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■夏の日の想い出・何てったってアイドル(8)

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「さて、このあと、どうしましょうか?」
と佐良さんが言う。
 
「私は緊急事態なんで、私も監督に連絡して明日の練習を休ませてもらうことにする。貴司が来るまで奥さんに付いている」
と千里が言う。
 
「それがいいだろうね」
「だから冬も佐良さんも貴司のマンションに行って一緒に休んでいてくれない?それで朝4時くらいに起きてフリードスパイクを佐良さんに運転してもらって放送局に行けばいい」
と千里。
 
「でも、本人たちが不在の時に、勝手に部屋に4人も泊まり込んでいいの?」
「気にしない、気にしない。奥さん助けてあげてるんだし。追って貴司にも話しておくよ。あ、マンションの合い鍵、冬に渡しておくね」
 
と言って千里は自分のバッグから鍵を出して私に渡してくれる。鍵の1本はゆりこに渡したはずだ。これはそれと別の鍵?
 
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「ね、この合い鍵ってまさか普段から千里持ってるの?」
「うん。その件はあまり突っ込まないで」
「大いに突っ込みたいんだけど!?」
 

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しかしやはり明日(既に今日だが)の予定優先にさせてもらうことにする。私と佐良さんはフリードスパイクで細川さんのマンションに戻ると、教えてもらった暗証番号で地下の駐車場の出入口を開け、言われた場所にあった客用駐車場に駐めた。そして33階まで上がり、3331号室に入る。
 
その時、唐突に私はこの部屋の番号が気になった。
 
千里って平成3年3月3日生まれだったはず。まさか、千里の誕生日に合わせてこの部屋を借りたとか?
 
そもそもここって千里(せんり)だし!
 
何か突っ込みたい所が満載だぞ?
 

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部屋の中に入ると、果たして政子とゆりこは客用寝室のベッドでふたり並んで寝ていた。私たちは言われていたように押し入れから布団を出してそこで寝たが、もしかして千里って堂々とこのマンションに入って来て、ここで細川さんと浮気しているのでは?という大胆な想像をしてしまった。
 
その時、唐突に私は強烈なメロディーが頭の中に浮かんできた。
 
私は他の3人を起こさないように静かに布団から出ると、マンションの居間に行き、灯りをつける。最初に阿倍子さんが倒れた時に汚していた床を掃除した。これ放置してると、寝ぼけて起きた政子かゆりこが間違って踏みそうだもんね。それから、ふと見ると千里のバッグが放置されているのに気づいたので、開けてみたら五線紙が入っている。少し拝借することにして、私はそこに今思いついたメロディーをつづり始めた。
 
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佐良さんに起こされて目を覚ます。五線紙を見ると、曲はメロディーをほぼ書き終わっているようだ。ここまで出来ていれば後からでも何とかなるだろう。それで私はタイトルの所に『Inner Atack』と書いた。
 
「済みません。マリさんが起きてくれないんですけど」
「了解」
 
それで私は寝室に行き、昨夜千里がしたように政子の脇腹をちょっとつねってみた。
「わっ」
と言って政子が起きる。
 
「マーサ、お仕事だよ」
「はーい」
 

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それで、ゆりこはそのまま寝せておいて、佐良さんにフリードスパイクを運転してもらい放送局に向かう。その車の中で政子は紙を1枚取り出した。
 
「昨夜のあの事故が凄いインパクトでさ。詩を書いたんだよ。冬、曲を付けて」
「OKOK」
 
見ると「I can't Stop」というタイトルが付けられている。何だかまんまだなあ、と私は思った。
 
放送局の仕事が終わったところで矢鳴さんからの連絡が入る。私たちも服を着替えてからロックフェスタの会場に入りたいので、放送局の人に言ってフリード・スパイクをしばらく駐めたままにしておくことにして、矢鳴さんに放送局まで来てもらい、私と政子と佐良さんがエルグランドに乗り込み、佐良さんの運転で豊中市の細川さんのマンションまで行き、客用駐車場に駐めた。
 
