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■女子大生たちの新入学(10)

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その日、千里はどうやってアパートまで戻ったのか覚えていない。
 
そもそも和食の店はアパートから500mほどだったし、そこから居酒屋までも300m程度だった。貴司たちと別れたのは24時前だ。しかし千里がアパートに辿り着いたのは、もう午前4時頃だった。
 
玄関を開けて中に入る。取り敢えず濡れたワークシャツだけ脱いで台所のフックに掛け、毛布をかぶって寝た。寝具は荷物の中にあるけど、とてもそれを開封する気力は無かった。
 

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翌朝。4月10日。今日はクラス分けの発表の日である。千里は一応この日はライトグリーン色のレディース・スーツを着るつもりでいた。旭川のデパートで買ったもので、旭川から送って昨日受け取った荷物の中に入っているはずなので、押し入れに放り込んでいた段ボールから取り出そうとして絶句する。
 
押し入れに放り込んでいた、服の入った段ボールが雨漏りで全部びしょ濡れになっていたのである。
 
うっそー!
 
と思い、千里はレディススーツの入っているはずの段ボール箱を取り出して中を確認するが、全てずぶ濡れだ。
 
えーん!せっかく買ったのに〜。これ3万円もしたんだよぉ。
 
取り敢えず着られる服が無いかと思い、他の箱も確認するのだが、段ボール箱は全て濡れていて、中の服も全て水分を吸っている。取り敢えず今日の用に間に合わないのは確かである。
 
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それどころか、そもそも普通の服の着替えさえ無い!
 
入学式で着たピンクのレディス・スーツも彼女が来た時に見つからないように押し入れに放り込んでしまったので一緒にやられている。
 

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千里は考えた。
 
結局の所、私が着ていけるのって、今着ている男物の服だけ?
 
やだー。こんな服着て大学に出ていきたくないよぉ。
 
お店が開いたら、飛び込んで何か適当なものを買ってくる手もある。しかし大学が始まるのは9時である。お店はまだ開いてない。
 
千里はため息を付いた。
 
雨漏りの酷いところでも構わないと言ってこのアパートを借りたことを少しだけ後悔した。
 
でも仕方無いので覚悟を決めて、千里は今着ている服のまま出かけることにした。ユニセックスなバッグに学生証と財布を入れ、靴もパンプスではなくスニーカーを履いた。昨日パンプスは靴箱に入っていた。貴司の彼女がそこを見ようとしなかったのは幸いだったな、と思ってから、いっそ見てくれてたら良かったのにと思い直した。
 
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くっそー。悔しいな。
 
千里はあらためて彼女に対して嫉妬心を起こす。
 
『だから邪魔してやろうかと言ったのに』
と《こうちゃん》が言うが
『ちょっと静かにしてよ』
と千里はまた彼に当たってしまった。
 
『おぉおぉ。かなり心を乱してるね。千里らしくもない』
と《こうちゃん》は言う。
 

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そういう訳で、千里はせっかく「女の子として通す」つもりの大学生活の初日に男装で出かけて行くハメになったのであった。
 
レディススーツにパンプスなら今日はバスで出かけるつもりだったのだが、ジーンズにスニーカーなら自転車でいいなと思い、自転車で大学まで出て行く。自転車置き場に駐めてロックし短く太いワイヤーを後輪に掛けた上で、長めのワイヤーで手摺りにも留める。旭川ではそもそも自転車自体のロックしか掛けたことなかったが、都会ではこのくらい必要だろうと千里も認識していた。
 
掲示板を見て自分の学生番号の入っているクラスに行く。入口の所に居る先輩らしき人に名前を言ってプリンタで印刷した冊子のようなものをもらう。クラス全員の氏名が載っている。性別は書かれていないが、だいたい名前で性別の判断はつく。ふーん。女子は7人かな?と千里は思った。
 
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その自分以外の6人の内、5人が固まって何かおしゃべりしている。もう1人はひとりで席に座っているが、あれ?あの子、こないだの子じゃんと思った。それは入学式の時に肩に幽霊をぶらさげていた子、つまり桃香である。
 
おしゃべりしていた5人の女子が千里のそばに寄ってくる。
「こんにちは〜。女子ですよね?」
「多分、村山千里さん?」
と彼女たちから声を掛けられるが、千里は今日みたいな格好で女は主張できない気がした。それで
 
