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■夏の日の想い出・瑞々しい季節(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-07-08
ローズ+リリーは元々高校2年の1月から大学2年の夏に至る「何ちゃって休業期間」に§§プロの紅川社長(当時)にずいぶんお世話になり、社長の配慮であちこちのイベントにローズ+リリーという名前も名乗らないまま、チラリチラリと出演して歌わせてもらっている。精神的にダメージを受けていたマリに人前で歌うことを経験させるという「歌手としてのリハビリ」のためだったのだが、当時それがローズ+リリーであることに気づいた人はわずかであった。
紅川さんがそこまで配慮して下さった背景には、元々私自身が§§プロから「川崎ゆりこ」の名前でデビューする予定があったこともある。私がもしその話を受けていたら、私はひょっとしたら今のアクアに近い形で売り出されていたかもしれない気もする。
しかし最終的に私は紅川さんの申し出を断り「川崎ゆりこ」の芸名は後輩の蓮田エルミが使うことになった。むろん当時は彼女はその芸名が使い回しであるとは知らず、後になって知って
「うっそー!? だったら私が男の娘騒動に巻き込まれていたのかも」
などと言っていた。
「エルミちゃんも男の娘なんだっけ?」
「男の娘もいいなあという気もしますけどね。だって男の娘ってずるくないですか? 可愛い服を着ておしゃれを楽しめるし、おちんちんでも遊べるし」
「大半の男の娘はおちんちんで遊んでないと思うけど」
「やはり早い時期に取っちゃう人が多いんですか?」
「いや、おちんちんをいじると、自分は女になりたいのに男の子みたいなことしてしまったと激しい自己嫌悪に陥るから、できるだけいじらないように我慢しているんだよ」
「へー。大変そう」
と言ってからエルミは小さな声で尋ねた。
「龍虎(アクア)も我慢してるんですかね?」
「たぶん」
と答えてから補足する。
「あの子は女の子になりたい訳ではないけど、まだ男に進化したくないんだよ。男にも女にもなれるモラトリアムの状態でいたい。こないだ記者会見では1週間に1回くらいオナニーしてますと言ってたけど嘘だと思う。たぶん我慢してるよ」
と私は答える。
「男の子って、そういうのって我慢できるもんなんですか?」
「きっと触りたくてたまらない気分の時は激しい音楽とか聴いて発散させてるんじゃないかな。最近ベビーメタルとかバンドメイドとか聴いてますって言ってたし」
「70年代男子アイドルみたいな話ですね。でもそれって本人がベビーメタルやバンドメイドのメンバーみたいな服で歌いたいのでは?」
「うーん・・・・」
と言って私は悩んだ。
私が§§プロからデビューするかどうか悩んでいた時期、§§プロに行く度に見かけていたのが、当時デビューして間もなかった秋風コスモスと、当時はまだ研究生であった蓮田エルミであるが(*1)、ある日事務所に行った時、線の細そうな美少女が人待ち顔で窓際のソファーに座っていた。
私が事務所に行って5分もしない内に紅川さんは来客(ζζプロの青嶋さん)との打ち合わせが終わり会議室から出てくる。
「ありゃ、洋子ちゃん来てたの?君なら今の打ち合わせに入ってもらっても良かったのに」
などと社長が言う。
「ピコちゃん(*2)、ご無沙汰〜」
と青嶋さんも言う。
「ご無沙汰しております。青嶋さん」
(*1)実際にはエルミより先に渡邊誉志詠(わたなべよしえ)−芸名:浦和ミドリ−がデビューすることになる。私は麻布先生のスタジオで録音スタッフとしてミドリのデビューシングルに関する作業を担当したものの、彼女とはそれ以前には会っていない。
(*2)「ピコ」は私が松原珠妃のデビュー曲『黒潮』のPV/写真集撮影の時に同行していくつかのシーンで珠妃の代役をした時に付けられた名前である。珠妃が演じていたのが「ナノ(南乃)」の役名だったので、その妹分ということでSI単位ナノの1000分の1でピコという名前が付けられた。ナノは10億分の1、ピコは1兆分の1だ。
この名前を知っているのは、当時の松原珠妃の活動に関わっていたごく少数の人だけだったのだが・・・・2014年、珠妃が『ナノとピコの時間』という曲を出したおかげで、全国的に、私が小学生の頃にピコという名前でビキニ姿の《女の子モデル》していたことが知れ渡ってしまった。当時の写真やビデオなどもあちこちに転載されまくったので、いまや多くの人が私はもう小学5年生の段階で性転換済みであったと信じている雰囲気である。Wikipediaにまでそう書かれているし!
