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■寒松(8)

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宮坂君のお父さんは「自宅近くの病院で療養したい」と主治医に申し入れて、市内の別の病院に転院した。するとみるみる回復して8月のお盆すぎには退院できた。9月いっぱい自宅療養して10月から仕事に復帰するということだった。休職期間は約1年に及んだ。
 
お兄さんの方は引き続き盛岡の病院に入院していたが、MRIの検査により、大腸の腫瘍を除いた他の部位の腫瘍の消失が確認され、投薬も少し軽いものに変更され、女性ホルモンの投与も停止されたということであった。その間2ヶ月弱の分の女性ホルモン剤(エストロゲン)を青葉は受け取ったものの、青葉はまだそれを自分で飲む勇気が無かった。
 
お兄さんは9月中旬、大腸腫瘍の摘出手術を受けることになった。天津子に確認した所、その手術はどっちみち必要だと思うと言ったので、受けることにした。腹腔鏡による手術なので、身体の負担は小さいものの、全身麻酔を掛ける必要がある。当日は宮坂君が自宅療養中のお父さんのお世話係を兼ねて大船渡に残り、お母さん・美麗さんと青葉の女3人で盛岡に車で出かけた。
 
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青葉は車窓から国道107号線の山道を走りながら考えていた。取り敢えず自分の男性的二次性徴の発現は停めた。でも女性的二次性徴が発現しないかなあ、などと。それは普通の女の子が「白馬の王子様が現れないかなあ」と空想するのに似た感覚であったかも知れない。
 
運転はこの夏休みに美麗さんが運転免許を取ったということで、お母さんとふたりで交代で運転している。こないだちょっと海藤さんに教えてもらったけど運転って楽しいよね。私も早く18歳になって免許取りたい、と青葉は思う。
 

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病院に着いて患者を見て青葉は《治療》が物凄くうまく行っていることを認識した。お兄さんの身体をスキャンしてみる。病巣はもうほとんど消えている。数ヶ所残っているのは手術が終わった後で処理しようかな。これはきっとまだMRIでも見付けきれないだろう。
 
10時頃、手術室に運ばれていくお兄さんに付き添って3人も手術室の前まで行った。
 
「手術はどのくらい掛かるんでしょうかね?」
と青葉は訊く。
 
「早くて1時間半、長い場合は3−4時間と言ってましたね」
とお母さん。
 
「暇だな」
と美麗さんが言う。
「昭太、死なないよね?」
「過去5年間にこの手術で亡くなった人は居ないとは先生おっしゃってたけど」
 
「ここにずっと座ってても気が滅入るし、青葉ちゃん、ちょっと外に出よう」
「はい」
「お母ちゃん、車のキー貸して」
「うん」
 
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それで美麗さんに連れられて青葉は病院の建物を出た。
 
「ちょっとドライブしようよ」
「いいですけど」
 
美麗さんは若葉マークを車の前後に貼り、青葉を助手席に乗せて車を出した。東北自動車道に乗る。東京方面は混雑しているものの青森方面はがらがらであった。美麗さんの車はスイスイ走る。ただしさすが免許取り立てである。下手だ!!
 
「ねえねえ、青葉ちゃんって実は男の娘だって噂あるけど本当?」
「ほんとうですよ。少なくとも戸籍上は」
「肉体上は? おちんちん、あるの?」
「それは秘密で」
「こうしてそばに居ても、男の子っぽい空気とか臭いとか、そういうのを感じないんだよねぇ。女の子と一緒に居る感じしかしないんだ」
 
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「私の友人もそう言ってくれます」
「女性ホルモン飲んでるの?」
「まだ飲んでません」
「でも昭太が飲むはずだった女性ホルモン受け取ったよね」
「実は捨てずに持ってます」
「それ飲んじゃえば?」
「どうしよう・・・」
 
「継続的に欲しかったら、私調達できると思うよ」
「えーー!? ほんとにどうしよう?」
 

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やがて広いSAに到着したが車はほとんど駐まっていない。中に入って一緒にラーメンを食べた。美麗さんがおごってくれた。
 
