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■夏の日の想い出・秋の日のヴィオロン(8)

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Raibow Flute Band は年齢層の高い今日の観客にも結構受けている感じだった。
 
彼らが下がって、またトラベリングベルズと、上島先生・雨宮先生が出て行く。
 
後半は、上島先生はかりゆしウェア、雨宮先生はミニスカにキャミソールである。35歳でこの格好をしちゃうのが雨宮先生の凄さだが、そんな格好をしても見苦しくないのがもっと凄い所である。普段からかなり身体をいじめているのだろう。
 
「雨宮先生ってなで肩だね」
と小風が後で言っていた。
「多分18歳頃以前から女性ホルモンやってたんだろうね。身体が男性化しないように」
と和泉が言っていたが、私は見解を求められて、とりあえず笑っておいた。
 
さて後半は、10年前ワンティスが活動していた頃のヒット曲を連続で演奏し、その間にアマチュア時代の作品も少し混ぜた。
 
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デビュー曲の『無法音楽宣言』に始まり、ミリオンセラーをひたすら並べて、最後はRC大賞受賞作『紫陽花の心』で締める。
 
幕が降りてアンコールの拍手が来る。幕が開く。
 
上島先生と雨宮先生の2人だけが立っている。上島先生がアンコールのお礼を言う。そして曲名を告げる。
 
「それでは聴いてください。『秋風のヰ゛オロン」。10年前にワンティスが最後にリリースしたシングルです』
 
熱い拍手が来る。私と政子がヴァイオリンを持って出ていき、先生たちの後ろで弾き始める。政子がメロディーを弾き、私は(弦を複数使って)和音を弾く。私たちのヴァイオリンの音を背景に、先生たちが歌い始める。
 
女性歌手の歌唱は美しい。男性歌手の歌唱は力強い。上島先生と雨宮先生のデュエットは、そのふたつの全く異なる性質の歌唱を、きれいに絡め合い、心地よい混沌を感じさせる。私はそんなことを考えながらヴァイオリンを弾いていた。
 
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美しい余韻を残して演奏が終わる。先生たちが客席に向かってお辞儀をする。私たちまで呼ばれて4人で一緒にお辞儀をする。幕が降りる。
 
アンコールの拍手が来る。たっぷり2分くらい続いて幕が開く。
 

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「本当にアンコールありがとうございます。それでは最後の曲、『疾走』」
 
割れるような拍手と物凄い歓声が来る。トラベリングベルズのメンバーが後ろに入り、それぞれのポジションにつく。上島先生からの合図でDAIがドラムスを打ち始め、全員の演奏が始まる。そして上島先生と雨宮先生が歌い出す。
 
物凄い躍動感のある歌だ。ひたすら走る、走る、走る。楽器が走って行くので歌もそれを追いかけて走って行く。最初はテンポ110くらいから始まったはずなのに、どんどんスピードアップして行き、最後はテンポ150近くまで上がって行く。上島先生も雨宮先生もステージを走り回って歌っている。
 
ふたりともいつもクールにしているので、こう熱くなっている所を見るのはちょっと貴重である。「音楽っていいな」という思いがまた新たになった。
 
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TAKAOさんのギターとDAIさんのドラムスが連動して「ソミド・ラファレ・シソミ・ドソミ」という感じで、三和音のビートを弾き、その音程が高まっていく。最初から2オクターブ近く高い所まで行ってフィニッシュ。
 
私たちは楽器から手を離して拍手をした。客席も激しい拍手の嵐。そしてそこに舞台袖から、ワンティスの他のメンバー、水上さんや三宅さんたちが入ってきて手を振ると、観客は更に熱狂する。
 
その熱狂の嵐の中、ワンティスのメンバーの列の中央に上島先生と雨宮先生が立っていたが、ここで・・・・
 
雨宮先生は上島先生にキスしちゃった!?
 
「えーー!?」
という観客の声の中、幕が降りた。
 

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ワンティスの他のメンバーはほんとにちょっと顔を出しただけでみんな帰ってしまい、トラベリングベルズ(+KARION)と上島先生・雨宮先生だけでささやかな打ち上げをした。他のメンバーはみな他のユニットのプロデュースなどをしていて録音現場やライブ会場などから一時的に離脱してここに来てくれたのである。
 
「やはりプロデューサーがライブの度にステージ上でキスしてるふたりだからね。その影響だな」
と小風がキスのことを言った。
 
「僕は頭が痛い」
と加藤課長。
 
「僕はびっくりした」
と上島先生。
 
「ただのノリよ」
と雨宮先生。
 
「上島先生と雨宮先生、結婚するんですか?」
と政子が楽しそうに言う。
 
「いや、僕は既に結婚してるから」と上島先生。
「私はお妾さんでもいいわよ」と雨宮先生。
 
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「だったら雨宮先生、とりあえず性転換しちゃいましょうよ」
と政子。
 
