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■夏の日の想い出・若葉の頃(10)
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「これ3人の内の誰を合格させても半年で潰れますよ」
「うーん・・・・」
「その代わりですね。この3人をセットにして売る手があると思います」
「ほほぉ」
明智さんが頷いている所を見ると、おそらく、いっそまとめ売りしてはという意見も出ていたのだろう。
「しかしそれいいかも知れないね。全員不合格と最初に言った上で、落選者の中から3人ピックアップしてユニットを作りますと持って行くのはテレビ番組の演出としてありだよ」
と村上さんも言う。
「ですよね。それでこの3人をセットにするなら、最年少の八島(やまと)ちゃんがメインボーカルの方がいいです」
「そう? 波歌(しれん)ちゃんの方がうまくない?」
「歌自体はそうですけど、音だけ聴いた時に微妙な違和感があったんですよ。それでビデオを見せていただいたのですが、波歌(しれん)ちゃんの歌って、音程やリズムが正確ではあるんですが、個性に乏しいんです。むしろコーラス隊として優秀なんです」
「あぁ。。。」
「花があるのは八島(やまと)ちゃんだと思います。それに、この手の歌唱グループって、フィンガー5しかり、SPEEDしかりで、わりと最年少の子を中心に据えた方がうまく行きますよ。それで最年長の波歌(しれん)ちゃんはリーダーに任命すればいいんですよ」
「その手があるか!」
ここで明智さんが発言する。
「実は滝口などとも、そのあたりの個性の違いを話していたんですよ。歌は間違いなく波歌(しれん)ちゃんがうまい。でも花が無い。八島(やまと)ちゃんは歌唱力はまだまだなんだけど、アイドル性はいちばんあるのではないかと。優羽(ことり)ちゃんを推す人は彼女がアットホームだから親しみやすいのではという意見でした」
「たぶん彼女は温和な性格だと思います。ですから、歌のうまいリーダーの波歌(しれん)ちゃん、歌はまだまだだけどカリスマ性を持つメインボーカルの八島(やまと)ちゃん、そして調整役の優羽(ことり)ちゃんという構図にすればいいんですよ。優羽(ことり)ちゃん無しで、波歌(しれん)ちゃんと八島(やまと)ちゃんのデュオで売る手もありますが、たぶん1年以内に衝突して分裂します」
「女の子同士の感情的な対立って難しいよね」
と村上さんが言う。
「それ女の子を25年やってても苦労してます」
と私は答えた。
村上さんとの長い会談を終えて、深夜近くに帰宅する。
するとマンションに若葉が来ていた。
「あれ?鍵持ってたっけ?」
「こないだ奈緒と一緒に来たとき、冬たちが先に出かけたから、私が持って帰った」
「あっそうだったっけ」
「取り敢えず、鍵返しておくね」
「あ、いや。若葉なら鍵持っててもいいよ」
「うーん。じゃ預かっておこう」
と言って若葉は鍵を自分のバッグにしまう。COCO Milanoのバッグである。きわめて庶民的なブランドだ。1億や2億を簡単に動かせる人が高級ブランドの服やバッグを身につけている所をめったに見ない。本当のお金持ちってこうなのかも知れないと私は思う。彼女がメイドカフェに勤めていた時期も、彼女をお金持ちのお嬢様と知っている人は皆無であった。
若葉が持ち込んできたモエ・エ・シャンドンのシャンパンを開けて飲む。
「これ美味しいね!」
「こないだ千里ちゃんに教えてもらった」
「へー」
「あの子、ワインとかシャンパンに詳しいみたい」
「あれはどうも大学生の頃から、随分雨宮先生に連れ回されて覚えたみたいなんだよ」
「なるほどなるほど」
「でもこのシャンパンは彼女の大のお気に入りで、彼氏とデートする時、いつもこのシャンパンで乾杯するんだって」
「おお、その話は詳しく聞きたい」
と政子が興味津々の様子である。
「私と彼がさ、初めて出会った時、実は千里ちゃんの試合やってたんだよ」
と若葉は凄く嬉しそうな顔をして言った。
「へ?」
「あの日は年末近くで、私最初冬の家に遊びに来ててさ。ふたりで一緒に一汗ながしてから裸で抱き合っている時に、ウィンターカップやってるのに気づいて見に出掛けたのよね」
「ちょっと待って。私、そんなことした覚えないけど」
「ふふふ。そうだね。私と冬は結合まではしてないから」
