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■夏の日の想い出・星の伝説(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-09-21
 
2005年4月。私は中学2年になった。この時期、私は一応学生服で中学校に通学していた(つもりである)のだが、放課後はしばしば校内でセーラー服に着替えて当時通っていた○○ミュージックスクールに行ってボイトレやダンス、ヴァイオリンやピアノのレッスンを受けたり、従姉のアスカの家に行きヴァイオリンの練習をしたり、あるいは津田アキさんの民謡教室に顔を出して唄や三味線のお稽古をしたりしていた。
 
私が当時校内でセーラー服に着替えて下校していたのを知っていたのは倫代や若葉、貴理子など少数の友人だったようである。若葉は「冬がセーラー服を着ているのを見ても、ふつうに女の子がセーラー服を着ているようにしか見えないから誰も気付かない」のだと言っていた。
 
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むしろ私は学生服を着ていた時に、その年新たに他の学校から転任してきた先生に
「君、何ふざけて男子制服とか着てるの? ちゃんと女子制服を着なさい」
などと注意されたことがある。
 
その時はそばに倫代が居たので
「あ、すみません。すぐ着替えさせます」
などと言って、近くの教室に私を連れ込み、私を促してセーラー服に着替えさせ(私はいつもスポーツバッグに自分のセーラー服を入れていた)、先生の前に連れて行って
「ちゃんと着替えさせました」
などと言って見せていた。
 
「うん。女の子はちゃんと女子制服を着てないと。男子制服は同級生か誰かの借り物? あまり悪ふざけしないようにね」
などと先生は言っていた。
 
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「冬、去年も似たような注意受けてたよね」
「うん。あの先生は私が男の子だということに6月頃まで気付かなかった」
「今年は何ヶ月気付かれないかな」
「うーん・・・」
 
「だいたい冬は自分が女の子だということをカムアウトして堂々と女子制服で通学して授業も受ければいいんだよ」
「そうだなあ」
「去年の11月12月頃はずっと女子制服だったのに誰も気付かなかったしね」
「うーん。あれは不思議だった」
 

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この時期、私が関わっていたアーティストは、$$アーツのドリームボーイズ(バックダンサー)、ζζプロの谷崎潤子(伴奏:主としてヴァイオリン)、○○プロの篠田その歌(伴奏:ピアノまたはヴァイオリン)である。但し谷崎と篠田は基本的に音源制作中心の関わりで、ライブにはそう多くは関わっていない。
 
他に○○プロの原野妃登美の2枚目と3枚目のCD音源制作でも私はヴァイオリンを弾いているのだが、こちらはスポット的な性質が強い。
 
この時期「08年組」の中で他に当時既に芸能活動をしていたのは、ゆみ(AYA)と小風(KARION)・光帆(XANFUS)、それにティリーとエルシー(スリーピーマイス)である。
 
ティリーとエルシーはマリンシスタのバックダンサーをしていた。小風と光帆は★★レコード系の芸能スクール★★アカデミーに通って歌のレッスンをしつつ、時々声を掛けられて様々な歌手・バンドのバックコーラスをしていた。またゆみはモデルとして様々な雑誌に写真が載っていた。この年の春にマリンシスタのバックダンサーの追加オーディションが行われた時、ゆみと光帆も応募しているが、ふたりとも落選している。光帆がダンスも頑張って練習するようになるのは、その後である。
 
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この時期小風と光帆はふたりとも★★アカデミーに通っていたのだが、お互いに当時会った記憶は無いという。私も★★アカデミーには小学生の頃に一時期通っていて、当時既に小風も通っていたはずだが、その頃小風と会った記憶は無い。私は中学以降は○○ミュージックスクールの方に通っている。
 

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篠田その歌のデビュー曲は2005年2月上旬に発売され、同月末までに3万枚という、まずまずのヒットとなった。それですぐ次のCD制作の話が出て6月に発売という線で動き出した。曲はデビュー曲同様にコンペで募集され《ユーカヒ》という筆名の人が書いた『ポーラー』という曲が採用されることが決まった。それで、私は前田係長から、春休みに北陸で泊まりがけでPVを撮影するので、それに参加できないかと打診され、私は母に確認した上で陸上部の駅伝がある20日より後であれば参加できると返事した。
 
『ポーラー』(Polar)というのは北極という意味で、実際には北極星(Polar Star)を表しており、星空が刻々と変わっていっても北極星はその位置を変えないようにあなたを恋する気持ちも変わらないというのを歌った純情乙女の歌である。その歌と私は「ちょっと重たいよねー」などと言い合ったが、男の子たちには結構受けが良い感じだった。
 
