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■夏の日の想い出・種を蒔く人(2)

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私は風花の電話を受けた時は、七星さんに頼むつもりだったのだが、彼女に電話しようとした所でハッと気づく。
 
七星さんは今ニューヨークだ!
 
3月は私がKARIONの方を主としてやっているので、その間にスターキッズ自身のアルバムを作りにニューヨークに行っているのである。
 
「えっとフルート吹けるのって誰だっけ?」
などと独り言を言いながら考える。政子は吹けるけど、まあ吹けるというレベルであって、特に『雪の世界』の透明感のあるフルートは表現力と「巧さ」を要求する。あまり政子には吹かせたくない。
 
光帆はフルートがかなり上手い。しかしXANFUSはKARIONのステージのすぐ次だ。頼むわけにはいかない。アスカさんはフルート物凄くうまいけど、彼女はヴァイオリニストなので人前ではフルートは吹かないポリシーだ。七美花はどうだ?
 
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それで電話してみたのだが、明日は民謡の演奏会があるらしい。ついでに清香伯母(この人も横笛は上手い)も同じ演奏会に出るらしい。線香花火のアンに電話してみると、そちらもツアー中ということであった。
 
「うーん、こないだも負荷掛けたから申し訳ないけど」
と私はためらいながら千里に電話してみた。
 
呼び出し音無しでつながって
「おはようございます、蘭子ちゃん」
と千里の声。
 
これって私の用件も分かっている感じだな。全くこの姉妹は。
 
「千里、今、時間取れないよね?実は明日のKARIONのライブでフルート吹いてくれるはずだった秋乃風花がインフルエンザでダウンしちゃって」
 
「ごめーん。今大阪に向かう車の中で。今日の午後は東京のバスケ協会で打ち合わせがあるし、明日は練習試合があるし」
「忙しいね!」
 
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「そういう話なら青葉に頼んでくれない? あの子もう受験も完了してヒマ持てあましているみたいだから。ついでにアクアの5枚目のCDの作曲も頼むといいよ」
 
「なぜそういう話までわかる?」
「冬子って自分の考えていることがこちらに伝わってくる。サトラレに近いんだ。だから冬って嘘をつけないよね」
 
「私、嘘が下手だとは言われる。でもそんな思念を感じ取れるのは千里とか青葉とかだけだと思うけど」
 
「そうかな。それで青葉の交通費は私が出すからと言って呼び出して」
「いや、今回はそれ私が出すよ」
 

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それで青葉に連絡してみると来てくれるということで私はホッとした。彼女からはその少し後でメールがあり、車で走ってくるということであったので《安全運転でね》とメールしておいた。
 
私自身は政子と一緒に午後の新幹線で福島に入った。
 
翌日(熟睡している)政子は甲斐窓香に見てもらっておいて早朝からスタジオに入り、本番通りのリハーサルを行った。今回参加したメンツは
 
Gt.TAKAO B.HARU Dr.DAI Sax.SHIN Tp.MINO KB.響美 KB/Vn.夢美 Fl.青葉
 
である。青葉は白銅製のフルートを持っていたが、青葉は息の力があるので総銀の方がいいとSHINが言い、備品として持って来ていたヤマハの総銀製のフルートを貸してそれで吹いてもらった。また私も忘れていたのだが、風花が『Crystal Tunes』のピアノを弾く予定だったので、それも青葉に弾いてもらった。
 
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私は今回青葉に関して、イベントの性質上ギャラは払えないけど、無理を言って参加してもらうので、交通費宿泊費は出すからと言って、念のため飛行機で往復する場合を想定して8万円振り込んでおいたが、青葉は車での往復でガソリン代と高速代を合わせても2万5千円くらいしかかかりませんからと言い、5万5千円返してきた。
 
私はそれは取り敢えず受け取った上で
 
「これは大学合格のお祝いね」
と言って別途祝儀袋に入れた3万円を渡した。
 
「わあ、ありがとうございます。じゃ遠慮無く頂いておきます」
と彼女は笑顔で言っていた。
 

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今回のライブで演奏した曲目は『雪の世界』『白雪姫は死なず』『ツンデレかぐや姫』『白兎開眼』『海を渡りて君の元へ』『長い夏休み』『夏祭りの夜に』『星の海』『雪うさぎたち』『Crystal Tunes』の10曲である。
 
『雪の世界』や『夏祭りの夜に』などは今週の水曜日に発売するアルバムの中の曲で一部先行してFMなどには流しているものの、ほとんどの観客には初公開になったがその美しい世界に観客も酔ってくれているようであった。
 
『雪の世界』は青葉のフルート、夢美のヴァイオリンが透明感のある世界を演出する。この曲はヴァイオリン二重奏なのだが、演奏技術の高い夢美は1台のヴァイオリンでその二重奏をかなり実現してくれた(音源制作の時は私と夢美で2台のヴァイオリンで演奏している)。
 
