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■春始(4)
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10月13日にシーサーの設置に千葉の玉依姫神社に行った冬子は、そこで谷崎潤子が「都会の風景って美しい」と言ったことばから、そもそも自分は『The City』で都会の美を描きたかったんだ、ということを唐突に思い出した。
それで結局、マリとふたりで東京タワーに行き、そこで見た夜景から『灯海』という曲を書いて、急遽録音をすることになった。
その件で10月25日の夜、雨宮先生から千里に電話があった。
「あんた暇だよね?」
「忙しいです。31日と11月1日に徳島に行って全日本社会人バスケット選手権に出るんですよ」
「だったら、明日からちょっと数日、ローズ+リリーの音源制作に入って欲しいんだけど」
「いえ、だから忙しいんですけど」
「私が言ったらちゃんとやりなさい」
「でも大会の直前なんですよぉ」
「参加しなかったら、あの件バラすから」
「あの件って何ですか?」
「あんた、不倫してるでしょ?」
「不倫くらい、普通にしてますけど」
「開き直ってるな」
「先生には負けます」
「でもこないだ新横浜のホテルアソシアで彼氏と密会したでしょ? 証拠写真もあるんだから」
「そんな馬鹿な。入る時も出る時も、別々に出たのに」
「ああ、やはりあそこで不倫したんだ?」
「うっ・・・」
「語るに落ちたね。あの日、私は新横浜駅の構内の喫茶店で構想を練ってたのよね。そこにあんたが改札を出てホテルの方に行って、30分後くらいに今度は細川君が改札を出てやはりホテルの方に行くのを見たからね。ピーンと来たんだよ。念のため両方ともホテル行きエレベータに乗る所の写真を撮っておいた」
「じゃ日中だけにさせてください。夕方から練習しないといけないので」
「うん、それでいい」
それで千里は26日と27日の2日間の日中だけ『灯海』の音源制作に参加させてもらい、夕方からは江東区の体育館に行って40 minutesの練習に参加した。
ここで使用した体育館というのは、これまで40 minutesが火木土の夕方に使用していた公共の体育館ではなく、来春からの運営会社設立と合わせて区から借りることになった、廃校になった小学校の体育館である。40 minutesは取り敢えず10月から来年3月までの半年間、ここを200万円で貸し切りにしてもらったのである。ただ、制限エリアが台形でそもそもミニバスのサイズで線が引かれていたので、古いラインを削り取って取り敢えずテープで新しいラインを引き直すのに15万ほど掛かった。
しかしこの体育館が使えるようになると、早速バイトを辞めてしまった雪子が喜んで本当に毎日来て朝から晩まで練習していた。
彼女には暫定的な「活動支援金」として月10万を3月まで渡している。これに「自称・不良主婦」の麻依子や、「自宅警備員」をしていた神田リリムなどが日替わりで出てきて練習相手を務めてくれていた。
「彪志君、彼女いたんじゃないんですか?」
と愛奈は文月の電話での話に対して疑問を呈した。
「でも彪志は色々な女の子を知っていいと思うのよね。別に結婚してくれという訳じゃないからさ」
と彪志の母・文月は言う。
「まあ私も彪志君のこと嫌いじゃないし、今のところフリーだし、デートに誘ってみるくらいはいいですよ」
と愛奈は答えた。
「ねえ、マジでさ。万一妊娠してしまった場合の養育費、5万じゃダメ?」
と信次は優子に《抱かれ》ながら言った。
「やっと考慮に値する数字が出てきたな」
と自宅アパートの布団の中で信次の上に乗っている優子は答えた。
「じゃ生でやっていい?」
「セブンイレブンに行ってきてコンちゃん買ってくること推奨」
「そう来たか」
「ついでに何かおやつも買って来てよ」
「はいはい」
「深夜だし女装で行ってくる?私の服、勝手に着てもいいよ。お化粧品も貸そうか?」
「俺は女装する趣味は無い。俺はホモであってオカマではない」
「でも信次のバッグにはよくスカートとかブラジャーとか入ってるじゃん」
「スカートは持ってるけど女装には使わん」
「女装に使わずに何に使うのさ?」
「それは男の秘密だ」
