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■寒松(2)

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4月の中旬。青葉と登夜香があまりに将棋の知識が無いようだということで、見かねた部長の宮坂君が2人を放課後に特別に指導してくれた。しかし本当に基本的なことから教えた。
 
「え? 桂馬ってここには行けないんですか?」
「それはチェスのナイトの動きだよ。将棋の桂馬は斜めひとつ前にしか行けない」
 
「あれ?歩って斜め前には進めないんですか?」
「前に進むだけ」
「横には行けますよね?」
「行けない! お前ら、ホントに将棋というゲームをしてたのか?」
 
宮坂君は2人の「勝手ルール」に呆れながらもひとつひとつ丁寧に教えてくれた。
 
「あれ〜。王将って成れないんですか?」
「王将の駒の裏には何も書いてないだろ?」
「王将は皇帝にでもなるのかと」
「そんな話は聞いたことない」
 
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「ひょっとして金将も成れないんですか?」
「何に成るのさ?」
「女王にでもなるのかと」
「チェスならどんな駒でも女王に昇格するけどな」
と宮坂君が言うと
 
「ほら、私が言った通りだよ。性転換して女王になるんだよ」
と登夜香。
「それはチェスの話だよ」
と青葉。
 
「将棋ではダメですか?」
と登夜香。
 
「そもそも女王なんて駒が無いし。ただ、チェスの女王と将棋の金将はゲーム上の起源としては同じ物なんだけどね」
と宮坂君。
 
「へー!」
 
「金が無くなって女になるのかもな」
と宮坂君は言ったが、女子2人が無言なので、今のはちとヤバかったかと思い
 
「チェスと将棋の駒はだいたい対応してるんだよね。王が王将、ナイトが桂馬、ビショップが銀将、ルークが香車、ポーンが歩兵」
と宮坂君は説明する。
 
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「角と飛車はチェスには無いんですか?」
「まあ女王が強すぎるから2つに分割したのかもな」
「なるほどー」
「いや、実際は角は銀将の強いの、飛車は金将の強いのだと思うよ」
 
「それで王将が取られたら、飛車と角のどちらが次の大将になるのかってので、私と登夜香ちゃんで揉めたのですが」
と青葉が言うと、宮坂君は一瞬「へ?」という顔をしたものの
 
「王将が取られたら、そこでゲーム終了!」
と言う。
 
「あれ〜?そうだったんですか?」
と二人。
 
「まあ実際には王将を取ることはない。王将が取られるぞ、というところでゲーム終了だよ。それを《詰み》というの」
「ああ、寸止めなんですね」
「そうそう」
「やはり日本人って平和主義なんだ」
「かもねー。ついでにもうすぐ詰みになっちゃいますよ、という状態を《詰めろ》と言う」
 
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「へー」
「もうすぐ成りますという状態は《成れ》ですか?」
「そんな言葉は聞いたこと無い」
 

「あ、そうだ。宮坂さん、お兄さんは退院できたんでしたっけ?」
と登夜香が訊く。
 
「医者は3月くらいに退院できると言ってたんだけどさ。まだ許可が下りない」
と宮坂君。
 
「入院してたの?」
と青葉が訊く。
 
「うん。何かお腹にできものができてるとかでずっと入院してるんだよ。手術とかになるのかなと思ったんだけど、取り敢えず薬で散らそうとしてるみたい。最初は軽いから1〜2ヶ月で退院できるという話だったんだけど、何か病院に留め置かれているんだよなあ。母ちゃんに訊いたんだけど、お前は心配しなくていいと言われて」
 
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「お父さんの方は手術しましたよね?」
「うん。この春に手術した。そちらは経過いいみたいだから、遠くないうちに退院できるかも」
 
