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■春演(2)

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その時
「青葉? 夜中にこんな所で何してんの?」
という声が聞こえる。
 
振り返ると、菊枝さんである!
 
「こんばんは。菊枝さんはどうなさったんですか?」
「ああ、ちょっとここの所ずっと籠もって山駆けしてるんだよ」
「凄いですね!どのあたりを歩いておられるんですか?」
「その日による。羽黒山から黒森山・虚空蔵岳、月山・湯殿山・姥ヶ岳。登山道も存在しないような道無き道を歩く」
「なんか壮絶ですね」
「でも私は主として夏にしか参加しないから」
「今夏なんでしたっけ?」
「今はまだ冬山の終わりかけ。けっこう雪があるよ。冬に歩く人達は凄まじい。あちらは毎年10人単位の行方不明者が出るから」
「いいんですか〜?」
「それを覚悟してやっている人達だから。私は1度だけ冬に参加したけど、30分でクビになった。あんた死ぬから辞めろと言われて」
「きゃー」
 
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「こちらはそれよりは易しいけどそれでも生命の保証はできない。青葉もやる?」
「行きます!」
 

夜中ではあるが、菊枝さんが話してくれて神社で荷物を預かってもらった。服は青葉が着ていた体操服でも良いと言われたが、靴はそんなのでは無理と言われ、登山靴の在庫があるのを1足売ってもらい履き替える。それで菊枝さんやその同行者数人と一緒に歩き始めた。
 
しかし・・・
 
これはきつい!!
 
あっという間に遅れそうになるが、1度だけみんなが待っていてくれて
 
「次遅れたら置いて行くから。行き倒れて死んでも自己責任だからね」
と菊枝さんから言われる。
 
「頑張ります」
と言って、そのあとは必死で付いていった。
 
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青葉は大船渡でもしばしば付近の山を歩き回っていたし、高岡に来てからは山が近くに無いので早朝の海岸線などを走っていたのだが、この出羽の山駆けは別世界であると思った。
 
そして青葉は思い知らされていた。
 
私、充分足は早いと思ってた。
 
でも私って遅かったんだ!!
 
一緒に歩いている人たちを見ると、40-50代くらいの人が多い。しかも半分は女性だ。その人たちがこんな真夜中の山の中を凄いペースで歩いている。自分はいつも凄いと褒められていた。高野山での回峰行でも瞬嶽師匠からしっかり付いてくるようになったと褒められた。
 
でも自分の歩く力なんて大したこと無かったんだ!
 
青葉はショックを受けながらも、自分を鍛え直さなければならないことを再認識しつつあった。
 
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山駆けは午前2時頃から始まり午後5時頃終了。ちょうど終わったところで日出を迎えた。羽黒山近くにある秘湯で疲れを癒やした。男女混浴だが、ここにはこんなところで性欲を表に出してしまうような未熟者はいない。男も女もお互い平気で裸体を曝している。
 
「今日はかなりゆっくりしたペースだったね」
などと言っている40代くらいの女性がいる。
 
「今日は初心者が数人混じっていたから少し遅めに歩いた」
とリーダー格っぽい男性が言っている。その人は70歳くらいに見える。
 
「まあ初心者の人たちは出羽の修行の一端を感じられたろうから、各自しっかり鍛えて、また挑戦してもらえるといいかな」
などとベテランっぽい60代くらいの女性が言っている。
 
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そうか。私って初心者だったのか。
 

「菊枝さんはここでの修行は長いんですか?」
と青葉は温泉につかりながら菊枝に訊く。
 
「最初2007年の冬に冬の修行に参加させてもらったんだよ。でもさっき言ったように30分で首になって、冬山に放置されて死にたくなかったら自力で出発点まで戻れと言われた。それで必死になって戻ったけど、戻るのに2時間掛かったよ」
 
「まあ冬の修行は死者が出ること前提。私もとても向こうには行けん」
などと近くで言っている人がいる。
 
「向こうにいる人たちは肉体が無くなっても別に気にしないレベルの人たちだから」
などと言っている人もいる。
 
「いや、あちらの参加者の半数は実際問題として既に肉体を捨ててると思う」
と言う人も。
 
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何それ〜!?
 
そういえば以前美鳳さんと一緒に羽黒山を歩いた時「その身体を捨てない?」と言われたけど、あれって冗談じゃなかったのか??
 
