広告:ボクの初体験 1 (集英社文庫―コミック版)
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■春演(11)

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不動産会社の社長は、これまでの非礼を住民に詫び、ヒバリが指定した場所にウタキを再構築することを認めてくれた。その社長の姿勢に、最後まで土地の売却を拒否していた玉城さんが売却に応じてくれることになり、結果的に別荘地計画は進行することになった。しかし社長は玉城さんが売ってくれる土地は新しいウタキに隣接することになるので、そこを地域住民の集会所にしたいと言った。
 
やはり別荘地の中央にウタキがあるのは、逆に沖縄らしくてよいと社長も考え直したのもあったようである。そのウタキを管理するのが元アイドル歌手のノロというのは話題性があるという計算もあったと思う。そこには新しい拝殿を住民の寄進で建築することにした。多分何十年も半ば放置された草ぼうぼうのきたなくも見えるウタキは景観上問題があっても、真新しく整備されたウタキなら問題無いという読みもありそうである。その寄進には木ノ下先生が大いに寄付したし、不動産会社の社長も寄付した。
 
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「でもノロって結婚できるのかなあ」
「それは構わないみたいよ」
「そっかー。じゃ私、ここに住んで、祭祀をしながら、いい男見付けよっと」
 
ヒバリは当面木ノ下先生の御自宅に住まわせてもらうことになっている。
 
「ここだけの話。清子ちゃんって処女?」
「えへへ。惜しいのはあったけど、残念ながら未開通なんです」
「へー」
 
そんなことを言うヒバリはもう鬱を完全に克服したように見えた。
 
「でもさすがに歌手は引退かな。コスモス社長と紅川会長には悪いけど」
「まあそれもいいんじゃない?」
 
「ふと思ったけど、清子ちゃんの照屋という苗字は沖縄によくある苗字だよね。元々沖縄の出身なんてことはないの?」
 
「何代か前は沖縄だったらしいですよ」
「やはりそうなんだ!」
 
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「沖縄本島のすぐ近くの、何ていったかなあ。。。確かクダカ島とかいう所の出身なんだって。私の祖母も祖父も」
 
「それって・・・」
「まさか・・・」
「清子ちゃんの、おばあちゃんってイザイホーの経験者だったりして」
「何ですか?そのイザなんとかって」
 
「じゃ、そのあたり僕が色々教えてあげるよ」
と数ヶ月ぶりに男装に戻っている木ノ下先生は言った。
 

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「清子ちゃんって小さい頃からこの世にあらざるものが見えたりとはかしてなかったんだっけ?」
「私は見えないみたい。感じることはあったんだけど」
 
とヒバリが言うと、千里が
「だったら私と似た傾向かも」
 
などと言う。確かに千里は幽霊や精霊などは「見えない」と言っている。
 
「うちの母は霊感まるで無いリアリストなんだけど、お祖母ちゃんは子供の頃は色々見えていたとは聞いてるんです。大人になるとあまり見えなくなったらしい」
 
「ノロの霊的な素質はしばしば1世代飛びで継承されるんだよ。だから、祖母から孫娘へという継承は割と多い」
「へー」
 

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5月19日(火)、帰りの羽田行き飛行機の中で、青葉は千里に言った。
 
「まさかこんな難問が数日で解決してしまうとは思いも寄らなかった」
「うん。どうかすると数年掛けても解決しないよね」
 
「結局、ヒバリちゃんはお薬サボってたんだね?」
「だと思う。コスモス見たいとか言って病院から出て、たぶんその後は全く飲んでなかったんじゃないかな。飲んでるような振りだけして。そもそも病院から逃げ出したかったのかも」
 
「でも結局私たちってあまり大したことしてない気がする」
「まあヘリコプターのチャーターとレンタカーでノロ様を宮古島から本島までお連れしただけだね」
「あの金剛杵は?」
「瞬嶽師匠の三回忌の時に∽∽寺の導覚さんにもらったんだよ」
「なんで?」
「あんた面白そうだからやると言われた。私は多分媒介者だと思うから預かると言った。正しい管理者の所に行ったんだと思う」
 
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「ちー姉って、確かに媒体、メディアだよね?」
「私ってバッテリーであり、ハードディスクなんだよ。そうそう、ノロ様からこれをもらったよ」
 
と言って千里は小さなシーサーのストラップのペアを青葉に渡した。
 
「わっ!」
 
と言って青葉はびっくりしてシーサーを落としそうになった。
 
「気をつけてね。生物(なまもの)だから」
「これ中身が入ってるじゃん!」
 
「御礼にあげるから飼ってあげてだって」
「こんなのどこに居たのさ?」
「あのシーサー兄弟の子供だって」
「誰が産んだの!?」
「弟君じゃない? 今一時的に妹ちゃんになってるし」
「兄弟で男同士で子供ができるの〜?」
「まあ世の中にはいろんなことがあるさ」
 
