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■春遊(10)
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教育委員会の人は“オプション”を提案した。
・来年の4月付けで前任の青木校長が転任した宇奈月の高校に転任する。
・それまでは自宅待機あるいは教育委員会の仕事をしてもらう(勤務地:富山市)
自分を理解してくれるだろう、青木さんの所に行くというのは魅力的な案とも思えた。きっと教育委員会の人たちも最大限の譲歩なのだろう。しかし春貴は言った。
「魅力的な案のご提示ありがとうございます。しかし私はこの2年、新任で氷見に赴任して、自分の時間も情熱もお金も全部投げ打って頑張ってきました。様々な幸運もありました。お金だって1000万くらい使ってますよ。その全てを否定され、無にされた上で、新しい土地でまたやってくれというのはあまりにも辛いです。この2年で起きた幸運も2度起きるとは思えません」
「1000万も使ったの?」
「それに公立高校の教師をしている限り、校長が交代しなくても自分自身の転任で、数年おきに全てをやり直す必要があります」
「確かにそれはしばしば問題になるんだけどね」
甲子園の高校野球とかインターハイ、Nコン(コーラス大会)とかが私立高校の独擅場になっているのは公立高校の教師が短い年数で転勤させられ、落ち着いて指導できない問題が大きい。
「お話はありがたいですが、いったんゼロに戻って再度自分の身の振り方をゆっくり考えたいと思います。8月末か9月末で辞めさせてください。私は今ボロボロです」
正直インターハイの指揮で体力と精神力を限界まで使いくたくたになって帰って来たところに「お疲れ様」とか言ってもらえるどころか頭ごなしにどなりつけられアラ探しされ非難されて、精神的にズタズタの状態だった。
「分かった。それでは8月末でH南高校からは退任、9月末で富山県の教諭の地位を離れるということにしようか。だから9月の給与まで支払う」
「ありがとうございます」
それで春貴は県立高校の教師を辞めることになったのである。
礼音(立山煌/立山きらら)は7月20-21日に岩手山に行って来たが、“岩手山と言えば岩木山”ということで、バイク免許を取った後の8月10-11日(土日)には、岩木山(1624m)に行った。メンツは岩手山に登ったのと同じ顔ぶれである。
金曜日の夕方、熊谷から、山村マネージャーと一緒に青森空港へ飛ぶ。弘前(ひろさき)市内で一泊する。翌日早朝、市内の岩木山神社で、〒〒テレビ取材班(千里・明恵・希望)、および南田兄弟と合流する。
装備を確認して登り始める。
岩木山神社からスキー場を経て、1時間弱で“カラスの休場”(2.5合目)に至る。休憩して出発。鼻コクリ・姥石、を経て1時間20分ほどで、焼止りヒュッテ(6.5合目)に至る。少し休憩して出発。1時間弱で錫杖清水(8合目)に到達。充分休憩してから出発。30分ほどで大館鳳鳴ヒュッテ(9合目)に至る。ここから約30分で山頂に到達した。
(岩木山は9合目まで車とリフトで行くこともできるが、敢えて登山道を麓から登った)
「ここのダジャレは?」
「お岩木、追分け」
パフェちゃんの三味線伴奏とかで民謡唄わされそう。
「毎度センスが悪い」
「千里の案は?」
「岩木山っていいわね」
「岩手山と同じじゃねえか!」
30分ほど眺望を楽しんでから下山した。弘前(ひろさき)市内でもう一泊し、翌日は女の子衣裳!に着替え、宮下さんと小木さん及び4人の新人信濃町カールズが来たのと合流し、弘前城、ねぷた村、りんご園、木造駅(遮光器土偶の形をしていることで有名)などで、撮影された。ガールズたちは木造駅を面白がっていた。
衣裳は高校女子制服風、ワンピース、浴衣などである。
プールにも行った。きららはまたワンピース水着を着たがガールズたちはムームーであった。カールズたちが「きららさん、スタイルいいですね」と言っていた。
「おっぱいの大きさに負けた」
と言っている子も居た。
「君たちまだ中学生だもん。まだまだこれから大きくなるよ」
男の娘に負けた問題はどうすればよいのだろう。
11日の夕方、一緒に熊谷に戻った。
今回は温泉にはいらなかったなあ、と思っていたら翌日信濃町ガールズたちに拉致されて、姫路スピカさんちのお風呂にガールズたちと一緒にはいった!