「それで2008年夏の修行に参加させてもらったけど、これも1日でクビになった。鍛え直してこいと言われた。それで四国の山の中を自分でひたすら走って2009年の夏にやっとメンバーに入れてもらった。それから毎年1ヶ月くらいここに籠もって山駆けしてるよ」
と菊枝さんは言う。
 
「菊枝さんでさえ、そのレベルなのか・・・」
 
青葉は上が全く見えない気分だ。じゃ冬の山駆けしている人たちって、どんな凄いレベルなんだろう。
 
「私もその内冬の修行に参加したいんだけどね。あんたにはまだ無理って言われてる」
と菊枝さん。
 
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「速攻で肉体を捨てていいなら参加出来るかもね」
などと言ってる人もいる。
 
「でも私、今日1日で自分の修行不足を痛感しました。鍛え直さないといけない」
と青葉は言う。
 
「あんた学生さんなら部活でスポーツ系のに入ったら、結構鍛えられるよ」
「走り回る系統のがいいよね」
「そうそう。スポーツにも瞬発力を使う系統と持久力を使う系統がある。後者がいい」
「野球とかゴルフとか卓球とかは瞬発力を使うスポーツ」
「陸上の長距離とか水泳とかサッカーとかバスケとかが持久力を使う」
 
バスケか・・・・。ちー姉の試合って一度見てみたいな。
 
「今、冬山の修行にはバスケ選手が何人か入っているらしいね」
「うん。大したもんだよね。女組の方だよ」
 
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へ〜!凄い。
 
「この集団は男女混合ですけど、冬山は男女別なんですか?」
とひとりの初心者っぽい20歳くらいの男性が訊く。
 
「うん。男組は湯殿山大神(大山祇神)を奉り荒行という感じ。女組の方は羽黒山大神(稲倉魂命)を奉りひたすら歩く。どちらが本当に厳しい修行なのかは何ともいえん」
 
「へー」
「但し性別は自己申告だから」
「へ?」
 
「肉体的に男でも女の方に参加したければ参加してもいい」
「肉体的に女だけど男の方に参加したいと言って参加してる人は数人居る」
「あれは髪を男並みに短くすることが条件」
「へー」
「小便も立ってしなければならない」
「え〜!?」
「女の方に参加する場合は座ってしないといけないらしい」
「ほほお」
「要するに男組に参加するなら男を演じ、女組に参加するなら女を演じるんだな」
「なるほどー」
 
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「女を演じる時はもちろん絶対に参加者に対して欲情しないことも必須条件」
「女と一緒に温泉に入って万が一にも立ったりしたら即去勢されるから」
「おお、怖い」
「男組の方に女の身で参加していて恥ずかしがっていたりしたら、チンコをくっつけられるという噂もある」
「性転換したい人にはいいですね」
 
「まあ性欲程度コントロールできないのは修行がなってないよ」
と女性の修行者が言うが
「いや、あれ性欲というよりただの生理的な反射なんだけど」
と男性の修行者は言っている。
 
「夏の集団は緩いから、立っても蹴られる程度で済む」
「俺何度か蹴られた」
「俺も蹴られた。潰されたかと思った」
「今度潰してあげようか?」
「俺人間は卒業してもいい覚悟でこの修行に参加しているけど、まだ男は卒業したくないから勘弁して」
「へ〜。命よりあれが大事なんだ?」
 
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「でもバスケ選手って何歳くらいの方なんですか?」
と27-28歳くらいの女性が訊く。彼女も初心者っぽい。今日は最後尾を彼女と争う感じであった。
 
「年齢不詳のお姉様が1人であんたより少し若い子が3人」
「私より若いのか!すごーい」
「あんたも頑張りなよ」
「私はこちらに付いてくので精一杯だからなあ」
 
「俺、あのお姉様に年を聞いたら蹴られた」
「あの人、1970年代に日本代表として世界選手権に出たらしいよ。バスケ界では有名な人らしい。もう現役を辞めて久しいし、指導者とかも今はやってないから伝説の選手と言われてるって」
 
「冬山の修行に付いていけるのなら日本代表くらいにはなれるだろう」
「若い子3人はまだフル代表じゃないらしいね。ユニバーシアード代表とか言ってたよ」
 
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ユニバーシアード〜〜〜!?
 