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「・・・・・」
「ん?」
「ね。阿倍子さんのお腹の中にいる子の遺伝上の母親って、ちー姉?」
「まさか。私、卵巣無いし」
 
この件はどうも追及しても何も話さないつもりのようだ。千里に本当に卵巣が無いのかどうかについても、青葉は疑惑を感じている。
 
「でこのシーサーの赤ちゃんたち、どこで飼うの?」
「マリちゃんに言うと、きっとあの神社に立派なシーサーの置物を作ってくれるよ」
 
と千里が言うと、青葉は頭が痛くなる気がした。
 

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千里たちが羽田に降りて、携帯の電源をオンにしたらユニバーシアード代表の篠原監督からの「至急連絡乞う」というメールがあった。それで電話してみると思いがけないことを言われる。
 
「村山君、緊急事態が発生したんだ。今度こそは逃げずに受けてくれない?」
「はい?」
「伊香君が昨日通学中に駅の階段を踏み外してしまってね」
「え?」
「大事には至らなかったものの、W大学の監督の話では1ヶ月くらい安静にしていなければならないらしい」
「・・・」
 
千里は何だか嘘っぽい話だなと思った。秋子の演技なのでは?しかし彼女がそこまでして自分に譲ろうというのであれば、受けるべきだと千里は思った。
 
「代わりに代表に入ってくれるよね?」
と監督が言うので
 
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「はい。やらせてください」
と千里は答えた。
 
「よし」
「3月末の時点では実際自信が無かったんです。あれからかなり鍛え直して、3年ぶりの代表、やる自信が回復しました」
「おお、そうこなくちゃ。数日中に公表するから」
 

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「ちー姉、日本代表になるの?」
「自信が無いから逃げてたんだけどね。ただ春先の合宿に参加して本当に自分がなまっているのを私は凄く感じたんだよ。だからこの春から、今までの倍くらい練習するようになった。まあ3月末の頃よりは私も0.5歩くらいは進歩したかな」
と千里は言う。
 
その言葉に青葉も顔を引き締める。やはりちー姉も菊枝さんも、みんな各々自分の力不足をどこかで感じてそれぞれの道で日々鍛錬しているんだ。私ももっと頑張らないといけない。
 
その表情を見透かしたように千里は言った。
 
「青葉、私はこれからバスケの練習に出ようと思うけど見学する?本当は部外者立入禁止なんだけど私の妹ならいいんじゃないかな」
「そうだね。見せてもらおうかな」
 
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青葉は旅疲れもあるだろうに、それでも練習するのかと正直驚きながら答えた。
 
千里に★★レコードが付けてくれているドライバーの矢鳴さんが既に空港玄関まで迎えに来てくれているのでふたりはミラの後部座席に一緒に乗り込んだ。矢鳴さんは千里を経堂のアパートまで送るために来ていたようであるが、千里が「Rの練習場所からFの練習場所経由で経堂まで」と言うと「了解しました」と言って車を出す。
 
「いつもの火曜・木曜のパターンですよね?」
と矢鳴さん。
「そうそう。それで」
と千里。
 
一方青葉は本当は東京から今夜の新幹線で帰還するつもりだったのだが、千里に付き合うことにして母に電話を入れ、今夜は桃香のアパートに泊まり、明日帰ることにしたのでもう1日学校を休みたいと伝えた。すると母は
 
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「桃香の所?彪志君の所じゃなくて?」
などと訊く。
「彪志の所に泊まる時はちゃんとそう言うよ」
と青葉は答えた。
 
電話を切ってから千里が言う。
「彪志君とこに泊まってもいいのに」
「自粛する」
 
「青葉、実は睾丸が無くなった後、性欲も無くなったということは?」
「ちー姉こそどうなのさ?」
「オナニーを我慢しなくてもよくなったのが精神的に楽になったと思わない?」
「それ、私に同意を求める訳?」
 
そのあたりは「男の娘の秘密」ということで、お互いあまり追及しないことにした。
 

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しかし荷物がある時は車は楽だ。今回は荷物が多いのでモノレールでの移動は少し気が重かったのである。羽田空港は実は川崎市のそばにある。550mの長さの大師橋で多摩川を渡って市内に入り、多摩川沿いに北上して市内某所まで行く。
 
「では私は《あちらの方で》待機しています」
という矢鳴さんを置いて、青葉と千里は門の前で降りる。荷物は大半を車の中に置いたままである。
 
千里が入口でIDカードを通して構内に入り、体育館に行く。窓口の所で千里と同世代くらいの女性に何か話している。
 
「あら妹さん? いいですよ。妹さんもスポーツウーマンっぽい体型ね。やはりバスケするの?」
と彼女が訊く。
 
「いえ。スポーツは全然してなくて。最近ずっと水泳はしているのですが」
と青葉は答える。
「へー。若い内はそういう基礎体力を付けるものをするのもいいわよね。中学生かしら?」
「済みません。高校3年生です」
「あら、ごめんねー」
 
