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桃香は窓を開ける。
「運転免許証を見せて」
「はい」
と言ってバッグから取り出して免許証を見せる。
「ああ。先月末に免許取ったばかり? 免許取得してから1年以内に3点以上やると初心者講習を受けることになるからね」
と警官が言う。
「あのぉ、切符切られますか?」
「僕が赤ランプ付けて警告したのに君、全然スピード落とさなかったでしょ?」
と警官が言う。
「ごめーん。僕も気付くの遅れた」
と伯父。
「いや、ドライバーがちゃんとバックミラー見て、後ろにも気を配らなきゃね。並んで走ってた車みんな速度超過してたけど、いちばん出してた君に停止を命じたんだよね」
と警官。
こういう状況では先頭車が代表で(?)捕まるということまで、桃香の教習所の講師は教えてくれなかった。
「何km/hくらい出してたつもりだった?」
「えっと81km/hくらいかなあ」
「バイクの速度計で測ったので、92km/h。ここ何km/h制限か知ってる?」
「えっと80km/hじゃなかったんですか?」
「ここ70km/hなんだけど」
「えーー!?」
「標識ちゃんと見てなきゃだめじゃん。22km/hオーバー。点数2点。反則金15000円」
「あのぉ、少し負けてもらえませんか?」
と桃香は言う。
「反省してる?」
「はい。二度とスピード違反はしません」
「だったら今回だけは19km/hオーバーだったことにしてあげるよ。点数1点。反則金12000円」
「切符は切られるんですね」
「それは仕方無いね」
ということで、桃香は先日の信号無視で2点、今回のスピード違反で(負けてもらって)1点で、免許取得から10日もしないうちに累積3点となり、初心者講習を受けるハメになったのである。
桃香の母・朋子は桃香が電話で連絡すると、初心者講習を受けた翌日《はくたか》と新幹線を乗り継いで東京まで出て来て、桃香のアパートにやってきて、桃香から運転免許証を取り上げて高岡に帰っていった。
「免許が無いとできないバイトがあるよぉ」
と桃香は訴えたが
「免許の必要無いバイトを探しなさい」
と母は言った。
「ブルー免許に切り替わる時に返してあげるから」
「1年たったら初心者期間は終わるよ」
「2年間、交通規則を勉強し直しなさい」
一方千里は鮎奈と別れた後、市内で買物をしていたのだが、蓮菜からのメールが入る。会わない?ということだったので東京に出て行くことにする。
《そちら何線で来る?》
《京成かな》
《だったら京成上野の池之端口で待ち合わせ》
《了解了解》
千里が東京に出るのに京成を使うのは、むろんJRで行くより40円安いからである! 貧乏性の千里は、いかなる時でも安い方を選ぶというのが身体に染みついている。但し高校生活の3年間の間に、安く済ませられるものは済ませるが、必要だと思ったものにはお金を掛けることを惜しまないというのも、かなり覚えた。そのあたりは、暢子や京子などの友人達の影響、また作曲家の雨宮先生や神社の巫女長・斎藤さんなど《お仕事》で共同作業をした人たちの影響も大きい。
京成上野駅を降りて、不忍池方面の出口に行く。蓮菜が居て手を振るので、こちらも手を振って近づいていった。
「いい服着てるね!」
と蓮菜が言う。
「今日入学式だったから」
「あ、そうか! そちらは今日だったんだ」
「蓮菜の所は?」
「月曜日」
「へー」
取り敢えず近くのマクドナルドに入り、適当に注文して座った。
「蓮菜、川村君とはアパート近くなの?」
「うん。近くといえば近くかな。だいたい教養部の学生はみんなあの付近に住んでるから」
「確かにそうかもね」
川村君というのは蓮菜が1年ほど前から付き合っていた男の子である。蓮菜と同じ東大に合格しているが、彼は理1である(蓮菜は理3)。
「千里も大学の近くにアパート借りたんでしょ?」
「ううん。大学から5kmほどの所」
「なぜそんな遠くに。毎朝学校までジョギングして朝トレ?」
「まさか。そこが家賃安かったからだよ」
「へー。幾ら?」
「共益費込み、11000円」
「それ安すぎ! 幽霊付きとかじゃないの?」
「ううん。幽霊は居なかったよ。でも雨漏りが酷いんだって」
「居なかったよと平然と言う所が千里だな。でも雨漏りなんだ?」
「あまり遠くない時期に取り壊して建て直す予定だから、それまで安く貸すということらしい」
「なるほどー。台所とかトイレとかお風呂とかは?」
「台所とトイレは付いてる。お風呂は無いけどシャワールーム付き。畳み半分くらいの狭い所」
「それだけでもあるといいよね」
「うん。蓮菜は?」
