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■夏の日の想い出・多忙な女子高生(8)
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目次 8
時間索引 #
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「でもこの後、ケイちゃんは、どういう形でKARIONと関わっていきたいの?」
と町添さん。
「今回は契約書の有効期間前というのを利用して音源制作しましたが、次回からは難しいと思うのですよね。それで作曲だけの参加にならざるを得ないかと思っています」とボク。
「うん。それは可能だと思う。というか水沢歌月もどうあっても欲しい。森之和泉&水沢歌月の曲は、たぶん今後のKARIONの中核になるよ」
と町添さんも言う。
実際には、次のKARIONのシングル用の楽曲制作は10月から11月に掛けてボクと和泉とのメールのやりとりを通じて行われたのだが、11月など両方ともライブツアーをやっていたので「遠距離共作」をした。そして、実はボクは結果的にまた音源制作にも参加することになってしまうが、そのことは別の物語で書く。
なお、この料亭で4人が会った日は、町添さんにとっては水沢歌月がボクであったという驚きに加えて、ローズ+リリーの契約が実はやばい!というショックまであったことから、なぜボクがKARIONに参加しなかったのかという理由を尋ねるところまで、さすがの町添さんの頭も付いていかなかったようであった。
ボクは尋ねられたら、自分の性別問題をここでカムアウトするつもりだったのだが、結局町添さんは12月になってから、全国民と一緒に報道でそのことを知ることになる。
そういう訳で10〜12月のボクは、朝から夕方近くまで補習で鍛えられる高校生、ローズ+リリーの片割れ、KARIONの実質的な準メンバー、そして政子の御飯を作る係!! という1人4役をしていたのである。
(8月頃まではボクに教えられて自分で料理をしていた政子は、9月の半ば頃以降、ローズ+リリーで忙しくなっていったことから、料理に関してはボクにほぼ全面的に頼るようになってしまったのである)
和泉たちと一緒に町添さんと料亭で会った翌々日、ボクはまたまた町添さんと会食することになるのだが、今度の場所は都心から大きく外れた所にある小さなしゃぶしゃぶ屋さんだった。町添さんはこのしゃぶしゃぶ屋さんをその日貸切りにして会食に利用した。ここの店主さんは町添さんの元同級生ということで、信頼のおける店だということだった。
会食に参加したのは、ボクと政子、須藤さん、そして上島先生と下川先生である。これがボクたちと上島先生たちとの初めての対面になった。津田社長も出る予定が、その日行われていた所属アーティストのライブでトラブルがありそちらに駆けつけることになって欠席になった。
都心から大きく離れた場所になったのは、多忙な上島先生が御自宅からそう遠くない場所を選んだためであったが、ここは結果的にボクや政子にとってもあまり自宅から遠くないので、ボクらの帰宅の面も助かった。
ちなみに上島先生の御自宅に行かず、外部のお店を使ったのは、先生の御自宅に行くと、確実に徹夜になるので、それは高校生のボクと政子には酷だということで町添さんが配慮してくれたのだということを後から知った。お店で会食すれば、営業時間終了(21時)で確実に帰れるのである。
「お初にお目に掛かります」
などと儀礼的な挨拶を交わした後、ボクと政子は
「結婚式の披露宴にご招待頂いていたのに、お伺いできず申し訳ありませんでした」
と詫びた。
上島先生はその月に元アイドル歌手の春風アルトさんと結婚したのだが、ボクたちはその披露宴に招かれていたものの、その日北陸でキャンペーンをやっていたので、出席できなかったのである。それで津田社長がマリとケイふたり分のご祝儀を持って代理出席してきていた。
「いや、こちらこそ御祝儀ありがとう」
と答える上島先生は、テレビで何度か見たことのあるのより若い感じ。30歳のはずだが、まだ25〜26歳にも見えて「男の子」の雰囲気を残していた。ちなみにボクとマリの名義で先生に渡した御祝儀は90万円ずつらしい。津田社長からは別に君たちに請求したりはしないからと言われたが、そんなの請求されても払えない!
