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■夏の日の想い出・種を蒔く人(6)
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「でも今日みたいなケース、係員に言われなくても、ちんちん付いてなかったら、浴室の中から他の男性客に通報されちゃうかもね」
「あ、そーか」
「男湯に入りたかったら、ちゃんとタックは外して、ちんちんあるようにしておかなくちゃ」
「そうでした」
「それに今日の下着は?」
「実は女物の下着、つけてたんです」
「まさかスカート穿いてないよね?」
「実はついさっきまで穿いてました。今日は番組の前宣を兼ねたスナップ写真の撮影があってさんざん女の子の服を着たから、気分が女の子になってしまって夕食の後、部屋でスカート穿いてくつろいでいたんですよねー。でもお風呂行く時にスカートまずいかなと思ってズボンに穿き換えました。でも下着はそのままで」
「まあ最近はスカート穿く男の子も普通にいるけどね。私の友だちの男の子にも何人かスカート好きな子いるよ」
と丸山アイ。
「やはり、いますよね?」
と言ってアクアは何だか自分が特殊ではないように思えて安心した。
「でもスカート穿いてなくても、ブラとかショーツ着けてたら男湯に入るのはかなり無理があった気がする。それにアクアちゃん、ブラ跡が付いてるし」
「これ取れないんですよ〜」
「あれだけ女装してたらね」
「みんな僕に女装させるんです」
「アクアちゃん可愛いからいいんだよ。でも、タックって、してる最中は睾丸が体内に入っていて体温のせいで活動性が悪くなるよ。ずっとやってると睾丸の機能が死ぬ可能性もあるし」
「あまり睾丸に働いて欲しくないから。僕、女の子になりたい訳じゃないけど、声変わりは一生来なければいいのにと正直思っているんですよねー。だから万一機能停止しちゃったらその時という気もするし」
「だったら取っちゃえばいいのに。そしたら間違いなく声変わりは来なくなる。睾丸取ってくださいって署名が50万通だったっけ?」
「あれ絶対悪ノリして署名してる人が大半ですよ。それにネット署名だもん。ひとりで何千と署名した人もいそうだし。僕実際、睾丸はまだ取りたくはないですけど、あまり働かれたくもなくて」
「ああ。何となく分かる。君はひょっとしてと思ってたけどMTXに近いのかな?」
「MTX?」
「分からなかったら、後でネットで検索して調べてみるといいよ」
「そうします」
「それとさ。睾丸取る取らないと関係無く、君、今のうちに精子の冷凍保存しておいた方がいい。よくタックしているのなら、精子がやがて生産されなくなる可能性あると思う。子供欲しいんでしょ?」
「ええ」
「維持費用は掛かるけど、君の収入なら問題無いし」
「そうですね・・・」
「でもアクアちゃん、人気アイドルなのに、女湯に入るのはやはり危険だよ。こういう旅館なら貸し切りにできる家族風呂とかあるからさ。そういう所を借りたらいいんだよ」
「そういうのがあるんですか?」
「今度からマネージャーさんに言ってごらんよ」
「そうしようかなあ」
「だってアクアちゃん、若い子には顔知られているもん。万一女湯不法侵入とかで逮捕されたら、とんでもないことになるよ」
「それはそう思ったんですけど」
「でもまあ、自分の性別のことは20歳くらいになるまでに決めればいいかもね」
と丸山アイは言う。
「実は親しい人何人かからそう言われています」
とアクア。
「今夜のことは私も黙っているし。でも他の女性客が来る前に出た方がいいかも」
「そうします」
と言ってアクアは出ようとするが、
「まだ身体が温まってないでしょ?100まで数えてからあがったら?。多少の時間は他の客が来ても誤魔化してあげるから」
と丸山アイが言うので
「ありがとうございます。そうしようかな」
と言ってアクアは数を数え始めた。
2016年3月19日からKARIONの春のツアーが始まった。今回の日程はこのようになっている。
