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(C)Eriko Kawaguchi 2014-06-29
翌朝。4月9日の朝。完璧に二日酔い状態だったのでコンビニに行ってオレンジジュースとアイスクリームを買ってきた。オレンジジュースは1Lの紙パックをまるごと飲んでしまい、そのあとスーパーカップを食べると結構酔いは冷める。しかし。。。
千里は和室の方を見て悩む。雨は一応あかっているが、畳が濡れている。
うーん。これは雨漏り対策が必要だ。一応雫が落ちてくる場所は2ヶ所だけのようである。ここに洗面器でも置けばいいだろうかと考えてみたが、以前友人が、雨漏りする所には紙おむつを置いておくといいと言っていたのを思い出した。飛び散りにくいし吸水力が凄まじいらしい。よし、荷物を受け取ったら買ってこよう。
午前中に運送屋さんが来たので、荷物を運び込んでもらう。本棚や机をこちらの指示する位置に置いてもらい、段ボール箱に入っている衣類はとりあえずそのまま押入れに入れてもらった。パソコン(普段持ち歩いているものではなく音楽制作用の重装備機)と電子キーボードは取り敢えず台所に置いた小型テーブルの所に置いた。押し入れが衣類の箱で埋まっているので、その他の楽器の箱も台所に置く。
運送屋さんが荷物を運び入れてくれている時に、通販で買ったキッチン用品や家電店で買った洗濯機・冷蔵庫も来たので、洗濯機・冷蔵庫はそのまま置いてもらい、キッチン用品は、とりあえず箱ごと冷蔵庫の上に置く。
かなり遅いお昼御飯にカップ麺を食べてから近所のドラッグストアまで自転車で走り、紙おむつを買って来た。それで取り敢えず台所から片付けようと思って整理を始めた時、携帯に着信がある。見ると貴司である。
「はい、千里です」
と言って取る。
「あ、村山君。千葉まで来てるんだけど、少し時間取れる?」
村山君!? 何よ、その言い方! 千里はカチンと来た。
「時間って・・・千葉に居るの?」
とぶっきらぼうに答える。
「うん。今駅前。タクシーで村山君の住所言えば辿り着けるかな?」
「大丈夫だと思うけど」
どういう意図で貴司が自分を苗字呼びするのかは知らないが、それで大急ぎで台所だけでも何とか片付ける。さっき食べたカップ麺のからとかも片付けなきゃ!
取り敢えずアルコールの臭いは消さなければならない。窓を開けて換気扇を回す。シャワーを浴びてからオードトワレを全身に振り掛ける。そして歯磨きしてクールミントガムを噛む。それから部屋の片付けだ!
パソコンや電子キーボードなどはまだ梱包を解かないままだが、取り敢えずキッチン用品だけは何とか収まるべき場所に収まった。掃除してない!と思って床掃除をしていた時、ピンポンと鳴る。
きゃー! もう来ちゃったの? だいたい来るなら前日に言っといてよ、などと心の中で文句を言いながらも「はーい」と少し可愛いめの声で返事して玄関を開けてびっくりする。
貴司はかなりセクシーな服を着た同い年くらいの女性を連れていた。
取り敢えずあがってもらったのだが、彼女は千里がまだ放置していた紙おむつに目を留める。
「赤ちゃんがいるの? まさか貴司との間の赤ちゃん?」
などと言い出す。
「違いますよぉ! この部屋、雨漏りが酷いんで、その対策用に紙おむつ買ってきたんです。妊娠したことはないですよ」
「ほんとに?」
「だいたいボク、男だし」
「えーーーー!?」
と彼女が声を上げるが、貴司は
「だから言ったろ?」
と言っている。
千里はお部屋の片付けをするのに、ポロシャツにブルージーンズという格好でいた。ウィッグも外しているので女にしては短すぎる髪だ。
