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■夏の日の想い出・星の伝説(8)
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目次 8
時間索引 #
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Aft]
その日はお昼を食べた後、1時になってから鳳凰のスタジオに移動した。
大守さんと谷崎潤子ちゃんが来ていた。潤子ちゃんが手を振る。私は会釈する。
「取り敢えず、午前中に少し構想を練っていた」
と蔵田さん。
いつの間にそんなの練ったんだっけ?
「洋子、これで弾ける?」
と言って渡されたのはABC譜だ。でも全然気付かなかった。いつこんなのを書いていたのだろうか?
「はい」
と言って受け取ると、私はキーボードの前に座って、そのABC譜を判読しながら弾いた。しばしば音の長さが小節に足りないところは適当にタイミング合わせをする。また、そもそも小節数が足りない!?ところは1小節適当に補充して弾いた。更に音名はA〜G(H)の筈なのにJとかMとか出てくる!?所は音の流れから、JはF#、MはC#と判断した。
「きれいな曲だね」
と大守さんが感心したように言う。『君よ歌え』とタイトルには書かれていた。それでベニーグッドマンか!と私は思った。きっとこれは『Sing Sing Sing』
と『Memories of You』から採ったタイトルだ。
「女の子と長時間話していると、色々思いつくんだよ」
「ああ、それで洋子ちゃん、付き合わされたの?」
「私、10日間学校休んで付き合うことになりました」
「おぉ」
「午前中のおしゃべりには途中から私も付き合わされたんですけどね」
と葛西さん。
「ああ、じゃ、葛西ちゃんも10日間付き合ってよ」
と前橋さん。
「えー!?」
とは言ったものの、むしろ私と蔵田さんを10日間も近づけておきたくない雰囲気。
しかし、前橋さんや大守さんの前では葛西さんは普通に女言葉で話す。たぶんふたりの関係は誰にも言ってないのだろう。
「じゃ、洋子、今の曲をProtoolsに打ち込んで譜面にして」
と蔵田さん。
「使い方分かりません」
と私。
「覚えろ」
「はい」
それで私は今自分が若干補作しながら演奏した曲を、スタジオのスタッフさんに少し教えてもらいながら、入力していった。
その間に蔵田さんは次に葛西さんと話している内に発想した曲というのを見せて、葛西さんにギターで弾いてみてと言った。
「これどう読むんですか?」
「CとかDとかEはそのままその音だよ。Zは休符。|は小節の区切り。数字は音の長さで8分音符が1だけど1はわざわざ書かない。だからFとだけ書いてあったら8分音符のファ。4分音符ならF2。/は2分の1の意味で、つまり16分音符」
「へー」
それで葛西さんは、つっかかりながらもその曲を弾いていたが・・・
「ここ3音符分しか音が無い」
「適当に補え」
「Jって何?」
「F#」
「JKL・MNがF#G#A#・C#D#ですよ」
と私が補足説明する。葛西さんが慌ててメモする。私もさっき弾いてて最後の方でそのことに気付いた。こんなルールは本来存在しないが蔵田さんのローカル・ルールだろう。私の説明に蔵田さんが、ほほぉという感じで頷いていた。
「ここ3小節しかないけど」
「アドリブで1小節演奏しろ」
「そんなー」
「洋子は適当に補いながら演奏してたぞ」
と蔵田さんが言うと
ム?
