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■春始(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2016-02-27
大会が終わった後で、40 minutesと江戸娘の合同打ち上げ(食事会)を鳴門市内の焼肉店で開いた。お金は千里が半分出して、残り半分は江戸娘オーナーの上島雷太さんから預かっていたお金を使った。
「いや、上島さんのおかげで今年は負担が少なくて助かってますよ」
と江戸娘のキャプテン・青山玲香は言う。
「これで強い子が残ってくれるようになると、江戸娘もオールジャパンに行けるようになるかもね」
と江戸娘創立者の夕子は言う。
「でも今年、村山さんは大活躍でしたね」
と江戸娘のメンバーのひとりが言う。
「ああ、千里はよくやったと思うよ」
と橋田桂華も言う。
「全日本クラブバケット選手権で優勝・3P女王、ユニバーシアード4位・3P女王、アジア選手権優勝、そして社会人選手権準優勝・3P女王」
と麻依子が今年の千里の活躍を数え上げる。
「向かう所敵無しって感じですね」
と言う子もいるが、千里は笑って否定する。
「その3P女王って、全部花園亜津子の出てない大会で取ったものだから」
「うーん・・・」
「だから私は『鳥の居ない島のフクロウ』なんだよ。実際アジア選手権では彼女に大差付けられてるからね」
と千里は言う。
「いや、鳥という話であれば、千里は朱雀、花園さんは鳳凰という感じかも」
と小杉来夢が言う。
「ああ、そちらの方が納得する」
という声があちこちから出た。
「でもだったらさ、千里」
と暢子が言う。
「オールジャパンで3P女王取れば、どちらが鳥でどちらがフクロウかハッキリするよ」
千里は微笑んで答えた。
「そうだね。まあ頑張ってみようかな」
「アジア選手権ではふたりの条件が違いすぎたもん。オールジャパンで雌雄を決すれば良い」
「それがいい。それで負けた方は性転換して御婿さんになると」
「負けた方が雌雄の雄なんだ!?」
「千里、ちんちんくっつけて男に戻りたくなかったら、頑張れよ」
「むむむ」
「ふたりが結婚したら凄いシューターが生まれるよね」
「私、あっちゃんと結婚するの!?」
「千里、元気な赤ちゃん産んでね」
社会人選手権が終わった後、ほとんどのメンバーは徳島空港20:10の羽田行きで帰ったのだが、今夜中に帰らなくてもいい何人かは鳴門市内で1泊してから翌日帰ることにする。午前中の高速バスで大阪に出て、難波で一緒にお昼を食べてから解散した。
それで千里が心斎橋筋の方に行こうとしていたら、ばったりと阿倍子さん・京平の親子に遭遇する。京平はスリングで抱かれて眠っており、阿倍子さんは何だか大きな荷物をそばに置いている。
「こんにちは」
「こんにちは。千里さん、どうしたの?」
「私、徳島で試合があって、今帰るところ」
「ああ、途中なんだ!」
「うん。徳島から2時間半、バスに揺られてきたから大阪で一休みしていた所なのよ。これから東京に戻るけどね」
「千里さん、帰りは何時?」
「新幹線で帰ろうと思ってるけど、まだ切符は買ってない」
「だったら、ちょっと頼んでいい?」
「何を?」
「この荷物を家まで運ぶのを手伝ってもらえないかと」
「いいよ」
何でも貴司と一緒に買物に出て組み立て式の食器棚を買ったらしいのだが、貴司が途中で会社から呼び出しがあったと言って帰ってしまったらしい。
「貴司がいるからと思ってこんな重いもの買ったのに。私ひとりでどうしようと思ってた」
と阿倍子は言う。
「タクシーでマンションまで行っても玄関から33階まであげるのに苦労するね」
「そうなのよ!」
それで千里が荷物を持ち、阿倍子は寝ている京平を抱いた状態で一緒に御堂筋線に乗り、千里中央まで行った。駅からマンションまで歩き、マンションのエントランスを通って33階まで上がり、3331号室に入る。
「助かった。本当にありがとう。でも千里さん、力あるのね」
「バスケット選手だから。貴司を抱え上げられるよ」
「すごーい」
と阿倍子は反応した後で、貴司を抱えるってどういう状況だ?と思い至って少し嫉妬する。
「まあ私たちはライバルだけど、協力できることは私も協力するから、便利に使ってもらっていいからね」
と千里は笑顔で言った。
阿倍子は千里が「ライバル」という言葉を使ったのが気になった。千里はやはり貴司を諦めてないんだなというのを認識する。ただ千里は貴司を積極的に奪い取る意志はなさそうだというのも、千里と関わり続けたこの2年ほどの間の経緯で把握していた。