立山きらら、西浜ももこ、南里くりこの3人は8月14日夕方宮下マネージャーと一緒に熊本空港に飛び、15日の山鹿灯籠祭りに参加した。“きらら効果”で今年の観客は例年の倍であった。
8月17日(土)、青葉は高岡市伏木の自宅でミュージシャンアルバムの取材をおこなった。先週春日部でやったばかりで慌ただしいが、来週はラピスラズリのライブがあるので、ラピスの時間が取れない。
この日最初は、バインディング・スクリューを迎えた。
「バインディングスクリューの皆さんでーす」
「こんにちはー」
「キャリアは20年近いですよね」
「ぼくら、いつ結成したのかがはっきりしないんですよね」
「何となく集まって演奏してたから初期の頃はメンツも毎回違ってたし」
「ドラムスが2人居て、あんた今日はギター弾いてよ、とかやってた」
「それで接着剤でくっつけてスクリューを作るみたいに危なっかしい、というのでバインディングスクリューという名前ができたんですよね」
「メジャーデビューしたのは2008年ですね」
「そそ。その後はメンツが変わってない」
「不思議だよね。それまではメンバー凄い不安定だったのに」
「しかしそれから15年くらい何となくやってきたね」
「株式会社方式がうまく行ったんだと思う」
「バンドってメンバーの収入格差が内紛や対立の要因になりがちだけどね。うちは全員がバインディングスクリューという会社の社員だから給料安定してるし。売れてもそんなにもらえない代わりに、売れなくても最低保証されてた」
「“経営者”は大変だったと思うけどね」
「まあ何とか破綻せずに15年やってきたね」
「イベントの伴奏みたいな安い仕事も受けてるけど、お陰で何とかなってきた」
「俺たちプライド無いから仕事選ばないし」
「幼稚園のお遊戯会の伴奏もだいぶやった」
「お陰で童謡に強くなった」
「おかあさんといっしょは毎日録画してる」
「子供と遊ぶのに慣れたから『いいお母さんになれるよ』とか言われる」
「どうやって妊娠するかは課題だな」
「何度か危機はあったけど、幸運にも乗りきってきたね」
演奏は最新のアルバムから『プロペラ島』を演奏した。
2組目は、リダンダンシー・リダンジョッシー(リダン♂♀)を迎えた。
「リダンダンシー・リダンジョッシーの皆さんでーす」
「こんにちはー」
「このバンド名はケイ先生の相棒のマリ先生が付けたものだそうですね」
「はい、マリさんに付けていただきました」
「その前はベージュスカという名前だったんですよ」
「その前にイエロースカという時代もあった」
「黄色がベージュになっちゃったんですか」
「うちのバンドはベースがふたり居るんで、ベースが重複している、ということから、ベージュなんですよ」
「なるほどー」
「でもメジャーデビューする時、似た名前のバンドがあると言われて、それでマリさんが新しい名前を考えてくれたんです」
「元々関わりがあったんですね」
「メンバー4人でマージャンやってて、信子がひたすら負け続けて」
「その罰ゲームでヒッチハイクで出雲まで行って神在祭(かみありまつり)の写真を撮ってこいと言われたんですよ。その時偶然にも、鮎川ゆまさんや、ケイ・マリさんの車に乗せて頂いたんです」
「凄い縁ですね」
「縁結びの神様ですしね」
「ホーンセクションの4人は元々は別のバンドだったんですね」
「はい。ホーン女子という名前でした」
「ただよく一緒にセッションしてたんですよ」
「それでメジャーデビューの時合体して8人組のバンドになりました」
「ベージュスカは男3女1、ホーン女子は女3男1だったから合体して男女4人ずつになったね」
「重複しているというのが英語でリダンダンシーだけど男子女子同人数だから、リダンダンシー・リダンジョッシーになったんですよ」
「それはそうだけど、その男女人数には異議あり」
「まあ性別の怪しい人は数人いるが」
「コロナの間は大変だったらしいですね」
「はい。管楽器使ったらいけないと言われて仕方無く全員キーボードでその楽器の音を出していました」
「まあ、あれはあれで面白かったけどね」
「リアルの管楽器では演奏不能なこととかもしてたし」
「そもそもその楽器の音域を越える音とかも出していた」
演奏は制作中のアルバムから『まほろば』(暫定版)を演奏した。
「この部屋音響がいい!」
と感動していた。
アクアは誕生日(8月20日)の翌朝、また八王寺の自宅から眠っているところを千里に「龍ちゃんお仕事だよ」と言われて拉致され、姫路女狐島飛行場に連れて来られた。
