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■夏の日の想い出・変セイの時(8)

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私は誰か適当な人がつかまらないかな、と思い披露宴会場の方に行くと、ちょうど、純奈たちの母・里美が出てきたところだった。一番言いやすい人だ!助かった。
 
「里美おばさん、ちょっとお願いが」
「ん? なあに?」
「ちょっと余興の演目を変更しようと思って」
 
私はエレクトーンで『星に願いを』を弾くつもりでいた。しかしその曲ではアスカに勝てないと思った。
 
「ふーん。曲目を変更するの?」
「おばさん、三味線持って来ておられます?」
「持って来てるよ。余興の最後の方で姉妹3人(鶴風・鶴声・鶴里)で演奏するから」
「その前にちょっと貸してもらえませんか?」
「いいけど」
 
伯母と一緒に駐車場に行く。伯母は荷室の中から三味線のケースを取りだした。
 
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「これ分解して入ってるけど」
「分かります」
 
と言って、私はその場で三味線を組み立て、音のピッチを合わせた。
 
「あんた、調律笛とか無くても音が合わせられるの?」
「ええ、いつもそれでやってます」
「凄っ! そんなことできるのは、オト姉ちゃん(五姉妹の長女:鶴音)くらいかと思ってたよ。でも三味線弾けるんだ?」
 
「この程度ですけど」
と言って少し弾いてみせる。
 
「へー。凄い。でもまだ習い始めてそんなにたってないね?」
「ええ」
「お母ちゃんに習ってるの?」
「いえ、ちょっと知り合いに三味線持っている人がいて、それを借りて弾いてみてるだけです」
「独学だと変な癖付くよ。どこか教室に通った方がいい」
「ですよねー」
 
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「ところで服はその服で弾くの?」
と里美伯母さんは訊く。
 
「ええ。特に服は持ってきてないので」
「ね・・・・明奈の小振袖なら、あるんだけどさ」
「貸してください」
 
「よし、持って行って、中で着替えよう」
 
と言って私たちは結婚式場の中に戻った。
 
女性用の控室に行く。服を脱いで下着姿になると、私がカップ付きキャミソールに女の子パンティを穿いているのを見て
「やっぱり」
と伯母は言った。
 
「冬ちゃん、昨日温泉で女湯から出てきたよね?」
「ええ。私、男湯には入れません」
「ふーん。まあ、あまり詮索しないけどね」
 
と言って、伯母は私に明奈の小振袖を着付けしてくれた。
 
「あんた、おっぱいが無いから、着付けしやすい」
「和服って、胸が小さい方が着付けしやすいって言ってましたね。もう少しおっぱい欲しいけど」
「ふーん、おっぱい欲しいんだ?」
 
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と伯母は楽しそうに言った。
 

伯母に連れられて披露宴会場に戻る。伯母が司会者の人に小声で何か言って司会者の人は頷き、何かを紙に書き込んでいた。
 
「唐本冬彦のエレクトーン演奏という所を、唐本冬子の三味線演奏、というのに書き換えてもらった」
「ありがとうございます」
 
私はこの格好でロビーにも戻れないので、そのままその近くで待っていた。
 
そこにきれいなドレスを着たアスカが来た。
「あ、振袖に三味線! 民謡か演歌やるの?」
とアスカが言う。
 
「民謡です。アスカさんはピアノですか?」
「ふふふ。これ」
と言って、ヴァイオリンを見せる。
 
「わあ、何だか高そうなヴァイオリン」
「へー。値段の見当が付く?」
 
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「たぶん・・・・600万円くらい?」
「よく分かるね」
「そのヴァイオリンのフォルムがですね、とても上品なんです。だから安物ではないと思いました」
 
「あんた、そういう所のセンスが凄く発達してるみたいね」
と言ってアスカは感心していた。
 

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やがてアスカの順番が来る。
 
この披露宴の司会者は、特に出演者の名前を紹介したりはせず、手許にある名簿でその演奏者をステージにあげることだけしていた。それは私にとって好都合であった。
 
黒留袖を着た中年の女性(たぶんアスカの母か)がピアノの前に座り、アスカがヴァイオリンを持って、『ツィゴイネルワイゼン』を弾きだした。
 
結婚式に合う曲とは思えない。この空気を読まない選曲が何ともアスカらしいという気がした。私は微笑んでその演奏を聴いていた。
 
アスカは歌もとてもうまかったが、ヴァイオリンを弾いてるのを聴いても、充分プロのレベルに近いという気がした。良いヴァイオリンを使っていることもあるのだろうが、音の鳴りがとても良いし、音の響きがとても豊かだ。
 
