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■夏の日の想い出・秋の日のヴィオロン(7)
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12月9日(月)。私と政子は★★レコードで加藤課長、上島先生と一緒に記者会見をして、今月27日のワンティス「代替ライブ」の代替演奏者を発表した。
「発表します。今回の公演での代理演奏は、トラベリングベルズの皆さんにお願いすることにしました」
記者席から「えーー!?」という声が響いた。誰もが予想していなかった選択であった。事前の巷の予想では、1位が大晦日のNHKの歌番組に出演するため「1日だけの再結成」が発表されていたドリームボーイズ。2位が中高生に人気の新鋭バンド・ハイライトセブンスターズ、3位が今回プロデュースを担当するローズ+リリーのバックバンドであるスターキッズ、そして大穴予想で08年組のジョイントバンド《スイート・ヴァニラズ・ジュニア》というものだった。
誰もがこういう選択は思いもよらなかったのである。私は選考理由を説明する。
「まず、最初にバンドには一体感が必要であると考え、複数のバンドのジョイントとか、様々なバンドからのピックアップメンバーという方式は採らずに、ひとつのバンドでやり、どうしても足りないパートは追加するというのを、★★レコードの町添部長、加藤課長、そして上島先生・雨宮先生と一緒に決めました」
記者たちがメモしているのを少し待つ。
「次にワンティスのサウンドで重要なのがトランペットとサックスであると考え、このパートの演奏者が元々含まれているロックバンドということでリストアップさせて頂きました。この段階で★★レコード系列のバンドは10個に絞られました。予想なさっていた方もあるかも知れませんが、その中にはスターキッズも候補としてあがっていました」
記者たちが頷いている。
「次に今回、上島先生と雨宮先生が歌唱なさるのに伴奏することが必要なので伴奏に慣れているバンド、つまり誰かのバックバンドをしているユニットという条件を入れると、この条件にマッチするのは、スターキッズ、カレーブレッド、トラベリングベルズ、の3つしかありません。その中で、12月中旬から下旬に掛けてのスケジュールが空いていて、ちゃんと練習ができるユニットというのはトラベリングベルズしか無かったのです。伴奏を務めているKARIONが休養中ですので」
かなりの記者が頷いている。言われてみれば確かにとても合理的な選考理由である。しかし誰もそういう推論過程をしていなかったのであった。
それで控室で待機してもらっていたトラベリングベルズのリーダー TAKAOさんにも記者会見の席に就いてもらい、細かい問題について説明や質疑応答をする。
「トラベリングベルズとワンティスを比較すると足りないパートがあると思うのですが、その付近はどうなりますか?」
これについてTAKAOさんが答える。
「トラベリングベルズは専任メンバーは5人ですが、実際には7人のバンドです。正キーボード奏者の水沢歌月=蘭子と、正グロッケン奏者の森之和泉=KARIONのいづみも正規メンバーと私は考えています」
「すると、いづみさんと歌月さんも出演するのですか?」
「このふたりにワンティスのダブルキーボードを弾いてもらうことを計画していたのですが、和泉ちゃんは出演OK。歌月もかなり口説き落とし掛けていたのですが、結局まだパスということで、歌月は自分のライバルである、ケイさんに代わりにキーボードを弾いてほしい、と要請しました」
とTAKAOさん。
「それで歌月さんからの依頼なので、私は受諾しました」
と私。
記者席は少しざわついているが、それほど不自然な話でも無いだろう。そもそも私とマリが何らかの形で演奏にも加わるのではと、というのは多くの人が予想していたことであった。
「それで、いづみちゃんが出るなら、どうせならKARIONの残り2人、小風・美空も出してしまおうということで、小風ちゃんにリズムギター、美空ちゃんにはコーラスをお願いすることにしました」
とTAKAOさん。
「それで美空がコーラスするなら、食べ友達のマリもコーラス参加ということにしました」
と私。
記者席から少し笑いが漏れるが、何となく美しくまとまってしまった。
「そうすると、結果的には演奏者は、トラベリングベルズ+KARION+ローズ+リリーということになりますか?」
「結果的にはそういうことになりましたね」
「なんか結局ジョイントバンドになってしまった気がするのですが?」
と質問。
「まあ基本的にはトラベリングベルズ主体で、KARIONはトラベリングベルズの専任ボーカル扱いで、トラベリングベルズの一部のようなものということで。更に私とマリはKARIONの名誉メンバーらしいのでKARIONの一部、従って私たちもトラベリングベルズの一部ですね」
記者席がざわつく。
「ケイさん、マリさんがKARIONのメンバーなんですか?」
「小風から言われました」
と私が言うと
「小風ちゃんはそういうの決めるの好きみたいです」
とTAKAOさん。
「お返しに、いづみ・みそら・こかぜを、ローズ+リリーの3,4,5番目のメンバーに指名しました」
と私が言うと、記者席から笑いが漏れる。
一部少し首をひねっている記者もいた。何となく誤魔化されたような気分であったろう。
