■春迷(2)
[*前p 0目次 #次p]
山村は言った。
「あんたたち3人と一緒だとお互いにサポートしあえる気がする」
「そうだね。重たい荷物は、こうちゃんが持ってくれるから楽できる」
「来月は富士山に登りたいんだよ。『富士山はビジーだった』という企画」
「ひねりが足りないなあ」
「富士山にスージーさんと行ったとかは?」
「スージーって誰だよ」
「誰でもいいから適当に外人の男の子連れてきゃいいよ」
「男でスージーなのか?」
「女の服着せればいい」
無茶言ってる気がします。(きっと千里の言い間違い)
「まそれでこのメンツで富士山にも登らない?」
「私はいいよ。明恵ちゃんは富士山経験者」
「それは心強い」
「私も頑張ります」
と希望。
それで来月の富士登山が決まったのである。
白山を下りてから千里は煌に言った。
「礼音ちゃん、君のブラジャーはサイズが合ってないよ」
「そうですか?実は先週も友人に言われたんです」
「サイズ測ってあげるよ」
と言って千里は彼の胸のサイズをメジャーで測ってあげた。
「この胸にはB70かC65が必要」
「Cですか!?」
「直接買いに行くのが恥ずかしかったら、セシールとかの通販で買う手もあるよ」
「あ、その手がありますね」
それで彼はセシールでブラジャーを買ったようである。
千里は付け加えた。
「性別に関して何かトラブルがあったら内緒で相談に乗るから」
「はい」
「困ったらここに電話して」
と言って千里は電話番号を渡した。
8月上旬、明恵はドローン一種の国家試験にも合格し、視界外飛行などができるようになった。千里は彼女に自分の会社(中国企業との合弁)で作っているドローンと朱雀で開発したシミュレータを貸してたくさん練習させた。
8月20日、小浜市でアクアのライブが行われ、邦生は“マリーンコート”のメンバーとして伴奏に参加した。日和は北陸信濃町ガールズのメンバーとしてバックダンスに参加した。千里は幕間でフルートを吹いた。青葉も幕間で歌った。「霊界探訪」では取材許可が取れたので、これらの様子を双葉が撮影し(奈那も助手で付いて行った)9月下旬の放送で流した。
ライブは、立山煌の前座→北里ナナ→幕間→アクア→北里ナナのサービスステージ、と進んだ。アクアの後半ステージが終わり、サービスステージに移るところで、立山煌は千里と一緒に会場を抜け出し、飛行場に移動して、ガルフストリームG450に乗り込む。明恵と希望は既に乗っている。パイロット席には山村が座っている。千里もコーパイ席に座った。一行はライブが終了する前にミューズ飛行場を飛び立ち、郷愁飛行場まで飛んだ。
(アクア本人はサービスステージ終了後、グレースの手で八王寺の自宅に転送された)
煌たちは郷愁村で1日過ごした。煌はホテル昭和、ほかの4人は安いホテル富士である。元々は昭和は昔の旅館のように各部屋へお食事を届ける方式、富士は食堂に食べに来てもらう方式だったが、コロナで体制が変更され、昭和は気密服を着たスタッフによる配膳から、現在は配膳ロボットに移行しており(各部屋にロボットが通れるスロープが設けられている:杖を使っている人や車椅子の人にも出入りしやすいと好評)、富士は配送レーンを使った自動配送である。食器は紙製でワンウェイである。
紙製の食器は2010年頃から朱雀フードで使用し始め、その後かなり改良されてきている。2020年春以降、ムーラン・レストランも全店紙食器に変更した。千里が経営する“きつねうどん”では一般の客にはワンウェイの食器、“マイ丼”は砥部焼の磁器と使い分けている。
8月22日(火)早朝、煌たちは、千里が運転する車で富士山駅(ふじさんえき)に移動する。ここから五合目へのバスが出るのである。お弁当を食べてからバスに乗り、五合目まで行く。そして登り始める。途中の様子は、明恵・希望・小杉で交替で撮影した。明恵はドローンでの空撮もしていた。希望は煌の傍で登り、色々おしゃべりしていた。適宜、水やおにぎりをあげた。
「でもここ空気が薄いですね」
「うん。富士登山で一番大変なのがこの空気の薄さに耐えることなんだよ」
と明恵は言っていた。
今回歩いたルートは高低差だけでは白山より小さいが、この空気の薄さが大変だった。だから白山よりゆっくりしたペースになった。