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「凄いね。あの人、どこかのプロ?」
などと私のそばにいる里美伯母が言う。
「いえ、新婦の従妹です。まだ中学生ですよ」
 
「あ・・・昨日、冬ちゃんと一緒にお風呂入ってた子か」
「です」
「今気付いた」
 
「アスカがきっと凄いの弾くだろうと思ったんで、こちらも曲目変えることにしたんです」
「へー。ライバルなんだ?」
「ええ」
 
「そうだ。私は純奈を着替えさせてこなくちゃ」
「済みません」
 
純奈はピアノを弾くことになっている。服装はドレスらしい。
 
アスカが下がってきたので握手して「ブラーバ!」と言った。
「グラーチェ。冬ちゃんの出番は?」
「この次の次です」
「じゃ着替えに行ったら見逃すから、ここで見てる」
 
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やがて司会者の案内で、私は小振袖姿で、三味線を持ちステージに上がった。
 
披露宴というのはとても便利なシチュエーションである。そこに出てきた人が全然知らない人であっても、きっと向こうの家の親戚か友人なのだろうと思ってもらえる。私はその状況をちゃっかり利用した。『黒田節』を演奏する。
 
ファーラファミ・シドシラファラ・ミーミファ・ミレシレミ−。
 
と私は三味線で曲の最後のフレーズを弾いて前奏代わりにし、続けて唄い出す。この曲は女性が唄う場合、普通低音のアルト領域で唄う。しかし私は敢えてソプラノで唄った。
 
「さ〜けーは、のーめーのーめー、のーむ〜な〜ら〜ばーーー〜ー〜ー」
「ひーのーも〜と〜いーーーちーの〜、こーの〜や〜り〜をーーー〜ーーー」
「のーみ〜とーる〜ほー〜どーにー、のーむ〜なーら〜ばーー〜〜」
「こーれーぞ、まーこーとーの〜、くーろ〜だ〜ぶ〜しーーーーーーー」
 
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続けて三味線だけでゆっくりとしたペースで、この曲を再度演奏する。そしてまた唄う。
 
「峰の嵐か松風か」
「訪ぬる人の琴の音か」
「駒引き留めて聴くほどに」
「爪音頻き(つまおとしるき)、想夫恋(そうぶれん)」
 
今度は短めの間奏の後で次の歌詞を歌う。
 
「君の晴着のお姿を」
「寿祝う鶴と亀」
「松竹梅の歓びを」
「幾千代までも祈るらん」
 
更に最後のフレーズをリピートする。
 
「幾千代までも祈るらん」
 
最後にチャンチャーンという三味線の音で終わる。
 
何だか凄い拍手が来て、私は笑顔でお辞儀して下がった。
 

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アスカが
「また負けた」
と言った。
 
「お祝い事だし、勝ち負けは無しです」
「あんた、三味線はまだ素人だ」
「はい」
「でも唄がプロだよ、今の小節(こぶし)の動きが私が頭の中に記譜できないくらい、こまやかだった。まるで天女が舞っているかのようだった」
 
「この唄はけっこう小さい頃から唄ってたんですよね−」
 
「でも何かおめでたい歌詞だったね。あんな歌詞初めて聴いたよ」
「黒田節の歌詞って、実は何個もあるんですよ。なんか身を捨てて突撃しろ、みたいなのもあるし」
「何それ〜!?」
 
「戦時中に作られた歌詞みたい」
「へー」
 
「じゃ、着替えてきます」
「あ、じゃ一緒に行こう」
 
アスカとはおしゃべりしながら控室に行った。控室の構成は、両家別の待機ルームと男女別の着替え用の部屋という構成なので、私たちは一緒に女性用の着替え室に行き、おしゃべりしながら着替えて、その後、各々荷物を置いてきてから、またロピーで落ち合った。(ヴァイオリンはクロークに預けていた)
 
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そういう訳で、彼女とは親戚になってしまったので、その後も結構頻繁に会うことになる。
 