そして阿倍子は別の問題も最近意識していた。それは自分が「死」を考えなくなったのは、この2年間の千里に対する対抗心があったからではないかということである。自分が死んだら貴司と千里は喜んで結婚するのだろうと思うと、そう簡単に死んでなるものかという気持ちが湧き、それで阿倍子は頑張っている内にいつしか死の誘惑に捕らえられていた自分さえも忘れてしまっていた。
「そうだ。お願いついでに、もうひとつ頼んでいい?」
「うん?」
「京平のベビーベッドの位置がこないだから気になっていて。動かしたいなと思ってたのよ」
「ふーん。どこに?」
「この位置はカーテン開けてると西日がまともに当たるのよね」
「ああ。なるほど」
「もう少し壁の方に動かせないかなと思ってたんだけど、貴司に言ってもまた今度とか言うばかりで」
「ああ、あいつは気が乗らないとなかなかしてくれない奴なんだよ」
「そうみたい」
「じゃ私が動かしてあげるよ」
「じゃ一緒に」
「阿倍子さん体力ないから無理しない方がいいよ。私、充分力があるから」
「じゃ、お願いしようかな」
それで千里は(実は《こうちゃん》と2人で)ベビーベッドを少し奥側にずらし、西日が直接は京平の顔付近に当たらない位置に持っていった。ついでにベビーベッドの周囲に作っている結界も一緒に移動させる。これは自分がしないとヤバかった、貴司が勝手に動かしていたら京平の霊的ガードが崩れていたなと千里は思った。
ベッドを動かしたせいか、京平が目を覚まして少しぐずる。
「お腹も空いてるかな」
「そうかも」
と言って阿倍子は冷凍室から搾乳ボトルを1個取り出して解凍しようとしたのだが、その時家電に電話が掛かってくる。阿倍子が出る。
「あぁ! はい。すみません。すぐ入金しに行きます」
と言って電話を切ってから少し考えている。
「ごめーん。千里さん、今日までに入れないといけなかった電話代を銀行で払ってくるから、良かったらこのボトル湯煎で解凍して、京平に上げててもらえない?」
「いいよ。でも電話代なんて自動引落しじゃないの?」
「少し残高が足りなかったみたいで。3時半までに入金しないと止められるというから」
「あらあら。だったらやっておくよ」
「ごめんねー」
と言って阿倍子は神棚に置いてあった封筒を取ると、出かけて行った。あんな所に置いてあったというのは、へそくりを使うのかな、と千里は思った。貴司の経済状況は、やはりかなり悪化しているのだろうか。
取り敢えず、搾乳ボトルは冷凍室に戻す!
そして千里は京平を抱くと、自ら乳房を出して京平に含ませた。泣いていた京平が、急に機嫌がよくなる。そして京平に授乳している自分もすごく幸せな気持ちに包まれるのを感じていた。
そしていつしか千里は授乳しながら、うとうととしてしまった。
3年前、2012年7月6日。
貴司から唐突に婚約破棄を通告された千里は放心状態で部屋の中に座っていた。そこに桃香が帰宅するも、千里はうつろな目である。
「千里どうした?」
「桃香・・・・・・」
「何かあったの?」
「私・・・・何したらいいんだろう?」
千里の異様な状態を見た桃香は、最初、誰かにレイプされたのではと思ったらしい。
「千里、私の愛で包んでやるから、取り敢えずシャワー浴びてこないか?」
「シャワー?」
「うん。浴びておいで。あのあたりも綺麗にしておいで」
「うん」
千里は確かにシャワー浴びるのはいいかも知れないと思い、本当にバスルームに行きシャワーを浴びてきた。
「おいで、マイハニー、私が千里を心の芯まで愛してあげるから」
と桃香は言った。
そしてその日、桃香は千里を何度も何度も愛してあげた。
明けた7月7日は七夕である。桃香は千里をホテル・オークラのディナーに誘った。
「こんな日によく予約が取れたね」
「実は1ヶ月前から予約していた。千里とデートしたかったから」
「誰か他の女の子とデートするつもりで、振られたんじゃないの?」
と千里は少しだけ元気を出して言った。
桃香は少し焦ったような顔をする。どうも図星っぽい。しかし桃香は言った。
「もしかして千里も振られたの?」
「うん」
と答えるだけの気力が千里は24時間の時間経過で出るようになっていた。
「性転換するから振られたんじゃないの?」
と桃香は言う。
「そうだっけ?」
と千里。
「性転換したら別れたというカップルは結構聞くし、実際にも数組見ている」
「それって、元々相手は同性愛だったってこと?」