車に乗り換え(載せ替え?)、地下トンネル?を通って姫路市内北部の“姫路フェアリーランド”にやってきた。別途動員された信濃町ガールズ12名も来ている。写真家の桜井さんと助手数人も来ている。
「アクアちゃん今年はヌード写真撮ろうよ」
「着衣で」
「まあいいや。始めようか」
「はい」
それでアクアはこの日1日貸し切りにしたこの“おとぎの国”の、白雪城と小人の家、シンデレラ城とカボチャの馬車、白鳥船などで、写真集の撮影をしたのである。ブロンズ像、砂の像と続いたので、像からは離れることにした、動画版では黒鳥の32回転も見せている。
アクアFとMは2時間程度で交替し、撮影されてないほうは園内のホテルで休んでいた。
8月30日(金)、俊美は36週目の“臨月”(日常用語)にはいった。一週間後の9月6日には“正産期”(医学用語)に入った。
『北陸霊界探訪』だが、7月26日には行ってきたばかりの岩手山、8月23日には岩木山をレポートした。チャグチャグ馬コ人形と南部煎餅の視聴者プレゼントをした。また8月は津幡組のオリンピックの成績も紹介、山鹿灯籠祭りもレポートした。青葉も8月から番組に復帰した。8月の番組では金メダルを3枚掛けて出た。
8月31日(土)、ひとみは、ピアノ発表会の前日に、母から
「髪切りに行こう」
と言われた。
「あ、そうだね」
明日は発表会だし、明後日からは学校が再開される。
「じゃこれに着替えて」
と言って服を渡される。
「髪切るのにわざわざ着替えるの?」
と言ったが、まあいいかと思い着ようとしたのだが
「これ女の子の服じゃん」
青いコットンのブラウスとポリエステルの縞柄膝丈スカートである。
「万一にも性別間違えられないようにこの程度は着なきゃ」
「確実に性別間違われると思うんだけど」
“性別間違う”の意味が、ひとみと母で違う!
でも着た。それで母と一緒にバスでお出かけして街の“美容室”に行った。
美容室では色々カルチャーショックがあった。
最初にカルテとか作られて、ふつうの椅子で髪を切るとか、仰向けで髪を洗うとか。置いてある雑誌も床屋さんとは全然違う。
髪型については母が美容師さんと話して決めて行ったが。なんだか可愛い髪型にされた。
美容師さんから「お嬢さん」と呼ばれるのも、何だかむずかゆかったし。
また母はこの美容室でシャンプーとコンディショナーを買い、これからお風呂で髪を洗う時はこれを使いなさいと言った。でも値段が凄くてびっくりした!ぼくが今まで使ってたシャンプーなんて400円なのに。
「コンディショナーってどう使えばいいの?」
「シャンプーで髪を洗って流した後、コンディショナーを少し取って洗面器にお湯で溶くんだよ。それに髪を漬けて浸透させてから5分くらい置いて洗い流す」
「5分も待つの?」
「その間に顔洗ってればいい」
「なるほどー」
(顔の肌を傷めないように、コンディショナーを流した後で顔を洗うべきという意見はある)
またこの日は街で普段着用のワンピースやスカート、それに少々女の子下着とかも買って帰った。
「あんた家の中ではいつもスカート穿いてなさいよ」
「まあそれでもいいかな」
夏で暑いけどスカートは風通しがよくて快適だ。それにぼくスカートが完全に癖になっちゃった気がする。
9月1日(日)、ひとみ(康太)はピアノの発表会に出た後、ドラッグストアでチョコパイ(6個入り)を買ってきた。そして夜「魔女っ子ちーちゃん」と呼ぶ。
「どうしたの?ひとみちゃん」
と言って彼女が出てくる。
「まずこれあげるね」
「おお、これはぼくの大好きなチョコパイではないか」
「それ全部あげるから」
「ほんと?もらっていいの?」
「どうぞ」
「ありがとう!お礼にひとみちゃん完全な女の子にしてあげるよ」
「その件だけど、ちょっと頼みがあるんだけど」
ひとみは、胸が育ちすぎて1学期に着ていたワイシャツでは胸が入らないということを説明した。
「新しいワイシャツは火曜日に届くんだよ。だから月曜と火曜の2日間だけ、ぼくの胸を少し小さくしてもらえないかなあ。このワイシャツに入る程度に」
「うーん・・・・・」
「やってくれたら、モンブランも買ってあげるから」
「も、モンブラン・・・」
と悩んでいる。チョコ菓子が好きならモンブランとかも行けるのではと思ったら、どうもやはりそのようだ。
「胸を小さくするなんてぼくのポリシーに反するし、でもチョコパイもらっちゃったし」
と悩んでる。
「その間、お股の方は女の子の形にしといてもいいからさ」
「分かった。やってあげるよ」
「ありがとう」
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春遊(10)