ひと通りの挨拶が終わり、さて、という時に須藤さんの携帯のバイブがなる。
「すみません、失礼します」
と言って席を立ち、部屋の外で話していたが・・・・
「たいへん申し訳ありません。放送局から呼ばれていまして」と須藤さん。
「ああ、行ってらっしゃい」
と町添さんが言うので、須藤さんは行ってしまう。
ということで、部屋には、ボクと政子、上島先生と下川先生、町添さんの5人だけが残された。
その時、上島先生は言った。
「マリちゃんって、天才だね。見た瞬間感じ取った」
すると、政子は笑顔で
「はい、私は天才です」
と答える。
「いい反応だね」と下川先生が笑顔で言う。
「ケイちゃんは嘘つきでしょ」と続けて上島先生は言う。
「はい、友だちからよく言われます」とボクもにこやかに言う。
「凄いハッタリ屋さん。出来もしないことを勢いで言うけど、やらせるとちゃんとやっちゃうタイプ。影で物凄く努力する人。だから嘘が破綻しない。天性の法螺吹きだね」
と上島先生は楽しそうに言う。
「そうですね。中学の時、友人から法螺貝プレゼントされたので頑張って吹けるようになりました」とボクは答えた。
「上島先生、このふたりが気に入りましたね?」と町添さん。
「うん。大好き。ふたりまとめて僕のベッドに招待したいくらいだね」
などと先生が言うので、ボクは
「それは残念でした。マリはレスビアンなので、男性には興味が無いようです」
と言う。
「じゃ、ケイちゃんは?」
「私は、マリにぞっこんですから、他の男性にも女性にも目が向きません」
とボクは言った。
「レスビアンで女性デュオならタトゥーみたいだね」と下川先生。
「先日のミニライブでアンコールされたのでt.A.T.uの All the things she saidを歌って、ついでに本家にならってステージでキスしたら、後で叱られました」
「まあタトゥーのレスビアンは演出だったけどね」
「はい、私たちのレスビアンも演出です」
「やはり、ケイちゃんは嘘つきだ」
「ケイの嘘つきは凄いですよ」と政子。
「だって、こうしていると、まるで17歳の可愛い女子高生みたいなのに、本当はそもそも男ですからね」
と言っちゃう。
一瞬一同がどう反応してよいのか戸惑うような空気があった。そこでボクは言う。
「マリはこんな感じで、どうフォローしていいか分からないことを唐突に言う天才でもあるんです」
「確かに僕も何て言おうか今悩んだ」と下川さん。
「男の子がここまで女子高生を装えたら、それはまた凄いけどね」
と町添さん。
゛
ただ、上島先生だけが、ちょっと考えるような仕草をしたのが気になった。
「でもどうして先生は無名の私たちに曲を書いてくださったんですか?」
と少し食事が進んでからボクは訊いてみた。
「ああ、それはね、★★レコードの廊下で浦中さんと遭遇したからなんだよ」
「はあ」
「浦中さんが、今度ローズ+リリーという女子高生のデュオを売り出すんだけど何かいい曲ないですかね? と言ったんで、僕が『じゃ何か書きましょう』と答えて、それでその晩書いた」
と上島先生。
「あのぉ・・・浦中部長から依頼があれば即書いてくださるのでしょうか?」
「この手のはただの外交辞令だよね、普通は」と町添さん。
「まあ、たまたま気が向いたからね」と先生。
「でも、気まぐれで書いてくださったにしては、物凄く力(りき)の入った作品で私はびっくりしました」
「ああ、それはね。ジャケットに写ったふたりの写真を見ていて、この子たちはボクのライバルになると確信したから」
「ライバル・・・ですか!?」
「君たちの書いた『遙かな夢』を見て、そのことを再度確信したよ」
「良い評価、ありがとうございます」
「町添さん、このふたりを★★レコードから逃したりしたら、町添さんの首が飛ぶよ。この子たち、数年後には★★レコードの屋台骨を支えるソングライターになるから」
と上島先生は言うが
「先生もそう思われますか? 実は数日前、僕もそれを確信したのですよ」
と町添さんは言った。
数日前って、水沢歌月の件だろうな。あはは。
「写真を見て、それを感じ取ったから、僕はライバルへのはなむけにあの曲を書いたの。こちらも真剣勝負。だからね、マリちゃん、ケイちゃん」
「はい」
「僕を追い抜く作品を書けるように頑張りなさい。僕もやすやすとは負けないつもりだけどね」
