■春迷(9)

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その日遙佳の所に出てきた“琥珀”(*3) は言った。
「お祖母ちゃんに電話してさ、今自宅に置いてるビスクドールを全部人形美術館に移すように言いなよ」
「何かあるの?」
「今は言えない。それから、自宅に水のペットボトルを2箱くらい買っておいたほうがいい」
「分かった」
 
それで遙佳は祖母の薫に連絡すると共に、次の週末に実家に帰省し、妹にも手伝わせて自宅の人形を移動した。また帰省する時、水の2Lボトル6個入りを2箱買っていった。また母に“買物リスト”を渡した。
 
無洗米、カップ麺、レトルト食品、ツナ缶、コンビーフ缶、魚肉ソーセージ、スキムミルク、トイレットペーパー、アルコール・ウェットティッシュ、食品ラップ、紙食器、割り箸、ビニール袋、水用18Lポリタンク(白)と手押しポンプ
 
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一部は遙佳が次に帰省する時に富山で買って帰ることにした。
 

(*3) 琥珀は虎の精霊で、長年珠洲市のレストラン琥珀に棲んでいた。しかし2021年に経営者(奈那の祖父)が亡くなり、レストランは閉鎖された。それで琥珀はお腹を空かせて夜な夜な出歩いて、邪鬼などを捕食していた。これが“白い虎事件”である。
 
しかし青葉に再封印され、遙佳が新たな飼い主になって、遙佳の父が経営するレストラン・フレグランスに棲むようになった。また人形美術館の人形たちの守護者ともなった。
 
レストラン琥珀は地震で崩壊したものの業態転換し、お弁当店として再出発した。またフレグランスのほうは、やはり地震でお店が崩壊したが、人形美術館の中に移転している。
 
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11月11-12日(土日)、新潟県長岡市のダイエープロビスフェニックスプールで、日本社会人選手権水泳競技大会が開かれた。青葉はこの大会に参加資格があるので、女子800m自由形に出場した(この大会には女子1500mが無い)。昨年夏のブダペスト世界水泳以来約1年半ぶりのレースである。多くの人はゴールド・メダリストの川上が、妊娠出産を経て、かなりの復調は伝えられていたものの、果たして決勝に残れるか(8位以内に入れるか)という点に注目していた。
 
800m女子自由形は土曜日にタイム決勝方式でおこなわれた。竹下リル、金堂多江とは別の組になった青葉は力強い泳ぎで、ぶっち切り1位でゴール。リルたちの結果を待つ。しかし川上の泳ぎを見た水連上層部は驚いた、というより焦った。
 
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正式には来年春の日本選手権の結果で決めることにしているものの、パリ五輪の長距離代表は、竹下・金堂の2名というのが、大方の人の心づもりだったのに、川上がこんなに泳げるなら、川上を入れた3人の争いになる可能性が出て来たからである。
 
そしてリルと多江の結果が出る。結果は1位竹下、2位金堂、3位川上であったものの、金堂多江と川上青葉の差はわずか0.1秒であった。タイム決勝ではなく、ちゃんと決勝をやっていたら、どうなったか分からないような差であった。
 
表彰式では、竹下・金堂・川上の3人が表彰台に乗り、金銀銅のメダルを掛けてもらい、ハグしあったが、翌日の各新聞は「川上・驚異的な復調」と書いた。
 

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青葉はわずか30分後におこなわれた400m個人メドレー予選でも余裕で決勝に進出した。むろん、金堂・竹下も決勝進出した。
 
翌日、400m個人メドレーの決勝が行われる。予選タイムが1〜3位だった金堂・竹下・川上は中央の4〜6レーンで泳ぎ、1〜3位でゴールした。今度は1位金堂、2位川上、3位竹下であった。
 
(元々金堂は400iMのスペシャリストである。対して竹下は体力があるので、800m, 1500m を得意とする。400mではスピードのある金堂に一歩譲る)
 
大会終了後は、青葉のおごりで3人でしゃぶしゃぶを食べた!
 
