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■春心(6)

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4階まで上がる。4階は本来男子禁制なので、吉田君がためらっていたが美由紀が手をつないで強引に引っ張っていく。
 
ここは宿泊できる和室が左右に10個ずつ並んでいる。青葉たちが上がっていった手前の階段から見ると、階段より手前側に 401,402,420,419があり、階段の向かいがトイレ。そして廊下に沿って、右側に 403〜408, 左側に418〜413 が並び、その向こう側に奥の階段と奥のトイレがあって、その向こう東の端に409,410,411,412 がある。こないだ青葉たちが泊まったのは410である。その時、ふつうに奥のトイレも使用していた。
 

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「4階って普段も男子禁制だよね。何のために男子トイレもあるんだろう」
「さあ、おちんちんの付いてる女の子用じゃないの?」
「それってヒロミのこと?」
「青葉はもう取っちゃったからね〜」
 
「吉田、おちんちんを取るつもりは?」と美由紀。
「やだ。チンコ失うなら死んだ方がマシ」と吉田。
 
「男の子って、おちんちんそんなに大事なの?」と美由紀。
「さあ。私には分からないなあ」と青葉。
 
「でもヒロミ、まだおちんちん付いてるのかなぁ」
「なんで?」
「ひょっとして、あの子もう全部手術してしまってるんじゃないかって気もしてさあ」
「まさか」
「青葉はそんな気しない?」
 
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「さあ、私も透視能力は無いから、そこまでは分からないなあ」
「だって、性転換手術なんてしたら、回復に3〜4年掛かるんでしょ?あの子普通に学校に出てきてるよ」
 
「さすがに3〜4年は掛からない。順調な人で3ヶ月、長い人で半年だと思うなあ、ちゃんと節制していたら」
 
「でも青葉は夏休み直前に手術して、2学期からは普通に出てきてた。むしろ前よりパワーアップした感じだった」
と美由紀が言うが
 
「青葉は人間じゃないから別」
と日香理が言う。
 
「私、人間じゃ無かったら何なの〜?」
「超人類だな」
「ああ、そうかも」
「そこ、納得しない!」
 

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「で、どう?このトイレ?」
 
「そうだねぇ。なかなか素敵な環境だよね。階段の突き当たりって色々ものが飛び込んで来やすい環境。T字路の正面と同じで風水的に良くない場所。そして隣の部屋が9号室、斜め向かいの部屋は13号室」
「縁起の悪い数字?」
 
「ね、使用禁止の個室って、たしか一番奥だったよね」
「うんうん」
「それって、4番目の個室だったりして」
 
「確認してみよう」
と言って、日香理が女子トイレのドアを開ける。
 
「ほんとに4番目だ!」
「つまり、4と9と13が集まっている所?」
 
ぞろぞろと中に入る。中に入るのをさすがに抵抗した吉田君も美由紀に引っ張られて強引に女子トイレの中に連れ込まれる。
 
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「吉田、女子トイレの中なんて、めったに体験できないから」
「誰かに見られたら」
「私たちのガード役だから今日はいいんだよ」
 
「青葉、ここ、霊道とかは通ってないの?」
「その手のは通ってないよ。通ってたら、私こないだ気付いてたよ」
「ああ、そうだろうね」
 
「その使用禁止の個室に何か怪しい雰囲気は?」
「そうだなあ」
 
と言って青葉はつかつかと女子トイレのいちばん奥の個室の前まで行く。
 
「これ、開くかな?」
と言って個室のドアを開けてしまう。
 

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「わっ!」
と日香理が叫んだ。
 
「どうしたの?」と美由紀。
「今、何かその個室から出て行かなかった?」
と日香理が青葉に訊く。
 
「うん。出て行ったけど、大した奴じゃないよ。まあ、ここが誰にも邪魔されないんで、時々ここに潜んでいたのかもね」
 
「何?やはり霊?」
「そうだなあ。霊というより、妖怪に近いと思う」
「妖怪!? やはりトイレの花子さん?」
 
「そんな怖いものじゃない。怪人赤マントみたいな奴。男だよ」
「痴漢か!?」
「男の癖に女子トイレに入るなんて痴漢だよな」
などと言うので吉田君が居心地悪そうだ。
 
「かもね〜。女の子のおしっこの音を聞いてニヤニヤしてたのかもよ」
「悪い奴っちゃ」
「まあ、でも害は無いよ。何もしないよ」
 
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「私たちが合宿してた時もここにいたの?」
「居なかったと思う。居たら私気付いてた。ざわざわした所が苦手なのかも」
「恥ずかしがり屋の痴漢か」
 
「今飛び出して行ったのなら、もうここは七不思議じゃなくなったの?」
「うーん。すぐ戻ってくると思うけどなあ。ここが使用禁止なら」
 
「つまり、このトイレを修理して、ちゃんと使えるようにしたら怪異は消える?」
 
「旧校舎のトイレにでも移動するかもね」
「ああ。場所が移動するだけか」
 

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時間も遅いので、最後の図書館の謎については翌日探訪しようということになる。それで帰ろうかと言っていたら
 
「じゃ、みんなで青葉の家へ」
と美由紀が言う。
 
「ん?」
「だって、今日は青葉の誕生日だから、誕生会だよ」
「あ、私も行っていい?」
と純美礼。
「うん。徳代もおいでよ」
 
「吉田もおいでよ」
「青葉の誕生会って女ばかりじゃないのかよ?」
「男がひとりくらい居ても平気」
「何なら女装する?」
「いやだ」
 
ということで、七不思議探訪した6人で青葉の家まで行った。家には既に明日香・奈々美・世梨奈・美津穂が来ている。桃香と千里まで来ている。平日なのに、わざわざ千葉から来てくれたようだ。
 
