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■春遊(9)

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ひとみ(康太)は8月下旬に“父ちゃん”が会いに来た時
「何か可愛くなってる。このまま女の子になりなさい」
などと言われた。
 
8/9 登校日/ワイシャツ買いに行く
8/15 精霊流し
8/17-18 湯の児温泉
8/19 生理日
8/21 花火大会
8/24 父ちゃんと会う
8/31 美容室
9/1 ピアノ発表会
9/2 始業式
9/3 ワイシャツ届く
9/5 水泳大会
9/7 文化祭
9/9 代休
9/10 身体測定
 

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「お父ちゃんまでやめてよ。お母ちゃんからもしょっちゅう『私の娘にならない?』とか言われてるんだから」
「可愛いことはいいことだよ。学校と市役所に性別変更届出して、2学期からはセーラー服で通いなさい」
「嫌だ」
「女の子になればお嫁さんにもなれるのに」
 
ぼくやはりお嫁さんになるのかなあ(だいぶその気になってきたね)。
 
「だけど、お父ちゃんの名前もちょっと女の子の名前っぽいよね。桃香って」
「“香”って字はかつては男の名前にも結構使われたんだよ。亀井静香って男の政治家がいるし、戦国武将に波多野秀香(はたの・ひでたか)(*8) って人がいた」
「へー」
 
でもひとみは可愛いワンピースを着せられ、ハウステンボスに連れて行ってもらった。園内ではヨーロッパの令嬢みたいな衣裳を着けて記念撮影もした。
 
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「こんな感じのトレス買ってやろうか?ピアノの発表会とかで着ればいいよ」
「要らない!」
 
そんなドレスがあったら絶対着せられる!
 
車を運転したのは秘書の天野さんという40代の女性で、乗った車はアルファロメオ156である。父ちゃん自身は絶望的に運転がへたで、“今の奧さん”2人ともから運転を禁止されているらしい。父ちゃんは
「私は女に乗るのは好きだが、車に乗るのは苦手だ」
と言っていた。女も車も“乗り物”なのか?
 
(BGM『雨上がりの夜空に』)
 
以前、熊本の妹ミカンと一緒に大分のハーモニーランドに行った時も天野さんが運転したが、あの時はマツダのCX-5だった。
 

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(*8) 明智光秀が自分の母を人質として差し出して彼と和議を結んだのに、信長は秀香の兄弟を処刑してしまった。そのため、秀香も光秀の母を処刑した。この件で光秀は信長を恨んでいたのが本能寺の変の原因のひとつとも言われる。
 

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8月8日(木)、インターハイから戻って来た春貴は校長が呼んでいるというので、生徒達は教頭先生にお願いして学校に向かった。その時、美奈子が
「先生、これお守り」
と言って、ラピスラズリ?の小石をくれたので
「ありがとう」
と言って取り敢えずポケットに入れた。(この小石は行方不明になることになる)
 
校長室に入る。
「奥村、ただいま戻りました」
 
X校長は見るからに不機嫌な様子であった。
「随分酷い負け方をしたようだね」
「はい、ご期待に沿えず申し訳ございません」
「高いお金掛けてわざわざ九州まで行っておいて、ここまで無様(ぶざま)な成績って、ぼくの所に来る時に進退伺いくらい持参で来るべきじゃないの?」
「申し訳ありません。明日にも進退伺いを提出します」
「ああ、進退伺いとか面倒くさいから辞表でいいよ。今すぐ書きなさい」
「はい」
 
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それで春貴はその場でレポート用紙に辞表を書いて校長に提出した。
もしあったら広告紙の裏にでも書きたい気分だった。
 

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「君は大学院出の専修免許か何か知らないけど、そもそも教師に向いてないんじゃないの?」
「そうでしょうか」
「部活の指導に熱心なのもいいけど、本業の教師としてどうかと思うよ」
「はあ」
「君が教えているクラスの数学の成績、実力テストで40点未満ばかりじゃないか」
「申し訳ありません」
 
春貴が教えているのは就職コースの生徒たちなので、そもそも英語や数学が苦手な子が多い。それでも春貴は彼らが少しでも数学に興味を持ってくれるよう楽しく教えているつもりだった。しかし実力テストは進学コースの生徒と同じ問題を解くので、成績が低いのはやむを得ない。きっと校長は自分のアラ探しをしたのではないかと思った。たぶん校長が嫌いな部活というものに熱心な教師を辞めさせたいのだろう。
 
