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■春演(4)

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席に着くと千里は
「じゃ阿倍子さんには浮気阻止成功ってメール送っておくね」
と言う。
「ちょっと待って。阿倍子に言っちゃうの?」
「そりゃ当然。私は今日は阿倍子さんの代理でここに来たんだから」
 
と言って千里はメールを送信してしまう。貴司が「やばぁ」という感じの顔をしていた。千里は先日新島さんからもらった帝国ホテル大阪でも使えるはずの御食事券を貴司に渡し「今日の食事の代わりに阿倍子さんを連れて行ってあげなよ」と言った。貴司も少しは反省しているようであった。
 
食事については千里は「少しだけ味見」した感じでは確かに美味しいけどお1人様5万円も払うのはどうかなという気がした。ワインを貴司が頼むのでこちらは飲んだが、明らかに保存状態が悪いのを千里の舌は認識した。雨宮先生に随分付き合わされたおかげで良いワインは18歳の頃から結構飲み慣れている。このワインは恐らく夏の高温にさらされている。これってちゃんと温度管理した倉庫に保管していないのではなかろうか。それに従業員の教育が微妙になってない。意外に安月給でこき使われているのかも。この店、あまり長持ちしないかもという気がする。
 
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しかし貴司はどうも千里と2ヶ月ぶりに会ったのが嬉しいようで最近の話題をたくさん話す。千里も阿倍子さんの手前、抑制的ではあるものの、彼の話に色々相槌を打ってあげていた。
 
「ね、千里今夜また一緒に過ごしたりできないよね?」
「私は貴司の浮気阻止のためにここに来たからさ、私が貴司と今夜浮気する訳にはいかないよ」
「そうか」
 
貴司は残念そうだ。しっかし、こいつ本当に懲りない奴だ。こんなに浮気ばかりしてたら、その内奥さんにも子供にも見捨てられて寂しい最期を迎えることになるぞ、などと千里は思った。
 
それでも、貴司があまりにも楽しそうに話していたので、千里は笑顔で話を聞いてあげる。やがてあっという間に閉店時刻になってしまった。そろそろ帰ろうかなどと言っていた時、突然店に入ってきた男性の集団があった。
 
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「警視庁の者です。麻薬の取引が行われているという情報があったので来ました。店内におられる方、その席から動かないでください!」
 
「え〜?」
と貴司が言うが
「浮気しようとした罰かもね」
と千里はクールに言った。
 

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それで千里はあらためて店内を見回していたのだが、その時初めて少し離れたテーブルに冬子と政子が居るのに気づいた。千里は少し自分の「映像記憶」をプレイバックしてみて、そこには3人の女性が座っていたはずと思う。もう1人はトイレにでも行っているのだろうか。実際、空いている席にバッグが置かれている。冬子も政子も席に荷物を置くのがあまり好きではないので、あれはやはり連れの荷物であろう。
 
その時、ひとりの刑事がその冬子たちのテーブルに寄った。そしてふたりの荷物をチェックした後、連れの荷物(?)を調べている。刑事は怪しげな薬のシートを取り出した。
 
千里は席を立ってそちらのテーブルに行く。慌てて貴司も席を立ち付いてくる。
 
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「あれ〜、冬じゃん」
と声を掛ける。
 
「千里!?」
と冬子が声をあげる。
 
「済みません。席を移動しないでくださいと言ったのですが」
と刑事が言う。
 
ところが千里はその刑事の手からさっと錠剤のシートを取ってしまう。そして見た瞬間、これはエクスタシーだと確信した。
 
『こうちゃん。これを私の荷物の中に入っているラムネのシートとすり替えて』
『へーい』
 
《こうちゃん》は気のない返事をしながらもこの交換を一瞬でやってくれた。そのラムネのシートは先日「拳銃」と交換に雨宮先生からもらったものである。
 
「あ、これはあれじゃん」
と言って千里は笑顔でそのすり替えられたラムネのシートを裏返して見たりする。
 
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「すみません。それは証拠品なので」
と言って刑事がシートを取り返す。
 
