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■夏の日の想い出・秋の日のヴィオロン(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2013-08-16
2013年11月6日。KARIONの21枚目のCD『雪のフーガ』(c/w『月に想う』『恋のソニックブーム』)が発売された。
和泉は卒論の最後の校正に取り組んでいた時期だったが、何とか時間を取って記者会見に臨んだ。
「『雪のフーガ』のフルート三重奏、『月に想う』のサックス三重奏が美しいですね」
「ええ。『三角錐』と同時進行で作ったので、『三角錐』の演奏スタッフで、美しくまとめてくれました。サックスの1つはSHINですが、他は私の友人やスタジオ・ミュージシャンの方たちです」
実際にはフルートは、七星さんと私の実フルートに和泉のキーボードである。サックスはSHINさんと七星さんの実サックスに私のウィンドシンセである。
「それから今回は3曲とも5声なんですね?」
「はい」
「4つ目の声は、水沢歌月さん、5つ目の声は、『歌う花たち』の6番目のパートを歌っていた方ですね?」
「そうです。『三角錐』とこのシングルは実は同時進行で制作したので、この方には、あの歌唱に参加してもらうのと同時に、この3曲にも参加してもらいました」
「事務所の関係者ですか?」
「私の古い友人のひとりです。今回のアルバム・シングルの音源制作では、私の個人的な人脈にかなり頼っています」
「この方も度々KARIONの音源制作、あるいはライブなどに参加しておられるのでしょうか?」
「初期の頃、かなり参加してもらいました。最近ではあまり入ってなかったのですが、5周年ということでお呼びしました」
「今後は度々参加なさるのでしょうか?」
「その時に彼女の時間が取れたらということになるかと思います」
「一般人の方ですか?」
「当時はスタジオミュージシャンをしていて一部の楽器を弾いてもらったこともあるのですが、現在はもうスタジオミュージシャンは辞めてますね」
和泉が「嘘」にならないようにうまく説明しているのをテレビで見て、私も政子も感心していた。
「同時に作った音源でキャンドルラインは80万枚のトリプルプラチナ、『三角錐』は現時点で120万枚のミリオン行っていますが、今回のシングルはどのくらい行くと思いますか?」
「それは何とも。買ってくださる方々に感謝しております」
「KARIONの次のシングルはいつ頃出る予定ですか?」
「4月に出す方向で調整中です。但し4人がちゃんと大学を3月で卒業できたらという前提でですが」
「4人というのは、つまり水沢歌月さんを含めて4人ですか?」
「そうです。次のシングルにも当然歌月は参加してもらいますので。ちなみに歌月というのは、あくまで作曲クレジットに付ける名前なので、歌に参加したりピアノを弾く時は、私たちは彼女を『らんこ』と呼んでいます」
記者席がざわめく。
「『らんこ』というのは御本名ですか?」
「いいえ。KARIONというユニットの中での呼び名です。実は以前にも説明したように、KARIONは、最初、いづみ・みそら・ラムコ・こかぜ、と尻取りになる名前の4人でデビューする予定だったのが、直前にラムコが離脱してしまったので、歌月を結果的にはその後釜として入れた形になったのですが、尻取りになるのを維持しようというので、私たちが勝手に彼女を『らんこ』と呼ぶことにしました」
記者席が爆笑になる。
「じゃ『らいこ』ではなく『らんこ』だった訳ですか?」
「そうですね。初期の頃、実は『らいこ』というメンバーが居たのではというのがネットの噂になっていましたが、惜しかったですね」
と言って和泉は笑顔を見せた。
「ちなみに、非常にレアとされているKARIONの『4分割サイン』は、Kをこかぜ、Aをらんこ、Rをみそら、Iを私が書いた上で、ONの飾り文字は私とらんこで書いたものです。書いたのは全部で20枚くらいしか無いと思います」
結構この話でも記者席はざわめいていた。
「らんこさん−水沢歌月さんが加わって4分割ということは、あのサインは2007年の日付のものしかネットでは確認されていませんが、もしかしてそれ以降に書いたものも存在しますか?」
「今年も2枚書きました」
と和泉が答えると、記者席はかなり騒がしくなった。
「ラムコさんが入った四分割サインは無かったんですか?」