「ここのラーメン美味しいですね」
「うんうん。私けっこうこのチェーン店好きなのよね〜。この付近のSAとかPAに数軒あるよ」
「へー。そのうち免許取ったら来てみたいなあ」
 
すると美麗さんは少し考えるようにしてから言った。
 
「ねぇ、運転教えてあげようか?」
「え!?」
 
免許取り立ての人に教わりたくない気分ではあったものの、美麗さんは乗り気である。青葉に運転席に座るように言い、自分は助手席に乗って、教えてくれる。
 
「最初はブレーキ踏んだ状態でエンジンを掛けよう。但し古い車にはブレーキ踏んでいるとエンジンの掛からない困った車もあるからその時は先にエンジン掛けて」
「はい」
 
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「セレクトレバーをPからDにして、ゆっくりとブレーキから足を離す」
 
それで車はクリープで動き出す。
 
「あとは右足はアクセルの上に置いてその踏み加減で速度を調整するんだよ。ただしアクセル踏んでなくてもブレーキから足を離している限り車は動くからそのことを忘れないように」
「はい」
 
それで美麗さんの指示に従ってSAの駐車場内を何周かする。
 
「あんたうまいじゃん。前にも運転したことあった?」
「いいえ」
「だったらあんた素質あるよ。このまま本線に行こう」
「えーー!?」
 
美麗さんの指示でSAの出口に向かい、50km/hくらいまで速度を上げる。バックミラーと目視で確認して本線に合流しながら車を急加速させる。80km/h, 90km/h, 100km/h と加速して、左車線に遅い車がいるので、また後ろをミラーと目視で確認しつつウィンカーを出して右車線に行きその車を追い越してからまた左車線に戻る。
 
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「あんた、私よりうまいじゃん。すごーい」
と美麗さんが言う。
 
いや、美麗さんが下手すぎると思うんだけど!?
 
結局青葉は次の次のPAまで約20kmを運転した。さすがに駐車枠には停めきれないので、適当な所に停めてから美麗さんと運転を代わった。美麗さんが枠に停めてから休憩することにし、トイレに行って自販機のジュースを買って飲む。それでそろそろ帰ることにして次のICでUターンし、盛岡に戻る。帰りもまた青葉が20kmほど運転した。
 
「良かったら時々運転教えてあげるよ」
「そうですか? じゃちょっと教えてもらおうかなあ」
 
それで青葉はこの後、度々美麗さんと車でお出かけしてあちこちで運転の練習をさせてもらうことになる。
 
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盛岡に戻って来たのはもう12時半過ぎである。手術は長引いているようで、まだ終わっていない。青葉たちが戻ってから30分ほどしてやっと終わって手術室から出てきたが、お兄さんは元気そうで、こちらにむかって笑顔で手を振っている。
 
へー、全身麻酔掛けても麻酔が覚めてから手術室を出るのかと青葉は初めて知った。回復室で少し様子を見てから病室に戻る。
 
そしてここからが青葉のお仕事である!
 
この時期、青葉はまだ組織を「つなぐ」という技を習得していない。手術部位の「気の乱れ」を直していくだけだが、これだけでも回復はぐっと早くなるのである。
 
取り敢えず手術で切除した周辺を治療していく。それに30分ほど掛けて、それから腹腔鏡を入れるために切開したお腹の傷口の付近を修復していった。
 
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青葉がその作業を終えた頃、お医者さんが様子を見に来てくれた。
 
「何だか凄く順調な感じですね。やはり若いから体力あるんでしょうね」
とお医者さんは言っていた。切り取った組織は病理検査に回して悪性のものでないかの確認をするという。
 
その日は16時くらいで引き上げることにした。消化器の手術なので手術後5日ほどは食事が取れない。その間は点滴で栄養を取ることになる。異常が無ければ月末くらいには退院できるかもとお医者さんは言っていた。
 
