広告:國崎出雲の事情 2 (少年サンデーコミックス)
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■春始(3)

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神社からの帰りはまた青葉が運転する。この日はある事情で彪志には遠慮してもらいたかったので、彪志を彼のアパートで降ろした後、青葉・千里・桃香の3人で都内の産科医院に入った。
 
話を聞いていなかった桃香はそこに和実がいるのでびっくりする。
 
「和実ここで何してんの?」
と桃香が訊く。
「淳が妊娠したから診てもらってんだよ」
と和実。
 
「淳さん妊娠できるの〜?」
「無理かなあ」
「和実が妊娠するのなら分かるが淳が妊娠できる訳無い」
「私なら妊娠できる?」
「和実ならあり得るという気がする」
「ふーん」
 
それで青葉と和実のふたりが処置室の中に入り、千里と桃香は廊下で待つことになる。
 
「で、ここで何する訳?」
と桃香が訊く。
「秘密の儀式が行われるんだよ」
「病院で儀式なのか?」
「まあ、待ってようよ」
 
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「それは構わないのだが」
と桃香は何か気に掛かっているよう。
 
「千里、最近妙に私に優しいような気がするのだが」
「え〜?何それ?」
「私に何か後ろめたいことでもあるのか?」
「そんな馬鹿な。しばらくバスケの活動で桃香を放置してたから、埋め合わせしているだけだよ」
 
と言いつつ、千里は内心焦っている。
 
「そうならいいが、千里、最近浮気とかしてない?」
「え〜?私は桃香一筋だよ」
 
桃香ってふだんは勘が悪いのに、なんでこういうのだけ勘が働くのよ!?
 
「ほんとかなあ。まあ私も浮気してるから千里は責められないが」
「私はバスケと会社の仕事で手一杯で、浮気なんてする時間無いよ。このあとバスケは年末年始が少し忙しくて、その後春から夏に掛けてまた海外合宿とかもあるから」
「大変だな」
 
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「でも**ちゃんは残念だったね。可愛い子だったのに」
と取り敢えず反撃しておく。
 
桃香はむせる。
 
「なんで、私の恋人の名前知ってるの〜?」
「そりゃ知ってるけどさ。でも**ちゃんは少し男っぽいけど意外
にスカート似合うし、まあ楽しみなよ」
 
「うむむむ。でも千里、私が浮気するのは気にならないの?」
「そりゃ嫉妬するけどさ。取り敢えず今の所、週末以外は恋人をアパートに連れ込んでないみたいだし」
「さすがに平日まで恋愛はできん」
 

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「しかし千里はソフト会社も無茶苦茶忙しそうだな」
「なんか徹夜が普通って感じだしね。桃香の方はお仕事どうよ?」
「まあ今の所、毎月契約2〜3件取ってるからな。そこそこ評価してくれてはいるみたいだけど、基本的には詰まらん」
「ふーん」
「私もソフト会社に入れば良かったかなあ」
 
「桃香のプログラムはバグ取るのが大変そう」
「うん。私のプログラムは自分で言うのも何だが、構造はできているのに細かいところがうまく動作しないんだよ。学生時代の実習でも随分朱音や玲奈に助けてもらった。朱音がよく言ってたのは、私のプログラムは例外事項がきちんと考慮されてないと言うんだよな」
 
「うんうん。桃香のプログラムって、if x>0 と if x<0 が書いてあるのにif x==0 が書いてなかったりする」
 
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「正か負かと考えた時にちょうどゼロというのを忘れる。それは自分でも思うが、世の中の物事、そんなにピタリとゼロになることなんて無いだろ?」
 
「でも数値化されたデータでは四捨五入されてジャスト・ゼロになることがあるんだよね」
 
「そういうのがどうも苦手だ。物事は正か負か、それだけでいいじゃん」
「好きか嫌いかハッキリしろって奴だよね」
「そうそう。好きというのとも嫌いというのとも違うとか、そういう曖昧な話は私は嫌いだ」
 
「ふふふ」
 

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「しかし千里がソフト会社でプログラムを組んでいるのがもっと信じられんのだが」
と桃香は言う。
 
「全く全く。私のプログラムなんてまともに動いたことないのに」
と千里も自分で言っている。
 
「よくそれでSEが務まるな」
「私のプログラムは直しようが無いと玲奈からは言われていたよ。東京から甲府に行くのになぜか成田エクスプレスに乗っちゃってるような所があって。根本的に作り直す以外の道が無いって」
 
「恐ろしいプログラムだ。絶対に千里の会社にはソフトを外注しないようにしなくては」
 
「だけどやはりハードな仕事だからさあ。先月末で、とうとう私と同期で入った人が全員辞めちゃったんだよ」
「ああ・・・」
「5年以上続いている人が存在しないもんね」
「体力がもたないのでは?」
「創業以来過労死した人がゼロというのが信じられないくらいだよ」
「きっと死ぬ前に辞めてるんだよ」
「だと思う。この会社、風通しだけはいいから、思考停止して進退窮まるってことだけは無いんだと思う。悩んでる人いたら誰かが声掛けてるもん」
 
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「逆にホウレンソウ(報告・連絡・相談)が機能してないのがブラック企業だよ」
「うんうん。同感」
 

