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■夏の日の想い出・瑞々しい季節(6)

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「へー。じゃ何かお仕事とかなさりながら、ひとりで赤ちゃん育ててるんですか?」
「最近はずっと在宅ワークで」
「内職とか、ネット関係か何かのお仕事とか?」
 
「あ、いや実は・・・」
とメロディーは恥ずかしがっている!?
 
「実は公開してないんですけど、うちの姉は最近作曲家として活動しているんですよ」
とコスモスがバラしてしまう。
 
「そうだったんだ! 名前は?」
 
「自分の名前ではあまり書いてないんですけどねぇ」
とお姉さんは更に照れながら言う。
 
なるほどー。ゴーストライターかと私は納得する。
 
「でも最近けっこう自分の名前でも書いているよね」
「うん。上野美由貴という名前なんですが」
 
「メロディーさんが上野美由貴だったんですか!!!」
 
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私は驚愕した。
 

上野美由貴は2011年頃から時々名前を見るようになった作曲家で、2013年の春頃からは小野寺イルザに定常的に楽曲を提供しており、現在は中堅の作曲家とみなされている。2014年には彼女が書きイルザが歌った『夜紀行』がRC大賞の金賞を受賞している。北野天子はデビュー以来、上野美由貴がメインの作曲家になっている。
 
私は昨年春に北野天子のアルバムを作る際、雨宮先生に頼まれて、上野美由貴さんの名前で1曲楽曲を書いて提供している。
 
その時雨宮先生に上野さんのプロフィールを知りたいと言ったのだが、作曲家は作品が全てと言われて、教えてもらえなかったのである。実際上野美由貴は一切公の場には姿を見せていない。
 
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立ち話も何だしということで、結局うちのマンションに来てもらった。私とコスモスがいると、普通のお店に入れば目立ち過ぎる。
 
政子はお目付役の佐良さんと留守番していたのだが、戻ってみると「ちょっとドライブしてきます」というメモが残っていた。居ないのは好都合である。
 
私は居間に赤ちゃん用の布団を出して来て敷く。洗濯済みのシーツを出してきて掛けた。
 
「そんなものがあるんですか?」
「いや、赤ちゃん連れの友人も多いので用意しているんですよ。一応毎回布団乾燥機は掛けてますが、他の赤ちゃんも使っているので、気になるようでしたら、タオルケットか何か出して来て下に敷きますが」
 
「あ、私は全然気にしません」
と言ってメロディーは赤ちゃんをその布団に寝せた。
 
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「衛生とかに過敏になったら子育てなんてできませんよ」
などとメロディーは言っている。
「赤ちゃん、たくましいもんね」
とコスモス。
 
「女の子かな?名前聞いてもいいですか?」
「薫というんですけどね」
「源氏物語の薫大将だ!」
 
源氏物語で秋好(あきこのむ)中宮は六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の娘で、伊勢の斎宮を経て源氏の養女となり冷泉帝と結婚して中宮(皇后)に立つ。子供はできなかったものの、源氏の死後は冷泉院とともに源氏の遺児・薫の後見人となるのである。
 
つまり薫大将は秋好中宮の息子に準じる存在である。
 
「私の本名知ってる人からはみんな言われました。でも実は源氏物語のことは全然頭になくて。産んでから何て名前にしようかなと思っていた時、病室のデスクのところに栗本薫の小説が積んであって『あっ。薫って格好いいな』と思ったんですよ」
 
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「栗本薫から来たんですか!」
 

「でも昔から思ってたけど、お姉さんは難しい名前なのに、妹さんは易しい名前ですよね」
と私は言った。
 
「それお互いにコンプレックスだったんですよ」
とコスモスが言う。
 
「お姉ちゃんは、なかなか自分の名前まともに読んでもらえなくて、絶対に誤読されない私の名前が良いといって」
とコスモス。
 
この姉妹は姉の秋風メロディーが伊藤秋好(あきこのむ)、妹の秋風コスモスは伊藤宏美(ひろみ)である。
 
「それで妹は、自分の名前はありふれてる。苗字もありふれてるのに名前もありふれてる。私の名前はめったにないから良いといって」
とメロディー。
 
「まあ確かに伊藤宏美は同姓同名の数が凄いだろうね」
 
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「そうなんですよ。過去に同姓同名の人に8人会ったことあります。7人は女の子だけど1人は男の子」
「男の子で宏美もいるのか・・・」
 
「ファンレターでは多分30人以上見ました」
「そうだろうねー」
 
「お姉ちゃんの名前は最初本名でデビューさせてもいいくらいだって紅川会長は言っておられたんですよね」
とコスモスは言う。
 
「芸名だってお姉ちゃんの秋風メロディーは会長が1ヶ月くらい悩んで決めたもので総格31の大吉。私の秋風コスモスは会長が電話で聞かれて1秒で決めたもので総格27の凶なんです」
 
