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■夏の日の想い出・新入生の秋(7)

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私たちの方のレコーディングは25日までの予定だったが、24日の金曜日は私と政子も学校を休み、25日まで掛けて最後の調整を行った。この2日間は、近藤さん・宝珠さん・太田さんの3人はずっと付き合ってくれた。特に太田さんのキーボードはいろいろな楽器の音を付加するのに便利なので、かなり稼働してもらった。宝珠さんもYAMAHA-WX5(ウィンドシンセ)を吹いて、楽曲に厚みを付けるのに貢献してくれた。
 
25日の夜7時頃、これでだいたい完了したかな、などという雰囲気になってきていた時、クォーツのサトが顔を出した。
 
「こんばんはー。ちょっと陣中見舞い」
などといって、モスチキンを差し入れてくれた。すると須藤さんが
「サトちゃん、ちょうどいい所に来てくれた。ちょっとだけドラムス打ってよ」
と言う。
 
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『白い手紙』の仮ミクシングを聴いていて、微妙に付け加えたいフレーズが8小節ほど出て来たものの、ドラムスの青竹さんは今日は来ていないので、その部分は打ち込みしちゃうか?などと言っていたところだったのである。
 
「でも、他のドラマーさんが全体的に打っているのに、そこだけ俺が打っていいの?」
などとサトは言うが
「うん。だから、青竹さん風に打ってよ」
などと須藤さんは言う。
 
私たちが休憩している間に今回録音した曲を通して聴いてもらう。
 
「うまいなあ、この人。かなわん」などとサトは言っていたが、実際には結構それっぽい感じでその部分を打ってくれた。それに合わせて、近藤さんのギター、宝珠さんのサックス、太田さんのエレクトリック・オルガンを付加する。ベースも近藤さんが弾いてくれた。そこに私たちの歌も加える。
 
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今回のアルバムの録音はこの追加部分で完了となった。
 

作業が完了したのは9時半頃だった。太田さんは家族が待っているのでといって帰って行き、近藤さんと宝珠さんはふたりだけでどこかに行きたいような雰囲気であったので「今夜は頑張ってね」などと政子が言って送り出し(宝珠さんからは「そちらも頑張ってね」と返された)、結局、私と政子、須藤さんとサトの4人で打ち上げということになった。
 
「いや、俺最後にちょっとだけ出て来たのに良いのかな?」
などとサトは言っていたが、須藤さんは
「とりあえず一仕事終える度に締めはしなくちゃね」
と言って、4人でファミレスに行く。
 
サトさんが生ビール、他の3人はトロピカルジュースで乾杯した。
「いや、実は今日で会社を退職したのよ」とサトさん。
「そうだったんですか!お疲れ様でした」
 
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「高校出てから海上自衛隊6年やって、あの会社に入って3年。なんか年だけ食っちゃった感じだけどね。自衛隊時代にアフガンの後方支援でインド洋に行ってきたのがいちばんワクワクした。会社勤めでずっと事務所の中で図面ばかり描いていると、なんか鬱屈した気分になっちゃってね。。。そんな時にたまたまマキと知り合って俺の腕見て『ドラムス叩かない?』なんて言って、一緒にやり出したんだよね。楽しんでたけど専業になる所までやるとは思わなかった」
 
「クォーツのメンバーってどういう順序で入ったんですか?」
「マキとタカが5年くらい前に他にふたりのメンバーと一緒に作ったんだよな。最初はリードギター、セカンドギター、ベース、ドラムス、という構成だったんだ。そのセカンドギターの奴が歌がうまくてメインボーカルだったらしい。でもそいつが仕事が忙しくなって脱退して、しぱらくは3人でやってたものの、他の3人がみんな歌が下手なもんで、いい奴いないかな?なんと言ってた所でカズって奴が入って」
 