しかし今回は5人だけの登山で、人目が無かったので、煌もトイレでは苦労せずに済んだようである。それにしても煌は先月の白山の時より元気で、山ガールとして進化したかも?と希望は思った。
取り敢えず富士山頂付近が混雑している様子は撮影できた。
下山後は、カメラマンの小木さんと合流し、富士吉田市で十二支の像がある神社で記念写真を撮った。そのあと別れた。来月は月山に行く約束をした。
明恵たちが富士山に登った日、青葉は立山の天狗様から
「ちょっと来い」
と呼ばれたので行って来た。
早朝、自宅近くのウィングライナー伏木駅からウィングライナーで富山までいく。氷見線・あいの風とやま鉄道でも行けるが、ウィングライナーは乗換無しで行けるのが楽である。地鉄で立山駅まで行き、ケーブルカーで美女平(977m)まで登る。そして高原バスで室堂(2450m)まで行く。ここから約3000mの頂上まで登山道を2時間ほど歩いて登る。上まで辿り着いたのは11時頃だった。
「ようこそ来られた」
と天狗様は青葉を歓迎してくれた。
「そうそう、出産おめでとう。これは娘さんの御守りに」
と言って、水晶のペンダントをくれた。
「そなたの娘なれば少々の邪霊は撥ねのけるだろうが、強いのが来た時の助けにな」
「ありがとうございます」
「それと巻き物の新バージョンができたから渡しておく」
と言って天狗様が新しい巻き物をくれたので、青葉はこれまで使っていた巻き物を返した。
「何も言わなくても古いものをちゃんと持ってくるのがさすがだ」
「必要な気がしたので持ってきました」
「まあwindowsも10から11に上がったしな」
「これwindowsで動いてるんですか〜?」
「参照可能な祝詞(のりと)の数も10倍に増えてるよ」
「ありがとうございます」
夕方前に自宅に帰着したが、ペンダントは千里姉が「小さい内は引っ掛かると危険だから」と言って紐を短く結び直してネックレスのようにしてくれた。
千里姉は更に
「今度の事件に必要な祝詞」
と言って1枚書写してくれた。
「今度の事件って?」
「青葉が11月くらいに解決することになる事件」
「へー!」
「こないだの幽霊コンビニは実は879番でも処理できた」
「番号で言われても」
「まあムジナ君は命拾いしたね」
「まあ、良かったんじゃない?」
9月1日(金)、新学期の始まりだが、広島の井上道代(高2)は金沢市内の私立高校に転入してきた。彼女は今年のインターハイ800m自由形の準優勝者で、“津幡組”に入るために転校してきたのである。インターハイで優勝した田村真美(高1)と握手し、早速練習を始めた。
「一人1レーン独占って凄いですね」
「その代わり定員8名だけどね」
「たまたま枠が空いてたから」
「長距離選手は普通のプールでは練習できないからね」
と真美。
「ここは私のプライベートプールだから好きなことができる」
と青葉。
「月間の維持費が200万掛かるからね。公共の施設ではあり得ない使い方」
と竹下リル。
「ここは私の家のお風呂と同じだから」
と青葉。
「川上さんがそれだけのお金を使えるのはアクアちゃんの楽曲印税のお陰」
と金堂多江が言う。
「じゃアクアちゃんが売れてるからこのプールが維持できるのか」
と道代は感心した。
彼女は夕方の金色千里との3000m自由形にも参加したが
「川上さんのお姉さん、凄すぎます」
と言っていた。井上、田村に竹下ハネ(高3)の3人でいいライバル同士になったようである。
道代は竹下椎良に注目した。
「あなた凄く速い。今何年生?」
「高校1年ですー」
「でもインターハイには出てなかったね」
「北陸大会で落ちて本戦に行けなかったんです」
「嘘!?あなたのスピードで落ちるなんて」
ハネが説明した。
「椎良は男子だからね」
「え?だったらなんで女子水着を着てるのよ」
「このクラブの部長の幡山ジャネさんの趣味で、このプールではたとえ男子でも女子水着を着けることになってる」
「面白いことしてる」
「ここは“女湯”だから」
「なるほどー。でも道理で胸が無いわけだ。ちんちんは?」
「私が取り上げた」
とリル。
「ああ、女湯に入るなら、ちんちんは取らないといけないですよね」
「お嫁さんに行く時、返してあげるよ」