「まあ姓名判断なんて当たるも八卦(はっけ)、当たらぬも八卦ですよ」
 

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2人の芸名問題について私は後で青葉に尋ねてみたのだが、ふたりの画数はこのようになっているらしい。
 
秋風メロディー 総31◎ 天18○ 地13◎ 人11◎ 外20□ 
秋風コスモス 総27△ 天18○ 地9△ 人11◎ 外16◎ 
 
つまり総格で見ると確かにメロディーは大吉でコスモスは凶なのだが、10-20代で重要な人格はふたりとも11画で大吉なので大きな問題はない。そしてふたりの名前で決定的に違うのが外格だというのである。外格は環境の良さ、周囲からの支援などを表す。これがメロディーは20で凶なのに対して、コスモスは16で大吉である。
 
これはメロディーは実力はあっても周囲の支援を得られないのに対してコスモスは実力は大したことなくても、みんなから助けられ、支えられて伸びていくことを表す。外格はアイドルとしてある意味いちばん大事な画数ですよ、と青葉は言っていた。
 
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ちなみに上野美由貴は「天格14凶、地格26凶、人格20凶、外格20凶、総格40凶。ここまで酷い名前は珍しいです」ということである!
 

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「でも薫ちゃん、可愛いですね。お母さんも美人だし、きっとこの子も美人に育ちますよ」
と私は言ったのだが
 
「あ、すみません。その子、男の子で」
とメロディー。
 
「ごめんなさい!」
「赤い服を着せているのはママの好みで。どうせ本人分からないから母親の好みで可愛いの着せちゃおうと」
とコスモスがコメントする。
 
「なるほどー」
 
「男の子で薫だとますます薫大将ですね」
「男の子じゃなくて男の娘だったりして」
 
「女装させるのもいいなあ。この子には女装の味を覚えさせようかな」
と母親が言っているので、私は
「やめときましょうよ〜」
と言っておいた。
 
「アクアみたいな男の娘って、やはり小さい頃から女の子の服をよく着せられていたのかな?」
とメロディーが言うので
 
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「アクアは一応普通の男の子アイドルなんだけど」
とコスモスが言う。
 
「いや、あれは間違いなく男の娘だ」
「女装させたくなるほど可愛い男の子というだけで」
「でも女装が好きでしょ?」
「うーん。味をしめている気はするけど」
 
というふたりの会話を聞きつつ、私はコメントのしようがなく困っていた。
 

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「そういえば、ここだけの話ですが、私、去年の春の北野天子のアルバムに、上野美由貴の名前で1曲書きましたよ」
と私が言うと
 
「あ、ごめんなさい!あの時は、つわりがきつくて無理ができなかったものだから。東郷先生に相談したら、君の名前で君っぽい作風で誰かに書かせるからと言われて、結局4曲、他の方にお願いしたんです。私、作曲に関しては東郷先生の門人くらいの立場なので」
 
「それが回り回って1曲、私の所に来たみたいですね。私は普通ゴーストライトは、しないんですけど、あの時は友人の作曲家が書く予定が急用が入って書けなくなったんですよ。それでピンチヒッターで」
 
「すみませーん!でも私自身他の人の名前でたくさん書いてましたが、自分が誰かに書いてもらったのはあれが初めてでした。でも私もゴーストライターの人脈ってどうなっているのか良くわかりません」
 
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「私も分かりません。あまり深入りしない方がいいみたいだし」
「私はどっぷり浸かってしまっている感じで」
「まあ需要がありますからね」
 

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「そうだ。去年ケイちゃんにお手数けたのなら、代わりに何か1曲書きますからアルバムか何かにでも使ってもらえません?」
 
「あ、それだったらKARIONのシングルに1曲いただけませんか?」
「いいですよ。名前は誰の名義にします?」
「ご自身のお名前で」
「じゃ、上野美由貴は契約的にいろいろ面倒なので、何か新しい名前で」
 
そう言って彼女が書いてくれたのが『君をずっと見つめていたい』という曲であった。名義は「阿木結紀」になっていた。本名の秋好(あきこのむ)とペンネーム上野美由貴の合成かな、と私は思った。
 
ちなみに「阿木結紀」は天格11大吉、地格21大吉、人格16大吉、外格16大吉、総格32大吉というすばらしい名前である。
 
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それを青葉から聞いて、私はメロディーさん、こちらの名前の方が売れないか?と思ったのであった。
 

その秋風メロディーから提供してもらった曲を含むKARIONの新しいCDは2月下旬にトラベリングベルズの相沢孝郎さんが辞任し、代わりに妹の海香さんが加入した後、3月から企画を進めていた。
 
