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■夏の日の想い出・星の伝説(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-09-22
そういう訳で出かけて行ったが結局、譜面は読んだもののぶっつけ本番だ!
なんか私が演奏参加する時って、ぶっつけ本番というのが多い気がするなあなどとも思った。
私たちが行った時は小学生の鼓笛隊が演奏していた。ああそういえば私もやって、あの時も結局女子のユニフォーム着せられちゃったな、などと懐かしく思う。ふと、私って、そもそも男の子としての生活を持っていたのだろうか?と自分で疑問を感じてしまった。
今日は少し天候が微妙で風も強い。とりあえず今は空がもっているが、いつ雨が降り出してもおかしくない空模様である。万一雨がある程度降ってきた場合はその時点で中止することにしているし、楽器に掛けるビニールなども持参してきている。
やがて鼓笛隊がステージでの演奏を終えて、行進しながら小学校の方に戻っていく。その後が私たちの番だ。
楽器を運び込み、譜面台を立てる。椅子の配置を調整する。5分ほどでスタンバイして、3年生の部長さんの指揮で演奏を始める。
最初は『ハンガリー舞曲第五番(hungarian dance 5)』。
ラードミード・#ソーラシラ、ファーラミーミ・レドシドラ
と、何かと取り上げられる機会の多い、馴染みのあるメロディーである。元々はピアノ曲だが、ヴァイオリンやオーケストラで演奏することも多い。オーケストラ版も演奏経験があり、その時もヴァイオリンでメロディーを弾いたが、今回演奏している吹奏楽版では、そのメロディーを最初クラリネットで吹き、その後はホルンと一緒に吹く。どっちみちクラリネットは主役だ。私は以前この曲をオーケストラの中で弾いた時のことを思い出しながら吹いた。
続けて『ウィリアムテル序曲』。オペラ『ウィリアムテル』の序曲だが、この序曲自体が4つの曲から成っており、一般に演奏するのはその終曲(序曲の終曲!)『スイスの兵隊の行進』である。タッタラタッタラ・タタタ、タッタラタッタラ・タタタ、という馬が駆け足で行進していくかのような軽快なリズムの曲で、吹奏楽でも取り上げられることは多い。最初のファンファーレはトランペットだがその後の馬の歩みは木管の担当だ。
そしてモーツァルトの『トルコ行進曲』。ピアノ独奏で演奏されることの多い曲。吹奏楽アレンジではフルートが主役だが、繰り返し部分では一時クラリネットがメロディーを担当するようになっていた。
そして同様に行進曲として有名なエルガーの『威風堂々』(の1番)。ここは行進曲が3つ続く所で、吹奏楽の魅力が出る所である。
さて、この『威風堂々』を演奏している最中に少し風が強くなってきた。私は貴理子と隣り合わせでひとつの譜面を使用しているのだが、貴理子がクラリネットのリーダーなので、私が譜面をめくる係をしている。ところが風が強くて、正確にめくるのに苦労する。
1ページだけめくりたいのに、まとめて2〜3ページめくれたりするので、その度にクラリネットをいったん膝に置いて両手でしっかり譜面を押さえつけたりしていた。その内、風で勝手にめくれたりすることもあるので、それもすぐに元のページに戻す。
どうもみんなこの譜面が風でめくれるのに苦労しているようで、あちこちでいったん楽器を置いて譜面を正しいページにするのに時間を取られている子が出ている感じだった。
そして・・・この『威風堂々』のラスト付近まで来た時、猛烈に強い突風が吹いてきて、譜面が全部飛んで行ってしまった! 持ち替えをしていた子は、使っていなかった楽器が突風で飛んでいき、慌てて拾いに行っていたが、楽器は拾わざるを得ないとしても、この場は譜面を拾いに行くのは演奏を中止することになる。そもそもあれだけ勢いよく飛んで行くと、追いつけるかどうかも怪しい。
それで指揮をしている部長も『取りに行くな』というのを手で示し、そのまま譜面無しで演奏を続ける(譜面は商店街の人や観客さんが拾ってくれたが全部は回収できなかった)。
さて、『威風堂々』はもう最後の方だったので、何とか最後まで演奏したものの、もう1曲『四季』の『春』(第一楽章)が残っている。しかもこの『春』
はかなりアレンジされていて原曲とは相当異なる。
しかし部長はもうこのままやってしまおうという態勢だ。
貴理子が
「私の音を聴きながら吹いて」
と小声で言った。
「うん」
と答える。
この譜面は私はさっき学校で1回見ただけで演奏したこともない。
でも演奏開始!
