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■春演(3)

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青葉がマジメに遊歩道を歩いて随神門の方に降りて行くのを菊枝が見送っていたら、美鳳が菊枝に声を掛けた。
 
「あんたも結構きついこと言うね。あの子は私、今すぐ冬の山駆けに欲しいけど」
「美鳳さんこそ、今回はあの子に会わなくて良かったんですか?」
 
「あの子は基本的に孤独を好む性格もあって。ひとりで修行しているのはいいんだけど、それでしばしば自分の位置づけを見失う。もっともっと努力が必要ということを認識してもらった方がいい。凄い素材ゆえにね」
 
「それで今日の山駆けはいつもよりもかなりのハイペースだったんですね」
と菊枝は言う。
 
「ふふふ。あんたは冬山には来ないの?」
と美鳳。
 
「まだ命が惜しいので」
と菊枝は答えた。
 
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青葉は『いでは記念館』の所からバスで鶴岡に出ると、朋子に今晩帰ることを連絡した上で、新高岡までの切符を買った。
 
鶴岡1636(きらきらうえつ)1832新潟2002(しらゆき10)2159上越妙高2207(はくたか577)2256新高岡
 
というルートで帰還した。なお《きらきらうえつ》は金土日限定運行の快速である。連絡していたので母が新高岡駅まで迎えにきてくれていて、母の車で自宅に戻った。
 

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月曜日、青葉は朝早くから学校に出て行き、校内のプールに行ってちょうど朝練のため更衣室で着替えていた水泳部の杏梨に言った。
 
「ちょっと私、身体を鍛えたくて。もしよかったら朝練だけでも水泳部の朝練に参加させてもらえない?」
「おお。歓迎歓迎。競泳用水着は持って来てる?」
「もちろん」
「青葉結構遠泳ができたよね?」
「距離だけなら海で5-6kmは泳ぐ自信ある。でもスピードが大したことないと思う」
「取り敢えず一緒に泳いでみよう」
「うん」
 
それで水着に着替えてプールに行き、他の水泳部朝練組と一緒に準備運動してから水に入った。
 
「何がスピード無いよ!速いじゃん」
と杏梨から言われるが、男子の部長・魚君は
 
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「確かに速い。でも県大会では決勝に残れないレベル」
と言う。
 
魚という苗字はこの近辺では時々見る苗字なのだが、水泳選手で魚というのはインターハイに行った時に注目されて、新聞に載ったこともある。彼もインターハイまでは行けてもその決勝には残ることができない。
 
「インターハイの水泳で優勝できるくらい頑張りたいです」
と青葉。
「それってオリンピックレベルってことじゃん!」
と杏梨。
 
「だったらたくさん練習しなきゃね。それと川上君、その手足が細すぎるんだよ。見た感じ、皮下脂肪も少なすぎると思う。それでは長時間水の中にいるとどんどん体温を奪われてしまう。もっと皮下脂肪をつけないといけない。体重いくら?」
と魚君。
 
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「48kgです」
「少なすぎるね。最低54kgにしよう」
「やはり? 実は昨日も別の所で言われました」
と青葉。
「青葉少食だもん。もっとお肉食べなきゃダメ」
と杏梨。
 
「頑張る」
 

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その日、青葉は彪志に電話して言った。
 
「彪志ってさ、細い子と太った子とどちらが好き?」
「え? うーん。どちらかというと細い子かな」
「そうか。ごめんね。じゃ別れて」
「なんで〜〜!?」
「私、太ることにするから」
「いや、青葉であればたとえ100kgになっても青葉のこと好きだ」
 
「さすがに100kgになるつもりはない!」
 
それで青葉は自分はもっと身体を鍛えなければならないことを認識したからもっと体重がつくように、よく食べてよく運動することにするという話をした。
 
「いや、青葉は細すぎると思ってたから少しお肉をつけるのはいいことだと思う。頑張りなよ。体重70kgくらいまでは個人的にはたぶん許容範囲」
「70は重たすぎると思う。でも実際57-58kgくらいまでは体重増やした方がいいと言われてるんだよね」
 