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部屋に上がって、私と政子は少し仮眠させてもらう。佐良さんと矢鳴さんも仮眠していたようである。千里に電話してみると、まだ産まれないということである。出てきそうなのに出てこないということで、奥さんはずっと分娩室に入ったままらしい。食事などが取れる状況ではないので点滴を受けているということだった。
 
シャワーを借りて、汗を流す。佐良さんにお使いを頼んで近所のコンビニに行ってもらい食料を買ってきてもらってそれを食べる。他人のマンションで勝手にこんなことしてていいのかと私は不安も感じたのだが、ここは千里の好意(?)に甘えさせてもらう。
 
それで昼すぎに全員でエルグランドに乗り込んで、ロックフェスタが行われる夢舞メッセに向かう。途中放送局に寄って矢鳴さんを降ろした。彼女はフリードスパイクで病院の方に向かう。
 
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ともかくもそういうことで、私たちとゆりこは今日のライブ会場まで辿り着いたのであった。
 

「あれ、思ったんですけど、やっぱり私のミスでああなったんですかね」
とゆりこが言う。
 
「まあ下り坂ではあまり過度にブレーキを踏んではいけないということをこれで覚えてもらえば。大事には至らなかったし」
 
「すみませーん。頑張って練習してもっとうまくなりますね」
「うん。でも死なない程度に練習頑張ってね」
「はい!」
 

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今日のライブにKARIONは出ていない。それで今日はローズ+リリーのみの演奏になる。スターキッズの面々と合流して、簡単な打ち合わせをした。
 
幕張で8時からアイドルフェスタが始まっており、それが終了した15時からFMの中継元が切り替わり、大阪のロックフェスタが始まった。先頭はハイライトセブンスターズで、若いパワーをそのままぶつけたような演奏をした。その後ゴールデンシックスが落ち着いた演奏で聴衆を魅了する。今日の演奏は全てそのまま全国ネットでFM局で放送されている。
 
今日のゴールデンシックスは、Gt.リノン KB.カノン B.ナル Dr.キョウ Pf.コー Fl.フルル と紹介していた。このバンドもホントに出てくる度にメンツが違う。今回は大阪での公演ということで関西在住のメンバーも参加しているらしい。そういえば彼女たちは毎回誰が参加できるか分からないからそもそもスコアを作る段階で「誰と交代してもいい」アレンジをするのだと言っていたなと思い至る。KARIONとかは私しか弾けないような曲が多すぎるかな?と私は少し苦笑した。
 
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こういう「交代可能な」アレンジをするか、「特定の人しか弾けない」アレンジをするのかというのも、音楽の構成の仕方の真逆の手法だよな、と私は考えた。
 

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控室でモニターを見ながらステラジオの演奏を聴いていたら、ふらりとAYAのゆみがやってきた。何だかとっても可愛い服を着ているので
 
「可愛い!」
と思わず近くに居た貝瀬日南が声をあげた。
 
「日南ちゃんも可愛い服着ればいいのに」
「私はさすがにもうミニスカ穿く自信無い」
「コスモスちゃんなんて80歳になってもミニスカ穿くって言ってるよ」
「あの子にはかなわん!」
 
「ねえねえ。今日の幕張のアクアはズボン穿いてたけどさ、またあの子にミニスカ穿かせちゃおうよ」
などとゆみは言っている。
 
「こないだドラマでアクア、ミニスカ穿いてたけど、すっごい可愛かったよね。乗せれば絶対ステージでも可愛いスカート穿くよ。あの子、ふだん否定しているけど、絶対女装趣味があると見た。女装経験が無いならあり得ないほどスカートが似合ってるもん」
 
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などと日南も言っている。私はポーカーフェイスを保つのに苦しい気分だった。
 
