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■春始(10)

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青葉は昨日はスタジオでの作業がかなり遅くまで掛かったこともあり(本当は高校生を深夜まで使ってはいけないのだが、青葉にしても七美花にしても真知子にしても、そもそも高校生であることを忘れられている)ホテルに泊まったのだが、この日は夕方で終わったので、そのまま高岡に戻ろうと思ったものの、取り敢えず、その旨桃香に電話した。
 
すると桃香が
「仕事終わったの?だったら、こちらに来てよ。お腹空いた」
などと言う。
 
へ?
 
「千里が最近忙しいみたいでさ。この週末も四国にバスケの試合で行ってるんだよ。最近千里、冷凍ストックを作る時間もないみたいで、千里が居ないと、私はカップ麺とコンビニ弁当で命を繋がねばならん」
 
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要するに青葉に御飯を作って欲しいということのようである!
 
しかし桃姉、自分で御飯を作るという選択肢は??
 

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そういう訳で、今日中に高岡に戻ることは諦めて(結果的に明日11月2日は学校を休むことになるが、実際には3日が祝日であるため2日を休む生徒も割と居る)、経堂の桃香の所へ移動した。経堂の駅を降りた所でOdakyu OXで買物をしてからアパートに入った。
 
「桃姉、ちー姉がお嫁に行っちゃったら、どうすんのさ?」
と青葉は晩御飯を作りながら言う。
 
「そんなの絶対阻止」
と言ってから、桃香は少し小さい声で青葉に訊く。
 
「千里は、細川さんとは結局、どうなってんだっけ?」
「私もよく分からないんだけどね〜」
と青葉は前提を置いてから言う。
「まあ、不倫で慰謝料請求されない程度に付き合っているんじゃないかなあ」
「なるほどねー、でもセックスはしてるんだろ?」
「たぶんしてないと思う」
と青葉が言うと
 
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「セックスせずにどう付き合う?」
などと桃香は言う。
 
桃姉も恋愛観が壊れているよなあと思いつつも
「まあ、お話したり、お茶飲んだりじゃないの?」
と青葉は言った。
 
「そんなので満足できるもん?」
「細川さんは満足できないだろうけどね」
と言いながら青葉は苦笑したが、少し小さな声で言った。
 
「ここだけの話さ、桃姉」
「うん?」
「私もそうだけど、ちー姉もそうだと思うんだよね。やはり睾丸を取ったことで性欲が100分の1になった感じなんだよね」
 
「うむむむ」
と言って桃香は腕を組んで考えていた。
 

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翌日、青葉は午前中千里の机を借りて受験勉強をしていたのだが、お昼近くまで寝ていた桃香が「青葉がいる内に食料の冷凍ストックを作って欲しい」などと言い出したので、14時すぎ、桃香の運転で大型スーパーまで行くことにした。
 
「でも桃姉も少し料理覚えたほうがいいと思うよ」
と青葉は言う。
 
「しかし千里は私に『何もしなくていい。座ってて』と言う」
「あぁ」
 
料理センスの無い人に手伝われると、邪魔なだけだからなあ。
 
「取り敢えず単身赴任の男性向けの料理の入門書とか見るといいかも」
「見たことあるけど、悩むのがさ」
「うん?」
「調味料の分量で『少々』とか『適量』とあるのがさっぱり分からん」
「なるほどー」
「何グラムとか書いてあれば、それで計って入れるのに」
 
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「あれ、逆に細かい数字が書いてあると分からないと言う人もあるんだよね」
「千里がそれみたいだ。これ○グラムとか書いてあるよと言っても、そんなの適当でいいんだよと言って計りもせずに、スプーンの先にちょっと取って放り込んだりしている」
 
「わりと料理の得意な人はそれやる傾向が多いんだよね。きちんと計らないと気が済まないのは、お菓子作りの好きな人に多い」
 
「へー」
「桃姉、お菓子作りやってみたら? クッキーとかパウンドケーキとか作ってみるといいと思う。お菓子作りの本ならきちんと何グラムとか書いてあるよ」
 
「なるほどー。しかし私はクッキー焼いて好きな人にあげるとか、そういう乙女みたいなのは趣味じゃ無いし」
 
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「別にプレゼントしなくても自分で食べればいいと思うよ」
「でも私は甘いものよりお酒だし」
 
「なんか道は遠いなあ」
 

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そんなことを言いながらも、桃香は青葉の買うものの「荷物持ち」をしてくれて、山のような食材をミラに積んで帰途に就く。
 
ところがその帰り道、乱暴に割り込んできた車に焦った桃香がハンドルを切りすぎて車を縁石にぶつけてしまい、動かなくなってしまったのである。それでJAFの会費がもったいないと言って2年前から更新をサボっていた桃香は千里の会員番号を借りようと、千里に電話をしたのであった。
 