「4枚だけ書きました。らんこが入った4分割サインとはデザインが異なるんですよ。所有しているのは、私と歌月と、あと2人、あるミュージシャンの方です」
と言ってから
「紛失なさっていなかったらですが」
と付け加えると、記者席で笑いが起きた。
そのあと2人というのはEliseとLondaなのだが、LondaはともかくEliseの方は残っているかどうか怪しい気がした。Eliseは政子と同様に忘れ物・落とし物の天才である。
この記者会見の日以降、KARIONの多くのファンサイトで「謎のメンバー・らんこ」
というトピックスが作られていた。各サイトで推測した、各楽曲の歌っている部分の研究や、ピアノスキル、よく使用されている演奏パターンなどの話題のほか、「きっとこんな顔」などという想像図などまで掲載する所もあった。
ただ、どこのサイトでも出た意見として
「らんこちゃんって、物凄く歌が上手い」
「いづみちゃんとほぼ同格の歌唱スキル」
というものがあった。
「らんこちゃん、好きかも」
などという「らんこ押し」のファンまで発生していた。
「でもエルシーさんはKARIONの音源制作とか、ローズ+リリーの音源制作とかに参加しても、専属契約には違反しないの?」
と政子は訊いた。
「表だって名前をクレジットしないことと、スリーピーマイスの仕事を優先するというのに反しない限りはOKという条件であそこの事務所とは契約しているらしい。これ、ティリーもレイシーも同様なんだって」
「へー!」
「ティリーもレイシーも同様に昔からの付き合いの所に時々顔を出しているみたいということだけど、あの3人、お互いに他の子のことはよく知らん、と言っているね」
「まあ、それはあの人たちらしいね」
「ユニットって、私たちやXANFUS, KARION みたいにお互いに仲良しという状態が維持しやすいユニットと、スリーピーマイスみたいに、それぞれが自由という状態の方が維持しやすいユニットとがあるのかもね」
「ああ、それは夫婦関係なんかもそうだよね」
「うんうん。仲良し夫婦もお互い浮気し放題夫婦も長持ちする。中途半端がダメ」
「スターキッズは明らかに後者だよね。みんなスタジオミュージシャンとして活動してるもん」
「だから、UTPとは委託契約にしたんだもんね」
「スイート・ヴァニラズは仲良し型だね」
「うん。あの人たちはプライベートと仕事の境界線が曖昧っぽい」
「私たちまで巻き込まれるもんね」
「飲むぞ、来い、なんて言われて行ってみて、美来(光帆)が居たりすると『おぉ!』と思うから」
ところで政子は小さい頃に少しヴァイオリンを習っていたのを中断していたのだが、大学1年の秋に唐突に「練習してみよう」と言って、10年ぶりくらいに練習再開。その後、ぐんぐん上手くなっていったのだが、あくまでひとりで練習していたので結構自己流であった(明らかに悪い癖などは私が指摘して修正した)。
しかし大学4年の夏以降、卒論の作成で音楽活動を(公式には)休止したことから、少し時間のゆとりが出たので「少しちゃんと習ってみようかな」などと言って、ヴァイオリンのお稽古に通い出した。
その先生というのが、私の従姉のヴァイオリニスト・蘭若アスカが教えていた高校生の女の子、真知子ちゃんだった。アスカに付いているだけあって、物凄くうまい子だった。高校生ではあるが既に国内のヴァイオリン・コンクールに何度も出場し、けっこう大きな大会での入賞も経験していた。小さな大会では3回優勝したことがある。
政子は6つも年下のその子に、ちゃんと敬語で話していた。でも向こうも年上の生徒ということで敬語で話してくれていた。
「政子さん、左手に少し力が入りすぎている気がします。もっと柔らかく左手を使うイメージで行きましょう」
「ああ、それたびたび、冬にも注意されてたけど、なかなか直らなくて。でも真知子さんにも言われたし、直すの頑張ってみる」
やはり、私との間では甘えが出てしまうのが、他人の先生から指摘されると、しっかりやる気になるようであった。
「演奏能力は高いと思うので、弾き方を少し直していけば、かなり良くなると思いますよ。既にアマチュア楽団のヴァイオリニストとかのレベルは超えてると思います」
とも真知子ちゃんは言っていた。
「オーケストラのヴァイオリンって、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンがありますよね。私って、どちら向きだと思います?」