荷物から出したばかりの電気ポットでミネラルウォーターを沸かし、今日買って来たばかりのキリマンジェロ・ブレンドのコーヒー豆を手回しミルで挽きペーパーフィルターで煎れて、白磁のカップに入れて出す。有田焼だが5個セット1000円で買ったカップである。こういう安いのは千里は大好きである。
貴司にはブラックで、彼女にはパルスイートとメロディアン・ノンシュガーにティースプーンを添えた。
「貴司がブラックでコーヒー飲むこと知ってるのね?」
と彼女。
「中学のバスケ部の先輩でしたから」
と千里は答える。
「あ、そんなこと貴司言ってたね」
と言ってパルスイートとメロディアンを入れスプーンで掻き混ぜ一口飲んだところで
「あ、あなたの香り!」
と言う。
「はい?」
「その香り、こないだ貴司の車に乗った時に感じた。あなた、貴司の車に乗った?」
「はい。こないだ先輩の車に乗せて頂きましたけど」
「これ女用の香水だよね?」
と彼女。
「母が使ってたのの古くなったのをもらってきたんですよ。汗掻いた時とかの臭い消し用です」
と千里。
どうも彼女は貴司の車に乗った時に香水の香りがしたので、女を乗せたのでは?と貴司を追及して、それに貴司がただの友だちだよと弁明し、本人を確認するためにわざわざ大阪から千葉までやってきたということのようである。全くご苦労なことである。
まあ香りが残るようにわざわざ助手席のシートに向けて10回くらいプッシュしといたんだけどね!
「だいたいこういうノンシュガーの甘味料・コーヒーフレッシュが出てくるのが女性的。男の人はカロリーなんて気にしないもん」
「私コーヒー大量に飲むから、基本的にはブラックで飲むんですけど、変化つけるのに、時々甘味料入れるんです。砂糖だとカロリーオーバーになるから」
「あんた、ほんとに男なんだっけ?」
「この髪にこの声を聞いて、男に見えませんか?」
「確かに男の声みたいに聞こえはするけど、それでもあんた女に見えるんだけど!」
「困ったなあ。ボク女装でもしようかな」
「うん。女装が凄く似合いそう!」
彼女は千里と貴司の、「千里は男である」という説明を一応は受け入れたもののまだ千里は実は女で貴司の浮気相手という疑いを完全に晴らした訳ではないようであった。
お茶だけで長話するのも何だし、まだ今日引っ越してきたばかりで、何も準備できないのでと言って千里はふたりを近くの和食の店に案内する。出かける時に千里は、引越で汗掻いたのでと言って奥の部屋に入り着替えた。実際汗を掻いていたので、下着を交換し、上はゆとりのあるワークシャツ、下も留萌に里帰りする時の男装用に持っているコットンパンツを穿いた。
お店は千里のアパートから500mほどで、10分近く歩いて到達する。
「ボク、北海道に居た間はこのくらいの距離を歩くって考えられなかったです。でも東京近辺の人って2-3kmは平気で歩いちゃうんですね」
と千里は言う。
「ああ、それ僕も大阪に出て来た時びっくりしたよ。でも都会は100mを車で移動しようとすると一方通行とか中央分離帯とかに阻まれて道のり数kmを走るはめになるから、歩いた方が手っ取り早いんだよ。駐車場も高いし路駐したらすぐ違反の紙を貼られるし。渋滞にも引っかかるし」
と貴司も言う。
お店に入り、
「わざわざ遠くまで来て頂いたし、今日は私のおごりで」
と千里は言ったのだが
「いや各々払った方がいい」
と彼女は言う。
万一にも千里が貴司の浮気相手であったなら、その浮気相手におごられてなるものかというところだろう。
それで各々注文する。貴司は和食膳にてんぷらの盛り合わせ、彼女はとろろ御飯膳を頼み、千里はワカメそばを頼む。
「あれ?おかずは?」
と彼女が訊くが
「おそばだけでお腹いっぱいになりますよー」