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うーん。私背が低いから幼く見られたかなとも思った。バスケ選手って背が高い人ばかりだろうしな。
 

青葉が体育館の客席に座っていると千里が赤い練習用ユニフォームに着替えてきて他の選手と練習を始めた。ユニフォームのロゴが筆記体なので読みにくい。Red Impulse かなと青葉は思った。
 
それで見学していたのだが、青葉は凄いと思った。
 
練習している選手は30人ほどだが、プロの人が多いように見える。青葉は小学校で将棋部、中学でコーラス部、高校でも合唱軽音部と文化系の部活をしてきていて、どれものんびりした雰囲気の部であった。しかしここのバスケットの練習は激しい。青葉はこのチームが日本でもトップクラスのチームであるなどということは全く知らないままここに来ているのだが、闘志あふれるプレイにまさに血湧き肉躍る思いであった。プロ野球中継とかより面白いじゃん!
 
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練習は2時間ほど基礎的な練習をした後、紅白戦になった。千里はビブスを着用していて、どうもそちらがBチームのようである。Aチームがレギュラー組のようであるが、これが物凄い接戦なのである。
 
Aチームの1桁の背番号の付いたユニフォームを着けた人たちがどんどん得点を奪うものの、Bチームでも16番の背番号を付けていて千里と特に親しい感じだった人(入野朋美)が巧みに選手を動かし、ちょっとでも相手に隙があると千里にパス。千里が少々妨害されても高確率でスリーを放り込むので、点数は完璧なシーソーゲームになっていた。
 
最後はAチームで1番の背番号を付けた選手(キャプテンの広川妙子)がゴールを決めたのが決勝点となり1点差で決着した。
 
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18時で練習が終わった後、千里は赤いユニフォームを脱ぐと普段着に着替えてきて「電車で移動するよ」と言った。
 

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JRで溝の口まで行き、東急に乗り換えて渋谷を通過し、江東区の某駅まで到達する。
 
「夕方の時間帯に都心を車で移動するなんて無茶だから」
と千里は言った。
 
地下鉄の駅を出て少し歩いた所にある体育館に行くと、横に千里のミラが駐まっている。なるほどー。夕方の渋滞時間帯を避けて先にこちらに回送してきていた訳かと青葉は納得した。
 
体育館に入ると、千里は今度は黄色いユニフォームを着るが時計のマークが入っている。この時計の文字盤がよく見ると数字が8までしか無い。つまり40minutesということのようである。
 
そして今度の練習は何だかとってものんびりした雰囲気である。さっきの川崎での練習はどちらかというとピリピリしたムードだった。こちらはいかにもみんな楽しんでやっているという雰囲気だ。
 
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そういえば誰かが、音楽には楽しむ音楽と究める音楽があると言っていた。やはりスポーツにも自分を向上させていく部分と、楽しんでやる部分とがあるのだろう。楽しさが無ければただの苦役だし、厳しさが無ければただの遊びだ。たぶんスポーツも音楽も、その両面があって初めて良いものになるのだろう。
 
こちらの練習には、青葉も会ったことのある溝口さんが参加していた。ベビーカーを持って来ていて、小さい子供を乗せている。子連れで練習とか大変だななどと思いつつ青葉は見学していた。ベビーカーの近くに寄って青葉もその子と少し遊んであげた。
 

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練習は21時に終了した。
 
「さあお腹空いたでしょ。家に戻ろう」
と千里は言って、青葉と一緒にミラに乗り込み、矢鳴さんの運転で経堂に向かう。車内で千里はぐっすりと寝ていた。青葉も少しうとうととしていた。
 
1時間で経堂に到着し、コルティの駐車場に駐める。1階のOdakyu OXで豚肉・ウィンナー・焼きそば麺・野菜炒めセットにビールとお茶のペットボトル、朝御飯用に塩鮭、常備品の卵や焼き海苔に牛乳、それにおやつを少々買った。
 
車に戻り桃香のアパートのそばに付けてもらう。
「じゃミラは用賀の方の駐車場に入れておきます」
「ありがとうございました。また明日もよろしく〜」
と言って矢鳴さんと別れる。
 
「さて桃香が変な格好してなきゃいいけど」
などと言って荷物を持ってアパートの階段を4階まで上がる。千里
が荷物をたくさん持っているので青葉が鍵を開けてドアを開け、
「ただいま」
と言って中に入る。
 
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すると「おかえり」と言って桃香が青葉に飛び付いてきてそのまま玄関で押し倒してしまう。濃厚なキスをされ、スカートをめくられ、パンティまで下げられる!?
 
「ちょっと桃姉!私だよ!」
と青葉は焦って叫ぶ。
 
「え?」
と言って桃香は自分が押し倒した人物の顔を見る。
 
「青葉?」
 
「私はこっちだけど」
とまだ玄関の外に居る千里。
 
「ごめーん」
と言うと、裸の桃香は慌てて居室の方に飛んで行った。
 

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