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『長い夏休み』には「イグニス、君は女の子になれ」というセリフがあり、これは小風の担当なのだが、この日の小風は「アクア、君は女の子になれ」と改変したセリフを言い、これが観客に大いに受けて「賛成!」という声まであがっていた。
 
なおアルバムは本来は9日発売なのだが、この日は特別にBlueRay付き限定版を先行してこの会場でだけ特別販売した所、3000枚以上売れた(この会場限定サービスでアルバム制作中のスナップ写真付き)。
 

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3月8日の夕方、雨宮先生から電話が掛かってきた。
 
「ケイ20億円貸して」
 
「えっと。。。。大根1本100万円とかいう話ですか?」
「いやマジで20億円欲しい。万一返せなかったら責任とって私性転換手術を受けるから」
 
「それ全然責任取るのにならないと思いますけど!? そもそも20億くらい、先生お持ちでしょ?」
 
「いや、絶対に儲かる案件があるから全力注ぎ込みたいんだ。私も個人的に40億注ぎ込むけど、ケイの資金も貸して欲しい」
 
「その絶対儲かるって話はすごく怖いんですけど」
「あんたニュース見てないの?」
「何かあったんですか?」
と言いながら私はパソコンの画面を操作する。
 
「女優**の不倫?」
「その相手が問題だよ」
「誰ですか?この無藤激勝って?」
「あんた知らないの?★★レコード元常務の息子だよ」
「それが何か?」
「これは間違いなく★★レコードの株が暴落する」
 
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「え?こんな不倫の話からそんな所に行くんですか?」
 
「話せば長くなるんだよ。千里からも10億借りる約束を取り付けた。彼女の資金は10日には使えるようになる。これは一週間くらいの勝負になるからさ。ケイの資金も11日くらいまでに調達できると助かる。ケイなら20億行けるよね? 儲けは半分渡す」
 
「うーん。何だか分かりませんけど、雨宮先生の頼みですから用意します。5億は明日そちらに送金できると思いますがあと15億は私も10日まで待ってください」
 
「うん。それでいい。じゃまた後で」
 
と言って雨宮先生は電話を切ってしまう。
 

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千里からも10億借りると言っていたなと思い、私は千里に電話した。
 
「私が自分で株取引しようと思ったんだけど、私ってすぐ寝ちゃうんだよね。寝ている間に大きく株価が動いたらやばいなと思っていたら雨宮先生が参戦するというから任せることにした。既に株価は夜間市場で下がり始めている」
 
「なんで下がる訳?」
 
彼女はこういう説明をした。
 
現在★★レコードの社内では元々の★★系の人脈と旧MMレコード系の人脈で激しい権力闘争が起きている。実は正月にTKRが設立されて松前社長がそちらの会長に就任したのもその絡みである。無藤清・元副会長はMM系の中心人物だったが、数年前に亡くなった後、社内ではその部下だった村上専務がMM系の中心となり、清氏が持っていた株は2人の息子・鴻勝氏と激勝氏が継承した。
 
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社内ではこの所MM系が優勢だったのだが、この不倫騒動で激勝氏が準子夫人と離婚に至るのではないかという観測が出ている。準子さんは★★系の中心人物で昨年亡くなった星原博秋相談役(初代社長)の娘で姉の鈴木片子とともに3%の株を持つ筆頭株主。彼女が離婚によってMM系から★★系に舞い戻ると、再び★★系の方が強くなる。
 
一方社内ではもう松前社長の退任・町添制作部長と似鳥営業部長の棚上げ、村上専務の社長昇格・佐田常務の営業部長兼任、黒岩大阪支店長の制作部長就任などMM系で中核を押さえる人事が固まりつつあった。
 
しかし激勝氏と準子さんが離婚すればこの人事が全部ひっくり返ってしまう可能性が出てきた。それで社内抗争の激化は必至とみて、それが落ち着くまで★★レコードは機能不全に陥る可能性があり、そのため業績悪化を予想して大幅な売りが出るのは確実ということであった。
 
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そして実は複数の仕手筋が今年の初め頃から密かに★★株を買いあさっていた気配があり、仕掛けるタイミングを見計らっていたようだというのである。
 

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「千里、なんでそんな詳しい内幕知ってるの〜? 松前さんが社長辞めるとか町添さんが制作部長を辞めるなんて話は全然聞いてなかった」
 
と私は言う。
 
「冬もあまり人間の業(わざ)に関心が無いからなあ。このあたりの話は多分音羽とか谷崎潤子ちゃんとかの方がもっと細かい情報を掴んでいるかもね。ゴールデンシックスのカノンも結構な情報をつかんでる」
 
