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■夏の日の想い出・種を蒔く人(8)

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3月19日(土),20(日),21(祝)は三連休で、ツアーではこれを沖縄の翌日に福岡、そのまた翌日金沢と移動した。歌っているこちらもなかなか体力を要する所だが舞台のセットを輸送・設置する★★レコード(大半は子会社の★★公演事務の社員)と∞∞プロの合同チームはなかなか大変だったようである。19日のライブが終わった後解体してその日の内に空輸。20日朝から組み立て、終了後にまた解体し、大型トラックに積み込み10時間掛けて金沢まで走り、21日の朝から組み立てというので、なかなかハードである。
 
私たちは19日は宜野湾市に泊まり、20日の朝の飛行機で福岡に移動。20日はライブ終了後すぐに福岡空港に行き、小松空港まで飛んでいる。20日の打ち上げも金沢市内で行っている。
 
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この金沢公演には青葉がもう受験の終わった友人6人と一緒に来ていたので楽屋にも入れて少し話していたのだが、唐突に和泉が青葉に『月に想う』のサックスを吹いてと言い出す。予備楽器として備品で持って来ていたサックスを渡して吹いてもらったが(時間調整のため前半の『こぶたの姉妹』をカット)、MIKAさんが「この曲いいですね」と言ったので、次の名古屋公演以降もこれを入れる構成に変更した。名古屋以降ではサックスはSHIN・ゆま・七美花の3人で吹いてもらった。
 

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金沢公演では青葉と友人の7名に公演後の撤収作業も手伝ってもらったので、ついでにそのまま打ち上げにもを連れて行った。
 
そしてその場で話している内に、青葉の中学時代以来の友人でW大学に合格した寺島奈々美に、海香が、今度引っ越すことになった神田のマンションに同居して旅館の東京事務所の経理担当と食事係をしてくれないかと誘った。
 
奈々美はバスケットが強いらしく、関東1部リーグに属するW大学に行きたかったが、いったんは経済的な理由で地元の大学に通うつもりになっていたらしい。しかし海香のマンションに同居すれば住居費が要らないということから再度親を説得して、東京に行く気になったようである。奈々美は経理の実務経験は無いものの日商簿記2級を持っている。
 
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海香はこの件で、公演の翌日3月22日、奈々美の自宅を訪問し、御両親に挨拶して、この件について話し合った。私と青葉も同行した。
 
両親は驚いていたし、お母さんはそれでも娘を東京にやることに消極的な感じではあったが、奈々美本人がこういう話が出てきたのは大きなチャンスだから自分はやはりバスケの強いW大学にぜひ行きたいと主張する。また奈々美は昨夜自分で計算したっぽい「損得表」を親に見せた。
 
この時点で既に払っているお金は、W大学の入学金20万円とT大学の入学金28万円である。これはどちらも返って来ない。しかし今後1年間の収支を見ると
 
■T大学に行った場合 
 必要経費 授業料 54万円 教科書代等 5万円 住居費 45万円 食費 30万円   バスケ活動費 6万円 その他生活費 12万
 収入 奨学金(国立) 61万円 収支 △91万円(7.6万/月)
 
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■W大学に行った場合 
 必要経費 授業料 100万円 教科書代等 5万円 住居費 0 食費 0
  バスケ活動費 6万円 その他生活費 18万
 収入 奨学金(私立) 77万円 バイト代 36万円 収支 △16万円(1.3万/月)
 
ここでミソになっているのがT大学に行く場合でも高岡市内の自宅からは通学時間が掛かりすぎるので富山市内にアパートを借りざるを得ず、その費用が結構掛かることであった。ところが海香さんのマンションに同居すると、それが丸ごと浮くのである。
 
その結果、地元の国立T大に行くより東京の私立W大学に行った方がずっと経済的な負荷が小さく、地元なら月7.6万の親の支援が欲しいが、東京に行けば月2万ももらえたら充分やっていける、と説明したのである。
 
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この数字を見て、お母さんがかなり軟化した。それでしばらく考えていたお父さんが「お前、やはりW大のバスケ部に入りたいか?」と訊く。
 