「退院って夢のようだわ」
と帰りの車の中でお母さんが言う。
 
「一時はお父さんも昭太も本当に病院から出てこられるのかって不安になったよね」
と美麗さんも言う。
 
「川上さんと海藤さんのおかげですよ」
と言ってから
「すみません。これお礼はいくらくらいすれば?」
などと訊く。
 
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「お気持ちでいいですよ。私たちは自分に責任感を持たせるため、無料では仕事しないけど無茶な料金は取りませんから。それに今は入院やら手術やらでお金が掛かっているし、無理しないでくださいね」
と青葉は言った。
 
「川上さんの曾祖母さんは、お魚とか大根とかでもらったりしてたみたいね」
と美麗さん。
 
「ええ。おかげで食べ物には困らずに済んでました」
 
と青葉が言うと、お母さんも美麗さんも笑っていた。
 
「川上さんって割と楽しい方みたい」
とお母さん。
 
青葉は常に無表情なので、怖い人だと思われることが多い。美麗さんは青葉の家庭事情も知っているような雰囲気だったが、さすがに本人の前では発言を控えているようだ。
 
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お母さんは月末に取り敢えず5万払ってくれたが、青葉は自腹を切って天津子に10万送金した。そして年末になってから追加で40万円払ってくれたので、追加で20万天津子に送金した。結果的に45万の報酬の内、天津子が30万、青葉が15万もらったことになる。
 

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盛岡から戻った翌日、咲良が早紀と青葉を誘って、仙台まで遊びに行こうよと言ったので、咲良のお母さんの車に乗って一緒にお出かけした。
 
松島の水族館に寄ってから仙台でマクドナルドを食べて帰るというコースになった。ペンギンたちの様子に時間を忘れて見とれ、マンボウなど見てから3階に上っていくとイソギンチャクなどがいる。
 
チンアナゴに見とれていた咲良が
「ね、チンアナゴって、おチンチンに似てるからチンアナゴって言うの?」
などと大胆なことを言う。とても男嫌いの女の子の発言とは思えん!
 
「違うよ。顔が犬の狆(ちん)に似てるからだよ」
「犬の方か! でも犬の狆の名前の語源は?」
 
「小さい犬だから、ちいさいいぬ→ちいぬ→ちぬ、と変化したという話」
「へー! 小さいからだったのか。ちんちんが付いてるからじゃないのね?」
と咲良。
 
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「いや、みんなオスはちんちん付いてると思うし、狆だってメスにはおちんちん無いよ」
「あ、そうか!」
 
「青葉、もうおちんちん無いよね?」
などと咲良はまた唐突に訊く。
 
「秘密」
と青葉は答える。
 
「水泳の授業で水着になった時は、付いてないみたいに見えるよねー」
と早紀は言う。
 
「うん。それでもう切っちゃったのかと思ってた」
と咲良。
 
「でも青葉は隠しているだけと言ってる」
「隠せるものなの?」
「隠しかたがあるんだよ」
と青葉はいつものように能面のような表情で答えた。
 
「能ある鷹は爪を隠す。珍ある女の子は棒を隠す?」
などと咲良はよく分からないことを言っている。
 
「まあ普通は棒が付いているのは男の子だけど青葉は棒がもしあったとしても女の子だからね」
と早紀。
「そういや青葉ってナプキン持ち歩いているみたいだし」
と咲良。
 
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「青葉、どこの使ってたっけ?」
「ロリエだよ。羽付き」
「私もロリエだけど羽無しだな」
「一度試してみる?」
「あ、ちょうだい」
などと咲良が言うので、青葉はバッグに入れたサニタリーポーチから1枚ナプキンを出して渡した。
 
「試してみよう。でもそのポーチ、手作り?」
「うん。端切れで作った」
「まめだなあ」
「入れてるのはナプキンだけ?」
「ナプキン2枚とパンティライナー2枚」
と青葉。
「私もそんなものだな」
と早紀。
 
「でも青葉、やはり生理あるのね?」
と咲良が訊くと、青葉は
「内緒」
と答えた。
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