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■春遊(3)
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目次 #
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6月末に留萌に入った和弥とまゆりは7月中旬の夏祭りまで留萌に留まり、その間、姫路の立花K神社のほうは、花絵と千里(夜梨子)が預かる。星月も留萌の夏祭り前までは姫路である。星月は高校生なのでまだ神職の資格は無いのだが、子供の頃から聴いているだけに結構祝詞が上手い。それでお客さんの中には
「若神主さんにお願いしたい」
と言って希望する人たちもいるので、その場合は祝詞をあげていた。一応“出仕”に任命している。(但し無給だったりして)
6月に邦生と真珠の家が建てられたので、つーちゃんが真珠に
「一度妾(わらわ)を招待せよ」
と言った。それで、モンブラン、ミルフィーユ、ティラミスにコーラも用意して(甘い物ばっか!)、お招きした。
「ここは清浄な場所だな。まるで神社の境内みたいだ」
「實は****様に浄化していただきました」
「大物の名前を聞いたぞ。よくそんな大物にコネがあったな」
そんな大物だったのか。
「しかし素晴らしい。時々来たいから、妾の御旅所を造るように」
「は?」
それで千里さんに相談し、つーちゃんの希望も聴いて、ここの敷地内に“屋敷神”みたいな型式で鳥居と祠を作ることにしたのである。
「しかし造る以上は毎日、日の出と日没に拝礼しないといけないよ」
「無理です」
「日の出は何とかしても日没の時刻はまだお仕事してます」
「仕方無い。誰かにやらせよう」
それでこの家の庭地下に小さな地下室を作り、そこに地元の龍族で辰岩という子を管理人として雇ったのである。地下室はドライエリア付きだから結構明るいし換気も良い。彼は主として日没時の拝礼をする。
辰岩はつーちゃんに気に入られたようで、その後しばしば、つーちゃんが辰岩を連れて散歩しているのが見られるようになった(ペットのお散歩だったりして:どちらがペットかは知らんが!佐渡・琵琶湖往復とかよくやっていたようである)
ところで留萌に来ている和弥たちだが、氏子さんたちが噂していた。
「中神主の和弥さんって年々女らしさが増してる気がする」
「40歳の女盛りだからね」
「和弥さんって女なんだっけ?」
「戸籍上は男だけど、医学的には女らしいよ」
「性転換したんだっけ?」
「元々は普通の男だったけど高校生の時に札幌でバス事故に遭ってさ」
「あれはたくさん死者も出た酷い事故だったね」
「和弥さんも大怪我してその時、ペニスと睾丸も酷い損傷だったからやむを得ず切除したんだよ」
「へー」
「でもまだ高校生なのに性器を失うって大変じゃん。それで身体の怪我が治ってから性器の再建手術したんだけど、男の性器って再建するのが大変だから、代わりに女の性器を造ったんだよ」
「確かにちんちん造るより膣を造るほうが楽そうだ」
「穴を開ければいいからね」
「伸び縮みする仕組み作るのが凄く難しいらしい」
「それで医学的には女になってしまったから法的な性別も女に変更可能だったけど、将来女の人と結婚したいからといって変更しなかったのよね」
「それでまゆりさんと結婚できたんだから良かったじゃん」
「じゃまゆりさんとは女同士の夫婦なわけ?」
「最近多いからいいんじゃない?」
「男同士の夫婦とか女同士の夫婦とか最近よく居るよね」
「私去年出席した結婚式が女同士でふたりともウェディングドレス着てた」
「男同士だと両方タキシードらしい」
「星ちゃん・月ちゃんたちはどうしたの?」
「最新の医療なら女同士でも子供作れるらしいよ。崎山の杉村さんとこも女同士の夫婦で子供できたし(*4)。男同士では作れないらしい」
「男には子宮が無いからね」
(*4) 和弥とまゆりの場合、和弥を2度性転換させることで男性器を復活させ、精液を採取してまゆりに人工授精した。事故の直後には一時的に父親の睾丸が入れられていた。“玉突き”の結果、常弥には武矢の睾丸が入れられ中年男の睾丸で彼は若返った。武矢には千里の睾丸が入れられ、男の娘の睾丸で彼は温和になった。