「あなたはこの錠剤のことをご存じですか?」
と刑事が千里に訊いた。
 
「これはラムネ菓子のタブレットですよ」
と千里は笑顔で言う。我ながら名演だと思う。
 
「1錠いただいていいですか?」
「あ、いいと思いますよ」
 
刑事が数人顔を見合わせている。
 
「舐めてみれば分かりますよ」
と千里は言う。
 
刑事の中で責任者らしき人が1錠取り出すと、その端を本当に舐めてみた。
 
「ラムネだ!」
と刑事。
 
冬子がホッとした表情をするのを目の端で見て、冬子には女優の素質は無いなと千里は思った。
 

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刑事達は店に居る客の荷物から何も怪しいものが出てこないので、店内のゴミ箱なども調べた上で、結局冬子・政子・千里・貴司の4人については裸にして服のポケットなどまで徹底的に検査した。むろん千里たちは女性の捜査官に調べられたのだが、股を広げて飛んでみてください、などとまで言われた。アソコに隠してないか確認するのだろう。
 
結局千里がすりかえたラムネ菓子以外には何も出てこないままこの日の捜索は終了した。ちなみに《こうちゃん》は問題の薬シートと元々千里が持っていたラムネのシートを持ったまま店外で待機してくれていた。
 
捜索が終わって解放されたのは夜の1時過ぎである。取り敢えず4人で冬子のマンションになだれ込んだ。
 
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千里は「トラブルに巻き込まれてやっと解放された。誓って貴司とは何もしてないけど詳細は本人に訊いて」と阿倍子にメールした。
 
ここで《こうちゃん》が問題のシートを千里に返すので、千里はそれを
 
「これ、自分のマンションのゴミには出さないで。どこかコンビニのゴミ箱にでも捨ててきた方がいい」
 
と言って冬子に渡した。冬子がぽかーんとした顔をしていた。
 

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結局そのシートは千里が処分してあげた方がいいと貴司が言い、確かにそうだと千里も思ったので、千里はそのシートの処分を《こうちゃん》に頼んだ。
 
『どこに置いて来たの?』
と千里が戻ってきた《こうちゃん》に訊くと、
 
『芹菜リセさんのマンションのゴミ箱』
などと言う。
 
千里は可笑しくて吹き出しそうになった。
 
それで千里は貴司を冬子のマンションに放置したまま、3時頃、政子のリーフを借りて自宅に戻った。
 

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翌日夕方、貴司は物凄くバツが悪そうな顔をして千里(せんり)のマンションに帰宅した。案の定、阿倍子が物凄い顔で睨んでる。
 
「どういうことか説明して」
「すまん」
と言って貴司は土下座する。
 
「あのぉ。これお土産」
「は?」
 
貴司が差し出したのはクーラーボックスである。
 
「いや、昨日のレストランで出た料理をフードパックに詰めて持ち帰った」
「そんなことできるの?」
 
それで貴司は千里がキャンセルしといてねと言って帰ろうとしたものの、それだとキャンセル料を払わなければいけないのでもったいないから食べていかないかと誘ったということ。すると千里は自分は浮気を阻止に来たので、自分が貴司とデートする形にはできないと言い、出た料理の大半をフードパックに詰め、クーラーボックスに入れてしまったのだという。
 
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「中の冷却剤は今朝1度交換したから大丈夫と思う」
「でもよくレストランでそんなことして咎められなかったね!」
「いや千里がうまいことやってた。飲み物とか、生ものとかは僕が食べた。結局千里はワインを飲んだだけなんだよ」
 
阿倍子は千里の思いやりにちょっと涙が出る思いだった。しかしその分猛烈に嫉妬心も湧いた。
 
「じゃ私食べるから、貴司は水でも飲んでて」
「うん」
 
それで阿倍子はフードパックに入った料理を電子レンジでチンして食べたが
「美味しい!」
と言って少しだけご機嫌になった。
 
「あと、奥さんを連れて行ったらとか言われて、帝国ホテルの御食事券ももらったんだけど」
と言って千里からもらったクーポンを見せる。
 
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「誰にもらったの?」
「いや、その・・・千里に」
 
何て優しい人なんだ!でもムカムカする!!
 