と政子が訊いたが
「愚問です。政子さんは第2ヴァイオリンの入団試験受けたら確実に落とされます。第1ヴァイオリンしか弾けないタイプです。冬子さんのヴァイオリンは柔軟だから、第1でも第2でも弾けちゃうんですけど、政子さんの弾き方は強烈だから」
と真知子は言っていた。
「・・・真知子さん、冬の中高生時代を見てます?」
「ええ。私がアスカ先生に付いたのって、冬子さんがアスカ先生にヴァイオリン習いだしたのと同じ頃なんですよ。何度か一緒に練習したこともありますし」
「冬って、いつもセーラー服着てました?」
「ええ。中学生の時はずっとセーラー服着てましたし、高校になってからは高校の制服着てましたね」
「それ、女子制服ですよね?」
「もちろん。私、冬子さんが男の子だなんて全然知らなくて。でもアスカ先生にびっくりしましたーと言ったら『あれ、言わなかったっけ?』と」
「うーん・・・・どうも、冬はそのパターンが多い」
「あ。でもあれ?と思った時期があって」
「ん?」
「高校に入って間もない時期、なぜか冬子さん、中学の時のままのセーラー服を着てたんですよ」
「あれ?高校に入られたんですよね? 高校の制服着ないんですか?と言ったら、『まだ高校生を名乗れるほどヴァイオリンが上達してないから、今練習している曲を弾けるようになったら高校の制服着る』なんて言って」
「へー」
「でも夏が近づいて着た頃、高校の夏制服を着ておられたんで、『あ、練習していた曲が完成したんですね?』と訊いたら『うん。何とか自分で満足できる出来になった』と嬉しそうに言っておられました」
「といった話を真知子ちゃんから聞いてきたんだけどね」
と政子は言った。真知子との会話をまるで録音でもしたかのように再現してみせてくれた。
「で?」
と私は訊く。
「これはさあ、推測するに、冬ってもしかして高校に入ってすぐは女子制服を作ってなくて、中学の時の制服をそのまま着ていたのではないかと。でも夏服に衣替えする時期に夏服を作り、その後、秋に冬服に戻す時に冬服を作ったのではないかと」
と政子は説明する。
「へー。凄い推理だね」
「そういうことじゃないの?」
「いや、私が高校の時に作ったのは夏服だけだよ」
「だ・か・ら、もうそういうバレてる嘘はつかないでよ。話がややこしくなる。冬が実は冬服の制服も持っていたことは数々の状況証拠により既に明らかになっているんだから」
と政子は怒ったような顔で言った。
「で、その作った冬服をどこに隠しているのかも告白しなさい。私だいぶ探したのにどうしても見つけることができない。見つかるのは唐本のネーム入りの夏服と卒業式の日に琴絵からもらった山城のネーム入りの冬服だけ。唐本のネームの入った冬服も絶対あると思うのに。冬の性格からして捨てたりはしないだろうから」
「最初から存在してないものは見つからないでしょ。そういう無駄なことに力を使わずに、ピアノの練習でもしたら?」
「いーや、絶対に存在している。冬は絶対、冬服の女子制服も着ていたに違いない」
と政子は力説した。
11月16日の朝、政子のiPhoneが鳴っていたので「マーサ、電話!」と私は叫んだものの、政子は熟睡しているのか起きてこない。画面を見るが未登録の電話番号のようである。とりあえず私が取った。
「おはようございます。中田です」
「あれ?冬子ちゃん?」
という声は、政子のボーイフレンド(?)の貴昭である。
「あ、政子寝てるんだよ。夕べ遅くまで詩を書いてたみたいで。ちょっと待っててね」
と言って、私は寝室に急ぎ
「マーサ、貴昭君から電話」
と言って起こす。
「え?」
と言ってさすがに起きて、居間に行き、電話を取った。
「もしもし、ごめーん。寝てた」
と言って話し始める。
どうも政子の発している言葉を聞いていると、貴昭君が東京に出てきたので、もし時間が取れるなら食事でもしないかと誘っているようである。でも政子は少し迷っているようだ。
それで私は政子の脇の下をくすぐってみた!
「ちょっと何すんのよ?」
と政子はiPhoneを落として言う。
「私が電話してる時、いつもこんなことマーサするじゃん」
と言って、私がそのiPhoneを取ると
「松山君、デートはOKと言ってるよ」
と言った。
「あ・・・・」とまだ少し迷っているような政子。
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