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■夏の日の想い出・カミは大事(1)

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(C)Eriko Kawaguchi 2013-04-19
 
2004年3月19日。私は小学校の卒業式を迎えた。
 
うちの近辺は学区が複雑になっていて、私が進学する●▲中学は3つの小学校から集まってくるのだが、その内私たちの●小学と■小学は、各々の学区の半分だけが●▲中学の学区になっていて、小学校で一緒だった友人と泣き別れが発生する仕組みになっていた。
 
私の友人たちの内、一緒に●▲中学に進学できたのは倫代や若葉などで、最大の親友であった奈緒や有咲は隣の中学になっていた。それでこの日はあちこちで友人同士泣きながらハグし合って別れを惜しむ姿が見られたが、私も奈緒・有咲と抱き合ってお互い泣いて
「近くだし、また一緒に遊ぼうね」
と誓い合った。
 
さて卒業式では、ほとんどの子が中学の制服を着ていた。男子はどちらの中学に行っても学生服なので、私立の中学に行く子以外はみんな学生服を着ていたが、女子は二種類の制服に別れていた。どちらもセーラー服なのだが、デザインが異なる。
 
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●▲中学の方は首や袖の白いラインが2本で赤いスカーフ、スカートはプリーツであるが、奈緒たちの中学はラインは3本でスカーフではなく棒タイ。スカートは箱ヒダであった。
 
「なんで唐本は中学の制服着てないんだよ?」
と男子のクラスメイトから言われる。
 
「え? 中学の制服は中学に入る時でいいんじゃないかなあ」
「まあ、そうだけど、私服で出てきてるの、お前だけだぞ」
「うん。でも小学校までは服装は自由だし」
 
そして更に髪についても突っ込まれる。
「お前、まだ髪切ってないの?」
「あ、うん。入学式の前に切るよ」
 
奈緒たちの進学する方の中学は男子は「耳や襟に掛からない程度の髪」なのだが、●▲中学は今時珍しい丸刈りである。実は前日に父が「バリカンで切ってやる」と言ったのを遠慮して「入学式前でいいじゃん」と言って逃げておいたのである。
 
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それで髪は丸刈りあるいは耳や襟に掛からない程度の短髪で、学生服を着た子だらけの中で、私だけ、耳にも肩に掛かる髪の長さで、黒いセーターにブラックジーンズという姿で、ひとりだけ混じっていたのであった。
 

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髪については奈緒や有咲からも言われた。
 
「冬〜、髪を切りたくない気持ちは分かるけど、出家して尼さんになる気持ちで潔く切ろうよ。なんなら私が切ってあげようか?」
と奈緒。
 
「パス」
「でも入学式までにはどっちみち丸刈りにしないといけないんでしょ?」
と有咲。
 
「うん。その時にはそうするよ」
 
などと言っていたら、男子の友人が
「唐本はマルガリじゃなくて、マラギリしておけば良かったのにな」
などと言う。
 
「マラギリ? 何それ?」
「ああ、だから・・・マラを切ることだよ」
「マラ??」
「チンコのこと」
とその男子の方が恥ずかしそうに言う。まさかそこまで説明することになるとは思っていなかったようだ。
 
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「へー! おちんちんのことマラって言うの?」
 
「冬、知らないんだ。私でもマラがおちんちんのことって知ってるよ」
と奈緒。
「全然知らなかった」
 
「昔、モロッコにマラケシという町があってさ。そこに性転換手術で有名なお医者さんがいて、一時期は世界中からそこに手術受けに行く人がいたんだよ」
「ふーん」
 
「それで『マラケシ』で『マラを消した』なんてだじゃれがあったんだって」
「へー」
「まあ、そのお医者さんももう随分前に亡くなって、今は性転換手術といえばモロッコじゃなくてタイになったけどね」
 
「うん、性転換手術といえばタイだってのは知ってる」
「でもホント、冬は女の子になります!って宣言してれば、髪も切らずに学生服も着ずに、髪の長いままセーラー服で女子中学生になれたのに」
「そうしたかったなあ」
 
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「今からでも宣言する?」
「うーん。。。宣言したい気分だけど、お父ちゃんが認めてくれなさそう」
「お父さんを説得する時間はたっぷりあったと思うんだけどねー」
「ああ、冬はそういう所が意気地無いよね」
 

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やがて式典が始まる。私たちは整列して体育館に入った。
 
「君が代」そして校歌を斉唱する。校長先生の短い話があった後、ひとりずつ名前を呼ばれて卒業証書を受け取りに壇上に上がる。
 
うちの学校は男女分離名簿なので、各クラスごとに男子・女子の順に呼ばれていく。1組が全員呼ばれた後で、2組になり、秋元君、上田君が呼ばれて、ふたりとも「はい」と声変わりした、男の子の声で返事し、壇上に向かう。その次が私だ。「唐本冬彦」と呼ばれて私は「はい」とアルトボイスで返事し、壇上に向かった。
 
事前に練習していた通りの仕草で校長から卒業証書を受け取り、また席に戻る。
 
「唐本だけかなあ。うちのクラスで声変わりまだなのは」
とひとつ後ろの来島君から小声で言われて、私は
「うん。そうだね」
と微笑んで小声で答えた。私は小学校では最後まで男声は使わなかった。
 