なおこの大会は社会人の大会なので、高校生の竹下ハネや田村真美は参加していない。日本選手権で対決することになる。
 
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H南高校女子バスケット部がウィンターカップへの出場を決めたことは、11月13日(月)の全体集会で報告されたが、インターハイの時に比べて生徒の反応は鈍かった。それで部長の夏生が説明した。
 
「以前は夏のインターハイが高校バスケット選手権だったんですが、夏はアンダーエイジの国際大会も行われるんです。でもどこの高校も日本の観客がほとんど見てくれないし、中継どころか報道もされない国際大会なんかより、選手権であるインターハイのほうを優先して選手を国際大会には出さなかったんです。だから日本代表が凄く貧弱だった。強い選手ほど選手権のほうに出るから」
 
「それで国際バスケット連盟から高校選手権の時期を変更しろと要求されたんですね。でもインターハイ・バスケットの時期変更は認められなかった。それで冬のウィンターカップのほうを高校バスケット選手権に変更して、夏のインターハイは単にインターハイの中のバスケット競技ということになりました。それでウィンターカップこそが国内の高校バスケで最高の大会になったんです。出場校もインターハイは51校ですが、ウィンターカップはそれより多い60校です」
 
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この夏生の説明で、どうも凄い大会のようだというのが理解してもらえたようであった!それで、生徒会が寄付を募ってくれることになり、生徒と先生から合計50万円ほどの寄付が集まった。更に校長・教頭・春貴・日和・邦生が10万ずつ寄付して今回の募金額は100万円を超えた。夏のインターハイの時の寄付の残額もこれに転用する。また応援団まで派遣されることになった。
 
バスケ部が泊まることになっている体育館の宿舎に余裕があるので、10人程度までなら、そこに泊められると生徒会側には伝えた。生徒会長は「1部屋に6人くらいずつ詰め込もう」とか無茶なことを言っていた!
 

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春貴が千里さんに確認したが、宿舎は合宿などでの使用を想定したもので、長期の滞在は想定されてないこと、一応個室だが部屋はかなり狭いこと、シングルベッドとバストイレ洗面台のみで、1室6人は無茶すぎること、その個室が60室(20×3階)あるということだった。
 
それで選手を2階に泊め、付き添いのお母さんやお姉さんたち、応援団を1階に泊めようということになる。生徒会では応援団はチア部の子を中心に10名程度で編成することにした。
 
日程(女子)
21日(木) 移動
22日(金) 調整日(応援団はこの日移動)
23日(土) 1回戦(28試合 60->32 4チームはシード)
24日(日) 2回戦(32->16)
25日(月) 3回戦(16->8)
26日(火) 準々決勝(8->4)
27日(水) 準決勝(4->2)
28日(木) 決勝(2->1)
 
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負けたらその日帰る!万一?優勝したら、校長が江戸前のお寿司をおごると言っていた。
 

11月中旬以降は、ずっと男子バスケ部と練習試合をしていた。初日1年生チームとやったら何と勝ってしまった。負けた男子1年生たちは「お前ら全員性転換な。女子制服用意しろよ」と言われてビビっていた。(一週間後に再戦して男子が勝ち、何とか性転換は勘弁してもらったようである:凄い必死だった。でも性転換手術のパンフレットが配られていた!)
 