「ぼくお嫁さんに行くの〜?」
「お嫁さんには、ちんちん要らないのでは?」
彼はプール外でも高校の女子制服を着ていた。プールに行く時は女子制服を着るように姉から言われているらしい。女子制服を着ていると彼は普通に女子高生に見えた。
「それで学校にも行ったら?」
「それはさすがに叱られる」
「大丈夫だと思うけどなあ」
「いっそのこと性転換手術受けて私の妹にならない?」
「絶対嫌!」
9月28日(木)、岡安俊美は3度目の生理があったので、ダイアリーに赤いシールを貼った。生理自体はナプキンでちゃんと処理できた。生理が収まるまではプールはお休みにした。
10月2日(月)、H銀行は臨時の人事異動をおこなった。邦生は頭取から呼ばれた。
「実は津幡支店・支店長の**君が入院してね」
「あらら」
「君、支店長代理で行ってくれない?」
「はい、行かせてください」
頭取から直接打診されたら命令されたも同然である。YES以外の返事はありえない。
それで、邦生は津幡店に転勤することになったのである。銀行では“支店長代理”というのは、しばしば肩書きだけで何の権限も無いことが多いのだが、今回は入院した支店長の代理として実際の支店長とほぼ同じ権限を持つ。邦生は本当の支店長にするには、まだ若すぎるのである。悩むような問題は本店や金沢店に相談してと言われた。
翌日火曜日から津幡店に行ったが、“女性の支店長代理”というので、特に女性の行員たちから熱い目で歓迎された!服装は真珠に頼まれた明恵が見立ててあげたミスアシダのレディスビジネススーツ(約20万円)である。
10月2日(月)は全国的に学校では衣替えであった。礼音(立山煌)や春南(鈴原さくら)の学校でも衣替えがおこなわれ、春南はこの日から冬服セーラー服で登校した。礼音は男子冬服で登校し、女子のクラスメイトたちからダメ出しされる。
「なぜ冬服セーラー服で出てこない?」
「持ってないの?買いに行くのに付き合ってあげようか」
「実は持ってる」
東京に出て来た時、佐々木さんが間違って女子制服を頼んでしまったので、実は足立区の、女子寮の近くの中学の女子制服、世田谷区の、男子寮近くのこの中学の女子制服もある。その上で男子制服も作ってもらっている。男子寮生には同様にして2種類の女子制服+男子制服を所有している子が多い。佐々木さんも完全に頭がオーバーフローしている。
(この中学は旧男子寮の学区の中学で、新男子寮からは越境になるが、あと半年で卒業なので、3年生はそのまま通うことになった。2年生の七石プリムは転校した。むろん女子中生として転校した!)
「女子制服持ってるのなら着てきなさいよ」
と礼音はみんなから言われる。
「恥ずかしいよぉ」
「修学旅行では3日間女子制服だったのに今更何を恥ずかしがってんのよ」
全く全く。
しかし取り敢えず今日のところは男子制服で勘弁してもらったのである。ただし
「明日からはちゃんと女子制服着るように」
と言われてしまった。
ぼく、どうしよう?
10月2日(月)、岡安俊美(俊夫)は就職予定の会社の内定式に出席した。むろんレディススーツを着て、お化粧もしている。前日には美容室にも行っておいた。
内定式では、社長・専務・常務の挨拶、内定通知書の伝達、入社承諾書の提出、この後のスケジュールの説明、そして懇親会が行われた。内定通知書の宛名は“岡安俊美”になっていた。俊美は実は俊夫名義と俊美名義の両方の入社承諾書を用意していたが、俊美名義のほうを提出した。これで彼はOLになることが確定した。ぼくやはり卒業までに性別変更したほうがいいのかなあ、と彼は思った。
懇親会では先週顔を合わせたばかりの女子内定者たちと話が盛り上がったほか、男子内定者たちとも多数言葉を交わした。
今回内定式に参加した人の中には夏の研修に男装で参加した岡安を見ている人も何人もいたはずだが、その時男装していた人が今回は女装であることに気付いた人は無かったようである。
ただ専務からは
「君女の子になるの?」
と訊かれた。
「私、女の子にしか見えないから女の子になっちゃいなよ、と唆されました」
と答えた。
「最近そういう人多いから、いいと思うよー」
「ありがとうございます」
[*前p 0目次 #次p]
春迷(2)