「出席者は13人か」
「おお、サバトができる」
「生け贄は唯一の男子の吉田だな」
「ちょっと待て」
「やはり男の子の印を切り取って悪魔に捧げるんだよ」
 
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「お前ら、えげつないこと平気でしゃべるなぁ」
「女の子同士だし」
「俺男だけど」
 
「でも青葉の彼氏も来てたら14人だったね」
「バイトがどうしても休めなかったみたい」
 
「でも彼氏とは東京で会ったんでしょ?」
「うん、泊まったよ」
と青葉がぬけぬけと言うのでブーイングが入る。
 
「青葉って、私には高校卒業するまでセックスは控えた方がいいとか言っておいて自分ではたくさんしてるからなあ」
と日香理が言う。
「乱れてるね〜」
と奈々美。
 
「でも奈々美も彼氏としてるよね?」
と明日香が言うと
「高校に入ってからはまだしてないよ」
などと奈々美は言っている。
 
「なんか、みんな大人だなあ。私まだ彼氏できたことない」
と徳代が言うが、
 
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「暴走している子たちを基準にしない方がいいよ」
などと美由紀。
 
女の子たちが赤裸々なことを言っているので吉田君は身の置き場に困っている感じだった。
 

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「彼氏から何かプレゼントもらった?」
「うん」
「何もらったの?」
「えっと・・・ネックレス」
 
「おお。さすが大学生」
「見せて、見せて」
 
と言うので出してくる。
「わぁ、可愛い!」
「それ、もしかしてピンクゴールド?」
「うん」
 
「高そう!」
「そんなでもないと思うけど。多分2万円くらい」
「充分高い!」
 
「付けてみて」
と言われるので装着する。
 
「あ、それ、青葉のサックスとお揃いなんじゃない?」
「うん、そう言われた」
 
「よし、そのネックレス付けて、あのサックスを吹いてみよう」
 
それで青葉はピンクゴールドのサックスを持ってくるとアレクサンドラ・スタンの『Mr. Saxobeat』を吹いてみせる。
 
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「何か格好いい〜」
「川上、そんなにサックス吹けたんだ?」
と吉田君が本当に驚いている感じ。
 
「いや、東京に行った主たる目的はこのサックスの練習だから」
「でもそれ何の曲?」
 
「Alexandra Stan っていう、ルーマニアの格好良いお姉様の歌で『Mr. Saxobeat』
って曲だよ。ヨーロッパで2年くらい前に大ヒットした」
「へー」
 
「ルーマニアというと、マイヤフーの国か」
「ああ、おぞうにね」
「オーゾーンでは?」
「私、あの曲はヤフーのCMソングだと友だちから言われて騙されてた」
「ああ、そう思い込んでいる人は当時いた」
 
「O-Zoneは元々はモルドバのグループなんだけど、ルーマニアで売れたんだよね」
「モルドバってどこ?」
「えっと、ルーマニアとウクライナの間にある国かな」
「あのあたりの地理はどうも・・・・」
 
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「そのアレクサンドラお姉さんは元々ルーマニア?」
「うん。確かコンスタンツァだった。黒海のそばだよ」
 
「黒海とカスピ海って、どちらが右だっけ?」
「カスピ海が東(右)、黒海が西(左)」
「黒海というと、オリンピックやったソチとかも黒海だよね?」
 
「ソチとは対岸くらいになるよ。ソチは黒海の東岸、コンスタンツァは黒海の西岸」
「ついでに、ソチ五輪は来年の2月」
「あれ?まだ終わってないんだっけ?」
「これから!」
 

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その週はみんなの予定が合わなかったので、結局図書館探訪は延期になる。そして、その週はヒロミはずっと休んでいた。週末、青葉はまた東京に出て、鮎川さんにサックスの指導を受けてきた。
 
週明けの5月27日。やっとヒロミは出てきたが、特に病み明けのような感じはない。元気そうだ。青葉たちは隣の理数科の教室に行き、ヒロミに声を掛けた。
 
「ヒロミ、先週はどうしたの?」
「あ、ちょっと体調崩して。でも大丈夫」
「ヒロミ細いもんねー」
「青葉ほどじゃないけどねー」
「わりと身長あるから、もう少し体重あってもいいんじゃない? ヒロミ50kg無いでしょ?」
「うん。48kgくらいかな」
「もう少し食べた方がいいよ。ヒロミの身長なら58kgあっても、充分細く見えると思う」
 
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そんな話をしていた時、ヒロミの鞄から何かが落ちた。
 
「落ちたよ」
と言って日香理が拾って渡すと、ヒロミは焦ったような顔で
「ありがとう」
と言って慌てて、それを鞄にしまった。
 

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「ねぇ、日香理。ヒロミが落としたもの見た?」
と社文科の教室に戻ってから、美由紀が訊いた。
 
「見た」
「何だったの?」
と美由紀が訊くと、日香理は青葉と美由紀に傍に寄るよう手招きしてから
 
「レディースクリニックの診察券」
と言った。
「へ?」
「しかもあれ富山市のだよ。TVでCM流してるもん」
 
「レディースクリニックに行く意味が分からんが、それもなぜ富山市に」
「ちょっと考えたけど、地元の病院に行って、知り合いに見られると恥ずかしいからじゃないの」
「ああ、なるほどー」
 
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