という感じの顔をして、何とか頑張って演奏していた。
「よし。今のをProtoolsで譜面に書いて」
「どう弾いたか覚えてないですよー」
「洋子、覚えてる?」
と蔵田さん。
「はい」
「じゃ、お前、楽譜係」
「了解です!」
それでその曲『天使の歌』というやや素朴な雰囲気の歌を私は入力し始める。これは多分『And the Angels Sing』から来たんだ。
と思っていたら、蔵田さんが声を掛ける。
「ただちょっと気になった所があって」
「はい?」
「Bメロの3小節目、ミファソラーの所が微妙な気がした」
「ファソファドラーとかでは?」
「ふんふん。じゃそれにして、その部分、Bメロの先頭から階名で歌ってみて」
私が歌ってみると蔵田さんは頷いていたが
「その部分やはり、レソ^レシーにして、次の小節をさ・・・」
それで私と蔵田さんは何度かやりとりをし、試唱する。
「よし。これで取り敢えず譜面を作って」
「はい」
私たちのやりとりを見ていた、葛西さんと谷崎潤子ちゃんが
「なんで、そんなに頭の中で音符をいじりながらやりとりできるんですか?」
と信じられないといった顔をして訊いた。
その後、作曲作業はほんとに昼夜ぶっ通しで行われた。
鳳凰の部屋にはシャワーやキッチンも付いているので、シャワーはみんな適宜浴びていたし、事務所のスタッフさんが簡単な御飯を作ってくれたり、あるいは出前を取ったり、お弁当を買ってきたりしていた。着替えもサイズを訊いて、スタッフさんが買ってきてくれた。着替えを取りに帰る時間が惜しかったし、自宅に戻ることで、この場の独特の昂揚状態が途切れるのを避けたかった。私は一応毎日母に定時連絡を入れていた。
時々蔵田さんが発想に詰まり、気分転換にと外出してくる時は自動的に全員休憩になる。蔵田さんが寝ちゃった場合も休憩だが、それ以外でも眠くなったら各自勝手に寝るようにということだったので、遠慮無く申告して仮眠室に行っていた。私が寝ている間は大守さんが楽譜係をしてくれていた。
ある時は仮眠室で寝ていたら変な感触があるので目を覚ます。
「樹梨菜さん!?」
「あ、起こしちゃったか」
葛西さんは私のお股を触っていた。
「起きますよぉ」
「洋子、やはりおちんちん付いてない」
「あはは。だから、私は蔵田さんには女の子扱いなんですよ」
「いや、女の子扱いというより、実際女の子なのでは?」
「あはははは」
メロディーレベルで書き上げた曲に、前橋さんが遠慮無く駄目出しをする。
「これは売れない」
とあっさり言う。それで没にしてまた新しい曲を模索する。
最後の方は私も谷崎潤子ちゃんも疲れてきたので、試唱の助っ人にドリームボーイズと同じ事務所の田代より子ちゃんも呼び出して歌わせた。
「こんな声域の広い曲、歌えない!」
と言ってたが
「出ない所はオクターブ下げてもいいから」
と言って歌わせていた。
「ね、ね、ヨーコージって、まさか洋子と孝治の合成?」
と今回の作業の最後の方になって葛西さんが訊いた。
「ああ、バレたか」
「今回は参加した全員の名前を入れたりして?」
「そうだなあ。樹梨菜のジは最初から入ってる」
「むむむ」
「清志(大守さん)のキは KI だから、YO-KO-JI の中にどちらも含まれてる」
「俺は分解されるのかい!?」
「谷崎潤子ちゃんのジも既に入ってるな」
「私は別にいいですよー」と潤子ちゃん。
「より子ちゃんのヨも既に入ってる」
「私も別にいいです。ただ歌ってみただけだし」とより子ちゃん。
「まあ、そういうことでヨーコージのままでいいな」
と蔵田さん。
「ヨーコージは蔵田君を中心とした創作集団の名前ってことでいいんじゃないの?参加する人はその時、都合がつく範囲で」
と前橋さん。
「えっと、私も洋子ちゃんも潤子ちゃんも都合付いてた訳じゃ無くてこの1週間学校休むことになったんだけど? より子ちゃんも木金と2日休んだね」
と葛西さん。
「まあ、今回は短期間でアルバム用の楽曲を用意しなければならないということで特別ということで」
と前橋さん。
そういう訳で私たちは結局19日の日曜夜遅くまで、約1週間で松原珠妃のアルバム用の曲12曲を作成したのであった。集中してやったせいか、結構なクオリティだった。ただ、よく楽曲のモチーフが浮かぶなと思ったのだが、その件に関しては、実は半分くらいは昔作った試作品のスクラップ&ビルドであったことを後で蔵田さんから個人的に聞いた。
今回アレンジは$$アーツと契約しているアレンジャーさんに依頼して、松原珠妃のバックバンド(Gt,B,Dr,KB,Vn,Sax)用に編曲して渡すということであった。
ただ蔵田さんは、恐らく表題曲になるであろう『雨の幻想都市』というテクノ風の曲と、それに次ぐ曲かと思われた『君よ歌え』というきれいな曲に関しては、最終的なアレンジは自分でいじりたいと言っていた。
そういう訳で私は日曜日の深夜遅く、無事自宅に帰還したのであった。
帰り道、満月に少し足りない月が出ていて、物凄く明るい星(後で調べたら木星だった)が光り、北斗七星もあって美しい空だと思った。こんなのが見えるのが、都心から大きく離れた「東京都内の田舎」の良さである。
帰宅すると父が
「こんな遅い時間まで合宿やってたのか。大変だったな」
と言った。
母は静花が歌う曲の制作なんて話はとても父にはできないと考えて部活の合宿ということにしておいてくれたのであった。一方、学校には親戚の用事ということにしていたようであった。
でも疲れた!!!