03.19(土)那覇 03.20(日)福岡 03.21(祝)金沢 03.26(土)名古屋 03.27(日)幕張 04.02(土)札幌 04.03(日)仙台 04.09(土)東京 04.10(日)大阪
ツアーに同行するのはこういうメンバーである。
Gt.MIKA B.HARU Dr.DAI Sax.SHIN Tp.MINO KB.響美 KB/Vn.夢美 Fl/篠笛.風花 Gl.綾部美織 笙/篠笛/Fl/Sax.今田七美花 龍笛/篠笛/Sax.鮎川ゆま Vn.長尾泰華 琵琶.田淵風帆 Chorus:Voice of Heart
今回龍笛を吹いてもらうことにした、ゆまは南藤由梨奈の方のツアーはゴールデンウィークなので今回こちらに参加してくれた。龍笛はかなり吹き手を選ぶ。元々千里や青葉のような名手を想定してパートが作られているので、そんじょそこらの吹き手には吹けないのである。
今回グロッケンシュピールを演奏してくれることになった綾部美織さんは音大の風花の後輩である。打楽器科であるが、同じ古楽器研究会に所属していて交流があったことからお願いした。
ところで3月6日の震災復興ライブまでは顔を出してくれたTAKAO(相沢孝郎)は2月25日を持ってトラベリング・ベルズを退任し、代わって妹の海香さんがMIKAの名前で加わることになったのだが、トラベリング・ベルズでは孝郎さんの後任のリーダーを誰にするか話し合った。
「最年長のMINOさんに1票」
とSHINは言う。
トラベリング・ベルズの各メンバーの生年はTAKAO 1980 MINO 1981 HARU 1982 DAI 1984 SHIN 1986 であった。MIKAは1990生まれである。TAKAOからは10歳も年下の妹だ(亡くなった孝郎の弟=海香の兄は1985生)。
「俺はリーダーの柄じゃないから、最年少で前リーダーの後任のMIKAちゃんに1票」
とMINO。
「さすがに新入りがリーダーってのは無いよ。私は辞退するから他の4人の中から決めて欲しい」
とMIKA。
「うーん。だったらMINOの最年少を選ぶというロジックではSHINになるな」
とHARU。
「あ、それもいいかも。最年少だけど実は最古参メンバーだし」
とDAI。
トラベリング・ベルズの加入順序は和泉と蘭子を除けば TAKAO・SHIN→HARU→DAI→MINO である。ただ全員2008年夏の1stアルバム『加利音』までには揃っているので実際には加入順序は誤差の範囲だ。TAKAOとSHINはデビュー直後の1月中旬のキャンペーンにも参加している。ただし当時はインペグ屋さん(ミュージシャンの手配業者)の斡旋で来ただけだったし、毎回参加していた訳でもない。
「よし。決を採ろう」
とMINOが言う。
すると SHIN 3票、MINO 1票、棄権(MIKA) 1票で、SHINがリーダーに推挙された。
「ちょっと待って。俺みたいなちゃらんぽらんした奴がリーダーやったら、トラベリング・ベルズの性格が変わっちゃうよ」
とSHINは焦って言う。
「それもいいんじゃない?」
「コミックバンドに衣替えしてもいいな」
「毎回変な衣装着るとか」
「いや、それ既に今までもやらされている気がする」
「小風ちゃんが毎回変なこと思いついてはやらされてるからな」
そういう訳で新しいリーダーはSHINに決定したのである。
3月19日・那覇マリンセンター(3200人)でツアーの初日が始まる。
1ベル、2ベルが鳴り、客電が落ち、緞帳があがる。拍手が来る。
KARIONの4人はお揃いのふわっとした白いドレスを着ている。白雪姫をイメージした衣装である。
オープニングは『雪の世界』である。響美さんのシンセサイザーが風のような音を出す。夢美と泰華のツイン・ヴァイオリン、風花のフルート、七美花のピッコロ、それにSHINのアルトサックスとゆまのソプラノサックスの音がとても美しい。その美しい音に乗せて、透明感のある声の和泉をリードボーカルとするKARIONの4人の声が響く。