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「青葉霊的な仕事でけっこうハードなことしてるでしょ。それからこれから受験もあるし、もう少し身体を鍛えた方がいいよ」
「うん、私頑張るね」
「俺をお姫様だっこできるくらい筋力つけてもいいよ」
「そうだなあ。じゃその時は彪志はベビードールでも着てもらって」
「いいよ。だっこしてくれるんなら」
「よし、彪志にベビードール着せるように頑張ろう」
「あはは」
 

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4月24日(金)。細川阿倍子(旧姓篠田)は夫と一緒に産婦人科を訪れていた。
 
「順調ですね」
というお医者さんの言葉に阿倍子はホッとする。
 
「何とかここまで来ましたね」
「ええ。一時は私もはらはらしましたが、ここまで来ればもう大丈夫でしょう。もう来月3日で9ヶ月目に入ります。でも少しでも何か異変があったら連絡してくださいね」
 
病院を出てから会話する。
 
「じゃこんな時に悪いけど出張行ってくるから」
「お疲れ様。こんな時期に沖縄とか人が多そう」
「そうそう。早めにゴールデンウィークに突入しちゃう人があるみたいだから。じゃもし何かあったらタクシーで病院に駆け付けるんだよ」
 
「うん」
 
それで貴司は阿倍子と一緒に自宅に戻ると、伊丹に向かうモノレールの駅ではなく、北大阪急行の駅に行き《新大阪》に向かった。
 
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26日(日)。阿倍子が千里(せんり)の自宅マンションで《たまごクラブ》を読んでいたら家電に着信がある。何だろうと思って取ると財テク商品の勧誘のようである。普段なら「要りません」と言って電話を切るのだが、この日は少し暇していたこともあり、しばらく相手のセールストークに付き合う。
 
友だちの無い阿倍子は暇をもてあました時に電話する相手がおらず、セールスのオペレーターをかっこうの話し相手に使わせてもらった。ずっとおしゃべりしながら何気なくそばに置いてあったシャープペンシルでメモ帳に意味も無い円を沢山書いていた。
 
その時、阿倍子はふとそこに何か文字が浮かび上がってきたことに気づく。
 
ん?と思い、阿倍子は「じゃ要りませんから。サヨナラ」と言って電話を切ってから、シャープペンシルの芯を横に使ってメモ帳の上を軽くなぞるように塗ってみる。すると 03-****-**** という電話番号が浮かび上がった。26日という日付も出てくるがその先の時刻らしきものは読めない。
 
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ピーンと来る。
 
浮気だ。
 
しかも東京!?
 
阿倍子はしばし考えた。
 
貴司は本当に沖縄に出張に行ったの?
 
阿倍子は貴司の会社に電話してみた。休日でも直通番号には誰か出るはずだ。
 
「どうもお世話になります。細川の妻でございます。実は細川の知人が出張先で会いに行きたいと言って連絡してきたのですが、あいにくホテルの名前とかを聞いてなくて。さっき電話してみたら仕事中のようで携帯の電源が切ってあるようなんですよ。そちらでホテルの名前と電話番号が分からないかと思いまして。はい。。。。ありがとうございます。渋谷の**ホテル、03-****-****ですね。ありがとうございました。お手数おかけしました」
 
やはり貴司は東京に行ったんだ!
 
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それで先ほど電話メモに浮かび上がった電話番号をネットで検索してみると銀座の超高級レストランであることが分かる。ディナーが「5万円から」などと書いてある。うっそー。もしかして浮気相手とここに行く気? こんな豪華な所、私におごってよ。
 

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そんなことを考えていたら、次第に怒りの心が湧き上がってくる。
 
思わず、阿倍子は千里の携帯に電話していた。
 
「こんにちは、阿倍子さん。どうかしました?」
と電話の向こうの千里の声は明るい。
 
「あんた、うちの貴司と浮気するとか、どういう了見よ?」
と阿倍子は最初から喧嘩腰である。
 
「へ? 何?私、貴司と別に何もしてないけど?」
「今夜するつもりなんでしょ?昨夜もあんたあの人と一緒だったんじゃないの?」
 
「ちょっと待って。貴司が東京方面に来てるの?」
 
千里の戸惑うような声に阿倍子は不安になった。
 
「あの・・・・貴司と高級レストランに行くんじゃないの?」
「私、貴司とはここ数ヶ月会ってないけど」
 
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数ヶ月?つまり数ヶ月前には会ったのか。くっそー。しかし今回の浮気相手は千里ではないのか??
 