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「ちょっと青葉と替わって」
と千里が言うので、桃香は電話を青葉に預ける。
 
「ちー姉、お疲れ様」
と青葉が言うと、千里は
「海坊主さんと替わって」
と言う。
 
青葉はうーん・・・何でちー姉は海坊主なんて名前を知ってんだ?と思ったものの、海坊主のいる場所付近に携帯を掲げる。桃香が何やってんだ?という感じで見ている。
 
千里の側では《こうちゃん》が海坊主に語りかける。
 
『やあ、どういう状況?』
『フェンダーが曲がっちまって。何か工具があれば取り敢えず動くようにはできると思うんだけど、この車、何にも載ってないみたいで』
『俺も力貸すから、一緒に引っ張らないか?』
『あんた、かなり力ありそうだな』
 
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(青葉には海坊主の声しか聞こえていない)
 
それで青葉は海坊主に言われて軍手をはめて曲がっているフェンダーの所に手を掛ける。桃香に携帯を持っていてもらう。桃香は何も無い中空に携帯を掲げていてと言われて訳が分からない顔をしている。
 
『行くぞ。せーの』
と海坊主が声を掛けて、青葉がフェンダーを引っ張る。実際には力を出しているのは青葉の眷属《海坊主》と、千里の眷属《こうちゃん》である。
 
『おっ、動いた。もう少しだ』
『じゃ、もう一度。せーの』
 
それで再度引っ張る。
 
『おお、これで何とかなりそうだ』
 
青葉のそばでは桃香がびっくりしたような顔をしている。
 
「青葉、なんつー怪力!」
「ちー姉(の多分眷属さん)のおかげだよ」
「でも千里は電話の向こうにいるのに」
「でも電話の向こうのコンピュータはこちらからの指令で動くよ」
「青葉や千里はネットワーク・コンピュータか?」
「ああ、それに近いものがあるかも」
 
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青葉がストック用にシチューとか、唐揚げとかを作ろうと下ごしらえをしている内に千里も帰宅した。
 
「駐車場見てきたけど、あれは簡単に直せるよ。休み明けにでも車屋さんに持ち込んで直してもらうから」
と千里は言う。
 
「修理代どのくらい?」
「3万くらいでしょ」
「高い」
「そのくらいで済めば充分だと思うけどな」
「そもそもあの車、3万で買ったのでは?」
 
「まあ、そうだけどね。でもここまで修理代は30万くらい使ってるね」
と千里。
「ごめーん。それ大半が私のせいだ」
と桃香。
 
「まあ怪我しなければいいよ」
と千里は言った。
 

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その夜は部屋の真ん中にパーティションを置き、奥側に千里と桃香、手前側に青葉が寝たものの、青葉は聞こえてくる「物音」に閉口する。もう。桃姉たちも、私を泊める時は少し控えるとかは考えないの〜? などと思うものの、これはさっさと眠ってしまうに限ると思い、青葉は無理矢理自分を深い睡眠に誘導した。
 
しかしその晩は実は千里の方が積極的に桃香を誘っていた。今日大阪で京平を抱いてきて、そして保志絵さんと話してきて、心の中にいろいろな感情が吹き荒れていて、それをどこかにぶつけたかったのである。桃香も千里に「今日は何かあったのか?」などと小声で言いながら千里の求めに応じていた。
 
この日千里は桃香と3回もした所で深い眠りに落ちていった。
 
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2013年9月。新婚わずか1ヶ月半の貴司とホテルで密会した千里は貴司から「子作り」への協力を求められ了承した。
 
しかしどうもすっきりしない気分である。結局自分は貴司の性欲処理係?などと思って、少し悶々とした気分だった時、千里は本屋さんで大学の友人・美緒に遭遇した。取り敢えず近くのプロントに入って話す。
 
「千里、なんか沈んでるね。失恋でもした?」
「そうだね。ずっと好きだった彼が先月結婚した」
「ふーん。でも千里には桃香がいるじゃん」
「桃香とはただの友だちだよ」
「あんた、最初からそういう見解だったね」
「私の恋愛対象は男性だもん」
 
「それでその彼のことずっと好きだったんだ?」
「うん。でも先週、その彼と密会した」
「新婚なのに!?」
とさすがの美緒も驚いている。
 
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「男の子って性的に到達できたら、奥さんでもそうでなくても構わないのかなあ」
「ああ、男ってそういうもんだよ。男はね、ちんちんの付属物なんだよ」
「なるほどー」
「千里の場合は、ちんちんに隷属していたのを独立して自由になったんだな」
「あ、確かに私、ちんちんのせいで苦しんだもん」
「自由になれて良かったね」
 