私がロビーに戻ってくると、ちょうど母が出てきていた。
 
「あんた、そろそろ出番じゃないんだっけ?」
「ああ、終わったよ」
「えーー!? いつの間に。全然気付かなかった」
「たくさん余興する人いるからね」
 
と私は微笑んで答えた。
 

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披露宴が終わった後は、市内の割烹に場所を移して二次会となり、これには子供たちも一緒に参加した。子供たちだけ一郭に集められ、お酒の代わりに烏龍茶やジュースが配られ、唐揚げやハンバーグ、ポテトなど子供好みの料理におやつなども並ぶ。
 
「だけど冬ちゃん、今日の服装はまるで男の子みたいな服だね」
とアスカから言われる。
 
「あ・・・私、男なんですよ」
「は?」
「私、冬彦ってのが戸籍名で」
「何冗談言ってるのよ?」
 
「あ、この子、女の子にしか見えないけど、男の子ですよ」
と隣から明奈も言う。
「えーーー!? だって、お風呂一緒に入ったじゃん! おちんちん無かったと思うし、おっぱいも小さいけど膨らみかけてたし」
とアスカ。
 
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「あ、そちらもですか。私も昔、冬ちゃんと一緒にお風呂入ったことあるけど、おちんちん付いてなかったですね」
と明奈。
 
「だよね? 私もおちんちん付いてたらさすがに気付くと思うけど。おちんちん取っちゃったの?」
とアスカ。
 
「前、私と一緒に入った時は、おちんちんは取られちゃったとか言ってましたよ」
「じゃ、やっぱりもう無いんだ?」
 
「えーっと、その付近は企業秘密ということで」
と言って私は笑って誤魔化した。
 
「でも、おちんちん無いのなら、冬ちゃんがもし男の子であったとしても、変声して、今のソプラノが出なくなっちゃうということは無いよね?」
 
「あ、それは無いと断言していいです。私変声はしないつもりだけど、万一変声したとしてもソプラノは死んでも維持するよ」
と私は答えた。
 
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「冬ちゃんのヘンセイは声を変えるんじゃなくて、性別を変える方かも」
「ああ、変性のお年頃なのか」
「えへへ」
 
「変声されちゃったら勝ち逃げされた気分だから。ソプラノ維持できるんなら、私は冬ちゃんとずっとライバルだよ」
「私もそのつもりです」
 
私は再びアスカと握手を交わした。
 
「でも、男の子だというのなら、じっくり観察してみたいから、また一緒にお風呂入ろうよ。昨日見た感じだと、男湯には入れない身体だと思うし」
とアスカ。
「あ、私も一緒に入りたい」
と明奈。
「あはは。また今度ですね」
と私は答えておいた。
 

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月曜日の振替休日。東京に帰るのにお昼すぎ高山駅で待っていたら、里美伯母がやってきた。
 
「あら?そちらは車じゃなかったんだっけ?」
「うん。車で高速通って帰るけど、これ冬ちゃんに渡そうと思って」
 
「三味線?」
「これ、あんたのお母ちゃんが昔使ってた三味線」
 
「ああ、何だか見たくないね」と母。
「私の部屋に置いておくよ、カバー掛けて」と私。
 
「冬ちゃんが三味線弾くって聞いて、オト姉から、じゃこれ持たせてあげてと言って渡されたのよ。メンテはちゃんとしてあるよ」
「ありがとうございます」
「へー、あんた三味線するんだ?」と姉。
 
「それとこれもあげる」
と言って伯母はバッグも渡す。
 
「三味線の楽譜少々とうちの演奏会を録音したCD。三味線やる以上若山流は覚えてよね。弾けるようになった曲は録音して私に送って。採点して返してあげる。それから昨日の服」
 
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「ああ・・・」
「あの子には小さいから、お直ししようかとも思ってたけど。冬ちゃんにあげた方が使ってくれそうだし」
「頂きます。純奈ちゃんも明奈ちゃんも背が高いもん」
「そうなのよね。ふたりとも既に170cm越えてるから、次作る時は特注だよ」
「お父さんが背が高いから遺伝でしょうね」
「だろうね。じゃ、頑張ってね。オト姉が、冬ちゃんにあげる名前考えておくって言ってたよ」
「あはは」
 
「もしよかったら名古屋の風姉の所まで月1回くらいでも通ってお稽古してもらう?新幹線で1時間半だから。高山や博多とかより近いし」
「そうですね。大学卒業したら考えてみようかな」
「それ、いつのことよ?」
 
 
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