「もしかして貴司が誰かと浮気しようとしてるの?」
と千里が訊く。
 
「だと思う。高級レストランの電話番号のメモが見付かって。26日という日付と。そもそも貴司、沖縄に出張に行くと私には言ってたのに、会社に確認したら出張先は東京だったみたいなのよ」
 
「あいつのやりそうな手段だね。でも阿倍子さんがもうすぐ臨月って時に浮気とか全くひどい奴だ」
「なんか私・・・悲しくなってきた」
「阿倍子さん、その浮気私が阻止してあげるから」
「え?」
「大丈夫。私に任せて。そのレストランの電話番号を教えてくれない?」
「あ、うん。03-****-**** リストラン****というの」
「そこ知ってる。すっごく高い店。一見さんお断り」
「私、あの人とそんな所に結婚以来行ったこともないのに」
「日付は今日なの?」
「うん。26という数字が残ってたから。時刻はよく分からないんだけど」
 
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「分かった。じゃ、確実にその浮気私が潰して、あとで報告するから」
「ほんとに?」
「赤ちゃんは順調?」
「あ、うん。安定してるって先生が言ってた」
「良かった。阿倍子さんは赤ちゃんのことだけ考えてて」
「うん。ありがとう」
 
それで電話を切った。
 

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千里は阿倍子との電話を切ると、そのレストランに電話をした。
 
「こんにちは。細川と申しますが、今日の予約何時に入れてましたっけ?」
「少々お待ち下さい」
と言って向こうは確認している。
 
「細川様は20時半にご予約を頂いております」
「あ、20時半だったのね。20時か20時半かあやふやになっちゃって。ありがとう」
「いえ。お待ちしております。もしお時間の変更をご希望の場合は早めにご連絡ください」
「うん。ありがとう」
 
それで千里はその日のバスケットの練習を16時に切り上げるといったん帰宅する。桃香は出かけているようである。浮気かな〜?などと思いつつもそちらは放置で貴司の浮気を潰しに行くことにする。
 
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以前∞∞プロの鈴木社長の奥様から頂いた品の良いワンピース着て、上品なメイクをし、旭川の斎藤巫女長から高校卒業記念に頂いた本真珠のイヤリングを付ける。
 
『千里これも持って行きなよ』
と《たいちゃん》が言った。
 
千里はじーっとそれを見たが
『じゃ、たいちゃんが持ってて』
と言って出かけた。
 
それで問題のレストランの前まで行く。しばらく待っていたらレストランの中からボーイが出てくる。
 
「ご予約頂いておりましたでしょうか?」
「はい。この店の前で待ち合わせしてから中に入ろうと言っていたんですよ。すぐ来ると思いますので、待たせて頂けませんか?」
「分かりました」
 
それでボーイは店の中に戻った。なお、千里が高級ワンピースを着てきたのはここで怪しまれないためである。
 
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やがて浮気相手の女性がやってくる。千里は彼女に声を掛けた。
 
「済みません」
「はい?」
「私、細川の妻の姉です」
「え!?」
「帰ってもらえませんか。細川と会わせる訳にはいきません」
 
と千里が強い気合いを入れて彼女を見る。すると彼女は何か言おうとしたものの千里の雰囲気に気合い負けしてしまったようである。
 
「分かった」
 
それで彼女は帰って行った。
 
5分もしない内に貴司が来る。
 
「え?千里?」
「彼女は帰っていったよ」
「え〜〜〜?」
「阿倍子さんを欺して、沖縄に出張に行くとか言って東京で浮気しようなんて、とんでもない奴だ。しかも阿倍子さん、もうすぐ臨月だというのに」
 
「済まん!」
「じゃレストランはキャンセルしておいてね。私は帰るね。じゃ」
 
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それで千里は帰ろうとしたのだが、その時ちょうどレストランのボーイが出てきた。
 
「細川様でいらっしゃいますか? お待ちしておりました」
などとボーイが言う。
 
千里は貴司と顔を見合わせた。
 
「千里、ちょっと食べて行かない? キャンセル料払うのはもったいないよ」
「うーん。そうだなあ。じゃ、食事だけしていくか」
 
それで千里は貴司と一緒にレストランの中に入った。
 

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