武矢に射精させることで得られた千里の精子で、桃香の子供・早月、小登愛の子供・愛が生まれた。
杉村真広と桂助(桂花)の夫婦の場合、真広を一時的に男に変えて射精させ、桂花に人工授精した。両親には「性転換前に保存しておいた精液があったから、それを使った」と説明した。桂花が男だったはずであることは無視されている。
桂助は元々真広と仲が良かったので、小さい頃から、「お前、性転換して真広ちゃんのお嫁さんになれ」と言われて育てられており、いつか真広の奧さんになることをずっと夢見ていたらしい。
真広自身が女の子になってしまった時は困惑して「私が夫にならなきゃいけないのかな」と思ったものの、真広に知り合いのお医者さん?の所に連れて行かれて性転換させられたので「やはり私が真広ちゃんの奧さんになるんだ」と思った。そしてウェディングドレスを着て結婚式を挙げ、真広の子供、しかも男の子を産んで両親からも「でかした」と褒められた。(実際はY精子のみで人工授精している)
2004.08.16 真広が女の子になっちゃった♪
2005.02 真広と桂助が婚約
2006.12 桂助、性転換してもらう
2007.04 人工授精#1
2007.07.03 P神社で杉村真広・桂花の結婚式
2007.12 桂花が男の子を出産(広司ひろし)
2009.11 桂花が男の子を出産(文也ふみや)
2011.10 桂花が女の子を出産(片恋へれん)
2013.09 桂花と真広のどちらか?が男の子を出産(秀真ほつま)
2016.08 桂花と真広のどちらか?が男の子?を出産(麻古都まこと)
真広が女の子になっちゃったのは“突発性女性化症候群”(SFS) ではないかと、きーちゃんは言っていた。真広は戸籍を女性に訂正したので、実はこのふたりは法的には桂助が夫で真広が妻である。子供たちも、父:杉村桂助、母:杉村真広と記載されている。出産時、桂花は“杉村真広”の名前で入院した。
「Y染色体は数万年後には消滅して男は生まれなくなるらしいよ」
「女だけで生殖していけばいいね」
「オリンピックに男子というカテゴリーが無くなるね」
「中学生は全員セーラー服で、成人式は全員振袖だね」
「男子トイレが消滅してトイレは全て女子トイレになる」
「男子更衣室も男湯も消滅する」
7月12日(金)夕方、姫路に住む、高校1年の星弥・月弥(2008.4.7)、中学2年の日弥・空弥(2010.8.9)、中学1年の水恵(2011.11.25)の5兄妹は、千里と一緒に飛行機で姫路女狐島飛行場から旭川空港まで飛んだ。そして千里が運転するセレナで留萌P神社に入った。
「何かどこにでもセレナがありますね」
「多人数乗って便利だから。全国に6台くらい置いてる」
「凄い」
彼らは自宅から姫路港までもセレナに乗ったのである。
P神社では遅くまで宴会している人たちに声を掛けてから取り敢えず寝た。(男の子4人はひとつの部屋にゴロ寝。水恵は母の部屋で寝た)
なお彼らの従妹の柚(2011.12.25)・杏(2013.11.1)は母の花絵と一緒に姫路でお留守番している。
7月13日(土)早朝、若い衆の手で神輿が船に乗せられる。和弥と星月が同乗して沖に出る。そして日の出と同時に、和弥は神降ろしの祝詞(*6)を奏上した。今年もP神社の夏祭りが始まる。
今年の留萌での日出日没時刻
2024/07/13 4:02 19:15
2024/07/14 4:03 19:14
(*6) この祭りで使用される神降ろし・神上げの祝詞は明治時代頃から口伝で伝えられていたが、前宮司の死亡でいったん途絶えた。しかし小春がほぼ記憶していて常弥に伝えたので、常弥が明らかな誤りと思われる部分を修正して再生したものてある。この祝詞はその後大神様自身により微調整された。
「でも何を降ろしてるんですか」
と千里は大神様に尋ねたことがある。
「海で亡くなった人たちの霊集団じゃないの?」
「だったら荒神(あらがみ)様ですね」
