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■春心(2)

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その日の放課後は、また7人で体育館に向かった。体育館では卓球部の人たちが半分、バスケット部とバレー部の人たちが残り半分を使って練習していた。
 
「体育用具室のピアノって、入学式の時に使ったピアノだっけ?」
「それはエントランスの所に置いてあるグランドピアノ。七不思議で言ってるのは用具庫の奥にはまり込んでるアップライトピアノだと思う」
 
ここの体育館は入口の所に小さなエントランスホールがあり、大会などの会場になる場合はここに机を置いて受付をしたりする。エントランスホールには、男女トイレ、多目的トイレ、和室(事実上女子更衣室と化している)、教官室などもあるが、体育教官室の前に、大きなグランドピアノが置かれている。確かにこれが入学式の時に使ったピアノかなという気がした。
 
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部活の人たちの練習を横目に、ステージ隣の用具室の中にぞろぞろと7人で入る。
 
飛び箱、マット、バスケットボール・バレーボールやバドミントンラケットなどの類いが無秩序に置かれている。その向こう、奥の壁際に確かにアップライトピアノが置かれていた。
 
「どう?青葉」
 
「そうだねぇ」
青葉はマットの上を乗り越えて、そのピアノまで到達するが、ピアノは背中をこちらに向けている。つまりこのピアノを弾くためには、ピアノの裏側に回り込む必要がある。となりに飛び箱があるので、青葉はその飛び箱の上を通って向こう側に入り込んだ。
 
椅子があり、ちょうど人が座れる程度の隙間がある。青葉はその椅子に座り、ピアノの蓋を開けて『エリーゼのために』を弾き始めた。
 
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「へー、青葉、けっこうピアノ弾くんだね?」
と呉羽が感心したように言う。
 
「中学1年の時から練習しはじめたんだって」
「それで、ここまで弾けるようになるんだ!凄い」
「随分練習頑張ったんだろうね」
 
結局青葉は『エリーゼのために』を全曲弾いてしまう。それからピアノのふたを閉じて、また飛び箱を越え、マットを越えて出てきた。
 
「どうだった?」
「何も怪しい所は無いよ」
「じゃ七不思議は?」
「単に誰かがここでピアノ練習してたんじゃない? ここなら誰にも邪魔されずに心ゆくまで弾けるだろうし。でも長年調律してない感じ。音が結構狂ってるし、音の出ない鍵盤もあってちょっと焦った」
 
「確かにここでピアノ弾いてると、演奏者は外からは見えないよね」
「じゃ、そもそも怪談ではない?」
 
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「だと思うけどなあ」
「ふーん」
 

それから体育館を出て、廊下の途中にある古い更衣室に行く。男子更衣室・女子更衣室が両側に設置されているが、ここは誰も使っていない。女子生徒はだいたいエントランスホールの和室で着替えるし、男子生徒はそこら辺で適当に着替えるか教室で着替えている。
 
しかし、青葉たちが行った時、その使われていないはずの女子更衣室から明らかに物音がした。
 
「きゃー」
と美由紀が声をあげたが、青葉は
「静かに」
と言った。
 
更衣室の引戸を開ける。
 
中で着替えている子がひとり居た。
 
「あ、済みません。お着替え中でしたか?」
と青葉はわざと声を掛けた。
 
彼女は無言で頷く。
「2年生さんですね?」
と体育館シューズの色を見て言う。彼女が頷く。
 
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「でもどうして、ここを使っておられるんですか? 女の子はみんな向こうの和室で着替えているのに」
 
美由紀は青葉が妙にしつこくこの着替えている子にこだわるなという気がした。
 
「いや、ちょっと」
とその子はとうとう返事をしたが
 
「え?」
と美由紀が逆に声をあげる。
 
「あの・・・・もしかして男子ですか?」
「ごめんなさい」
 

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7人は中に入って、戸を閉めた。
 
「痴漢・・・じゃないですよね? 他の子が着替えてない所に侵入したって、意味無いもん」
 
「わたし、女の子になりたいの」
と彼?彼女?は男声で言った。
 
「でもカムアウトする勇気とかなくて。着替えも男子更衣室で着替えるのは抵抗感があって、それでここなら他の人に見られないからと思って。お願い、変な事するつもりは無いから先生には言わないで」
 
「大丈夫ですよ。ここにも、女の子になりたい男の子がいるから」
と言って、美由紀はヒロミを引っ張り出す。
 
「え?あなた、男の子なの?」
「うん。戸籍上は男の子」
とヒロミが女声で言うと
 
「すごーい。女の子の声が出るんだ?」
 
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「練習するといいですよ。私もこれ出せるようになるまで、かなり時間がかかりました。でもある日突然出るようになったんですよ」
 
「へー!」
 
彼女は2年生の平田ゆかりと名乗った。本名は雄太らしいが、オンラインゲームとかに登録する時は、ゆかり・女で登録するようにしているらしい。
 
「ああ、私も随分それやってました」
とヒロミが言う。
 
しばしはヒロミと平田さんとで色々話していたが、また普通に話しましょう、などと言ってその日は引き上げた。
 

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「じゃ、使われてない女子更衣室で音がするというのは・・・・」
「ほんとに誰かが使っていたのではないかと」
「なぁんだ!」
 