しかしこの当時(2007年)は、この名前を知っていた人は青嶋さんや蔵田さんなど、せいぜい20-30人程度である。もっとも蔵田さんは私を(柊)洋子と呼ぶ。
「ピコちゃん、ここの事務所からデビューするの?」
と青嶋さんが訊く。
「まだ決めてないんですけどね〜。もう1ヶ所熱心に勧誘してくれている所(∴∴ミュージック)もあるし。先日紅川社長からは、こんな感じで可愛く売り出してあげるよと言われて見せてもらったイメージイラスト見て、くらくらと来たところで」
「あはは。そうだ。あんたもう手術は終わったんだっけ?」
「まだしてません!」
「じゃ早く手術しなきゃ。半年は身体休めてからでないとデビューできないだろうしさ」
「高校生では手術してくれる所ありませんよぉ」
「私、中学生でも手術してくれる病院知ってるけど」
「えっと・・・・」
「ここだけの話、小学5年生で性転換した子もいるんだよ。今は普通に女の子歌手している」
「それはまた早いですね」
「その子は生まれた時から女の子として育てていたらしい。だから友達とか親戚でもその子が実は男だったことを知らなかったんだって」
「安いライトノベルにありがちな話だ」
「ピコもやはり小学生の内に性転換しておくべきだったなぁ」
「あ、そうだ。洋子ちゃん、この子、紹介しておくよ」
と言って紅川さんは、窓際のソファーに座っていた美少女を手招きする。彼女が立ってこちらにやってくる。その歩く姿が美しいと私は思った。まさに「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という感じである。
「こちら、そう遠くない内にデビュー予定の秋風メロディーちゃん」
「おはようございます。秋風メロディーと申します。よろしくお願いします」
メロディーはとても美しいソプラノボイスで挨拶した。
「こちら、モデル出身で民謡の名取りで、スタジオ技術者とかもしている柊洋子ちゃん」
「おはようございます。柊洋子です。よろしくお願いします。あのぉ、秋風って?」
「うん。秋風コスモスのお姉さんなんだよ」
「そうだったんですか!」
「メロディーちゃん、コスモスちゃんのこないだのシングルは全部洋子ちゃんに録ってもらったんだよ」
「わあ」
「実は秋風メロディーを先に売り出す予定だったんだけど、レコード会社との企画がまとまらなくてね。そんな時に、女子中生を使ったCMの企画があって。コスモスが当時ぎりぎり中学3年生の3学期だったんで、彼女を起用したんだよ。それで後先になってしまったけど、お姉さんも年明けくらいにデビューさせるつもり」
「へー」
実際には彼女はデビューには至らず、代りに翌年春、浦和ミドリがデビューすることになる。
「元々オーディションに合格したのはこのお姉さんの方で」
「あ。そうだったんですか?」
「それで本名が《あきこのむ》と言ってね」
「済みません。どんな字ですか?」
それで紅川社長は《伊藤秋好》と紙に書いてくれた。
「源氏物語の秋好中宮ですか!」
「よく知ってるね」
「それ知っている人はいいんですけど、知らない人はだいたい《アキヨシ》とか《しゅうこう》とか読んじゃいます。語感で男の子と思われることもよくあって」
と本人は言っている。
「ひどいよね。好という字は分解したら《女子》だから、こんなに女の子らしい名前はないと僕は思うんだけど」
などと紅川さんは言っている。
「まあそれで秋という字が入っているし、この子、ものすごく歌がうまいから秋風メロディーという芸名を考えたんだよ」
「なるほどー!」
妹の方は改善のしようが無いほどの音痴である。だったら姉のついでだったのかと私は思い至った。しかしコスモスが庶民的「可愛い子」とすればお姉さんのメロディーは正統派の美人である。
