一とセックスするにはヴァギナが無いといけないじゃん」
「ポルノ映画じゃないんだから、もし物語上することになっても実際にはしませんよぉ」
「あれ?そういうもん?」
「物語上セックスしたことになる度に本当にセックスしないといけなかったら、女優さんの、なり手が無いですよ」
「あ、そうかもね」
「でも取り敢えず、アクアはヴァギナを作る手術をしようよ。私が予約してあげるね」
「そういう手術はしません!」
「無いと、男の人とセックスする時に困るよ」
「ボクは恋愛対象は女の子ですー!」
「レスビアンだったんだっけ?」
「ストレートですよぉ」
「ストレートな女の子は男の子が好きなんだよ」
「ボクは男の子です」
「男の娘だよね?」
政子がしつこくてアクアが困ってるようなので、私は政子から携帯を取り上げる。
「あ、ちょっと話し中」
と政子は文句を言うが
「ごめんねー。マリが無茶なこと言って。よく言い聞かせておくから」
と言って私は携帯を切ってしまう。
「ああん、勝手に切るってひどい」
「あれ以上無理強いしたら、酔ってると思われるよ」
「私酔ってないのに」
政子は懲りずに再度アクアに電話したものの、話し中でつながらなかった。おそらくは友人の誰かと話しているのかなと私は想像した。
この衝撃の放送の翌日、7月2日。青葉が久しぶりに東京に出てきた。この日はいつもうちのマンションの霊的なチェック(主として郵便物や宅配便などで送られて来たプレゼントの類のチェック)のために中村晃湖さんも来ていて、この2大霊能者が、うちのマンションで遭遇することになった。
実際には中村さんが来てチェックを始めようとしていた所に青葉が来訪したのである。
「久しぶり〜青葉ちゃん」
「晃湖さん、ご無沙汰しておりまして済みません」
「ここに竹田宗聖さんも来てたら日本三大霊能者の遭遇という感じかな」
と中村さん。
「私の家族の葬儀の時が凄かったですね」
「うん。あれはマジで凄かった。日本のハイレベルな霊能者が一堂に会していたからね」
「ついでだからあんたも手伝いなさい」
などと中村さんが言い、ふたりで郵便物やプレゼントをチェックしてDM2通とお菓子の贈物1個を見つけ出した。
「そのお菓子、製造元からの直送ですよね?」
「これはおそらく店頭でその場で詰めて、送られた物です。店員さんが詰める作業をしている最中に、カウンター越しに邪気を送り込んだんですよ」
「ひゃー」
中村さんは問題の品を持参の封印用バッグ(保冷用バッグに若干の霊的細工をしたもの)に入れて
「これは処分しておきますね」
と言った。
「久しぶりに青葉ちゃんと会ったし、少しおしゃべりしようよ」
「こちらもいろいろお話したかったです」
「青葉、インカレ(日本学生選手権)とか全国公(全国国公立大学選手権)とかはもう終わったんだっけ?」
と私が訊くと
「ああ。水泳部は辞めました」
と青葉は答えた。
「え〜〜!?」
「勉強しながら、アナウンサーの訓練も受けながら、霊能者のお仕事もしながら、水泳部の練習にまで出るのは無理と判断しました」
と青葉が言うと
「それは無理が過ぎる」
と中村さんも言う。
「高校時代は無茶苦茶だったね。受験勉強しながら、コーラス部と水泳部の練習に出て、アナウンサースクールにも行き、霊能者のお仕事をしながら、バンド活動と作曲活動もしていた」
と私が言うと
「それは青葉が5−6人居ないと無理だ」
と中村さんは言う。
「青葉のお姉ちゃんみたいに適度にサボっていれば何とかなるけど、青葉ってサボるのが下手くそだもん」
と中村さんが言うので、青葉は驚く。
「晃湖さん、私の姉をご存じですか?」
すると中村さんは腕を組んで意味ありげに笑顔を作ると言った。
「最近まで気づかなかったんだけど、千里ちゃんは私の又従姉妹なんだよ」
「え〜〜〜!?」
それは私も知らなかったので驚いた。
「私の祖母のサクラさんって人が、千里ちゃんのお祖父さんの十四春さんの姉に当たる」
「そんな話、聞いたこともなかった!」
「同じ旭川N高校バスケ部の先輩後輩でもあるし」
「ええ。その話は聞いていました」
「お正月に千里ちゃんの試合がテレビで放送されていた時にさ、ちらっと映った根付けに見覚えがあったんだよ。それ私が調整したものだったから」
「へー!」
「当時はあの子、まだ小学生だった」
と中村さんが言った時、政子が質問する。
「質問でーす!その時、千里は小学生男子でしたか?小学生女子でしたか?」
「千里が男装する訳無い」
「やはり!」
「波動まで完璧に女の子だったよ」
と中村さんが青葉を見ながら言うと、青葉は腕を組んで考えている。
「でもあの子、小さい頃から随分と印象変わった。小さい頃は凄く優秀な霊媒という感じだった。ところがあの子、いつしかその霊的な性質を隠すすべを覚えていたのね」