「へー。ペニスの皮を裏返してヴァギナを造るんですか?」
「それでちょうどペニスが入るサイズのヴァギナがてきるんだよ」
「考えた人頭良いですね」
「手術受ける?女子高生になれるよ。可愛い服たくさん着れるし、乃木坂とかに入れるかも」
「嫌です」
 
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2日目以降は2年生も入れたチームとやったが、
「お前らほんとに強くなったな」
と言われた(男子の3年生は既に引退している)
 
11月中旬には部員達をスポーツ用品店に連れて行き、各自の足の形状を測定して、オーダーのバッシュ(バスケット・シューズ)を頼んだ。
 

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11月20日に組み合わせが発表されたが、これなら、うまくすれば3回戦まで行けるかもと春貴は思った。
 
11月25-26日(土日)は石川県まで遠征して2校と練習試合をした。ゲームは、いづれも接戦で「いい試合でしたね。またやりましょう」と言ってもらった。
 
12月2-3日(土日)は新潟まで行き。G学館と練習試合をした。こんな強豪が練習試合に応じてくれたのが奇跡だが、たまたま日程が空いていたようである。さすがにレギュラーではなく控え組中心だったが、30点も入れることができて、最後はレギュラー組まで出て来た。試合後は握手して
「決勝で会いましょう」
と言ってくれた。
 
石川遠征の帰りには部員達は“あんころ”を食べていた。新潟遠征の帰りには笹団子を食べていた。
 
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岡安俊美は10月下旬に性別が訂正されたという通知を受け取ったが、半月くらい置いてから、母に電話して、戸籍謄本を取ってもらった。
「あんた、ちゃんと“二女・俊美”に変更されてたよ」
「そう」
「これでちゃんと私の娘になったね。おめでとう」
「ありがとう」
 
女の子になるって、おめでたいことなのかな?
 
「あんたの花嫁姿が楽しみだわあ」
 
ぼく、お嫁さんになるの!?
 
母には健康保険証の名義変更をお願いした。
 

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彼は戸籍が変わったのならきっと住民票も変わっているだろうと思い、やってみたら“岡安俊美”でちゃんと住民票は取れた。それで、マイナンバーカードは記載事項の変更手続きをした。
 
彼は更に運転免許証の氏名変更をおこない、その変更の跡がある免許証を使って、銀行口座の名義変更をした。それから携帯の名義を変更し、大学への届け出をし、各種の会員登録の変更もした。これらの手続きは年内いっぱいくらいまで掛かった。
 
就職予定の会社にも戸籍を変更したことを伝えた。次長さんからも「おめでとう」と言われた。やはり女になるのは、おめでたいこと??
 

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12月2日(土)、青葉は『ミュージシャンアルバム』の取材をした。午前中は村雨のぼりちゃんを迎えた。
 
「村雨のぼりちゃんでーす」
「こんにちはー」
「お名前の由来は寂蓮法師の歌ですよね」
「はい。『村雨の露もまだ干ぬまきの葉に霧立のぼる秋の夕暮れ』」
「“むすめふさほせ”の“む”ですね」
「ですです。でもそれで私『ああ、霧立のぼるさんね』と言われちゃうことあるんですよ」
「大女優さんですね」
「恐れ多いです」
「あなたも大女優になりましょう」
「なれたらいいですね」
 

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「アルバム『夏』は夏満載の曲構成でしたね」
「あれ実は沖縄に1ヶ月行って作ったんですよ。本当は録音したのは春だったんです」
「それもいいんじゃない。冬の歌を北極で作るとかもあっていいよね」
「北極まで行くのは大変そうですが」
「まあ北海道くらいで」
「年賀状もたいてい年内に予定稿で書くよね」
「季節の色々なCMも季節に先行して制作される」
「それでアクアは季節外れに海岸で水着になったことがある。カメラに映らないところで火を焚いていたけどね」
「大変そう」
「ケイ先生は夏の歌のビデオ撮るのにグアムに日帰りロケしたことがあるとか」
「あれは私たちでなく、ローザ+リリン」
「そうだったんですか」
「話を聞いて、グアムって日帰りできるのかって驚いたよ」
「凄いですね」
「あの子たちもたいがい無茶やらされてるね」
 
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ピアノ室の歌唱では季節外れではあるがアルバム『夏』から『逃げ水』を歌った。まるで逃げ水のように見えてるのに掴めない恋を歌った歌である。
 

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