この曲ではドラムスのDAIは静かにハイハットだけをチチチチと打っている。
舞台は洋風のお城を遠景とする森の中のようなセットが組まれており、舞台後方のホリゾント幕に雪が降る様子が裏側から映写されている。実際に若干の紙を小さな三角にカットして作った雪もステージの上の方から落として、雪が降っている雰囲気を醸し出している。
雪のセットというのは昨年春のローズ+リリー(「雪月花」にちなむ)のツアーでもやったが、ステージの作り自体は今回のKARIONツアーの方が凝っている。
舞台左手には白雪姫と7人の小人の小屋をイメージした小さな小屋が置かれている。これは実は2014年12月のローズ+リリーのツアーのセットで使った和風の民家を少し改修して洋風?の外装にし、今回使うことにしたものである。
静かで美しい演奏に観客は手拍子も打たずに聴き惚れていた。
そして演奏が終わると同時に物凄い拍手が来た。
「こんにちは、KARIONです」
と4人で一緒に挨拶する。
「今の曲は先日発売したKARION 10番目のアルバム『メルヘンロード』から『雪の世界』、福留彰作詞・TAKAO作曲の作品でした。演奏者を紹介します」
と和泉が言う。
「ボーカル:KARIONのいづみ」
「みそら」
「らんこ」
「こかぜ」
とここは尻取り順に各々名乗り、それぞれ拍手をもらう。その後、和泉が伴奏者を紹介する。
「シンセサイザ:川原響美」
「ヴァイオリン:川原夢美・長尾泰華、胡弓:若山鶴風」
「フルート:秋乃風花、ピッコロ:若山鶴海」
「コーラス:Voice of Heartのアユ・エビ・キス・タラ」
「グロッケンシュピール:綾部美織」
「アルトサックス:SHIN、ソプラノサックス:鮎川ゆま」
「トランペット:MINO」
「ドラムス:DAI」
「ベース:HARU」
「ギター:MIKA」
ひとりずつ拍手をもらうのだが、最後にMIKAを紹介した時、会場内にざわめくような声がある。すると和泉が言う。
「ちなみにギターのMIKAは先日までは男性でTAKAOと名乗っていたのですが、性転換して女性になりまして、MIKAと改名しました」
「え〜〜!?」
と会場の声。
「あ、MIKA、本人からも一言どうぞ」
と和泉。
「どもども、性転換して女になりました。TAKAOあらためMIKAです。女になってしまったけど、男に負けないようなパワフルなギター弾きますのでよろしく」
会場がかなりざわめいている。
「ちなみにMIKA、誕生日も変わったよね?」
「そうそう。TAKAO時代は1980年11月17日生の35歳だったんですけど、性転換してMIKAになった途端、誕生日が1990年5月30日生の25歳になっちゃいました。性別が変わるのと同時に年も10歳若くなりましたね。星座も蠍座から双子座に変更です」
会場が更にざわめいている。
「最近の性転換手術って年齢も変わるんですか?」
と小風が訊く。
「そうなんですよ。おちんちんが10年分の年齢を持っていたから、それを取ることで若返ったみたい」
とMIKA。
「だったら若くなりたい男の人はおちんちん取るといいね」
と美空。
会場はかなりざわめいている。
「で、実際はどうなってるんだっけ?」
と横からSHINが訊く。
「うん。実は私はTAKAOの妹なんです」
会場が何だか安心したような空気に変わる。笑い声も多く響く。
「兄貴が先日テレビ放送でも映っていた旅館の社長になってしまったので、代わりに妹の私が同じギター担当で加入することになりました。みなさん、よろしくお願いします」
とMIKAはあらためてお辞儀をして観客に挨拶した。
会場は笑い声に包まれ、続けて大きな拍手が送られた。
「ちなみに今演奏した『雪の世界』は福留彰さんと兄貴がKARIONに書いた最後の曲ということになります」
とMIKAが言うと、あらためて拍手があった。
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