「そうなんです。普通の霊感のある人が姉を見ても、そんなに霊的なパワーがあるようには見えないんですよ」
「私も彼女の高校時代にバスケ部に顔を出して会っているからさ。その時、そんなに霊的に力のある子なら気づいていたと思うんだけど、自分の能力を隠していたから、私には分からなかったんだよ」
「でもやはり霊的な能力って遺伝の部分が大きいのね」
と興味深そうに政子が言う。
「うーん。遺伝より環境だと思わない?」
「ええ。育った環境の方が大きいです」
と中村さんと青葉は話している。
「まあそれであの子の正体に気づいて。私、こないだ合宿所まで訪ねていったんだよ。親戚と言って」
「積極的ですね!」
「そしたら、向こうはこちらが自分の又従姉妹だということは知っていたらしい」
「でも言わないんだ!」
「私たちって、自然に抑制的になるもんね?」
と中村さん。
「なります、なります。訊かれない限り話さない」
と青葉。
「うん。だから青葉は使えん」
などと政子は文句を言っている。
「それでその場で千里ちゃんと話していた時に出てきたんだけどさ」
「はい?」
「私や千里ちゃんと青葉ちゃんも親戚ではないかと」
「え〜〜〜!?」
「これは根拠は無い。もしかしたらDNAを調べたら何か証拠が出る可能性はある」
「ええ」
「うちの祖母や千里ちゃんのお祖父さんなどの兄弟は戸籍上は5人兄弟ということになっている」
と言って中村さんは手帳を見ながらその5人の名前を書き出した。
望郎・サクラ・啓次・庄造・十四春
「このサクラさんが私の祖母ちゃん。十四春が千里ちゃんのお祖父さん」
「はい」
「ところが、以前法事の時に話が出たことがあるんだけど、この望郎さんとサクラさんの間に1人女の子がいたというんだ」
「へー」
「その人は戸籍にも記載されていない。そもそも昔って子供が生まれてすぐには出生届けは出さなくて、3歳くらいまで育ってから届けを出してたんだよ。子供ってわりと簡単に死んじゃうものだったから」
「そういう話は聞きますね」
「この兄弟を産んだ私や千里ちゃんの曾祖母に当たるウメさんというのはイタコをしていたらしい。この家系には目の弱い人が多くて、ウメさんが全く目が見えなかったんだけど、うちの祖母さんのサクラさんも弱視だった。それでこの戸籍に残っていない女の子というのも、生まれつき目が全く見えなかったらしい」
「ああ」
「それでその人の消息に関しては誰も知らなかったんだけどね。この兄弟の中で最後に亡くなった啓次さんが死ぬ間際に唐突に言い出したのよ」
「死ぬ間際ですか?」
「モモが迎えに来たって」
「モモ?」
「それでお嫁さんの克子さんが『モモって誰ですか?』と訊いたら、どうもサクラさんのお姉さんということらしくて」
「その人がモモさんだったんですか?」
「それで啓次さんが言い残した話では、モモさんは目が見えなかったので、ウメさんが結婚前に所属していたイタコの集団と話を付けて、イタコにしたという話で。まあ完全に惚けていた年寄りが亡くなる寸前に言った戯言と片付けてしまってもいいんだけどさ」
「うーん・・・」
「実は千里ちゃんも小さい頃、自分の親戚っぽいお婆さん4人に取り囲まれる夢を何度か見たことがあるらしくて」
「はい」
「その時出てきたお婆さんたちが、ひとりは曾祖母のウメさん、ひとりが私の祖母のサクラさん、そして後2人の名前がモモさんとキクさんだったらしい」
「じゃ、やはりモモさんって人はいたんだ?」
「千里ちゃんの夢にも出てきたということは存在していた可能性が高いと思う。あと1人キクさんというのは私も分からない。うちの母にも訊いてみたけどそういう名前の人は知らないと言っていた」
青葉はその話を聞いて、腕を組んで考えた。
「青葉の家系に居たんでしょ?イタコ出身の人が」
と中村さんは訊いた。
「ええ。桃仙と名乗っていたんですけど、その人は戸籍が無かったんですよ。私の曾祖母にあたる人です」
「だから、うちの祖母さんの姉のモモさんがイタコ集団に入って、あちこち巡行していた時、たまたま岩手方面に行っていて、あんたの曾祖父さんと知り合い、集団から離脱して結婚したという可能性もあるよね」
「可能性としてはありますね」
「まあ、そんな話をこないだ千里ちゃんとしたんだよ」
「すごーい。中村さんも千里も青葉もお互いに親戚なんだ?」
と政子は浮かれたように言うが
「証拠も無いし。ひとつの可能性にすぎませんけどね」
と中村さんは言う。
「いやきっと親戚だ。男の娘が出るのもきっと遺伝なんだよ」
と政子は言っている。
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