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校長は「部活なんてイジメとシゴキの巣窟だよ。廃止すべきだ」とも言っていたから、きっとそういうステレオタイプで部活というものを見ているのだろう。
 
「その部活の指導にも大いに疑問があるね」
「はい?」
「そもそも君はバスケット部を校外の体育館で指導していたそうだね。学校の施設で活動するのでなかったら、それはそもそも部活では無いよ」
「それはですね、校長」
と春貴はフラミンゴを使うに至った経緯を説明しようとしたのだが、校長は怒ったように言った。
「黙れ!ヒラの若造の分際で校長に口答えするのか?」
 
春貴はこの人には何を言っても無駄だなと思った。
 

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「それに学校では休日の部活を禁止してるのに、バスケット部は土日にも練習してたというじゃないか。インターハイとかに出るのは凄いことかもしれないが、そもそも学校の部活の範囲を逸脱してるんじゃないの?」
 
「そのインターハイに行くのにも金の掛けすぎだよ。今回のインターハイ予算は500万掛かったそうだけど、**県の**高校に聞いてみたら、あちらは80万で行って来たそうだよ。無駄な所に金を掛けすぎてるんじゃないの?」
 
1回戦で負けてきた学校と比較されても困る。
 
校長のスピーチ?は1時間ほど続いたが、春貴は適当なところで
「では失礼しました」
と言って退出した。
 

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学校を出てフラフラと国道の歩道を歩いていたらなんか車道を走る車のライトの波に吸い込まれるような感覚があった。春貴がそちらに行こうとしたら
「危ない!」
と言って誰かに抱き留められた。
 
「春貴ちゃん!」
「青葉ちゃん!」
 
「帰国したの?」
「今こちらに戻ってきた。何か悩んでるみたい」
「ちょっとね」
「良かったら話を聞くよ。うちに来ない?」
「そうだなあ」
「私は刑法134条で守秘義務が定められているから(*9)、話すだけでも話してみなよ。話すだけでも、すっきりするよ」
「よく何条とか出てくるね」
「法学部の出身だからね」
「そういえばそうだった」
 

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(*9)刑法第134条 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人の守秘義務。
 
2項 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者の守秘義務。
 
青葉は法的には祈祷師として扱われる。
 

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青葉はタクシーを停めた。そして春貴、紗織を抱いてくれている布恋と一緒に自宅まで行った。タクシーでは、青葉が助手席に乗り、春貴と、紗織を抱いた布恋が後部座席に乗った。すやすや眠っている紗織ちゃんの顔を見ているうち、春貴は憑きものが落ちて行くような感覚があった。
 
自宅に着いてから青葉は布恋に言った。
「布恋さん、コンビニで何か甘いおやつ買ってきてくれない?」
と言って青葉は1万円札を渡す。
「ビールとか買ってもいい?」
「任せる」
 
それで布恋は紗織をベッドに寝かせると、コンビニでビール3缶・コーヒー3つとケーキを3つ買ってきた。ビール1缶とケーキ1つを持ち紗織を抱いて下がる。
 
青葉は
「心が疲れている時は甘い物がいいんだよ」
と言ってケーキを勧めた。
 
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春貴はコーヒーをもらい、ケーキを食べてから、校長に言われたことを全部話した。途中で何度か(青葉の家に下宿している)高田舞花がコーヒーをいれてくれた。舞花は
「先生、ベスト4おめでとうございます」
と言った。
「ありがとう」
春貴はこの教え子との短い会話だけで随分心が回復した。
 
青葉は訊いた。
「インターハイの成績は?」
「一応こんなところ」
と成績を見せる。
「立派な成績じゃん、こんな成績出した先生をクビにするとかあり得ない。他からスカウトが来るよ」
「そうかな」
「もう辞めちゃいなよ。公立の先生なんて。私がどこか私立の先生に推薦してあげるから。その手のコネは多いし」
「取り敢えず少し休みたい」
「ああ、何ヶ月か休むのもいいかもね」
 