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「ああ、名前だけは聞きました」
「こいつは楽器は何もできないんだけど、歌がうまかった。それでボーカル専任で、楽器はギター、ベース、ドラムスという構成になったんだよ。しかし、ドラムスの奴の父親が急死して」
「あら」
「急遽、田舎の造り酒屋を継がなきゃいけなくなったらしくて、辞めることになって、それで急いで後釜を探してたときに、俺を見つけたらしい」
「へー」
「実は俺、それまでドラムスなんて打ったことなかったんだけどね」
「えー!?」
 
「この腕なら打てるって言われて練習して、始めて1ヶ月でライブやった」
「すごい」
「腕の太さだけで採用されたんだ!」
 
「あと子供の頃ピアノ習ってたもんで、キーボードが弾けるからというので曲によってはドラムスはリズムマシンに任せてキーボード弾くようにした。当時はリズムマシンの方が俺よりずっとうまかった」
「おっと」
 
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「それが2年前だよ。でも去年の暮れにカズがトラブル起こしてね」
「あら」
「最終的にはほとんど喧嘩別れのような感じになってしまった。お互いに後味が悪かったね」
「私はまだカズさんがいた頃にクォーツを知って、演奏技術が高いから音源制作してダウンロード販売サイトに登録しない?なんて言ってたんだけど、その計画進めている最中にカズさんが離脱しちゃってね」と須藤さん。
「ああ」
 
「残った3人の中ではサトさんがいちばん歌がうまいから、多重録音でサトさんがボーカルやって吹き込む?なんて話もしてたんだけど」
 
「ライブでは俺はドラムスやキーボードしながら歌うだけの器用さがないもんだから、マキがだいたい歌ってたんだけど、あいつ音痴だから」
「わっ」
 
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「そういう訳で、私もいいボーカルいないかって言われてたんだけど、ちょうどローズ+リリーのほうも、ふたりに接触する前に情報集めてたら、どうもマリちゃんはあまりやりたがってないようだという感触で」
「ちゃんとそのあたり掴んでたんだ!」と政子。
 
「無理矢理口説き落とすようなことしても仕方ないし、とりあえずケイちゃんをソロで歌わせておいて、少しずつマリちゃんのやる気回復を待つかと思ったんだけどね」
「ええ」
「6月上旬に突然ケイちゃんとクォーツを組ませることを思いついたんだ」
「へー」
 
「それで津田さんや町添さんとかとも話し合ってて、ローズ+リリーとローズクォーツの並行稼働という線にたどりついたのよ。ただし、ローズ+リリーの方は、マリちゃんのやる気に合わせて、のんびりとやろうと。ローズクォーツのアルバムとローズ+リリーのアルバムを来年の春にほぼ同時にリリースする方向で考えようというのも、津田さんと町添さんと3人で決めたのよね。理想は両方のアルバムが同じくらい売れてくれること。あくまで私がケイちゃん・マリちゃんの両方と契約できたらの場合だったけど」
 
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「私との契約も必須だったんですか?」と政子。
「ふたりはセットだからね。マンザイのコンビをばら売りはできないのと同じ」
「私たちってマンザイだったのか!」と政子。
「やはり、私がボケでマリが突っ込みだよね」と私。
「ふたり見てるとそんな感じだね」と楽しそうにサト。
 
「でも最初須藤さんからケイちゃんと組まないかという話を聞いた時、マキの反応が面白くてね」
「へー」
「女の子ですか?女入れるとチームワークが乱れそうで、と言って。確かに恋愛問題が絡んで、誰とくっつくかみたいになるとややこしいから」
「ええ」
「でも戸籍上は男の子なんだよね、なんて須藤さんが言うと、変態は嫌だとか言って」
「あはは」
 
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「でも、タカがローズ+リリーのCD全部持ってるというから、取り敢えず聴いてみようかと言うことになって、タカの家に行って聴いてみたら、うまいじゃん。特に、これまだCDにはなってないんだけど、と言って聞かされたFM番組から録音した今年の新曲聴いたら、生で歌っているのに凄く上手いから、これだけ上手かったらちょっと組んでみたいね、という話になってきたんだよね」
「へー」
 
「でも最後までマキは、これ男の子の声を電気的に加工して女の子の声に聞こえるようにしてるのかなあ、とか言ってた」
「ボイスチェンジャーは使ったことないですよ」と私は笑って言う。
 