10月30日(金)。40 minutesの遠征参加メンバーの大半は19時に羽田空港に集合し、JAL465 19:35-20:50徳島阿波おどり空港行きに搭乗した。一部どうしてもこの便に間に合わないメンバーは翌朝1番の便(JAL 453 7:10-8:25)で駆け付けることになっている。
その日は取り敢えず旅館に入って一息ついた後、練習場所として借りることになっていた中学校の体育館で軽く汗を流して調整した。
翌日、開会式の後、午前中は男子の1回戦8試合が行われるので、これを大半が見学したが、一部のメンバーは徳島ラーメンや鳴門うどん・讃岐うどんなどを食べに行ったりしていたようである。完璧に旅行気分だ!しかしこういう気楽さが40 minutesである。午前中には昨日夕方まで仕事があり、19時半の飛行機に間に合わなかったメンバーも到着して合流した。
食べ歩き?しているメンバー以外は11時に早めのお昼を食べて13:20からの1回戦に臨む。相手は教員1位の東京・TTCであったが、試合の最初からこちらが圧倒する。最後の方で向こうもかなり頑張ったが57-75で快勝した。
教員連盟からは1位の東京・TTCと2位の千葉・千女会が参加している。千里はローキューツに参加したばかりの頃、千女会の圧倒的な強さに随分苦しめられたな、というのを思い起こしていた。
その千女会は玲央美たちのジョイフルゴールドに大敗している。ジョイフル・ゴールドは実業団1位であるが、実業団2位が来年の春からWリーグに昇格するバタフライズで、こちらはクラブ3位の江戸娘に勝って明日の準決勝に駒を進めた。もうひとつの試合は、実業団3位の秋田U銀行がクラブ2位のセントールを破った。
《初日の結果》
40 minutes○−×TTC
Joyful Gold○−×千女会
バタフライズ○−×江戸娘
秋田U銀行○−×セントール
この日の試合はこの1試合だけなので、試合終了後はまた練習場所の中学校に行き、たっぷりと汗を流して、そのあと旅館の温泉に入って身体をリフレッシュさせた。
11月1日は朝9:30から準決勝の2試合が行われる(男子の準決勝2試合も同時刻に行われる)。
組合せは40 minutes vs バタフライズ、ジョイフルゴールドvs秋田U銀行である。千里たちの試合は、来季からのWリーグ昇格が決まり、意気盛んなバタフライズと楽しむムードの40 minutesと、最初から両者の雰囲気は違っていた。
集団戦法のバタフライズに対して、40 minutesは基本的に個人技が中心である。40 minutesがこういうチームになったのは、練習にも大会にも自由参加というポリシーがあるので、誰が休んでも困らないように、個々人のプレイを中心に組み立てるスタイルを確立したためである。
相手が集団で攻めてきても、必ず1対1の場面は発生するので、そういう時に元々個人技を鍛えている暢子・星乃・橘花・麻依子が相手のプレイヤーに勝ってしまう。逆にこちらが攻めて行く場合は、相手は複数で止めにかかることから、結果的にどこかに穴ができ、そこからこちらは得点を重ねる。そして油断していると、千里や渚紗の遠距離砲が飛び込む。
そういう訳で試合は終始40 minutesがリードする形で進み、結局52-80の大差で40 minutesが勝利した。
試合後向こうのキャプテンが
「強いですね。負けました。ひとりひとりの能力が物凄いです。そちらさんも数年後には上(Wリーグ)に来ますよね?」
「そうですね。10年以内に行けたらいいですけど」
と千里は言っておいた。
もうひとつの準決勝はジョイフルゴールドが秋田U銀行を破った。これにより今年の社会人選手権・決勝はクラブ1位の40 minutesと実業団1位のジョイフルゴールドで争われることになった。
11:10からは男子の交流戦、12:50からは男女の三位決定戦と女子の交流戦が行われた。女子の三位決定戦ではバタフライズが僅差で秋田U銀行を破り、何とかオールジャパンの出場権を獲得して、来期Wリーグに昇格するチームの面目を保った。
14:40からは男女の決勝戦がおこなわれる。オールジャパンに行けるのは、男子2位以上・女子3位以上である。つまり決勝戦に出る男女4チームは全てもうオールジャパンへの出場は確定している。
14:40、鳴門市の大塚スポーツパーク・アミノバリューホールのBコートに40 minutesとジョイフルゴールドのスターティング・メンバーが整列した。
40 PG森田雪子/SG村山千里/SF竹宮星乃/PF溝口麻依子/C森下誠美