「うん。秋祭りで寄ってくる土地神たちとはまるで性格が違う」
今はしないが、戦前は夏祭りの神輿は地面に叩き付けたり焚き火の中に放り込んだりしていたという。そのため神輿は毎年新しいものを作っていた。戦後は毎年造るお金が無いという理由から火の中に放り込むのはやめたらしい。それでも胡桃神社の前で、一度神輿を放り投げるところがある。また神輿には一升瓶のお酒を3本掛ける。
この放り投げるシーン、お酒を掛けるシーンは観光客にも人気である。神輿は12年に1度、原則として子(ね)の年に新しいものを造るが、2020-2021年はコロナで祭りが中止されたので、新しい神輿は2022年に造られ、2023年から使用されている。(2022年は安倍元首相の暗殺事件直後で祭りの規模を縮小し、神輿の運行はおこなわれなかった)
神輿はいったん神社(本社)の神輿殿に収められる。
高校生巫女による巫女舞のあと、町内会長などお偉いさんによる玉串奉奠があった。
その後、幼稚園児(+小学1年生)の巫女舞が奉納される。それに続いて稚児衣裳の男の子たちが今朝穫れた魚を奉納する儀式が行われる。
中3女子の笛担当の笛が鳴る中、和弥が祝詞奏上をして、神輿が神社を出発。
神輿(みこし)は町内を一周してからA町の御旅所(旧胡桃神社)まで行き、そちらの神輿殿に収められる。巡回の途中では、養殖場、新鮮産業の工場、ヘリンボーン・リゾートホテル、風力発電所などの近くも通った。
このあと、祭りは小休止に入る。
今年も出店はたくさん出ていた。一時期はかなり衰退していたが、千里や桜組などの努力でかなり復興してきた。
千里が指導している剣道部員の高校生2名に模範試合をさせ、その後彼女らに審判をしてもらって小学生剣道大会をする。優勝者には、いつものように特製の木刀を贈呈する。和弥の字で「令和六年・留萌三泊P神社」という金墨の文字が入っている(常弥はさすがに目が衰えている)。北海道産の白樺の木で作られたものである。
そのあと、千里による宝剣クトネシリカを使った剣舞が行われた。
午後からは留萌オロロン太鼓、札幌と滝川のダンスグループの演技、の後、近隣で活動するバンドの演奏が5件あった。夕方、19時からはお神楽が奉納された。
日曜日は神輿(みこし)が今日は御旅所を出発してから町内を練り歩き本社に戻る。昼間は民謡大会、オロロン太鼓の演奏、留萌浄瑠璃、そしてまた、昨日に続いて5つのバンドの演奏があった。
児童会が主催したビンゴ大会も盛り上がった。
これはビンゴになった人が前に出てきて箱の中のボールを引く。ボールに書かれた番号で景品がもらえる。景品には“たわし”とか“鉛筆”とかから“TDRのチケット”や“トマムのチケット”などまでいろいろある。
夕方、最後はソーラン節が奉納される。唄い手が10人ほど拝殿に並び歌う。参拝者が歌いながら踊り、境内は熱狂となった。
ソーラン節のあとは、神輿(みこし)を船に乗せ和弥と星月も一緒に沖合に出る。そして日没と同時に和弥が神上げの祝詞を奏上して祭りは終わった。
(ソーラン節→中学生巫女:珠の舞い→木遣り歌→神輿船出・神上げ神事)
最後の付近は秒単位の正確なタイムキープが必要で、コロナ後の祭り復活以降は、玲羅がこの管理をしている。
今年もこの神上げの様子がテレビカメラで撮影され、境内に設置した映写スクリーンにプロジェクターで映された。またスクリーンには昨日朝の神降ろしの様子や神輿運行、オロロン太鼓、浄瑠璃、お神楽などの映像も映された。
今年も札幌で旅行会社が募集したバスツアー(留萌の秘祭とオロロンクルーズ) の人たちが50人ほど来ていて、オロロン太鼓、留萌浄瑠璃、バンド演奏、ビンゴ大会、ソーラン節と楽しんでくれた。お祭り終了後はヘリンボーン・リゾートホテルで食事を取ってからクルーズにも参加する人はクルーザーに乗せた。明日は北鹿島の温泉にはいってから、北海道西岸のオロロンロード沿岸を北上して稚内まで行く。
和弥・まゆりと子供たちは、月曜日(“海の日”の祝日)に千里の飛行機で姫路飛行場に戻った。
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