「ええ、村山千里ですけど、ボク男ですよ」
と言っちゃう。
 
「あ、ほんと?ごめんねー」
と言って彼女たちは離れていった。
 
それと入れ替わりに、男の子が3人話していたのが近づいてくる。
 
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「あれ、君男だったの? ごめーん。女の子かと思ってた」
 
この時声を掛けてくれたのは宮原君という子である。それでオリエンテーションが終わった後、男子だけで飲みに行こうよと誘われる。
 
「未成年だからお酒飲めないです」
 
実際問題として今日も飲んだら3日連続の未成年飲酒だ。その2日前にも飲んでる。
 
「堅いこと言わない。バレないって」
「だいたい大学1〜2年が飲まなかったら、大学の周辺の飲食店、半分潰れるから」
 

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担当教官からのお話の後、全員自己紹介をする。桃香は
 
「富山県から来ました高園桃香です。私ひとりで居るのが好きだからあまり声は掛けないで下さい」
などと言った。うーん。こういう我の強い子好きだなあ、と千里は思う。
 
千里は
「北海道から来ました村山千里です。高校時代はバスケしてたんで髪も五分刈りだったんですが、少し伸ばしてもいいかなと思って今放置育成中です」
と言った。
 
「どのくらいまで伸ばすの?」
とひとりの女の子(玲奈)から声が掛かったので
「そうだなあ。5メートルくらいかな」
と千里が答えると、教室が爆笑になった。
 
全員の自己紹介が終わった後、1学年上の先輩からの話、それに生協のスタッフの人の話などがあった後、解散となる。授業は週明けの月曜日からである。
 
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それで他の男子たち20人くらいに誘われて千里は大学を出て町の方に行く。女子の方はおしゃべりしていた5人が別途どこかに行くようである。桃香はひとりで帰る態勢だ。多分ほんとに群れるのが嫌いな性格なのだろう。男子の半分くらいはバラバラに帰ったり、あるいは数人で固まってどこかに行くようであった。千里が誘われた集団がいちぱん多人数であった。
 
大学近くの居酒屋に入る。
「取り敢えずビール」
「俺、焼酎、芋で」
などとオーダーが入るが、千里は
「ボクは烏龍茶で」
と言う。
 
「飲めないの?」
「飲むのに慣れようよ」
「焼酎も美味しいよ。ジュースみたいだから」
などと言われたが
「ごめーん。20歳になる前にお酒飲んだら勘当だって親から言われてるから」
などと千里は言って、烏龍茶というオーダーを押し通した。
 
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「まあいいや、乾杯」
と言って、みんなでグラスを合わせる。千里も近くの男の子たち数人とグラスを合わせた。
 
それで会話が始まるが、千里は正直参ったと思った。
 
サッカーの話題が出ていた。あいにく千里はサッカーにはあまり興味が無かったので話題について行けない。どうやら今「最終予選」というのが行われているようであるが、何の予選なんだろうと疑問を感じながら話を聞いていた。
 
車の話も出る。
「村山君は免許取った?」
と、千里が全然会話に加わってないのを心配したのか、千里を最初に誘ってくれた宮原君が話を振ってくれた。
「うん。春休みの間に取ったよ」
「AT限定? MT?」
「どちらも乗れるやつ」
「車買った?」
「そんなにお金無いよー」
 
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「俺ローンで買った」
という子がいる。
「何買った?」
「モビリオスパイクの中古。30万円だった」
「すごっ。現金?」
「まさか。3年ローンだよ。毎月9000円弱」
「月9000円でも学生にとっては結構きつい」
「うん。バイト頑張らなきゃ」
 
そうか。みんな普通そんなものだよなと思い、千里は少しだけ彼らに親近感を持った。車を買ったという子が3人居たが全員長期のローンを組んだようである。
 
お酒が進んでくる。自然と話が猥談になってくる。千里は内心きゃーっと思う。
 
千里は小学校でも中学高校でも、女の子の友人たちとしか付き合った経験が無い。貴司などはけっこう千里とのデート中にHな話もしていたが、その日の飲み会で千里がその男子たちの口から聞いたのは、そんな生やさしい話ではなかった。
 
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うっそー!と思うような話がポンポン飛び出してくる。その内何やら怪しげな雑誌が回ってくる。何気なく開いたが、げっと思う。その雑誌に載っているエロマンガは千里の感性では耐えられないものだった。男の子ってこんな雑誌を読んでるの? 千里は見てはいけない男の子の舞台裏をうっかり覗いてしまったような気分だった。
 
会話の方もオナニーの話からいわゆる「おかず」の話まで出てくる。何やら女性の名前が出てくるがどうもAV女優さんの名前のようだ。
 
「村山はどんなおかず使う?」
「えっと、そういうの経験無いかも」
「あ、村山ちょっとその方面弱そうだもんなあ」
「オナニーは毎日するだろ?」
「ごめーん。したことない」
「うそ!?」
 
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それでそのあたりの話をしている内に、彼らはどうも千里は「違う」ようだというのを感じ始めたようであった。やがて誰も千里に話を振らないようになってくる。千里は潮時かなと思った。
 
「少し眠くなってきちゃった。先に帰るね」
と言って、千里は宮原君に多分このくらいあれば足りるかなという感じで千円札を6枚渡すと
「余ったら寄付ということで。足りなかったら月曜日に言ってね。悪いけど失礼します」
と言って席を立ち、居酒屋を出た。
 
ふっと大きく息を付く。
 
だめー。私ってやはり男の子を装うことはできないみたい。
 

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