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歌詞の中にユーカラ織という言葉が出てくるので《ユーカヒ》というのもそれに引っかけたペンネームで北海道の人だろうか?などとも私は、その歌たちとも話していた。
 
それでPVの撮影だが、北極星・北斗七星をバックにその歌が歌う所を撮影しようということで、3月下旬(結局29日になった)の夜8時頃、まだ月が出ていない北の空に北斗七星が輝いているので、そのタイミングで撮影しようということだった。最初北海道での撮影を計画したものの寒すぎて危険!?という話で北陸に変更になったようだ。
 
バックバンド(ギター・ベース・キーボード・ドラムス・ヴァイオリン・フルート・サックス)もその場で生で参加である。北の空が開いていて、町の明かりがほとんど無い所として、いくつかの候補の中から結局、能登半島の珠洲市の日本海側の地が選定されていた。四方数qに全く人家が無いという凄い場所らしい。
 
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篠田その歌本人はマネージャーの谷津さんと一緒に3月29日午後の羽田発能登空港行きのANA便で能登半島に移動したのだが、私も含めてスタッフ一同は朝から新幹線と《はくたか》を乗り継いで金沢まで行き、そこからJR七尾線・のと鉄道を乗り継いで珠洲市の中心部・飯田まで行く。ここでその歌と合流。早めの夕食を取った。
 
夕食では、その歌、私、女子高生のフルート奏者中山さん、女子大生のサックス奏者神原さんの4人でしゃべりまくり、推定27-28歳のマネージャー谷津さんが(話題に付いていけなくて)私たちの会話の輪に入れず、ギターの杉山さんから「まあ、飲もう」などと言われてサイダーのグラスを合わせていた(仕事前なのでアルコール無しである)。
 
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夕食後、お腹が少し落ち着くのを待ってから撮影地に出発する。食後すぐに移動したら戻してしまうかも、などと言われた。ちょっと覚悟を決めてマイクロバスに乗り込む。しかし最初は割とまともな道であった。やがて山を登り始めるが、最近作られた道っぽくきれいだし結構快適。しかしそれでも少しカーブが多いかなと思う内に長いトンネルに入る。
 
そして!そのトンネルを出た先がジェットコースターばりの凄い道であった!その急カーブが連続する下り坂を地元調達のドライバーさんが飛ばす飛ばす。私は結構覚悟していたので何とか持ちこたえたものの、サックス奏者の神原さんは気分が悪くなり、坂道を降りた所で休憩することになった。
 
「ゴジラ岩」と書かれている場所で20分ほど休憩してから、何となくこの場を仕切る感じになった杉山さんから「時速40km程度以下で走ってもらえませんか?」
という要望を出して出発。その先も海岸沿いのなかなかカーブに富んだ道で最後は恐ろしいS字カープがあったものの、何とか全員耐えきって、30分ほどで撮影地近くに到達した。
 
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マイクロバスを駐車場に駐めた後、別途集まってくれていた地元調達スタッフさんたちと一緒に、楽器や撮影器具などを持ち細い道を歩いて海岸に到達する。春先の能登半島はまだ寒い。雪がちらつき、風も冷たい中を歩いたが、結果的には道路で酔った分を冷ますことができた感じだった。神原さんも海岸に到着する頃には充分元気になっておしゃべりも出るようになっていた。
 
撮影地に着いたのが19時半すぎであったが、ちょうど天文薄明が終わり、夜空になった所であった。この日の月出は21:57らしい。撮影はそれまでの2時間ほどの間に終えなければならない。
 
ギターとベースのアンプを電源ボックスにつなぎドラムスもちゃんと組み立てて音を出してみる。結構な音量であるが近くに人家は無いので遠慮も要らない。軽く練習した後で、演奏してみる。野外、しかも波の音が聞こえる海岸での演奏というのは、みんな普段と勝手が違い戸惑いもあったようであるが、すぐに慣れて、普通に演奏できるようになる。
 
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そしてこの様子をカメラで高感度撮影する(灯りは最低限にしている)。別のカメラで夜空や海なども撮影している。
 

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撮影は実際月が出てきてから少し経った頃まで続けられた。その後いったん撤収しマイクロバスにまた各自の楽器や機材を持って戻り、狼煙(のろし)という所の旅館に入り、宿泊した。
 
本当は入浴の時間帯は終わっていたのだが、特別にボイラーを焚いてもらい、短時間で入浴を済ませた。私は、その歌・中山さん・神原さんと一緒に浴場に行き、凍えた身体をあまり広くない浴槽で暖めながら、またおしゃべりしていた。
 