と千里は言う。
「うそ」
「こいつ、中学の頃から少食だったよ。マクドナルドのハンバーガーを半分残すし、ポテトは他の奴にゆずってたし」
「信じられない!」
「だからこういう華奢な身体だと思うんだけどね」
「でもそれでバスケしてたの?」
「ええ。中学では先輩後輩だったし、高校の時は別の高校になったから対戦して1勝1敗でした」
と千里。
「うん。痛み分けだったな」
と貴司。
「ね、やはりあんた女の子でしょ? 男の子でそんな少食ってありえないよ」
「そんなこと言われても困ります。だいたいボクが女なら、細川先輩と対戦する訳がないじゃないですか。何でしたら、戸籍抄本でも取り寄せて渡しましょうか?」
「戸籍抄本じゃ、本当にあなたのかどうか分からない。あなたのお兄さんか誰かのものかも知れないし」
「でも性別ってどうやったら証明できるんだろ?」
その内注文した品が来るので食べ始めるが、その時彼女が気付いたように言う。
「あなた、喉仏が無いよね」
「ああ。ボクのって目立たないんですよねー」
「声も確かに男の声のようにも聞こえるけど、女の声と思えば思えないことも無いんだよなあ。和田アキ子の声よりは高い気がするけど」
「村山、裸になって、チンコ見せる?」
「いや、そんなもの女性に見せたらセクハラですよ、細川先輩」
貴司も千里が否定することを承知でこんなことを言っている感じだ。貴司は千里が既に性転換済みと思っている。
3人は一緒に御飯を食べた後、居酒屋に移動して、更に話を続けた。3人とも未成年っぽいし、千里はここの所連日飲んでいたので今夜は飲みたくなかったが、なりゆき上やむを得ずふたりと一緒にビールと日本酒を飲んだ。
かなり長時間の話し合いの結果、彼女はかなり疑問を残しながらも何とか、千里と貴司の説明を受け入れてくれた感じではあった。
居酒屋を出る。
「雨降ってますね」
「タクシーでどこかのホテルに行こう」
と貴司が彼女に言う。その『ホテルに行こう』ということばで彼女は軟化したような雰囲気もあった。
「じゃ私はこれで」
と千里は言う。
「村山、傘持ってないのでは?」
「あそこに見える。コンビニまで走って行って傘を買いますよ」
「そうか。じゃ、今日はこれで」
「では失礼します、先輩」
そう言って千里は走ってコンビニを目指した。かなり降っているのでお店に辿り着く前にけっこう濡れた。
参ったなあ、と思いつつもとりあえずコンビニで傘と暖かいコーヒーを買った。コンビニを出た所でコーヒー缶を開け飲む。しかし半分も飲めなかった。中身を溝に流して、缶はコンビニ前に置かれている缶入れに入れる。
そして千里は雨を見詰めていた。
今貴司は彼女と一緒にホテルに向かっている。そこで当然今夜ふたりはセックスするのだろう。
千里の脳裏にこないだの貴司との一夜のことが蘇る。心の中にめらめらと何かの炎が燃え上がるのを感じる。
『千里、あの2人、邪魔してやろうか?』
と《悪い事》大好きな《こうちゃん》がまた誘惑する。
『いいんだよ。私と貴司はお友だちなんだから、貴司が他の女の子とセックスしても別に構わないよ。そもそもそういうことで眷属を使うのは美鳳さんとの契約に反する』
こないだは怒鳴りつけてしまったものの今日は少しだけ冷静になれたので、千里はそう言って《こうちゃん》を諭した。
『堅いこと言うなあ。そのくらい御主人様も見ぬ振りしてくれると思うけど。だいたい、ほんとにいいの?あの女が彼氏とセックスしても? 自分はあの彼氏もかなり気に入ってるから、あんな女と結ばれるの嫌なんだけど』
《こうちゃん》は千里の本心を見透かすかのように言った。
『あるべきやうは、だよ』
と千里は明恵上人の言葉を引用して《こうちゃん》に言った。