まさか・・・・。
 

温泉で1時間ほど休んだ後、みんなで下山し解散した。
 
「その後ろに居る子たちって狛犬ちゃん?」
と菊枝さんから訊かれた。
 
「どうも沖縄のシーサーみたいなんです。迷子になっていたのを取り敢えず保護したんですけどね」
 
「まあ青葉の所に来たのは何か必然性があるんだろうね」
「そうかも知れないという気がします。私今度沖縄に行くんですよね。もしかしたらそれに関わることなのかも知れないです」
 
「ああ、仕組まれているってやつだよね」
「なんかよくあるんですよねー」
 
「だけど青葉ちょっとなまってるじゃん」
「認識しました。鍛え直さないといけないです」
「まあ瞬嶽師匠や瞬嶺さんの回峰は、師匠の年が年だったから、ゆっくりしたもんだったけどね」
「そうだったのか・・・」
 
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「出羽の夏の修行は4月から10月まで。冬の修行は9月から5月まで行われる」
「へー」
「結果的に夏の修行者と冬の修行者が4−5月と9−10月で交錯する。もっともルートがまるで違うから顔を合わせることはめったにないんだけどね」
「はい」
 
「ずっと前だけど、あんたの姉ちゃんが冬山の女組にいるのを一度見たよ」
と菊枝が言った。
 
青葉は引き締まった。
 
ちー姉って、そんな凄い所で修行していたのか・・・・。
 
「ただ向こうは私が分からないようだった」
「そうですか」
「夏山の修行はみんな人間だから、お互いの顔が全部見える」
「はい?」
「でも冬山の修行はそもそも修行の場が、この世にあらざる領域で行われる」
「へ?」
 
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「参加者も、生身の人間、人間辞めた人、そもそも人間では無い存在、既に死んでいる人、精霊、神様、大神様とバリエーション豊か。そして冬山では自分よりレベルの高い人の顔は見えない」
 
「へー!」
 
「自分と同レベルあるいは下のレベルの者の顔しか見えない」
「面白いですね」
 
「だから私が一度だけ冬山に入った時は、全員のっぺらぼうに見えた」
「わぁ」
 
「あの時、冬山組と遭遇した時も、私に見えたのは青葉の姉ちゃん以外には2-3人程度。でも向こうはこちらの顔が見えてない感じだった」
 
「それって・・・」
「私の方が一応、青葉の姉ちゃんよりは上だったみたいね、少なくともその当時は」
 
「それでも菊枝さんは冬山に行けなくて、姉は行けるんですか?」
「あの人の体力が凄まじいからだと思う」
 
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青葉はまた顔を引き締めた。
 
「霊的な仕事をしていても、体力勝負というのはわりとある。青葉は霊的な才能は本当に凄い。私はいづれ青葉に抜かれると思っている。だけど体力や腕力が無いと、ほんとにとんでもない悪霊には対抗できないよ。力でねじ伏せないといけない奴もいるからさ」
 
と菊枝は言い、青葉の手足を触った。
 
「あんた細すぎるんだよ。モデルさんとかにでもなりたいというなら別だけど、こんなに細かったらとてももたない。アナウンサー志望って言ってたよね?」
「はい」
「アナウンサーも激務だよ。そしてどんなに疲れていてもカメラの前では満面の笑みを見せなければならない。疲れているようなそぶりは一切見せてはいけない」
「それって霊能者もですよね?」
「当然。フルマラソン走った後でも、平気な顔して笑顔でクライアントに接することができなきゃ霊能者はできない。あんた体重何キロ?」
「48kgくらいかなあ」
「最低でも58kgにはしなさい」
「ひゃー」
「身長は159くらいあるでしょ?」
「はい」
「身長159cmなら標準体重が56kgくらいだと思う。筋肉を発達させるという条件で60kgくらいまではありだよ。あんたの姉ちゃんに身長と体重を訊いてごらんよ」
 
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菊枝さんはせっかく出羽まで来たからと言って、羽黒山の奥地をあれこれ案内し秘滝や美しい山桜などのある場所なども教えてくれた。どれも深い谷を飛び越えたり、垂直な崖を登ったり、いわゆる「蟻の門渡り」を歩いたりしないと到達できない所にあるもので、普通はベテランの登山者でないと行けないものである。青葉もこの日連れて行ってもらった所は何とかなった。
 
恐らく菊枝さんは自分の体力を再確認していると青葉は思った。
 
「今回の修行参加記念品にこれでも持って行くといい」
などと言って、菊枝さんはミニチュアのヤタガラスのストラップをくれた。
 
出羽三山を開いた蜂子皇子は由良の浜からヤタガラスに導かれて羽黒山に辿りついたと言われている。
 
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「まあ鶴岡の土産物屋さんに売ってたものだけどね」
「わぁ」
「私が初めて夏の修行に参加させてもらった時に買ったもの」
「それを私に?」
「まあ私はもっと先に行くから。青葉、うかうかしてたら置いてくぞ」
「頑張って追い抜きます」
「そうこなくちゃね」
 
それで菊枝さんと握手して別れた。菊枝さんはまだ籠もっている最中なので、まだしばらく出羽にいるということだった。
 

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