「うちは台所・トイレはあるけど風呂無し。銭湯に通うよ」
「家賃は?」
「共益費込みで48000円」
「それでも格安物件という気がする」
「築40年だからね」
「それはまた凄い」
「雨漏りはしないみたいだけど、すきま風は結構ある」
「なるほどー」
「電車で通わないといけないような場所ならもっと安い所もあるんだけど、結局交通費が掛かると一緒じゃんという面がある」
「確かに確かに」
「千里も5kmも離れてたら交通費が結構掛かるんじゃないの?」
「自転車で頑張る」
「そうか。旭川でも自転車通学してたね」
「こちらだと多分冬も自転車で行ける」
「川村君とはこちらでもうデートした?」
「まだ会えないんだよ。どうもタイミングが合わなくてさ」
「ふーん」
「それでさ」
「うん」
と言ったまま蓮菜は3分くらい沈黙していた。千里は静かに蓮菜の言葉を待った。
「昨日雅文と会ったんだよ」
と蓮菜は千里の方を見ずに言った。
「まさか、したの?」
と千里が訊くと蓮菜は横を向いたまま頷いた。
雅文、つまり田代君というのは蓮菜の小学校の時以来のボーイフレンドである。しかしふたりは高校1年の時に「友だち」の関係に戻した。しかし友だちではあっても、しばしばセックスはしていた。
ただその後田代君にも彼女が出来、蓮菜にも川村君という恋人ができてからは、蓮菜もDRKの制作の時以外は田代君とは会わないようにしていたはずである。田代君がやっていたバンドのボーカルもその時点で辞任している。
田代君は都内の大学に進学してバスケット部に入るということであった。
「実はさ」
と千里は言った。
「うん」
「私もこないだ貴司としちゃった」
と千里は告白する。
「へー!」
「ふたりの関係は友だちに戻したつもりだった。貴司には今彼女も居るんだよ。でもこないだ会った時、私は嫌だと言ったんだけどさ。彼強引なんだもん」
ふたりはしばらくお互い無言のままだった。
「飲まない?」
と千里は言った。
「飲んじゃおうか?」
と蓮菜も言った。
それでふたりでビールを6缶とワイン1本買って、そのまま蓮菜のアパートに行った。
「じゃ取り敢えず乾杯!」
と言ってビールの缶を開けて乾杯する。
「蓮菜、それでどっちを選ぶ訳?」
「もちろん昇(川村君)」
「じゃ、田代君とは?」
「実はまた会う約束しちゃった」
「二股すんの?」
「たださ、昇とは恋人感覚なんだけど、雅文とはむしろセックスだけって感じがあるんだよなあ」
「まさかセフレ?」
「ああ、それそれ」
「でも蓮菜、高校時代も自分たちはセフレかもと言ってたね」
「あの時期は冗談で言ってたけど、なんかマジでそうなりつつある」
「うーん・・・」
「千里はどうなのさ? 細川君との仲復活させるの?」
「それは無いよ。私たちは友だち同士のつもりだった。今度彼女を紹介してよと言ってあるよ」
「だったら千里も細川君とセフレだ」
「うむむ」
「でも彼女に女友達とか紹介できるわけ?」
「私と貴司は男友達だよ」
「男友達は嘘だな。千里は女友達の筈」
「まあ性別なんてどうでもいいけどね」
「だけど、元カレ・元カノとセフレになっちゃうケースって結構あるらしいよ」
「そうなの?」
「だって、セックスの相性がいい人って得がたいじゃん」
「川村君とはセックスあまり楽しくない?」
「うん。雅文(田代君)の方がずっと巧いし、私を気持ちよくさせてくれる。昇のセックスは勝手に自分だけ逝ってしまうんだよ」
「ああ、でも男の人って、そういうセックスする人が多いんじゃない?」
「うん、そういう話は聞くけどね。だから、そういう男にしか当たったことないとセックスで実は女も気持ち良くなれること自体を知らない女も居る」
「それはもったいないね〜。すごく気持ちいいのに」
「ね?」
お互いにビール1杯目から半ば出来上がりモードで、千里も蓮菜もお互い、かなり大胆なことを言い合った気がする。お互いに何を話したのかはよく覚えていないものの、けっこうストレス解消になり、お互い
「けっこうスッキリしたね」
などと言ってその日は別れた。
千里が千葉に戻ったのはもう0時近くである。少し頭が痛い。ちょっと飲み過ぎたかなと思って毛布をかぶって寝ていたら、顔に水滴が掛かる。
慌てて飛び起きる。
雨漏りだ! 結構落ちてくる。ほんとにこんなに来るとは。だってここ1階なのに。1階でこれなら2階はどういう状態なんだ!?
取り敢えず教科書とかを守らなければならない。千里は教科書や着替えを入れている旅行用バッグなどを雨漏りがしていないふうの台所に移し、念のためその上に毛布の入っていたビニール袋を掛けた。
これで一安心!
よし寝よう。
ということで千里は台所で毛布にくるまって寝た。