「妹の方はそれでCMの話があって急遽デビューさせて、実は名前を何にも考えてなくてね」
「はい」
「でも急に入った仕事で、その日の朝連絡があって、夕方にはプレスを始めないという話で」
「慌ただしいですね!」
たぶん誰か他の歌手で進めていた企画がボツになって急遽ピンチヒッターが必要になったんだろうなと私は想像した。この世界では時々ある話だ。松田聖子のデビューなどもそれに近い。あの事務所は当時「10年に1人の逸材」と言われた中山圭子という歌手を売り出したばかりで、松田聖子のデビューは1〜2年先の予定であった。それが先輩歌手(香坂みゆき等いくつかの説あり)が歌うはずだった『裸足の季節』が本人が歌えなくなり急遽練習生だった聖子に歌わせ、バタバタと録音してレコードを出したのである。しかしこういうのが意外に売れてしまうのである。
「だからジャケット撮影とかも私服のままで」
「ああ」
「名前ももう考えている時間が無かったんで、秋風メロディーの妹だし同じ秋風でいいかなと思って。それで秋にはコスモスかなと思って秋風コスモスという名前を、プレスする工場から『歌手の名前は無くていいんですか?』と電話があった時に、その場で考えて返事して」
「わあ」
「実はその電話で僕が何と返事したか自分でも忘れてしまって。プレスがあがってきたのを見たら秋風コスモスになってたから、我ながら適当な名前つけちゃったなと思ったんだけどね」
と紅川さん。
「まあ名前は後から変えてもいいしね」
と青嶋さん。
「ところがそのCDがいきなり4万枚売るヒットになっちゃったから、もう今更変えられなくなってしまったんだよ」
「芸名ってそんなものかもしれませんよ」
と青嶋さんは笑って言っていた。
その後、お姉さんの秋風メロディーと会う機会はあまり無かったのだが、それが今年の3月にバッタリと新宿の街で遭遇したのである。
秋風メロディーは赤ちゃんをスリングで抱いていて、コスモスも一緒であった。
「珍しい所で珍しい人に」
「おはようございます、ケイさん」
とコスモスが挨拶する。
「おはようございます、メロディーさん、コスモスちゃん」
「わあ、私の名前覚えていてくださったんですね?」
とメロディーが言う。
「ご結婚なさったんですか?」
「あ、いえ。シングルマザーなんですよ」
「大変ですね!」
「コスモスにもだいぶ助けてもらいました」
「まあ、赤ちゃんは可愛いし」
「6ヶ月くらいかな」
「ええ。12月25日に生まれたんですよ」
「凄い。クリスマス生まれですか。全然知らなかった!でもこの子のお父さんとは結婚できなかったんですか?」
「面倒くさいと思ったから」
「へ?」
「だって結婚して子供産んだら、旦那と子供の両方世話しないといけないじゃないですか。旦那の面倒まで見きれないから子供だけでいいと思って」
「うーん。しっかりした女性はそうかもしれないですね」
「まあ妊娠中の検診の費用とか出産の費用とかは全部出してくれましたけどね。あと養育費も毎月もらってるし」
とメロディー。
「そのくらいは出してもらわないとね」
とコスモス。
しかし養育費を毎月払っているというのは一応経済力のある男性なのだろう。それにふたりの話しぶりでは不倫ではなく独身男性のようだ。それで結婚しないのは本当の所はなぜなのだろう。
「赤ちゃん見に来るのはいつでもいいよと言っているし」
とメロディ。
「交際は続いてるみたいだから結婚すればいいのにと私は言ったんですけどね〜」
とコスモスは言っている。
「交際している内に入らないと思う。メールのやりとりしてるだけ」
とメロディー。
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