「だけど性別問題をあれだけ話していても、誰も青葉のことは言わなかったね」
「まあ、青葉は100%女の子だからね」
 
「青葉の場合は、女の子になりたい男の子でも、間違って男の子に生まれた女の子でもなくて、女の子に生まれた女の子だったね」
 
「女の子に生まれた女の子なら、完全な女の子じゃん」
「だから、青葉は完全な女の子なんだよ」
「なるほどー」
 
特に中学から青葉を知っている子はみな納得していた。
 

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5月14日の夕方、作曲家の田中鈴厨子(すずくりこ)さんが青葉の自宅を訪問した。聞こえない耳のヒーリングを受けるためであるが、青葉の母は有名人だからといって、お寿司か何かでも取るとかはせず、普通にスーパーで買ってきたお魚のお刺身、小松菜の味噌汁といった「普通の料理」でもてなした。
 
「青葉に相談したら、唐本さんがいらっしゃった時も、だいたいこんなものなので、その方がいいのではないかということになって。お口に合わないかも知れませんが」
と朋子は言うが
 
「いえ、こういうローカロリーのお料理が助かります。医者から血糖値のことかなりうるさく言われているので」
と田中さんは言う。
 
「しばしば地方に行った時に歓迎する気持ちは分かるのですが超高カロリーの料理が出てきて、困ってしまうんですよ。全然食べられないので」
 
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「ああ、昔風の接待だとありがちですね。ケイさんの場合はだいたいマリさんと一緒だから、マリさんが全部食べてくれるので、ケイさんは血糖値をあまり心配しなくて済むみたい」
 
「ああ、ああいう子がひとりいると便利よね」
と言って田中さんも微笑んでいる。
 

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「でも、このお魚、美味しい! 凄く新鮮。これハマチですよね?」
 
「そうです。北陸ではフクラギと言うんですけどね」
 
青葉は田中さんが聞き慣れない単語をしっかり(唇の動きから)読み取れるようにゆっくりと「フ・ク・ラ・ギ」と発音した。田中さんが唇を読みやすいように、青葉と母が並び、田中さんに向かい合うように座っている。
 
「へー! フクラギですか?確かに地域によって随分名前が違うみたいですね」
 
「たいていの地域で最後はブリ(鰤)になりますけど、途中経過は様々なパターンがあるみたいですね」
 
「この近辺では、隣の氷見市が鰤の産地として有名なんですよ。このフクラギも氷見で獲れたものって、パックに書いてありました。朝獲れシールの貼ってあるものを買ってきましたから」
 
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「わあ、そういうの良いなあ。そういうお魚を普通に入手できるのが素敵ですね」
 

食後、少し休憩を兼ねてお茶を飲みながら、音楽関係のことを話した。
 
「青葉さん、楽器なさる感じ」
「小さい頃からやってたのは、横笛と法螺貝ですね」
「法螺貝!」
 
「私の兄弟子が出羽山の元修験者だったので、その人からの直伝です」
「すごーい」
 
「中学1年の時にボーイフレンドに唆されてピアノを練習しはじめて、今年は学校の部活でアルトサックスを吹くことになって、その練習中です」
 
「青葉、こないだ東京に行った時、ケイさんからフルートとヴァイオリンも頂いてきたね」
と母が言う。
 
「うん。ケイさんとマリさん、震災直後から東北ゲリラ・ライブをたくさんしていたということで、その時に使っていたフルートとヴァイオリンらしい」
「へー」
 
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「フルートにヴァイオリンか・・・。私の耳ではヴァイオリンは無理だけどフルートは練習したら吹けるようになるかも知れないなあ」
 
「やってみるといいと思いますよ」
と青葉は言った。
 
「でも最初音が出ているのかどうかを確認する方法が無い」
 
「音を視覚化する装置を置いておけばいいんです」
「あ。そうか! あのソフト、うちのパソコンにも入れられないか、則竹さんに相談してみよう」
 
と田中さんは楽しそうに言っていた。
 

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食事後1時間ほど歓談したところで、今夜お泊めする桃香の部屋に連れて行き、下着姿になってもらってヒーリングをする。服を着ているのより、身体が弛緩するので青葉としても作業がしやすいのである。
 
ヒーリングはやはり聴力がほとんど無い耳、そして声質が落ちている喉を中心にする。
 
「眠ってていいですから」
と声を掛けて始めたが、田中さんはホントに寝てしまった。作曲家として忙しく行動しているので、やはり疲れが溜まっているのであろう。
 
青葉は2時間ほど掛けてヒーリングをしてから、毛布と布団を掛けて自分の部屋に戻ろうとしたが、ふと目にもかなり疲れが溜まっているのに気付き、これは本人が寝ている時にするのが最適なので、目のヒーリングも30分ほどしてから自室に戻った。
 
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翌朝も青葉が学校に出かける前、朝5時半から7時半に掛けてヒーリングをした。
 
「耳の感覚が昨夜眠ってしまう前とは全然違います」
「良かったです。ヒーリングって相性もあるから。私たちはお医者さんなどとは違って、全てのクライアントを助けることはできないんですよ」
 
「じゃ、私は青葉さんと相性がいいのかな」
「だといいですね」
「喉も調子がいいし、なんか目も楽な感じで」
「はい。目もかなり疲れている感じでしたのでヒーリングしました」
「そういうのが分かるのが凄いです」
 
「・・・飛蚊症とかは無いですよね?」
「一時期けっこうあったのですが、最近は収まっています」
 
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