この時
「冬子ちゃん、足のムダ毛が見えるよ」
などと中山さんから指摘されてしまった。
「夜間の撮影じゃ、この程度は写らないけどね」
と付け加えてくれる。
 
「わ、やっばー。明日の朝少し早く起きて処理しとこう」
と私は答えたが、その時、その歌がハッとしたように私を見た。
 
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この時までその歌は私の性別のことはきれいさっぱり忘れていたらしい。ははは。
 
ちなみに谷津さんはお風呂にも入らず部屋で疲れ果てて寝ていたようである。私は一応その谷津さんと同室になっていた。(中山さんと神原さんが同室で、その歌は個室)。
 

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お風呂の後、自分の部屋に戻って寝るつもりだったのだが、その歌からひとりじゃ寂しいから、ちょっと来てと言われて彼女の部屋に寄った。
 
「冬子ちゃん、オーディションの時に見たから、おっぱいあるのは知ってたけど、下ももう無いのね?」
「えっと、それは誤魔化してるだけです。ごめんなさい」
「え?じゃ、まだ付いてるの?」
 
「えっと、その辺りは曖昧に。でも、私実は少なくとも小学校に上がって以来、温泉や銭湯の男湯には一度も入ったことないです。一貫して女湯に入ってます」
「それって、やはり付いてないということでは?」
「あはは、それは曖昧に。でも私、男湯に入ろうとしたら『こっち違う』と言われて追い出されちゃうんです」
 
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「そりゃそうだろうね。冬子ちゃん見たら、女の子にしか見えないもん!」
 
彼女もその件は深く追求しなかったので、その後は今日の撮影のことに始まって日々の芸能活動のことやレッスンなどの話、また彼女自身の将来の夢などの話をした。デビューしてから1ヶ月ちょっと、精神的に疲れることも多いであろうが、彼女の口からはグチの類いや他人の批判などのネガティブな話は出ず、明るい話題が多かったので、この人はきっとこの世界で成功するなと私は思いながら、一緒におしゃべりをしていた。
 
「ところでさ、冬子ちゃん聞いてない?今回の『ポーラー』の作曲家ユーカヒさんのこと」
「なにか?」
「実は名前を聞いたらびっくりする有名人らしいよ」
「へー」
「もちろん有名人だから起用したんじゃなくて、コンペで1位になってから本人と会ってみてびっくりだったらしい」
「それは逆に凄いですよ」
 
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「でも今回は試作品ってことで名前を伏せたんだって」
「ふーん。誰なんだろうね?」
「売れたら私たちだけには名前を明かすらしい」
「なるほどー。有名人だから失敗したら恥ずかしいからかな」
「そうそう」
 
私たちは夜遅くまでおしゃべりを続け、私は結局そのまま彼女の部屋に泊まることになった。
 

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翌日は朝食を取った後、昨夜の撮影現場に再度行き、今度は午前中の光の中で昨夜と同様の撮影を行った。これと昨夜の映像をあわせて編集してPVを作り上げるのである。
 
私は早朝の内に三枚刃のカミソリで足の毛をきれいに剃っておいた。しかしこれ面倒だし、自分の行動を制限しているよなあと思い、何か手は無いかと考えた。
 

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私は当時ソイエを使っていたのだが、ソイエの最大の問題点は痛い!ことである。更にどうしても処理漏れが発生するし(それを指摘された)、ソイエした直後はかなり肌が傷んでいる。触っても痛い。夏になって水着絡みの撮影などが出てきたら雑菌が処理した小さな傷口から入ったりして化膿して跡が残ったりしかねないと私は思った。
 
それで私は脱毛することにした。
 
とはいっても中学生では病院では脱毛の処理はしてくれない。
 
そこで中2の4月、私は何人かに尋ねて効果のありそうな家庭用の小型レーザー脱毛器を選び、それを買ってきて少しずつ処理を始めた。とっても時間が掛かるので、足全体の毛を処理するのに1ヶ月くらいかかったし、完全にムダ毛処理から解放された訳ではないものの、かなり薄くすることができたし、毛が生えてくる領域自体を減らすことにも成功した(例えば右足太腿の後ろ・左足脛の内側には全くムダ毛が生えなくなった)。
 
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私が完全にムダ毛処理から解放されるのは高校を卒業してから美容外科で本格的なレーザー脱毛をしてもらってからではあるが、この家庭用脱毛器でもかなり軽減することができたのである。
 

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■夏の日の想い出・星の伝説(1)

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