JG PG奥宮早希/SG湧見昭子/SF佐藤玲央美/PF高梁王子/C熊野サクラ
この2チームが対戦するのは実は初めてである。千里はローキューツ時代に2010,2011年の2度、この同じ社会人選手権でジョイフルゴールドと対戦している。千里と玲央美の公式戦での対決は実にそれ以来4年ぶりである。
しかしチームとしての対戦は初めてでも、お互いにほぼ顔見知り同士である。特に誠美とサクラはいつもメーリングリストなどでおしゃべりしている仲なので、試合前からお互いにパンチを当てたりしていて、審判が止めるべきかどうか悩んでいる様子であった。
「ところでどちらもシューターが男の娘なんだな」
などと星乃が言っていた。
ちなみに昭子も既に戸籍は女性に変更済みである。
誠美とサクラでティップオフをする。
サクラが勝って、これを玲央美・王子とつないでまずはジョイフルゴールドが先行した。
試合はお互いに個人技と個人技の応酬である。ジョイフルゴールドも名誉監督の藍川真理子の考え方が反映されていてアメリカ流の個人技中心のチームだ。どちらもマンツーマン・ディフェンスで、しかもお互いに技術力の高い選手ばかりなので、女子の試合とは思えないスピーディーでパワフルで、とても見応えのある試合となった。
「どちらも社会人というよりプロレベルじゃん」
「この2チーム、Aコートでやってる男子と対戦させてみたい」
という声も役員さんたちの中で起きていたようである。
点数は完璧にシーソーゲームで推移した。
第1ピリオドが22-21, 第2ピリオドは24-25, 第3ピリオドは21-21とここまで67-67の同点できて、第4ピリオドも激しい点の取り合いが進む。85-85の同点のまま試合が残り1分となった所で昭子が美しいスリーを決めて88-85と3点のリード。これに対して橘花が速攻から麻依子につないで2点返し88-87と迫り、更に相手の攻めを千里がスティールしてスリーを決め88-90と逆転する。
残りはもう12秒しかない。
ジョイフルゴールドの攻撃に対して40 minutesが激しいプレスを掛ける。しかし玲央美が母賀ローザとワンツーパスで40 minutesの守りを突破。最後はその玲央美のブザービーターとなるスリーが決まり、最後の最後でジョイフルゴールドが91-90で逆転勝ちをおさめた。
江戸娘・バタフライズ──┐
TTC・40 minutes───┴40 minutes─┐
セントール・秋田U銀行─┐ ├Joyful Gold
千女会・Joyful Gold ──┴Joyful Gol─┘
喜んで抱き合ったりしているジョイフルゴールドのメンバーに対して40 minutesのメンバーは「ああ、残念だったね」「惜しかったなあ」などと淡々とした表情で、こちらも抱き合ったりして笑顔で健闘を称え合っている。
更には、向こうでジョイフルゴールドが伊藤監督を胴上げし始めると、
「こちらもやろう」
などと言って、下田監督を胴上げしてしまう。
監督が「ちょっとちょっと」と焦っていたが、負けたチームが胴上げをするなどというのは、まず他では見られないシーンであった。
「あんたたち、負けたチームという自覚が無い」
などと下田監督に続けて胴上げされそうになり、断固として拒否した矢峰コーチが呆れたような顔で言うが
「いや、楽しいゲームでしたよ。勝敗は時の運」
などとメンバーは全く勝敗は気にしない姿勢であった。
「この無欲さがこのチームの長所でもあり短所でもありますよね」
とキャプテンの夕子は言っていた。
「いや本当にワクワクする試合だったよ。でも矢峰さんが止めてなかったら、私たちまで胴上げされてたかもね」
と千里も笑顔で言った。
なお、負けたチームが胴上げをしたことについて運営側が不快感を表明したので監督・コーチ・主将・副主将の4人で、まずは優勝したジョイフルゴールド、そして大会主催者に謝罪に行く羽目になった。ジョイフルゴールドのキャプテンの玲央美も監督の伊藤寿恵子も
「いや、びっくりした。面白いものが見られた」
と言って笑って許してくれた。
大会のMVPは玲央美、ベスト5は宮崎典佳(バタフライズ)、村山千里(4m)、佐藤玲央美(JG), 高梁王子(JG)、森下誠美(4m)と発表された。得点女王は玲央美、3P女王は千里、アシスト女王は宮崎典佳、リバウンド女王は誠美であった。
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