シングルという名目で実質ミニアルバムにしようという方針を固め、6曲入りにすることになる。森之和泉・水沢歌月で2曲くらい、櫛紀香・黒木信司で1曲のほか、樟南さんから年末に頂いていたのを1曲使い、広田純子・花畑恵三ペアに打診してみたら書いてくださるということだったので1曲お願いし、あと1曲、誰かにお願いできないかなと思っていた時に、ちょうどメロディーから楽曲提供の話があったので、お願いしたのであった。
 
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楽曲のとりまとめと録音は春休み中にKARIONのツアーをしていた時期の平日に進め、5月中旬まで調整を進める同時にPVを制作。CD単体のものとDVD付きのものの2バージョンの形で6月に入ってからプレスに回した。
 
それを6月29日(水)に発売した。KARION26枚目のシングルである。前回のシングルは昨年の7月22日に発売しているので、約1年ぶりのシングル・リリースとなった。
 

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当日は中野のスターホールでファン3000人と報道関係者を招待して発表記者会見ミニライブを行った。
 
この日の伴奏はごく普通の「拡大版トラベリングベルズ」である。
 
ギターMIKA ベース HARU ドラムス DAI サックス SHIN トランペット MINO という基本メンバーに、キーボード 春美 グロッケン 響美 ヴァイオリン 夢美 フルート 風花 というメンツが加わっている。
 
新参のMIKAも春休みのツアーですっかり他のメンバーに溶け込んでいる。
 
春美と夢美は曲によってはお互いのパートを交換する(大変な方を夢美が弾く)。風花も曲によってはキーボードを弾く。なお、春美というのはスリーピーマイスのLCこと穂津美のKARIONでの名前である。響美は夢美の姉である。
 
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幕が開くとトラベリングベルズの前奏が流れ始めると同時にKARIONの4人が舞台袖から自転車で登場する。この演出に観客が大いに沸く。4人は自転車を降りて歌い出すが、衣装は身体に密着するバイクウェアにヘルメットもかぶったままである。
 
最初の曲『ぼくの自転車』に合わせた演出であった。
 
なお、ウェアの色彩はいつものように4人のパーソナルカラーを使っている。和泉が赤、私がピンク、小風が黄色、美空が青である。
 
この曲のPVをステージの端に積んだマルチモニターでも流した。私たちKARIONの4人がこの日ステージで着たのと同じ配色の密着スーツを着て自転車で走っている様子も撮影しているが、ほかに学生服を着て男装した品川ありさが、セーラー服の女の子を後ろの荷台に載せて自転車で走っているシーンがたくさん映っている。これが観客にかなりどよめきを起こしたのである。
 
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歌い終わってから全員ヘルメットを脱いでから、和泉が説明する。
 
「みなさん、新曲発表記者会見ライブにお越し下さり、ありがとうございます。最初にタイトル曲の『ぼくの自転車』を聞いて頂きました。ちなみに今映っていたPVに出ていた男の子は品川ありさちゃんですね。彼女はローズ+リリーの『ペパーミント・キャンディ』でも男装していましたが、男装がよく似合いますね。男の子になりたいとか思ったことない?と訊いたら、自分にもその内、おちんちんが生えてくるものと小さい頃は信じていたと言っていました」
 
観客の中に結構うなずく顔がある。こういう女の子は時々いるものである。
 
「ちなみに事務所の後輩のアクアに『おちんちん要らないなら私に譲ってくれない?代わりに私のおっぱいあげるから』と言ったら、アクアはかなり悩んでいたとか」
 
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と和泉が言うと、会場に笑い声が漏れるが、同時にかなりざわめく。
 
「ちなみに今の映像で後部座席に座っていたセーラー服の子はアクアに似てますけど、アクアではありませんので」
 
という和泉の声に、安堵するようなため息があちこちから漏れる。
 
みんな、アクアみたいに見えるけど、本当にアクアが女装して出演しているのだろうか?と疑問を持ったようであった。
 
「この子の正体については、今日の夕方7時半からΛΛテレビで放送されます『そっくり・とっくり・びっくり』をご覧下さい」
と和泉は言った。
 
実はこの情報の管理にはひじょうに神経を使ったのである。今日のライブで正体を明かしてしまうと、番組のネタバレをしてしまうことになる。しかし番組はある程度前宣伝をして視聴率を稼ぎたい。それでこの日の同番組の予告には
 
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《あの超人気アイドルの超そっくりさん登場》
 
という曖昧な書き方がされていた。それがこのKARIONのライブが終わる前にネットには《今日の『ソクトビ』にアクアのそっくりさんが出るらしい》という情報が流出していた。誰かが会場内から発信したのは明らかだが、この日の警備では、会場内で情報機器を使用している人を発見できず、警備態勢の課題としてあげられた。
 

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夏の日の想い出・瑞々しい季節(6)

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