千里と桃香はその病院の廊下のソファーで2時間近くおしゃべりをしていた。そして青葉が処置室から出てきた。
 
「どうだった?」
と千里が訊く。
「成功した」
と青葉は疲れたような表情の中、笑顔を作って答えた。
 
「ちー姉、胚を仙台の病院に運ばないといけないんだけど、ちー姉、和実に付き添ってあげてくれない? 和実、無茶苦茶消耗してるから」
 
「うん。青葉もお疲れ様。帰りの新幹線の中では寝ていくといいよ」
「そうする」
 
「何?何?何してたの?」
と事情が全く分かっていない桃香が訊く。
 
「桃香、私これから和実を連れて仙台まで往復してくるけど、桃香はどうする?」
「これからって?」
「今から走れば向こうに夕方くらいに着くかな。帰りはたぶん真夜中になると思う」
 
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「仙台まで今から日帰りなの〜?」
 

それで桃香が何が起きているかを把握していないまま、千里は青葉・和実・桃香を乗せて、まずは東京駅に行き、高岡に帰る青葉を降ろす。それから淳の勤め先に寄り、淳を拾って東北道に乗った。
 
淳はスカートスーツを着ている。もう「女性社員」になってしまってから3年ほどが経過している。
 
「禁欲大変じゃなかった?」
と千里が淳に訊く。
 
「いや、私はもう全然性的な衝動が起きないんだよ」
「ああ」
「全く立たないし。たぶん精子を生産できるのも今の時期が限界という感じ」
「だったら、是が非でも成功させないと」
 
話が見えていない桃香は
「淳ちゃん、いよいよ去勢するの?」
などと見当外れのことを言っている。
 
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千里ひとりで仙台までノンストップ運転するのは無茶だよと言って桃香が上河内SA(宇都宮市)で運転交代して2時間ほど運転してくれた。桃香は最初MTの発進の仕方とかも完全に忘れていたので、最初5分くらい千里が教えてあげていた。念のため淳が助手席に乗って桃香が危ないことをしないかチェックする。
 
そして桃香が運転している間は千里は寝ていた。ちなみに和実もこの道程中ひたすら寝ていたが、ずっと辛そうな顔をしていた。
 
菅生PA(宮城県村田町)でまた運転交代して、やがて千里の運転するアテンザは仙台近郊のとある病院に辿り着く。建物が新しい。この病院は震災で完全に崩れてしまい、その後再建したのである。幸いにも入院患者に死者などは出なかったという。
 
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「卵子は3個取れたんです」
「では受精しましょう。採精してきてください」
 
と言われて淳は採精室に入り、15分ほどしてから出てくる。
 
「済みません。なかなか出なくて苦労しました」
などと言っている。ほんとに男性能力が低下しているのだろう。
 
「もしかしてこれ人工授精?」
と桃香がやっと今しようとしていることが何か分かったようである。
 
「人工授精というより体外受精」
「そうだったのか。それで淳さんの精子を取って・・・・卵子は誰の?」
と桃香が訊くので
 
「卵子は和実のに決まってる」
と千里が答える。
 
「なぜ和実に卵子がある?」
「問題はね」
と千里は説明(?)する。
 
「和実に卵子があるかどうかじゃないんだよ。和実から採卵できるかどうかなんだよ」
「はあ?」
 
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「砂場の中にダイヤの指輪が落ちてることってあると思う?」
「そんなことは無い」
 
「でも砂の中に手を突っ込んだら、たまたまダイヤモンドの指環を拾う可能性ってさ、全く無いとは言えないでしょ?」
 
「それはまあ、あり得ないことではない。物凄い偶然だが」
 
「実際には砂の中にダイヤがある可能性なんてほとんど無いのにね。和実に卵子がある可能性もほとんどないけど、可能性は低くても実際に採卵作業をすれば卵子が取れる可能性もある」
 
「意味が解らん」
「100回目の挑戦で成功したんだよ」
「うむむむ」
 
「103回目でした」
と和実が弱々しい声で修正した。
 

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一方の青葉は、和実の採卵を成功させた後、千里のアテンザで東京駅まで送ってもらい、少し休んでから15:52の《はくたか》に乗って高岡に帰還した。列車の中でもひたすら寝ていたが、自宅に戻ってからも、晩御飯も食べずにひたすら寝た。
 
和実の採卵作業は本当に大変だった。青葉は和実の痛みを積極的に引き受けたので自分も下腹部に針を刺されているような痛みをずっと感じていた。普段はあまり介入しない《姫様》が
 
『これはこのままでは気を失う』
と言って少しだけ助けてくれたので、おかげで何とかこの日高岡まで帰る体力を得ることができた。
 
翌朝になってもまだ痛みは残っていたが、何とか気力を振り絞って学校に出ていく。学校では青葉が戻ってきたのをうけて、全体集会を開き、合唱コンクール全国3位の成績が全校生徒に披露され、校長からもお褒めのことばをもらった。その日の放課後には、結局校長・教頭が半々ずつ負担して、合唱軽音部の全部員を、ほんとうにとやま牛のしゃぶしゃぶに連れて行ってくれた。
 
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