「うーん。そろそろおちんちん無くしてもいいかなあ。実は私のおちんちん、1年くらい前から全然立たなくなっちゃってね」
と雨宮先生は大胆な告白をしちゃう。
 
「じゃ役に立たないものは取っちゃって、いっそ女の子としてHできるようにすればいいですよ」
と政子。
 
「簡単に取るとか言うなよ」
とTAKAOさんが苦笑いするが
 
「他の人もみんなおちんちんは取っちゃいましょう」
と政子。
 
「いや、僕は取りたくない」
とTAKAOさん。
 
「取っちゃったら結婚できなくなる」
とDAIさん。
 

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12月31日。私は東京のライブハウスで恒例の年越しイベントに、ローズクォーツ、覆面の魔女と一緒に出ていた。
 
比較的早めの出番で、最初に覆面の魔女のふたりが『夏の日の想い出』『イーストガール』を歌い、最後に私がウィンドシンセも吹いた上で『ウォータードラゴン』
を歌った。
 
このイベントは毎回大物アーティストが出るので、混乱防止のため観客は座席に座って鑑賞する方式で、立ち上がるのは禁止。更にこのイベントの時はアルコールも販売しないということになっている。おかげで、私たちの他にもサウザンズ、タブラ・ラーサなど大物が演奏するが混乱は全く無かった。
 
演奏が終わってから、「年の暮れだし、少しはいいよね?」などとタカに言われて水割りを少し口にしていたら、トントンと肩を叩かれる。
 
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「上島先生!?」
「演奏は終わったね?」
「はい」
「ちょっと個人的に話したいんだけど」
「はい?」
 
それでタカたちに声を掛けて、ふたりでお店を出た。地下鉄で移動して、企画会議などによく使っている青山の個室のあるレストランに入る。
 
ピザなど頼んで、ワインで乾杯した。
 
「今年もお疲れ様。なんか後半休養していたはずなのに、随分仕事してたね」
「なかなか休めません」
 
「でも、壁は乗り越えたみたい。表情が以前と違う」
「はい。乗り越えてはなくても、自分なりに何とか開き直ったかなという気もします。どんどん他の人に仕事を投げてますし」
「うんうん、それでいい」
 
「来年以降、ワンティスはどうするんですか?」
「またアルバム作ろうかなんて話になってる。結局全員集まらなくても何とか録音作業は進められることも分かったしね」
 
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「実際メンバー同士全く顔を合わせずに音源製作しているユニットもいますよ」
「変な時代だけどね」
 
「でも楽曲はどうするんですか? 高岡さんの詩はたぶん全部使い切りましたよね。夕香さんの詩はまだ結構残っているんですか?」
 
「多少はある。でも良い作品は全部今回使ってしまった。同じレベルの品質のを夕香の作品で作るのは難しい」
 
「では上島先生や雨宮先生のオリジナルとか?」
「むしろ外部に頼もうかと思っている。今回、曲だけ、ケイちゃんや水沢歌月さん、桜島法子さんとかに依頼したけど、次は詩を含めてお願いしようかと」
 
「それもいいかも知れませんね」
 

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「今日のライブではケイちゃんは存在感を見せてたね」
「はい?」
「シレーナ・ソニカのふたりも充分上手い。あの2人の歌で観客は随分盛り上がった。でもケイちゃんの歌は格が違った。シレーナ・ソニカのふたりも首を振って聴いてたね」
 
「代理歌唱者なんて立ててて、私の方が下手だったら、何と言われるか分かりません。常に挑戦者と戦い続けるチャンピオンの気分です」
「うん。その気持ちでいる限り、ケイちゃんのテンションは保たれると思う」
 
「代理歌唱者の方が上手かったら、私はその人にローズクォーツのボーカルを譲りますよ」
 
「むしろ譲りたかったりして」
「あはは」
 

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「ところで、こないだはケイちゃんらしくもない演奏ミスしたね」
と上島先生は言った。
「え? 済みません。先日のライブで私、間違いましたか?」
 
上島先生は『恋をしている』の譜面を2つ並べた。マジックでA,Bと書かれている。
 
「Aの譜面はCDでリリースしたもの。ここの所がドミソラドシド−になっている。Bの譜面は先日クラシック音楽の夕べの打ち上げでケイちゃんがヴァイオリンで弾いたもので、ここがドソミファーシソドーになっている」
 
私はえー?という思いでふたつの譜面を見比べた。
 
「27日のライブではこのメロディーは和泉ちゃんが弾いた。和泉ちゃんはCD譜面の通りにドミソラドシド−と弾いた。その場合和音は C-F-C。ところがケイちゃんはここの和音を C-F|G7-C と弾いた。それはドソミファーシソドーというメロディーに対する和音なんだな」
 