「うん。それでインカレとか皇后杯に出たいよ」
と奈々美。
 
「皇后杯には高校の時にも1度行ったな」
「うん。あの時はベンチに座れなかったけどね」
 
「分かった。じゃ東京に行ってもいいけど、大学の4年間、本当に勉強とバスケに専念すること。恋愛禁止」
 
とお父さんは言った。
 
「うん。頑張る。ボーイフレンドは面倒くさいし当面要らないや」
と本人は言っていた。
 

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話がまとまった所で、私と海香さんは東京に戻ることにするが、ふとお母さんが「唐本さん、相沢さん、高岡のちゃんぽん食べたことありますか?」と言った。
 
「横浜とか長崎の中華街で結構食べていますが、何かこちらのちゃんぽんは特徴があったりするんですか?」
と私は訊く。
 
「中華料理屋さんのちゃんぽんとはまるで違う、ちゃんぽんがあるんですよ」
とお母さん。
 
「へー!」
 
「ああ、あれは面白いです」
と青葉も言う。
 
それで食べ物のことなら、あの子たちを呼んでおかないと苦情が出るなというので、金沢市内で「食べ歩き」していた政子と美空も呼んで、食べに行くことにした。
 
青葉は自動車学校に行くというので先に帰ったのだが、入れ替わりで政子と美空がやってきて、奈々美、奈々美の御両親、私と海香さんも入れて7人で高岡駅の今庄という、そば・うどんのお店に行く。
 
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「これは凄い!」
と政子が声をあげた。
 
「富山って西日本と東日本の境界線でしょ? 正確には呉羽山を境にガラリと文化や人の気質とかも変わるんですよ。富山では呉羽山の西を呉西、東側を呉東と言うんですけどね」
とお母さんは解説する。
 
「それで西日本はうどん文化、東日本はそば文化、その境界線上にあるから、こういうメニューができたんです」
 
この高岡駅今庄の「ちゃんぽん」というのは、丼の半分にうどん、半分にそばが入っているのである。
 
政子も美空もこのメニューを物凄く面白がっていた。そして政子はその場で何やら詩を書き始める。
 
「ちゃらんぽらんな恋?」
と私はそれを覗き込んで呆れたように声をあげた。
 
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「ちゃんぽん→ちゃらんぽらんですか?」
と奈々美は感心している。
 
「ちゃらんぽらん、って語源は何だろう?」
「チャラホラの音便化だったと思う。チャラは『チャラにする』とかのチャラ、ホラは『ホラを吹く』のホラ」
 
「要するに適当で中身が無いということか」
「まあそういう意味だよね」
 
「博多のちゃんぽんの写真を撮ってこようよ。誰か持ってないかな?」
と政子は言う。
 
「博多のちゃんぽん?」
「ああ、筥崎宮(はこざきぐう)のでしょ?」
とこれは海香が知っていたようだ。
 
「長崎とかではビードロと言いますよね。フラスコみたいなガラス製のおもちゃで息を吸ったり吹いたりしてペコポコという音がするやつです」
 
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「ポッペンとかともいうやつですね」
 
「そうそう。筥崎宮のちゃんぽんは一時期途絶えていたものを40年くらい前に九州大学の先生が古文書を研究して復元して、それを9月の放生会(ほうじょうや)の日だけ数量限定で頒布しているんです」
と海香は解説する。
 
「なんか貴重なものっぽい」
 
「音響的にも興味があるので」
「おお、専門家!」
 
私はそれで博多に住んでいる従姉の明奈に電話してみたら、友人が筥崎宮でゲットしたものを持っていたはずだと言い、確認して10分後に連絡をくれた。撮影・演奏などするのもOKということであった。
 
「じゃ博多に撮影に行くついでに長崎新和楼のちゃんぽんも食べてこよう」
「やはりそうなるのか」
 
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なお、海香はこれまで調布市内に住んでいて、神田のマンション(旅館の東京事務所兼用)に引っ越すことになったのだが、その空く調布市のアパートに、同じく青葉の友人で東京外大に通うことになった大谷日香理が入ることになった。更に、神田のマンションの方には、その週の金曜日・25日になってからやはり青葉の友人でFlying Soberのリーダーである清原空帆も同居することになった。
 