「そのあたりを詳しく」
「まあそれでウィンターカップ見に行った時に、ちょうど試合やってたのが千里ちゃんたちで。その会場で私はデート中の吉博と遭遇したんだよ」
「複雑だね」
「ちなみに吉博は和実の元思い人だよ」
「へー!」
「和実は吉博に告白したけど、彼女がいるからと言って断られて和実は失恋した」
「色々絡み合っているね」
「その吉博の彼女が震災で亡くなっちゃったんだよ」
「そんな経緯が・・・」
「吉博は彼女を失ったショックが大きすぎて、自分はもう結婚しないと思っていたらしい」
「うん」
「でも私、今日とうとう吉博と寝ちゃった」
「ほぉ」
「子供も作る約束した」
「まあ、いいんじゃない。もう震災から5年だもん」
「でも私も結婚はしないけどね」
「すればいいのに」
これはおそらく若葉にとって初めての恋愛である。これまで彼女は何度も「恋愛に挑戦」してきた。冬葉の父親ともセックスまではしたようだが、恋愛ではなく単に「種」が欲しかっただけという感じであった。
「赤ちゃんは産むけど、結婚はしないの?」
「そうそう。同棲もしない。認知もしないでくれと言ってる」
「してもらえばいいのに!」
「男の人とそういう面倒な関係を作りたくないのよねー。やはり私は基本が男性恐怖症だし」
「でも寝られたんだ?」
「うん。やっちゃった」
「若葉にしては十分進歩していると思うよ」
「えへへ。褒めて褒めて」
「うん。頑張ってるね」
「もうベッドに寝てさ。目をつぶって。好きにしてと言ったら好きにしてくれた」
「逃げ出さずにちゃんとできたのは偉い」
「えへへ」
「取り敢えず来月人工授精することにした」
「セックスして妊娠する訳じゃ無いの?」
「セックスするのは、今更だから別にかまわないし、妊娠ももう2度目だからかまわないけど、セックスで妊娠するのは嫌だ。だからセックスの時は避妊具付けてもらってる」
「まあいいんじゃない」
「冬とした時も、冬には避妊具つけてもらったもんね」
「そこのところ詳しく」
「ちょっと待って。私、本当に若葉とはそこまでしてないって」
「車の中でした昆布巻きも興奮したね」
「もっと詳しく」
「それ若葉が誘惑したけど、私は断ったじゃん」
「ひどいわ、ひどいわ。私を傷物にしておいて」
「ふむふむ」
「無実だぁ!」
「まあ実際には高校時代、私が冬を誘惑して無理矢理服を脱がせてみたら、冬にはもうおちんちんが付いてなかったからセックスできなかったんだけどね」
と若葉は言う。
「やはり、当時既に手術済みであったか」
「おっぱいもかなり大きかったよ」
「やはりそうであったか」
「もういいや」
と私はサジを投げた。
翌日の7日は、さいたま市内に引っ越してきた田中美子・蘭親子に会ってきた。
「なんか色々親切にしてもらって。申し訳なくて」
「熊本のマンションの方の荷物はどうなったんですか?」
「マンションを管理している建築会社で元自衛隊員とかのチームを組んで荷物の大半を崩れかけたマンションから取り出してくれたんですよ」
「それは凄い」
「ただ冷蔵庫とか洗濯機みたいな大物は諦めてくれと言われました。高価なピアノとか持っていた家も、そんな重たいものを運び出すのは無理だから金銭で保障するから諦めてくれと言われてました」
「まあ仕方ないですね。小物の荷物を取り出すだけでも、半ば命掛けだったと思いますよ」
「それで着替えとか食器とかは取り出してもらったのをこちらに送ってもらうことにしたんですよ。パソコンはハードディスクを取り出してもらって、それを送ってもらうことになりました。その中にこの子の小さい時からの写真とかが入っているから、それが失われなくて済んでほっとしました」
「それは良かった」
「仕事の方は向こうの会社は退職することにして承諾を得て。ただ退職金は少し待ってくれと言われています」
「まあ今は厳しいですよね」
「それで加藤次長に紹介していただいた会社の面接受けてきて、採用が決まりました」
「良かった良かった」
「この子も東京のスクールでレッスンを受けるということで。でも競争が厳しいんじゃないかと心配ですが」
と母親は心配するものの
「私はそれだけ鍛えられるだろうからいいと思っているんですけどね」
と本人は言っていた。
「まあ福岡よりは厳しいかも知れませんね」
翌週、ΨΨテレビのオーディション番組で、第1回女性アイドル・オーディションの優勝者が発表された。
最初司会のデンチューが