ミファラ・ソーファミレッソ、ドレミーファミレー
という有名な出だしを最初はトランペットが華やかに吹く。それに対する応答をフルートが吹く。次は金管セクション全体で主題を提示し、木管セクション全体でそれに応じる。
私は貴理子の音を聴きながら、そして1時間ほど前に1回だけ見た譜面の記憶を辿りながら、そして音の流れから次の展開を想像しながら、この楽しくアレンジされた曲を吹ききった。
風がますます強くなってきていたが、観客から盛大な拍手をもらい、私たちは譜面立てその他を持って退場した。
「何とかなったねー」
「良かった、良かった」
「冬、私の音を聴いてからその音を出すんじゃなくて、次の音を想像しながら吹いてた感じ」
「そうしなきゃ、遅れちゃうからね。それに一応譜面は1回読んでたし」
「そのあたりは冬の才能だなぁ」
と貴理子は感心したように言っていた。
「普段でも週に1回くらいは練習に来ない?セーラー服を着て」
「あはは。ごめーん。時間が無い」
今にも降り出しそうな空なので、私たちは楽器に予めビニールを掛けてから、それを持ち、学校まで歩いて戻ったが、学校まで辿り着く前に大粒の雨が降ってきて、私たちは結局ずぶ濡れになってしまった。
すぐ男子女子各々、更衣室に使っている部屋に入って着替えるが
「私、下着までびっしょり」
「私もー」
などという声があちこちであがっている。
「濡れちゃったしブラ外しちゃおう」
なんて言って外して胸を露出している子もいるが、そんな風景を見ても私が平気な顔をしているので貴理子とヤヨイが「ほほぉ」という感じで私を見ている。
「おうち帰ったら、お風呂入って暖まらなくちゃ」
「みんな風邪引かないようにねー」
「ユニフォームは済みません。各自洗濯して連休明けに持って来てください」
などと3年生の人が言っていた。
「冬さ、女の子の服を家で洗濯して干しても問題無い?」
と貴理子が小声で訊いた。
「ああ、その辺はどうにでもなる」
「なるほどねー」
と貴理子は納得したように頷いた。
吹奏楽の演奏に参加した翌日、5月2日は平日なので学校がある。父も会社があるのでいつものように6時過ぎに出かけて行った。
私はいつものように父の朝食とお弁当を作って送り出した後、のんびりと起きてきた母と姉と一緒に朝御飯を食べ、7時20分くらいになってから、自分の部屋に行き、学生服を着て学校に行く準備をする。大学生の姉は今日は休講だと言っていた。
学生鞄を持って居間に出てきた所で電話が鳴る。そばに居たので反射的に取る。
「はい、唐本です」
と私はいつものように!?女声で応答したが
「おお、洋子ちゃん、良かったぁ、捕まえられた」
と言うのはドリームボーイズのマネージャー、前橋さんの声だ。
「おはようございます、前橋さん。どうかしました?」
「明日から3日間、5月3,4,5日、洋子ちゃん何か予定入ってる?」
「民謡のお稽古の予定は入ってますが、動かせないことはないですが」
「じゃ、申し訳無いけど空けてくれない? 幕張3日間のライブやるのにダンスチームの頭数が足りなくてさ」
「それ今回は足りてるから大丈夫と言っておられましたよね?」
「それがアランちゃんがさ、お腹の調子がなんかおかしいといって病院に行ったら、あなた妊娠してますよ、と言われて」
「へー。何ヶ月ですか?」
「それが9ヶ月だと言うんだよ」
「えーーー!?」
「再来週が予定日だって。本人、全然気付いてなかったらしい。それでお医者さんから臨月にライブのダンスなんてとんでもないと言われたと」
「彼女、全然妊娠してるようには見えなかったのに」
「そうなんだよねー。だから周囲も気付かなかった」
「でも生理が止まってたら普通自分で気付きません?」
「あの子、極端な生理不順で、以前にも半年くらい来なかったことあるらしい」
「ああ」
「という訳で、お願いできない?」
「分かりました。行きます」
「それで明日の練習したいんで、申し訳ないけど、今日集まれる?」
「行きます。場所はどちらですか?」
ということで、私は急遽、連休後半の3連休、またまたドリームボーイズのバックダンサーをすることになってしまったのである。