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「済みません。何か勘違いしたみたいで」
 
「いや。実はね。高岡が残していた譜面は、ドソミファーシソドーで C-F|G7-C だったんだよ。でも、雨宮がここは F の和音が短くて忙しいしG7が入ることで重くなるから軽いFだけの方がいいと言って、ドミソラドシド−、C-F-C に直してしまって、それで音源製作したんだよ」
「はい・・・」
 
「元々がドソミファーシソドーになっている楽曲を間違ってドミソラドシド−と弾いてしまうことはあり得る。メロディーが単純化されるから。人間の頭って物事を簡易化しがちなんだ。でも、元々がドミソラドシド−だった所を間違ってドソミファーシソドーにしてしまうことはあり得ない。複雑化する方向だから」
 
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「・・・・・」
 
「これはね、ケイちゃんが元々のドソミファーシソドーというメロディーを知っていたと考えるのがいちばん自然なんだよ」
 
私は無言で苦笑いした。
 
「普通の人なら、自分で作った曲であっても10年も前の曲は覚えてない。でもケイちゃんって、一度聴いた曲は他人の曲でも2〜3年は正確に覚えている。しかももし小学生の頃に、きっと初めて書いた曲なら、しっかり覚えていると思ったんだよね」
 
「ひとつひとつの曲をちゃんと覚えておられるのは上島先生の方が凄いです」
 
「そうだね。だから僕以外の人ならこういうこと考えなかったかもね。それにFKってイニシャルは唐本冬子のイニシャルと一致するんだよね。僕ももっと早く気づくべきだった」
 
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「公園で偶然お会いしたんです。そして例の青いボールペンで詩を書かれたんです。でもそれが高岡さんだったことを知ったのは1年半後に高岡さんの事故死のニュースを聞いた時でした」
「そうか・・・」
 
「あの日、高岡さんに色々指導して頂いて、私は作曲をもっとやってみようという気になったんですよ。曲作りの時のちょっとした要領とか、心の持ち方とか、楽曲を調整していく時の陥りがちな過ちとか、他にもキャッチーにする技法とかの話も聞きましたし。それで私の練習用にと、ご自分で詩を書かれて、これに曲を付けてごらんと言われて、それを色々修正しながら、きれいにまとめて行ったんです。ですから、あの作品は、私と高岡さんの共同作曲作品です」
 
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と私は言った。
 
上島先生は頷いていた。
 
「高岡の遺品のあの青いボールペンを僕は正しい人に渡したんだな、ということを確信したよ」
 
私は無言で頭を下げた。
 

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私はレストランの支配人を呼ぶとFAXを貸してくれと頼む。それで私は自分のパソコンからある譜面を呼び出し、レストランのFAX宛てに送信した。プリントした後、確実にFAXのメモリーから消去してもらう。
 
私はその譜面を上島先生にお渡しした。タイトルには『Fairy on String』
と書かれ、words by TT music by FK というクレジットが入り、日付は2002.11.10と印刷されている。
 
「これは?」
「高岡さんとは2回会いました。その2度目に会った時に『恋をしている』と同じような感じで一緒に作った作品です」
「なんと・・・・」
 
「この時、高岡さんはタイトルは英語で書かれて、日本語のタイトルは後で考えるとおっしゃいました」
「それ、ケイちゃんがいつもしてることだ!」
「だから正式なタイトルは上島先生が決めてください」
「分かった。でもケイちゃんは高岡の弟子だったんだね」
 
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「そうかも。上島先生、この曲はご存じないですよね、多分」
「初めて見た。この譜面、もらっていい?」
「どうぞ」
「これ来年作るアルバムに入れよう。高岡らしい詩だ。しかも『恋をしている』
の段階から更に進化している」
 
「『恋をしている』と『Fairy on String』だけじゃないと思います。あの時から亡くなるまでの1年半もの間、高岡さんが詩を書かなかった訳が無いと思います。あの時、こんな素敵な詩が書けたんだから。きっと高岡さん、どこかにこっそり隠してます。夕香さんに見られないような場所に。探してみてください」
 
「分かった。高岡のお父さんと話してみる。いや、支香とも連絡を取って夕香さんの遺品も探してもらおう。案外そちらに紛れ込ませていたかも知れない」
「ああ、その可能性もありますね」
 
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「だけどさ」
「はい」
「当時からケイちゃんって、もう女の子だったんだね! 当時小学生だよね!」
と上島先生が言い、
 
私は「あははははは」と笑って誤魔化した。
 
「それにこの歌詞、もしかしてケイちゃん、この時、ヴァイオリン弾いてた?僕、ケイちゃんは中学の時からヴァイオリン始めたと聞いてたのに」
 
「あはは、それ内緒にしてください」
 
新年の到来を告げる汽笛が鳴った。
 
 
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夏の日の想い出・秋の日のヴィオロン(8)

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