話を聞いた鮎川ゆまが
「海香ちゃん、可愛い女の子が何人も同居するからといって野生に戻ったりしないように」
と釘を刺していたが
 
「えー!? 私レズじゃないですよー」
などと海香は言っていた。
 

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「そうなの?雰囲気がてっきりレズかと」
「私、ふつうに男の人が好きです」
「ちなみに処女?」
「処女ですけど」
 
「25歳にもなって処女って珍しいね」
とゆまが言うので
 
「ゆまさん、一般的には結婚するような相手ができるまでは処女という女性が多いですよ」
と和泉はコメントしていた。
 
「私、結婚したいと思った女が今まで5人いて、全員に処女を捧げた」
とゆま。
「いや、その話は原理的におかしい」
 
「もうひとり男の娘と恋人になったこともあるんだけど、その子とは一度もセックスしなかったんだよねー。だって彼女にはヴァギナが無いから結合不能だったしさ」
とゆま。
 
「その話も微妙におかしな気がします」
 
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「その娘(こ)、もう立たなかったんですか?」
 
「ううん。立ってたよ。まだタマ付いてたしホルモンもしてなかったから。それで良く硬くなったおちんちんにカッターとかハサミを当てて切り落としてあげようか?と言うと期待の目で見るのが面白かったなあ。私のお股に触ったり舐めたりしながら『いいなあ。僕もこういう形になりたい』とか言ってたね。だからこちらも『手術しちゃいなよ』と言ってあげると、そう言われることで彼女興奮するみたいでさ。私と付き合っている内にやっと自分のことを『私』と言えるようになったんだよ。自称を『僕』から『私』に変えるだけでも凄い心理的抵抗を乗り越えないといけないみたいね」
 
その話を聞いて私は自称で揺れていた小学校の中学年頃を思い起こしていた。
 
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「その子、もうきっと手術してますよね?」
「どうだろう。別れた後は連絡取ってないから。でもホルモンくらいはしているかもね。当時あの子まだ服は男女半々だったんだよ。それで取り敢えず男物の下着は全部捨てさせた」
「おお」
 
「それで女装外出の経験も少なかったから、スカート穿かせてお化粧させて随分連れ出したよ。女子トイレに強引に連れ込んで、列に並ばせてから私は出ちゃうんだよ。するともう心細そうな顔してるのが面白くてさ」
 
「ああ。女子化教育しっかりやってますね」
「女湯に放り込んじゃったこともあったよ」
「女湯に入ったんですか?」
「外で待ってたけど、30分くらいで出てきて髪も濡れてたし、悲鳴があがった様子もなかったから女湯パスしちゃったんだろうね」
 
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「犯罪幇助してるな」
 
「でもおっぱい無かったんでしょ?」
「無かったし、ちんちん付いてたよ」
「よくそれで女湯に入れましたね」
「まああの子、雰囲気が女にしか見えなかったからね。胸とお股はタオルで隠すとかしてたんじゃないかな」
 
「いや、人が男女を見分ける第1の要素は雰囲気なんですよ」
 
「でもホルモンもしてないとは思えないほど美人だったしウェストくびれてお尻は大きくて女性体型だったよ。実際あの子は男装しててもトイレの場所を訊くと、女子トイレを案内されることが多いと言ってたね。バイトの面接に行って『うち今女子は募集してないので』と言われてそのまま帰ってきたこともあったと」
 
「女子としてバイトすればいいのに」
と海香さん。
 
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「その勇気は無いと言ってた。でも男女問わないイベントのバイトに応募して採用されて現地に行ったら女子の衣装渡されたので、そのまま着て仕事したことはあったと」
 
「完全女子生活まで、あと1歩ですね」
 
「そういう子はさっさと本当の女の子になるべきですね」
と小風も言っていた。
 
 
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