そして12月27日。ワンティスのアルバム発売記念「代替演奏者ライブ」が武芸館で開かれた。「代理演奏者」であるにも関わらず、チケットは1日でソールドアウトしている。
幕が開くと、タキシードを着た上島先生と、青いドレスを着た雨宮先生が並んでいる。私がキーボードで『結婚行進曲』を弾く。
「あら、今日は私と雷ちゃんの結婚式だったかしら?」と雨宮先生。
「違ーう。ケイちゃん、そんな曲を弾くという予定は無かったよ」と上島先生。「済みません。三宅先生からこの曲を弾けと言われました」と私。
「あら、私は雷ちゃんと結婚してもいいわよ」と雨宮先生。
「僕はもう結婚してるから。それにモーリー、戸籍がまだ女じゃないでしょ?」
「あら、戸籍なら、特急で性転換手術受けて、特急で性別変更してもいいわよ。雷ちゃんと結婚するためなら、おちんちん取っちゃってもいいわ」
「あのね。それでなくても僕たちの関係誤解している人が時々いるから」
「あら、私、雷ちゃんのこと好きなのに。なんなら雷ちゃんが性転換して女の子になってもいいわよ。女の子になったら可愛い服着られるわよ」
「いや、僕はそういう趣味は無いから」
「とりあえず女装してみたら考えが変わるかもよ」
「いや、女装する気は無いから」
モーリー先生という人はどこまで冗談でどこまで本気なのか、本当に分からない人である。私たちも会場のお客さんも、笑って聞いてはいるものの、ひょっとして雨宮先生が本当に上島先生のことを好きなのかも、と思った人もあったであろう。
結局15分くらいふたりでやりとりをした後、やっと演奏が始まった。
最初は今回のグリーンアルバムに収録され、単独ダウンロードがトップという人気であった『トンボロ』である。本当に美しい曲だ。
リードギターTAKAO, セカンドギター小風、ベースHARU、ファーストキーボード和泉、セカンドキーボード私、ドラムスDAI、トランペットMINO、アルトサックスSHIN、そしてコーラス美空・マリ というメンツで演奏する。ワンティスの基本的なパート割と同じ構成である。
上島先生はもちろん男声で歌うが、雨宮先生は今日のライブは全部女声で歌うと言っておられた。それで男女デュオの雰囲気である。
そして私と政子にとっても、和泉・小風・美空にとっても、武芸館のステージというのは初体験になった。
その後、グリーンアルバムの作品を5つ歌った後で、レッドアルバムの作品を5つ歌う。やはり観客の反応もグリーンの時は良かったのに、レッドでは鈍くなる。政子も和泉も高岡さんの詩は凄いと言っていたが、どうしても一般受けが悪いのであろう。しかし前半最後に演奏した高岡さんの「最後の作品」という『恋をしている』
はとても反応が良かった。
高岡さんが亡くなったのは、この作品を書いた1年4ヶ月後である。その間に高岡さんは何も作品を書かなかったのだろうか? この作品の歌詞を聴いていると高岡さんが「復活」しているのを感じる。これ以降にも高岡さんが何か詩を書いていたら、それは結構良い詩だったのではないかという気がする。
上島先生と雨宮先生が手を振って舞台袖に下がり、代わって登場するのはRainbowFlute Band である。今日来ている観客にはあまり馴染みのないユニットであるが今年の1月にデビューしてから、人気急上昇中である。年代的には中高生で全員が虹の七色に塗り分けられたフルートを前奏や間奏で演奏するのが「売り」になっている。男子3人、女子3人、性別不詳1人という構成であるが、その性別不詳のフェイ(紫)の不思議な中性的魅力と、女子3人の中の中心ジュン(赤)と男子3人の中の中心キャロル(青)の高い歌唱力が、このユニットの魅力を高めている。全員フルートの演奏能力も高い。
私たち伴奏していたトラベリングベルズのメンバーも下がって、一休みする。
「フェイちゃんって、可愛いFTXだね。ベッドに誘って肥大化させてるだろうクリチンコを揉み揉みして逝かせたい」
と雨宮先生が着替えながら私に言った。
「え?フェイちゃんってMTXでしょ? 先日ジュンちゃんを08年組のある子が締め上げて訊いたら戸籍上は男の子だけど女子制服で学校に通ってるという話でしたよ」
と私は言う。
「うっそー。私はカラオケ対決でキャロルを負かしてホテルに連れ込む代わりにと締め上げて戸籍上は女の子だけど男子制服で学校に通ってるって聞き出したのに」
と雨宮先生。
「えーーー!?」
「それってメンバーにもフェイの本当の性別は知られてないということでは?」
と和泉が笑いながら言う。
「うーん・・・」
と私と雨宮先生は顔を見合わせて悩んだ。
「だけど面白いユニットだね」
と上島先生は言った。
「男の子2人・女の子2人・MTF1人、FTM1人に、性別不明1人って。事務所で企画して編成したユニットらしいけど、よくそんな人材が揃ってたよね」
と上島先生が言ったので、私と雨宮先生は
「え!?」
と言った。
「MTF?」
「FTM?」
「え? だって、ほらあの子はMTFで、あの子はFTMだよね?」
「えーーーー!?」
「あの子たち、女の子に見える子はみんな女の子で、男の子に見える子はみんな男の子ではないんですか?」
と美空が訊く。
「え? そんなこと言われたら自信無くなってきた」
「先生、どの子がMTFで、どの子がFTMだと?」
「いや。勘違いだったら悪いから、言わない」
と上島先生も少し焦っている感じ。
「なんか謎の多いユニットだ!」
と小風が言った。
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