「合格者はありません。全員落選です」
と言うと、スタジオに集まっている観客から
「え〜〜!?」
という声が出る(台本)。
思い思いの衣装で並んでいた12人の最終予選進出者たちもお互いに顔を見合わせている。
「そういう訳で皆さん退場してください」
と言われて12人はスタジオから出て行った。
全員退出したところでアシスタントの金墨円香が
「しかしここで重大発表があります」
と発言する。
「何があるの?」
とデンチューの2人が言うと
「詳細はCMの後で」
と円香は笑顔で言った。
CMの後、カメラが落選してスタジオから退出し、そのまま解散と言われて交通費の封筒をもらって参加者が出ていく所を映している。画像が不安定なので、どうも小型の隠しカメラのようである。
その中のひとり花山波歌(はなやま・しれん)を追っていたカメラは彼女が人混みを避けて近くの公園に行く所を映していく。どうも落選のショックを癒すのに少しひとりになりたかったようである。
が、彼女はハッとして振り返った。
「あのぉ、どなたですか」
とこちらに向かって訊く。
「バレましたか。放送局の者です。すみません。局に戻っていただけますか?」
「はい!」
月嶋優羽(つきしま・ことり)を追っていたカメラは彼女がウサ晴らしに近くのカラオケ屋さんに入ったのを映す。
「くっそー!絶対私が優勝と思ったのに」
と言っている。
見た目はほんわりした雰囲気なのに、実際にはかなり気が強いようである。
「お待たせしました。お部屋の用意ができました」
と言ってフロントの人が優羽に伝票を渡す。
ところが伝票を見て「え!?」と声を上げる。
キョロキョロしている。それでカメラが寄っていく。
「月嶋さん、どうかなさいました?」
「もしかしてテレビ局の方ですか?」
「はい、そうです」
と答えてカメラは彼女が手に取る伝票を映す。そこには
「お話があります。テレビ局に戻ってください」
という文字が印刷されていた。
雪丘八島(ゆきおか・やまと)は他の落選者2人とおしゃべりしながら地下鉄のホームまでやってきた。しかしその2人とは行く方向が違うようでバイバイして途中で別れる。それでホームに立ち、まもなく電車が参りますというアナウンスが流れた所で、カメラを持ったテレビ局スタッフが寄っていく。
その時、八島は振り返ってこちらを見るなり大声を上げた。
「きゃー!痴漢!!この人、盗撮してます!」
「あ?え?」
というスタッフの声の後、
「おい、こら」
という男性の声。そして乱れる画面。
テレビ画面には
「しばらくお待ちください」
の表示が流れる
3秒後、画面にはテレビ局内で
「ごめんなさい。小型カメラに気づいて、てっきり盗撮魔かと思っちゃって」
と謝る八島の姿が映る。
「いや、人生終わったかと思いました。すみません。こちらも無断撮影でしたので」
とテレビ局のスタッフが謝っている。
そして、花山波歌・月嶋優羽・雪丘八島の3人が神妙な顔で並んで座っている所に登場したのは背中だけを見せているスカートスーツの女性である。
3人はキョトンとしている。
「今回のオーディションは正直もう少し高いレベルを私は期待していたのだけど、その期待していたレベルには誰も到達していなかった。それで今回は全員不合格にさせてもらった。しかし、不合格になったメンバーの中でも特に君たち3人は見捨てるには惜しいと私は思ったんだよ。そこで、3人には再度チャンスを与えることにした」
「はい」
「君たち3人でユニットを組んでもらって、3ヶ月間一緒にレッスンに励んでもらう。それで8月下旬にCDを1枚作って、それを手売りしてもらう」
「手売りですか!?」
「それで発売してから1ヶ月以内に3万枚以上売れたら3人でデビュー決定。到達しなかったらユニットは解散で、3人とも普通の女の子に戻る」
「普通の女の子にですか」
「普通の男の子に戻りたい人がいたら、応相談」
「男の子も悪くないな」
と八島が発言する。
「じゃ、3万枚売れなかったら、君、性転換ね」
「いいですよ。でもじゃ3人でやるんですか?」
「うん。君たち1人ではとてもデビューさせられないけど3人寄せ集めたらまあアイドル1人分くらいの魅力があるかなというのが私の感想なんだ」
と背中だけ見せている人物は言うが、さっきから困惑した表情をしていた優羽が発言する。
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