「カウンターテナーと似た発声法だよね。でもかなり高い所まで出てるよね」
「今回のアルバムには入れてませんが『天使に逢えたら』はC6まで使ってます。でも上の方はヘッドボイスなんですよね。ふつうに使ってるミックスボイスでは今A5までしか出ません」
 
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「うっと。よく分からない」
「A5まで出れば、一応ふつうの合唱のソプラノパートは歌えるんですよね」
「実際、ケイは高校のコーラス部でソプラノ歌ってたね」
「すごいな」
 
「でも恋愛問題に関しては、みんなマリちゃんとケイちゃんの様子を見て安心したんだ。タカは残念って顔してたけど」
「え?」
「既に恋人がいる子なら、恋愛問題は起きないからね」とサトは笑って言った。
「え??」
 

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翌26日は、政子はレコーディングで疲れたと言って寝て過ごすと言っていたので、お昼御飯はこれをチンしてねと言って、私は頭の中をリセットするためドライブに出た。何となく車を進めていたら東北道に乗ってしまったので、鹿沼ICで降りて、宇都宮の例のデパートに行く。そして少しぼんやりとしていた時に、あやめ親子と遭遇した。
(「新入生の夏」参照 http://femine.net/j.pl/ms/29
 
そのあと△△社の遠藤さんに見つかってしまい、その日出演する女子中学生3人のユニットに引き合わされた。3人が私を見て「きゃー」などと騒いでいた。
 
「こんにちは。スリファーズです」と3人。
「こんにちは、ローズ+リリーのケイです」
と言って、3人と握手する。サインくださいと言われたので遠藤さんが持っていた色紙にサインする。交換で彼女たちのサインももらった。
 
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「この子たち、ピューリーズの妹分として売り出し中なんですよ」
「わあ」
「実は、年末にメジャーデビューさせる予定だった市ノ瀬遥香がメジャーデビューのめどが立たなくなってきてましてね」
「あらあら」
 
「代わってこの子たちを年末にメジャーデビューさせる方向になりつつあります」
「わあ、頑張ってね」
「ありがとうございます」
 
「ピューリーズの妹分なら、楽曲は同じ堂崎隼人?」
ピューリーズはメジャーデビュー以降、10年ほど前にロングノーズというバンドでヒット曲を出し、最近は主として作曲活動をメインにしている堂崎隼人という人から曲の提供を受けていた。
 
「それが実は困ってまして」
「あら?」
「堂崎先生が、今不調で、しばらく創作活動を休止なさってるんですよ」
「あらら」
「ピューリーズはうまい具合に受験前の休養期間に突入したので、いいんですが、この子たちをメジャーデビューさせるのに使う楽曲を、誰に頼もうかというので社長も悩んでいるみたいで」
「ふーん・・・・」
 
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やがて開演時間になり、3人がステージの方に行く。私は遠藤さんと一緒にステージの横の方に立ち、様子を見た。遠藤さんに許可をもらってICレコーダで録音することにした。政子へのお土産である。
 
オープニングにピューリーズのヒット曲のひとつを歌う。あれれ・・・この子たち、本家よりうまいじゃんと思って私は興味深く見る。続いてフレンチキスの曲、Perfumeの曲、Buono!の曲、と女の子3人組の曲をカバーして歌っている。どれもひじょうにうまい。中学生とは思えない歌唱力である。特にリードボーカルの子がとても安定した音感をもっているようだ。ノリがよくて、観客を巻き込んでいく。最初登場した時は拍手もなかったのに、今はみんな手拍子を打っている。私は楽しみなユニットが出て来たなと思って見ていた。
 
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やがて大きな歓声の中、リードボーカルの春奈が大きな声で「ありがとうございました」と言って、3人は下がった。私はいったん一緒に控え室に引き上げ、「君たち、凄いうまいんだね」と言って褒めて、15分ほどあれこれ話してから引き上げた。
 

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夏の日の想い出・新入生の秋(7)

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