「でも私、彼と毎月会って射精に協力する約束しちゃった」
「なんて大胆な」
「私って、あいつの愛人になったも同然かなあ。これまであいつの奥さんのつもりだったのに」
 
美緒は少し考えていたが言った。
「妻と妾とか、正妻と愛人とか、正室と側室とか、そういうのは西洋文明に毒された考えだと思う」
 
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「ほほお」
「平安時代の通い婚というのが、やはり日本の基本的な恋愛の形なんだよ」
「ふむふむ」
「男はたくさん妻を作る。その時、誰が正妻でだれが愛人かなんて考えはない。みんな自分の妻なんだよ」
「ああ、わりと男って自分の好きになった女は全部自分のものと思ってるよね」
 
「そうそう。それで結果的には、跡継ぎになるような男の子を産んだ妻と、天皇に差し上げられるような女の子を産んだ妻が特に大事にされる。男女両方を産んでいると理想的」
「なるほどー」
「要するに産んだものの勝ちだな」
「うーん・・・」
「その点、千里は子供を産めないのは圧倒的に不利だから、まあ法的に結婚してもらえなかったのは、とりあえず仕方ないと開き直ればいい。毎月会ってHなことすることを約束したということは、今でも千里はその彼の奥さんなんだよ」
 
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「あ、そうなるのかな・・・」
「これまでもずっと彼としてたんでしょ?」
「何百回とセックスしてる。実は彼とはもう10年半付き合ってきたんだよ」
「それは凄い!」
と美緒は言った上で、千里に言った。
 
「だったら千里とその彼の関係は今までと何も変わらない。千里、もっと自信を持って、その彼との関係を続けなよ」
 
恐らく元々男女関係に関する観念が崩壊しているに近い美緒でなければ、こんなとんでもないアドバイスはしなかったろう。
 
「私も、奥さんのいる男2人と今付き合ってるよ」
「相変わらず凄いね!」
 
「奥さんから訴えられたらその時だけどさ。でも、千里の話を聞いていると、それむしろ千里のほうがその結婚した女を訴えられるくらい、千里の方が正当な妻だという気がするよ」
 
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「私、美緒と話して良かった」
「まあ、私はふしだらな女だと言われるのには慣れてるし」
「私も不道徳な女だと言われても気にしなければいいんだね」
「そうそう。一妻一夫制なんて、明治以降に唐突に出てきた考え方に過ぎない。伝統的な日本人の男女関係を続ければいい」
「なんかそれ凄いかも」
「それで男の態度でストレス感じたらさ、何かでぱーっとすることしてストレス解消すればいいんだよ」
「ぱーっとすることか」
 
「私は海外旅行とか行ってくると結構気が晴れるけどね。千里パスポートは持ってる?」
「持ってたけど、この5月で期限が切れちゃった」
「でも前のパスポートは男だったんでしょ? せっかく女になったんだから、再度女のパスポートを取ればいいんだよ。それでラスベガスとかに行ってカジノでもしてくるとか」
「そんなにお金無いよ!」
 
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確かに旅行とか行ってくるのもいいかも知れないなあと思って道を歩いていた時、千里は中古車屋さんに目を留めた。中でも千里の目を引いたのは「30,000」と書かれた紙の貼られた赤いミラである。
 
千里が立ち止まってその車を見ていたら、スタッフの人が寄ってきた。
 
「中に入って、よく見られませんか?」
「あ、そうですね」
 
この時期千里は全てに関して自信を失っていたことから、運転についても自信を喪失ぎみであった。昨年7月の婚約破棄以来、愛車のインプもほとんど運転していない。しかしこの時は、こんな小さな車なら動かせるかもという気がしたのであった。
 
「ちょっと型式が古いのでこのお値段なんですよ。車自体はそんなに傷んでいませんよ」
「確かに凹みとかはそう多くないですね」
「ええ。フレームに響くような傷はありません」
 
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「距離はどのくらい走っています?」
「どのくらいかな。ちょっと待って下さい」
と言ってスタッフさんはそのミラの鍵を持って来てくれた。
 
スイッチを入れるとオドメーターに 223606 という数字が表示された。
 
「すごーい。ルート5だ」
「え?」
「√5=2.2360679 富士山麓オーム鳴く、ですよ」
「ああ、そんなの習いましたね。何でしたらちょっと試乗してみられます?」
「してみます!」
 
それで千里が運転席に座り、スタッフさんが後部座席に乗って、お店の近くを周回する。スタッフさんは
 
「お嬢さん、凄い運転うまいですね」
と感心する。千里はここで褒められたことで、また自信を少しだけ回復した。
 
「この車気に入っちゃった。買います」
「じゃ事務所の方で手続きしますね」
 
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それで千里はこのミラを衝動買いしてしまったのである!
 

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