「ついでにあの子の飲むコーラとかに女性ホルモン混ぜておいてさ」
「ああ、いいね。あの子が声変わりしたら世界の損失だよ。疲れているだろうからニンニクエキスの注射とか言って、エストロゲン直接打っちゃう手もあると思う」
「いっそ去勢しちゃいたいよね」
「うん。眠っている内に病院に運び込んで」
などとふたりは《悪い相談》をしている。
 
「あれ?でも今日出演してたっけ?」
と日南が唐突に疑問を呈す。
「ううん。でも顔パスで入って来た」
などとゆみは言っている。
 

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「ねぇ、ケイ、何かいい曲無いかな?」
などとゆみはこちらに向き直って言い出した。
 
「1月に出した『変奏曲』も4月に出した『雨傘』も売れてるじゃん」
「売れてる。でもあれはこのまま引退か?とも思っていたファンが、私がまたシングル出してくれた。良かったというので御祝儀で買ってくれているんだと思うんだよね」
 
「まあそうだろうね」
「パーっと売れる曲無い?」
「売れる曲が分かったら苦労しないなあ」
 
「でもさ、ケイたちってたくさん曲を書いてるじゃん。どういうのを自分たちで歌おうと思うの?」
「それは私たちに合いそうな曲だよ」
「適材適所かぁ」
「そうそう。これは誰々に合いそう、これは誰々に合いそう、とだいたいマリが決めちゃう」
 
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「マリちゃん、私に合いそうな曲無い?」
「そうだなあ。今朝ケイに渡した詩はどうだろう?」
「あれまだ完成してないんだよ」
と言って私は書き掛けの譜面を見せる。
 
「何か面白ーい」
とAYAは興味津々の様子である。
 
「ねえ、これちょうだい」
「まあいいけど」
 
「以前、ゆみちゃんに歌ってもらった曲があったね」
と政子が言う。
「『2度目のエチュード』だね。もう5年前だけど」
と私は言う。
 
「あれが実は私にとっては最大のヒット曲なんだよ。50万枚を越えて売れたのは、あれと翌年の『カチューシャ』だけ。その次に売れたのが今回の『変奏曲』で42万枚、その次はデビュー曲の『三色スミレ/スーパースター』の38万枚」
 
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「記録上は実は『天使に逢えたら』はAYAにとってもミリオン」
「うん。でもあれはローズ+リリーと一緒に歌った曲だからね」
 
そんなことを言っていたら、政子は
「そうだ。ゆみちゃんに歌ってもらうなら歌詞をちょっと改訂する」
と言って、私が持っていた譜面に《赤い旋風》を使って書き入れて行く。
 
「ほほお、アイドルっぽくするんだ?」
「うん。だってゆみちゃんは可愛いアイドルだもん」
「うん。その路線で行くことにした」
 
「じゃ完成したら譜面とCubaseのデータ送るから下川先生の所でアレンジしてもらうといいよ」
「あ、それが今アレンジはPolarStarの杉山さんにお願いしているのよ」
「あれ?そうなったんだっけ?」
「音源制作もPolarStarと一緒にやる。打ち込みは使わない」
「へー。方針転換したんだ?」
「うん。復帰する時に気分を変えたいんで生バンドでやらせてと社長に直訴して、認めてもらった」
「杉山さんたちも久しぶりに仕事ができて良かったね。でもバンドメンバーはそのまま?」
「実は杉山喜代志さん(G)、諸添夏紀さん(B)、神原みどりさん(Sax)の3人だけが残っていてくれた。それでドラムスとキーボードは新しく、青竹博史さん、真申光一さんという方にお願いした」
 
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「真申さんってラッキーブロッサムの?」
「そうそう。大物でびっくり。でもラッキーブロッサムが解散した後はヤマハでエレクトーンの先生をしてたんだって」
「へー」
 
「青竹さんって、以前ローズ+リリーの音源制作に参加してくれた人かな?」
と政子が言う。
 
「うん。確か『After 2 years』の時の人だよ」
と私は答えた。
 
 
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夏の日の想い出・何てったってアイドル(8)

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