「うーん・・・」
 
「まあ見ててごらんよ。雨宮先生は毎年株で数千万円の利益をあげている人だから失敗はしないとは思うんだけど、貸すお金は万一の場合は戻ってこないかも知れないという気持ちで貸すことにしたけどね。儲かったら儲けの半分をもらえる約束だし」
 
「うん。私もそのつもりで貸すけどね。でも千里10億持ってたんだ?」
「私の資金は3億しかないよ。残り7億は借りる」
「それで戻ってこなかったらやばくない?」
「その時は雨宮先生から一生搾り取るからいいよ」
「それも怖そうだなあ。でもまあ千里なら7億借りても2〜3年で完済できるかもね」
 
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「うーん。さすがに5〜6年掛かると思う。しばらくはアクアで稼がせてもらうけどね」
 
「確かにアクアのプロジェクトは利潤も凄いね」
 

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実際の★★ホールディングの株価はその日の夜間市場で大暴落し、翌9日の通常市場では朝1番からストップ安の気配で売り注文が殺到。売買が成立しないまましばらく売り注文だけが増えていったが、やがてそこに大量の買い注文が入って全部買われてしまった。
 
するとどうも仕手筋が介入しているという観測から今度は買い注文がどんどん入り、やがてストップ高の気配になる。そして買い注文がかなり溜まった所で大量の売りが入って、これも全部はけてしまう。
 
そんなことをしている間に9日の午後には女優の**が記者会見して不倫の事実を認めた。一方の激勝氏側は会見にも取材にも応じない姿勢であった。しばらくする内に兄の鴻勝氏の大阪支店営業部長辞任の噂がネットに流れ、証券取引所がいったん売買を停める騒ぎになるが、緊急に大阪支店の黒岩支店長が記者会見をし、鴻勝氏が辞任した事実は無いが本人からしばらく休養したいという申し出があり了承したことを認めた。
 
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そして株価の方はこの後、何度もストップ安とストップ高を繰り返す状態となり、この銘柄の取引に投入された資金はあっという間に会社の時価総額を遙かに超えて、1兆円を越した。
 

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株価がやっと落ち着きを見せたのは不倫報道から1週間経った3月15日であった。
 
無藤準子さんが昼過ぎに記者会見をし、昨日都内のマンションに身の回りの物だけ持ってひとりで引っ越したこと。夫とは離婚を前提とした話し合いを弁護士を交えてしていることを公表するとともに自身が所有していた★★ホールディング株を全て市場で売却したことも公表した。
 
これで社内のバランスが★★系に傾いたのは確実とみられたことから社内人事は両者の妥協的なものになるのではという観測が高まる。そしてその日の夕方、松前社長と村上専務が並んで記者会見をし、6月の株主総会の場で松前社長が「代表権のある」会長に就任するとともに村上氏が新社長になる案を提出予定であること、町添制作部長と似鳥営業部長は留任させる予定であることを明言した。
 
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これは事実上の★★系の勝利であるが、株価の乱高下が起きている中で実際問題として★★レコードは9日以降、指揮系統の混乱から業務が停滞しており、早く事態を収拾すべきという、メインバンクからの強い要請で話がまとまったようであった。
 

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「いやあ、30億すっちゃった」
と卍卍プロの三ノ輪会長は、あっかるく記者会見をした。
 
「今回の★★株の変動に参戦なさったんですか?」
 
「そうそう。9日のお昼頃に何だか★★ホールディング株が激しく値動きしているのに気づいてさ。すぐ買い注文を入れたらストップ高で買っちゃったのよね。でも明日も上がるだろうと思ったらどんどん下がるじゃん。それで慌てて損切りしたら売った時がストップ安で、そのあとまた上がるんだもん。株って怖いね」
 
卍卍プロはローズ+リリーがデビューした時に極めてキャラがかぶっていたドッグ×キャッツというユニットを売り出したものの全く売れなかった。その後ローズ+リリーが私の性別問題から一時活動停止に追い込まれた時、ドーム公演を敢行して1億円の赤字を出した。
 
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またAYAがデビューする時に、元々3人であったAYAの、ゆみ以外の2人を引き抜き、テスレコというデュオとして売り出したものの、AYAのプロジェクトを進めていた$$アーツ・H出版社・ロイヤル高島氏の遺族の3者から訴えられ、最終的には和解して20億円の賠償金を支払うとともにテスレコの活動禁止の条件を呑んだ。
 
それ以外にもこのプロダクションは度々様々なトラブルに顔を出して、その度に億単位の赤字や賠償金支払いが発生している。
 
にも関わらずこのプロダクションが倒産しないのは、芸能界の七不思議のひとつだと、松原珠妃は言っていた。
 

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夏の日の想い出・種を蒔く人(2)

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