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卒業証書の授与が終わると、来賓の挨拶、在校生の送辞、卒業生の答辞などと続き、5年生による鼓笛演奏で『翼をください』を全員斉唱した。
 
教室に帰り、先生の短いお話があってから、ひとりひとり名前を呼ばれて記念品をもらった。
 
その後、また先生からやや長めのお話があり、解散となった。
 
私はあらためて奈緒・有咲とハグしあったが、友人同士で午後から集まって、おやつでも食べようという話になる。
 
それでいったん自宅に戻り、お昼を食べてから13時半に集合することになった。
 

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「ああ、結局冬は卒業式は私服で出たのか」
とお昼を食べながら姉から言われた。
 
「あまり学生服着たい気分じゃなかったから」
「ふーん」
「あんたが私服でいいって言うから、私服で行かせたけど、みんな中学の制服着てたじゃん」
と付いてきてくれた母からも言われる。
 
「そうだねー」
「髪もみんな短くしてて、あんただけだよ、長い髪してたのは」
「入学式の前には切るよ」
 
「学生服が嫌ならセーラー服着る?」
と姉が言う。私はドキっとした。
 
「そうだなあ。セーラー服なら着たいかも」
「あんた、セーラー服着たいなら、その前に性転換しなきゃ」
と母が言い
「そうだねえ。性転換しちゃおうかな」
と私が答える。
 
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すると母は
「おちんちん切るのは髪の毛切るより大変だよ」
と言った。
 

午後から集まるのに、自分の部屋で服を選んでいたらトントンと襖がノックされて、姉が呼ぶ。
「ちょっと来て」
「うん」
 
姉の部屋に行くと、姉がセーラー服を手にしていた。
「これ、あげようか」
「・・・・いいの?」
 
「●▲中学の制服、私たちの時とは変わっちゃったしな。この古い制服でもよければ着てみる?」
「うん」
 
私は着ていた服を脱いで姉のセーラー服を試着させてもらった。
 
「なーんだ。あんた女の子の下着、着けてるんだ」
「えへへ。この春休みが最後かな。頭を丸刈りにしたら、さすがに女の子の服は着られないし」
 
「じゃ、このセーラー服もこの春休みだけだね」
「そうかも」
 
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「サイズは少し大きいくらいか。あんた背丈低いから」
「そうだね。女の子の中でも真ん中より少し下くらいだよ」
 
「でも着たければこれあげるよ」
「ありがとう。もらっちゃおう。あ、今日の集まり、これ着て出て行こうかな」
 
「お母ちゃんのいる前でこれを着て玄関出るつもり?」
「玄関出てから着替える」
 
「まあ、いいけど」
 

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私はふつうのセーターとジーンズの格好で居間を通過し、母に
「行ってきまーす」
と言って出かけると、自宅近くの公園のトイレに入り、その中で服を脱いで姉からもらったセーラー服を身につけた。
 
そしてその格好でバスに乗り、集合場所に向かった。
 

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「あれ? 冬がセーラー服着てる」
と先に来ていた奈緒から言われる。
 
「それ買ったの?」
と有咲。
 
奈緒も有咲も午前中と同様にセーラー服を着ている。
 
「これお姉ちゃんの。デザイン変わっちゃったから、このままでは使えないんだけどね」
「へー」
 
「それに入学式の前には丸刈りにしないといけないから、それまでの命かな」
「ああ。冬がどんなに女顔でも、さすがに丸刈りでは女の子とは思ってもらえないね」
 
「うん。でも春休みの間はこんな感じで通しちゃおうかな」
「まあ、それもいいんじゃない」
 
その後、他の友人たちも到着するが
「おお、冬ちゃんがセーラー服だ」
「それで入学式出ておいでよ」
などと言われた。
 
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「ほんとにこれで入学式に出たい気分」
「出ちゃえ、出ちゃえ」
とみんなから唆される。
 

「これラインの形が今の制服と違うんだね」
と本当の●▲中学の制服を着ている若葉から指摘される。現在の制服はラインが丸っこい感じで装飾的なラインがあるのだが、姉からもらった制服は角張った感じでその装飾的なラインが無い。
 
「そうなんだよねー。それが同じならそのまま使えるのに」
「・・・・冬、本気でセーラー服で通いたい気になってない?」
「かなり。でも難しいだろうなあ」
「最初から諦めていたら、何も変えられないよ」
「うん」
 

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それでも、私が一応セーラー服を着ていたことから、みんなとの連帯感はこれまでと同様で、この日私はとても楽しい時間を過ごすことができた。
 
他の子たちとたくさん記念写真を撮った。この時の写真は今でも残っている。そして・・・・中学時代に学生服を着た私の写真は1枚も残っていない。友人たちの中にも持っている人が全然いないようである。
 

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その日は、アスカがうちにCDを借りに来ていた。
 
アスカの両親も才能のあるアスカにできるだけ良い音楽を聴かせようというので、たくさんのクラシックCDを買っていたのだが、うちに1度来て、私の部屋のCDコレクションを見ると
「凄い。この録音は今ではもう入手できない」
 
などといった感じで驚愕していた。
 
「ちゃんと返してくれるなら持ち出してもいいよ」
と私が言ったので、時々借りに来ては、だいたい翌週返しに来るというパターンができていた。
 

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夏の日の想い出・カミは大事(1)

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