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春貴はその日夜遅く青葉の家を辞してアパートに戻った(舞花が車で送ってくれた:舞花は春貴が部屋に入る所まで見ていてくれた)。春貴は飲みたい気分だったので、青葉からもらったビールを飲んで、渡されたお弁当も食べて、その日は寝た。
 
辞めるのなら学校に私物取りに行かなくちゃと思ったが、取り敢えず数日無為に過ごした。数日後、教育委員会から呼び出しがあったので、富山市まで行って来た。
 
(県立学校教師の人事権は校長には無い。人事権を持つのは教育委員会である)
 
「辞めたいの?」
「校長から辞表を書けと言われました」
「校長とどういうやりとりがあったの?」
 
「札幌**学園に120点差で負けたのがお気に召さなかったようです」
「だって相手はプロにもしばしば勝ってるチームじゃん。過去にWNBA選手とかも出してる。X君はそんなことも知らないのかね」
「零封されずに得点取っただけでも偉いよ」
「そもそも全国ベスト4まで行ったのも凄いことじゃん」
「そう言っていただけると随分救われます」
 
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春貴は校長から批判された問題についてひとつひとつ説明して行った。
 
・校外の施設で活動していた問題
−元々女子バスケ部は弱かったこともあり、体育館に練習場所がもらえなかったので、最初は体育館外のコンクリートの上にホームセンターで買ってきた板を敷いてドリブル練習とかしていた。それがコロナによる相手校辞退や交通渋滞での遅刻失格などが重なり、運良く県大会で3位になることができたので、美術室を練習場所にもらった。そこでドリブル練習やシュート練習をしていた。
−ある時、近くで工事をしていた建設会社の人が誤って重機を倒して美術室を壊してしまった。それで建設会社がお詫びにと言って近くの体育館を借りてくれて、そこで練習できるようにしてくれた。
 
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「何だかわらしべ長者みたいな話だね」
「当時随分そう言われました」
 

・休日に活動していたと言われた件
−休日には部活はしていない。ただ部員の多くが、いつも使っている体育館の年間パスを個人で買っており、休日はそこで個人的な練習をしている。ただし部員同士偶然遭遇したら手合わせすることもある。だから自分は休日には指導もしない。ただし自分も体力作りのためにその体育館に行っており、生徒から何か訊かれたら分かる範囲で答えている。
 
「学校の施設では無いというのがうまく行ってるね」
「偶然の作用ですね」
 
・インターハイに行くのに金を掛けすぎではと指摘された件
−校長は**高校を例にあげたが、そこは1回戦で負けて“0泊”で帰ってきている。つまり最初から1回戦負けが前提になっている。勝つつもりが無ければ、ハードスケジュールでの往復もあるだろうが、上位にいつもはいっているチームはみんな数百万掛けてゆとりあるスケジュールで行っているはず。
−選手以外まで連れて行くのは、ひとつは練習相手の確保、もうひとつは今回選手になれなかった子たちにハイレベルの試合を見せて奮起してもらうためで、教育の場の活動としては重要である。
−今回公共交通機関を使わなかったのは、ひとつは福岡までの交通の便が悪く何度も乗り換えないといけなかったことと、コロナ感染予防のためである。現に3回戦で当たったチームはコロナ感染者が出て辞退している。
−飛行機をチャーターしたのは知り合いの会社経営者が飛行機を所有していて安く(ほぼ燃料代のみで)乗せてくれたからである。個人所有の飛行機でもパイロットは航空会社に居た人で技術は高い。またレンタル料は自分が個人で払っており遠征費は使用していない。
−向こうの宿舎にした体育館もその人の会社の施設を借りた。借り賃はホテル代より安い。ただ自炊が必要なので、ユニフォームや下着の洗濯をする係も兼ねて一部の保護者に同伴してもらった。
−自分達で洗濯できないとコインランドリーなどを利用することになるが、誰がコインランドリーに持って行くのかという問題、交通手段の問題が起きる。更に充分洗濯できないと練習もまともにできない。またコインランドリーに行ったり外食すると、そこでまたコロナ感染の危険がある。
 
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「君はなぜそれを校長に言わなかったの?」
「黙れ、若造の分際で口答えするなと言われました」
「X君なら仕方無いな」
 
どうもこの校長は“前科”があるっぽいなと春貴は感じた。
 

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