「頑張ります」
とボクたちは答えた。
「ただね」と上島先生は続ける。
「君たちにライバルがいるとしたら、多分森之和泉&水沢歌月。あのペアも強力だよ。作品を聴いてボクは武者震いしたから」
「誰それ?」と政子が訊く。
「KARIONの新譜で曲を書いてたソングライトペアだよ」
とボクは説明する。
「ふーん。でも多分私の敵じゃないな。私天才だから負けないもん」
と政子は言う。
上島先生も町添部長も笑顔で頷いている。
「だけど、マリちゃんもケイちゃんも、変に謙遜せず、堂々と自己アピールするね」
と下川先生。
「すみません。私もマリも謙遜とか遠慮というのを知りませんので」と私。
「うん。それがこの子たちのスター性だと思うんだよ」と町添さん。
「この世界では、謙遜したりする子は絶対に大成しないから。自分がいちばんです、と何の迷いも無く言えるような子だけが、スポットライトを浴びる権利を持つんだ」
と町添さんは持論を語る。
「今回のCDでマリちゃんとケイちゃんの作品『遙かな夢』はCDの最後に置かれていて、いちばん下みたいな扱いだったけど、次回からはボクの作品と並べて両A面にするといいよ」
と上島先生は言う。
「実際個別ダウンロードは先生の曲とマリちゃん・ケイちゃんの曲、2曲に集中しています。他の3曲はほとんど落とされていません」
と町添さん。
「カバー曲でアルバムを埋めるのは古い手法だよね。あの構成は浦中さんの考えかな?」と下川さん。
「ああ、昔のアイドルのアルバムにはよくありましたね」と町添さん。
その夜のボクたちの話は、音楽論、作曲論から、susコード論、またスターの条件、ヒットする曲が最低持っている条件などといった、けっこう硬い話が多かった。マリは時々唐突に扱いに困る発言をするものの、それ以外は黙々食べていた。しゃぶしゃぶのお皿が10分単位で空になるので、既に10回ほどお代わりしている。
「ふと今気付いたけど、マリちゃんよく食べるね」
と下川先生。
「ああ。マリをもし食事の量が決まっているタイプの所に連れていく場合は、3人前くらい確保してあげてください」
とボクは笑いながら言った。
「私、そんなに食べるかな?」
「あ、ごめんね。6人前くらい必要だった?」
などと言っていた時、ドアが開いて「よっ」という声がする。
「モーリーさん・・・?」
とボクは戸惑いながら声を出す。なぜこの人がこんな所に・・・・
ところがモーリーさんはボクに向かって軽くウィンクすると唇に立てた指を当て「シー」とするような仕草をした。ボクとモーリーさんのことは言うなということだろう。
「これはこれは、雨宮先生」
と町添さんがにこやかに応対する。
雨宮?? 上島先生が何だか親しげな雰囲気だし・・・・と考える。
あ・・・・・
この人って、雨宮三森?? 元ワンティスの!?
そうだった。雨宮三森のワンティス時代のニックネームは「モーリー」だった。なぜ今まで気付かなかったんだろう! えーーー? じゃモーリーさんって男の人だったの!?うっそー!! だってだって、おっぱいあったのに!!!
「なんか凄い有望な新人女性歌手デュオと一緒に御飯食べてるというからさ、私も混ぜて欲しいなと思ってやってきたのよ」
と雨宮先生。
「ええ。この子たち、きっとビッグスターになりますよ」
と町添さん。
「ふーん。君たちが?」
と雨宮先生は興味津々という笑顔でこちらを見る。
ボクは政子の背中を叩き促して挨拶する。
「おはようございます。ローズ+リリーです。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね」
と言って、雨宮先生はボクにウィンクした。
取り敢えずその日の会食は雨宮先生の乱入で、21時で終わる予定が23時まで掛かり、ボクは慌てて母に途中で電話を入れたのであった。(町添さんが出て母に丁寧に説明してくれたので母は納得してくれた。レコード会社の取締役ということで、ボクが以前バイトしていたスタジオの関連だろうと思ってくれたようであった。ただ町添さんがボクのことを「お嬢さん」と言ったのにはギャッと思ったが・・・)
そして、しゃぶしゃぶの皿は30皿ほど消えて行った。
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