「ごめーん。お母ちゃん、今日、ボク学校休む」
「お友だちが妊娠したの?」
「そうなんだよ。19歳なんだけどね。9ヶ月まで気付かないなんて、信じられない!」
「ああ、そういう話は、たまに良く聞く。前聞いたのでは予定日は今日です、と言われた子がいたらしいよ」
と姉。
「凄い。アランちゃんもそれに近いな」
「冬は、不用意な妊娠しないように気をつけなよ」
と姉。
「大丈夫だよ。ちゃんとコンちゃん付けてって言ってるから」
「・・・あんた、そういうことを男の子としてるの?」
「冗談だよ」
「あんたが言うと冗談に聞こえないからさ!」
「そもそも、ボクが妊娠する訳ないじゃん」
「いや、冬なら分からん」
と姉と母の両方から言われた。
取り敢えず母が学校に連絡してくれたので、私は自室に戻ってセーラー服に着替えて居間に出てきた。
「あんた、学校には学生服で行くけど、仕事にはセーラー服で行くんだ?」
と姉。
「うん。きちんとした服で行かないといけない所が多いけど、学生服で行ったら話が面倒になるし。それにボク男の子の服では演奏能力が出ないんだよ」
「確かにあんた女の子の服を着ていると、エレクトーンもうまくなるね」
「じゃ、もしかしてセーラー服着て学校に行ったら、学校の成績も上がるんじゃないの?」
「あはは。それはそうかもね」
「あんたさ。それ萌依のお下がりだけどデザイン変わっちゃったんでしょ?自分のセーラー服作る?」
と母が訊く。
「うーん。別にこれで通学する訳じゃないから、いい」
「どうもあんたの基準が分からん」
それでとにかくその日は練習場所に行った。
取り敢えずリーダーの葛西さんや、常連の松野さんなどとハグする。
「久しぶりだね。ダンス参加は」
「ええ。2〜3月は駅伝の練習で忙しかったので」
「ああ、陸上部だったんだよね」
「はい」
「活躍できた?」
「ええ。何とか。5人抜きやりました」
「おお、凄い!」
明日からのライブで演奏する曲のリストを渡される。
「分からない曲はある?」
「これと、これと、これが分かりません」
「じゃ、踊ってみせるから」
と言って葛西さんがCDをCDラジカセに掛けて踊ってみせてくれた。
「はーい。洋子ちゃん、やってみよう!」
と言われるので、CDに合わせて踊ってみる。
「すごーい。一発で覚えちゃうなんて!」
とこの日初顔合わせだったレイナちゃんから感激された。
その日は2時までダンスチームだけで全曲通しての練習をし、遅い昼食を取ってから、ドリームボーイズとの合同練習を19時頃までした。
帰ろうとしていたら、葛西さんから
「洋子ちゃん、ちょっと」
と言われる。
葛西さんはその日車で来ていたので
「家まで送って行くから、中でちょっと話さない?」
と言われる。
そういう訳で彼女のmocoの助手席に乗り込む。
「あのさ、洋子ちゃん。答えにくかったら答えなくてもいいんだけど、最近洋子ちゃん、蔵田さんと結構個人的に会ってない?」
「会ってます。でも怪しいことはしてませんよ」
「いや、普通の女の子なら蔵田さんが女の子に興味持つ訳がないから気にしないんだけど、洋子ちゃん、ちょっと特殊だからさ」
「最初蔵田さんがそれを期待した雰囲気もありましたけど、最近はひたすらおしゃべりだけです。こないだはカシオペア論で5時間話してましたし」
「あはは。それなら私も姫神論で3〜4時間やられたことあった」
「蔵田さん、女の子相手に話すことで、自分の頭の中を整理してるみたい」
「うんうん。だから長時間話すんだろうね。聴いてると最初に言ってた話と微妙に変わってきていることもあるから」
「でしょうね。人に話すと結構そのあたり整理できますよね」
「じゃ、洋子ちゃんのことは、蔵田さん女の子とみなしてるのね?」
「何度か男の子の服で出てきてと言われたことあります。でも結局途中で女の子の服に着替えてと言われるんです。私が女の子の服を持って来てなかった時は、スカート買ってもらったこともあったし」
「へー!」
「私のこと男の子と思おうとしてみたけど無理だって言われました」
「それは私も同じだ!」
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