「じゃ私を帝国ホテルに連れて行ってよ。でも代金は貴司が払って。そのチケットはお友達にでもあげてよ」
「分かった」
 
そういう訳でこの夜貴司はほんとに水だけで過ごす羽目になった。
 

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千里と青葉の沖縄行きは、当初4月下旬を予定していたのだが、なにしろゴールデンウィークである。航空券もホテルも全く取れないということで結局5月中旬に延期された。
 
ゴールデンウィーク中、千里Bは最初休めるかもと言っていたのだが、5月末に納品予定のシステムを動かすマシンがこの時期になって突然Windows8機からLinux機に変更になるという無茶な話が発生し、プログラムの修正のため一部のOB社員まで動員される事態となる。それでゴールデンウィーク中、千里BはずっとJソフトに泊まり込みになった。
 
一方、千里Aはこの時期、フル代表に内定している佐藤玲央美(ジョイフルゴールド)・広川妙子(レッドインパルス)と一緒に愛知県の某所で自主キャンプに参加した。交通費節約で28日の夕方から、千里のインプレッサに2人を乗せて現地まで行ったのだが、千里が先日からレッドインパルスの練習に参加していると聞くと玲央美は
 
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「やっとプロになる気になったか」
などと言う。
 
「いや、私は無理ですよー。プロのレベルじゃないです」
と千里は言うが
 
「とんでもない。クラブチームに登録していたんじゃなければうちに登録したかったくらい」
と広川さんは言う。
 
「千里は昔から、そのあたりの物事に対する覚悟が無すぎるんだよなあ。もっと自分を主張すればいいのにさ。バスケにしても恋愛にしても」
と玲央美。
 
千里はその言葉にドキッとした。
 

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このキャンプの参加者はフル代表候補者やそれに準じるレベルの選手20人ほどで、代表にほぼ確定している花園亜津子も参加すると言っていたのがアメリカで行われるキャンプに参加することにし、そのあとで千里が参加すると聞いて花園さんはかなり残念がっていたらしい。
 
「久しぶりね、村山さん」
とここ20年ほど日本代表を務めてきたチーム最年長の三木エレンは言った。
 
「ご無沙汰しておりました」
「あんたユニバ代表、自分で辞退したんだって?」
「すみませーん。代表候補合宿やってて自分の力不足をハッキリ認識したので」
「ふーん。一時期引退してたんだっけ?」
「そうなんですよ。ちょっと手術したりして2年ほど休養していました」
 
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性転換手術のあとの休養期間だなんて言うと話が面倒なので、そのことは言わない。
 
「そんなになまっているのかどうか私が確認してやるから覚悟しなさい」
「はい」
 

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青葉はゴールデンウィークの前半は午前中は水泳部の練習、午後は合唱軽音部の練習で大忙しであった。そして後半は岩手に行き、溜まっている案件を片付けた。
 
チケットは1ヶ月前にちゃんと予約していたので、5月2日に新高岡(北陸新幹線)大宮(東北新幹線)八戸というルートで八戸まで行く。咲良と会ってその晩は彼女の家に泊めてもらい、翌3日は新幹線で盛岡に移動して真穂と会い、彼女から頼まれた盛岡や花巻での案件を処理。そのまま真穂の車に乗せてもらって大船渡に入る。その日は平田さんの家に泊まった。翌4,5日は今回は真穂に足になってもらって大船渡・遠野・陸前高田・気仙沼付近で相談事に応じる。多くは簡単な処理で済むもの、簡単なヒーリングで結構な改善が見られるものなのでこの2日間9件、盛岡・花巻でのも含めて11の案件を処理した。
 
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「ひとつひとつはすぐ済んだみたいだけど、けっこう体力使わない?」
と真穂が言う。
 
「うん。でも悪霊と対決するようなのとか、呪い系のものが無かったら」
と青葉。
 
「でもただ付いているだけの私の方が疲れてきたよ」
「ごめんねー。あと1件だから」
「やはり女子高生の体力は凄い。もう私、最近体力の衰えを感じていて」
「そんなこと言ってたらお母さんはどうなるのよ?」
「ああ、更年期障害でたいへんみたいね〜」
「ホルモンバランスが変化するのは、ほんとに辛いんだよ」
 
青葉は5日の夜は早紀の家に泊めてもらい、ここに椿妃も来て3人で久しぶりのおしゃべりをして過ごした。そして6日の午前中は3人で盛岡に出て、一緒に映画を見たりしたあと別れ、ちゃんと予約していた新幹線で新高岡に帰還した。
 
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