「だと思うよ。MTFとゲイのカップル、FTMとレズのカップルは、性転換すると高確率で壊れる」
「あいつ、ゲイだったのかなぁ」
と千里は遠くを見るような目で言った。
「MTFとレズのカップルは性転換した方がうまく行くと思う。千里と私みたいな」
と桃香が言う。
「ふーん。。。。でも私、レスビアンの経験は無いなあ」
と千里が言うので、桃香はむせてしまう。
「どうしたの?」
「私とたくさんHしてるではないか?」
「あ、桃香とのあれもレスビアンになるんだっけ?」
「だって千里は女だろ?」
「うん、そのつもり」
「だったら私と千里の関係はビアンだ」
「確かにそうかもね〜。でも私たち、恋愛はしないと言わなかった?だからただのセフレ関係」
「いや、あれは言葉のあやで」
と桃香は何だか焦っている。
「まあそれでだ。私は千里が性転換手術が終わったら言いたいことがある」
「ふーん」
この日、桃香は何も具体的なことは言わなかったのだが、桃香と一緒に美味しいディナーを食べ、その後、桃香が誘うので、千里もまあいいかと思い、このホテルの一室で桃香にたくさん抱かれて、千里は何とか失った心の一部を桃香に支えてもらえるような感覚になったのである。
「昨日の千里も今日の千里も随分スムーズに入るなあ。何だかまるで女の子としてるみたいな感覚だ」
などと桃香が言うのを微笑んで聞きながら、千里は桃香の背中を撫でていた。
翌7月8日。
貴司は今日、その篠田さんという女性と結納をすると言っていたなと思うと、千里は居ても立ってもいられない気分になった。
「ぶち壊しちゃる」
と言って千里が立ち上がると、後ろで《こうちゃん》がパチパチと拍手した。
この精神状態で車を運転するのは危険だと思ったので新幹線で大阪に向かう。結納が行われるホテルに行き、レストランに入る。このレストランの一角で結納が行われるという情報は後ろの子たちがわざわざ調べてくれている。
千里は紅茶を頼んでのんびりと飲みながら待った。迷ったがバッグの中から貴司からもらったダイヤのエンゲージリングを取り出して左手薬指にはめた。今まで何度も貴司から振られたけど、その度に愛を復活させてきた。この愛、もう失いたくないという気持ちが強くなる。
やがて貴司と26-27歳くらいかなという感じの女性、そしてその両親かなと思われる60歳前後の夫婦が入ってくるのを見る。あれ?保志絵さんと望信さんは?と千里はいぶかった。
貴司がこちらを認めてギョッとしているが千里は貴司の視線を黙殺した。
千里が目の端でそちらを見ていると、どうも貴司の両親は出席していないようである。貴司が祝儀袋に入れた結納金を渡し、そのあと歓談しているようだ。阿倍子の左手薬指にはめられた指輪を観察する。指輪の材質は分からないが白いからプラチナだろうか?しかし千里はその指輪に付けられたダイヤを0.3ct程度と見て「勝った」と思った。貴司が自分にくれて今左手薬指に填めているエンゲージリングは1ctちょっとのサイズである。200万円したと言っていた。さすがに1月に200万円の指輪を買ったばかりでは、同程度の指輪は用意できなかったのか。
『千里、どうやって潰すの?手伝うぜ』
と《こうちゃん》がワクワクしたふうに訊く。
『今日は潰すの中止』
『え〜〜〜!?』
『だって、あの女のお父さんに、こうちゃんだって気づいたでしょ?』
『ああ。あれはもう半月ももたんな』
『自分が死ぬ前に娘に良い婿が来てくれるのを見ることができたと安心しているところを邪魔したくないよ』
『でもいいの?』
『今日はあのお父さんに免じて許してあげるよ』
それで千里は席を立つと会計の所で自分の分を払った上で言った。
「ヴィラジオ・ノルド・ディ・モンテフィアスコーネ、あります?」
「少々お待ちを」
ソムリエを呼んで確認する。
「ございます」
とソムリエさんが言う。
「それボトルで1本、あそこの結納やっている席に、私のおごりで」
「かしこまりました。何か伝言はございますでしょうか?」
「後輩より、幸せを願ってと」
「承ります」
千里はワインの代金をカードで払ってから、それが席に届けられるのをレストランの入口で見守った。貴司が驚いたようにしてこちらを見ている。両親は笑顔でこちらにお辞儀をしている。そして阿倍子はこちらを、正確には千里の左手を見つめて怖い目で睨んでいた。
千里は軽くそちらの席に手を振ってレストランを後にした。
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