月曜日、私が学校に出て行くと、クラスメイトたちから
「なぜ冬ちゃん、学生服なの?」
と言われる。
「え?ボクいつもこれ着てるじゃん」
「だって、一週間学校を休んで、性転換手術を受けているんだって噂聞いたよ」
「何それ〜!?」
「だからてっきり回復したら、もう女の子の身体だから、セーラー服を着て出てくるんだろうと思ったのに」
「そんな手術受けてないよ〜!」
他のクラスで吹奏楽部の貴理子にまで言われる。
「もう出てきて大丈夫なの? 性転換手術受けたって聞いたから。あれって1ヶ月くらい静養してないといけないのかと思ったのに」
「手術は受けてません」
「ああ、もしかして睾丸だけ取ったとか?」
「睾丸取るだけなら、手術の翌日、普通に学校に出てくる自信ある」
「ふーん。つまり、睾丸はもう取ってるんだ?」
「取ってないよー」
「だけど、女性ホルモン飲んでるよね? あれ飲んでたら、どっちみち睾丸の機能は停止してるんでしょ? 停止してるなら取っても構わないじゃん」
「飲んでないし、停止してないと思うけどなあ」
「冬はホラ吹きだから、どこまで信用していいのか分からん」
「よし、やはりみんなでホラ貝を買って、冬にプレゼントしよう」
とそばで聞いてたヤヨイが言った。
松原珠妃の方は『硝子の迷宮』は4月下旬に作られたc/w曲とともに最初連休明けに録音する予定だったのが、またまたバックバンドのヴァイオリニストが辞任して、ついでにドラムスも辞任して、後任者探しに時間がかかり結局6月頭に録音して8月に発売されることになった。アルバムの方は6月下旬にアレンジ譜を蔵田さんの方からζζプロに引き渡したので7月上旬の、世間が夏休みに入る直前に向こうも集中的に録音作業を行い、結局、シングルと同時発売されることになった。
私は蔵田さんたちとの共同作業が終わった後は、7月7日の、篠田その歌のライブの練習に何度か出て行った他は、普通の男子中学生生活を送っていた(つもり)。
でもある日ヤヨイが本当に法螺貝を持って来て、私の机の上に置き
「プレゼント〜。これ吹けるように練習しておいてね」
などと言った!
7月7日の篠田その歌の横浜ライブは初めての大会場であり、しかも平日ということで少し心配していたものの、チケットは発売後1週間で売り切れていた。
幸いにも?3月に能登半島まで撮影に行った時と同じメンツのバックバンドで演奏したが、公演はとても盛り上がって、私もとても良い気分でヴァイオリンを弾いていた。今回の公演にはRosmarinを持って行ったが、その楽器を見て、杉山さんやフルートの中山さんが仰天していた。
「そのヴァイオリン、1000万円くらいするよね?」
と中山さん。
「あ、借り物なんで分かりません。3月は厳冬の海岸での演奏ということで、この子デリケートだから、もう少し丈夫そうな普段使いの楽器の方を持って行ったんですけどね」
「なるほどー」
幕間で休憩していた時に前田課長(今月3日に係長から課長に昇進したらしい)が寄ってきて、私の耳元で言った。
「伴奏、気持ち良さそうに弾いてるね」
「こういう大きな会場って気持ちいいです。今日持って来た子は、よく鳴るから、この程度の会場だとPA無しでも大丈夫ですね」
「うん。グランドピアノと君のヴァイオリンは生音で行くことにしたからね。あれ?でも君、武芸館とか幕張とかも経験してたよね?」
「バックダンサーでは経験してますが、伴奏はバックダンサーとは全然違います。音で参加しているというのは物凄い興奮です」
前田さんは頷く。
「だったらさ。次はステージのいちばん前でマイク持って歌ってみない?」
「いいなあ・・・3年後くらいに」
「3年後か。でもまあ気が変わったらいつでも言ってね」
「はい」
と私は昂揚した笑顔で答えた。
ライブが終わって、少しぐったりして帰宅したら、母が言った。
「聖見ちゃんとこ、今日赤ちゃんが生まれたって」
「わぁ!それはおめでたい。男の子?女の子?」
「女の子だって。七夕に生まれたから名前は星子にするって」
「へー! 可愛い!」
私はその子が星が輝くように美しい子に成長することを祈った。
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夏の日の想い出・星の伝説(8)