「お兄さんとお父さんと2人入院してるんだ!?」
と青葉は驚いたように言う。
 
「お不動さんとか薬師さんとかに母さんがお参りに行ったり、拝み屋さんも呼んだりしたんだけどね」
 
へー。拝み屋さんって、登夜香のお婆ちゃんかな?と青葉は思う。
 
「ただ、その拝み屋さんが言ってたらしいんだ」
と宮坂君が言う。
 
「なんて?」
「感覚が遠いって。どういう意味かな?」
 
登夜香と青葉は難しい表情で顔を見合わせた。
 

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ゴールデンウィーク。
 
お金など無い青葉の家ではもちろんどこかに行くこともない。それどころか、青葉も未雨も学校に行かないから給食にもありつけない。つまり御飯が無い。
 
「お母さん、おなかが空いたよ」
と未雨が言うが
 
「水でも飲んでなさい」
などと言われる。
 
「水道停まってるよ」
 
料金を払ってないので停められてしまっているのである。
 
「雪でもかじってなさい」
「このあたりの雪、汚れてて食べられない」
 
4月下旬ともなれば、根雪も融けかけだ。
 
「贅沢言うんじゃないよ。土も美味しいよ」
「土は美味しくないよぉ」
 
この家、次のお正月を迎えられるだろうか、いや夏を越せるだろうかと青葉は不安になる。とりあえず水道代だけでも払ってこようかな・・・と思っていた時のこと。
 
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自動車の停まる音がする。
 
「未雨、青葉、何があっても絶対声を出しちゃいけないよ」
と母が言う。
 
借金取りが来たと思ったのだろう。でも青葉は立ち上がると玄関に出て行き、ドアを開けた。
 
「海藤さん、久しぶり」
 
来訪したのは北海道の旭川に住む海藤天津子である。青葉より2つ上、中学1年生の霊能者だ。
 
「また対決に来たよ」
と天津子。
「うん。じゃ、どこか周囲に迷惑の掛からない所に行こうか」
と青葉。
 
「今日は車で来たから乗って。あ、そうだ。これあんたにやるにはもったいないけど、お土産」
と言って天津子は旭川の銘菓《壺もなか》を渡す。
 
「わあ、ありがとう」
 
するとどうも借金取りではなさそうだと気付いた礼子が飛び出してくる。
 
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「あら、なんて素敵なものを。あなた美人ね」
と言う。
 
「ありがとうございます」
と天津子も笑顔で答える。それで早速お菓子を持って家の中に戻った。青葉はそのまま天津子と一緒に出かける。
 

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天津子は青いモコを自分で運転してきていた。青葉が助手席に乗り込むと、天津子は車を出す。天津子の運転する車に乗ったのは初めてであるが菊枝さんよりずっと上手いなあと青葉は思った。
 
亡くなった青葉の曾祖母にしても菊枝さんにしても、また佐竹(伶)さんにしても運転が荒い。霊能者って運転が荒っぽいのだろうかなどと考えたこともあるが天津子の運転する車に乗って、運転が上手い霊能者もいるんだな、と青葉は思った。
 
「そうだ、中学進学おめでとう」
と青葉は天津子に言う。
「ありがとう。でも中学の女子制服ってセーラー服でスカートだからさあ。なんだか、かったるいよ」
「海藤さん、ズボンが好きみたいね。でも神社に奉仕してても巫女衣装は袴でしょ?」
 
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今日も天津子はハーフサイズのダウンコートに下はジーンズである。
 
「袴はキュロットだからね」
「あ、そうだよね!」
 
「あんたは中学に入ったら学生服かな」
と天津子は訊く。
 
「それ考えると気が滅入る」
と青葉。
「女子制服を着たーい」
 
「それまでに女の子になれたらいいね。でもあんた、もう男じゃなくなったみたい」
と天津子。
 
「あ、分かる?」
「そりゃ分かるよ。玉抜いたの?」
「手術受けたいけど、小学生の去勢手術なんてしてくれる病院は無いもん。今自分で機能停止させようと術を掛けている所」
「ああ、まだ完成してないのね」
「うん。まだ数ヶ月かかると思う」
 
「でもさすがだね。そういう方法があるんだ?」
「うちの資料室に方法を書いてある本あるよ。海藤さんなら見てもいいよ」
「じゃ後で寄らせてもらおう。女を襲うような悪い男をこらしめるのに覚えておこう」
 
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「ああ、それは世の中のためになりそう」
 

ふたりは国道107号を少し花巻方面に走ってから細い林道に入っていく。
 
「このあたりでいいかな」
と言って天津子は車を駐めてふたりは車を降りた。
 
「さて、やろうか」
「こないだみたいに崖崩れ起こしちゃうのは無しね」
「そうだね。いちおう物は壊さないようにしようか」
 
ふたりは3〜4mの距離を取って対峙する。お互い空手か何かの試合でもするかのように両手を軽く握って胸付近に構え、動きやすい体勢を取った。
 

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10分後、ふたりともちょっと疲れて、背中合わせに座り込んでいる。
 
「物壊さない約束だったけど、唐松4本倒しちゃった」
「こちらも赤松2本倒した」
 
「私が倒した本数多いから、私の勝ちでいい?」
と天津子。
 
「それで決めるの〜?」
「だけど川上さん、何かパワーが足りない」
「ごめーん。実は連休に入った後、何も食べてないもんで」
「断食でもしてるの?」
「いや、うちにお金が無いもんだから」
「あんたどういう生活してるのよ?」
「うち貧乏だから」
 
天津子は「呆れた!」と言ったものの、腹ぺこに勝ったのでは不満だと言って車に積んでいたおにぎりと非常食のカロリーメイトを出す。
 
「これでも良かったら食べてよ」
「助かる!」
 
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青葉が食べ終わるのを待って天津子は
 
「じゃ後半は龍笛対決行こうか」
と言って自分の龍笛を取り出す。
 
そして吹き始めた。
 
さっきのふたりの対決のせいで周辺の鳥たちが少し騒いでいたものの天津子の笛の音にみんな沈黙してしまう。いや、この音が鳴っている間はとても声などあげることができないだろう。青葉はじっと天津子の笛を聴いていた。
 

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天津子の演奏は10分くらい続いた。
 
青葉は笑顔で拍手する。
 
「あんた笑顔ができるの?」
 
青葉はふだん能面のように無表情である。天津子は青葉が感情のあるような顔をするのはほとんど見たことがない。
 
「なぜかね、今の海藤さんの演奏聴いてたら、表情の封印が解けかけた。どうしたんだろう。海藤さんの笛の中に私の心を融かす要素が入っていたのかも」
 
「もしかしたら私が使った『電池』にそういう作用があるのかもね。あんたそのくらい食べただけじゃ体力回復してないでしょ。あんたにもこのエネルギー源、分けてあげるよ」
と言って、天津子は青葉の左手掌に梵字を描いた。
 
「何これ!?」
「そのエネルギー源は生身の人間だから、使いすぎないようにね」
「分かった! 非常用電源に使わせてもらう。でも今日は少し借りよう」
 
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そう言うと青葉は自分の龍笛を取り出す。そして吹き始めた。
 
天津子の演奏が終わって、ホッとするかのように鳴き始めた鳥たちがまた沈黙する。鳥たちも今日は大変だ。
 

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青葉の演奏も10分ほど続いた。
 
天津子は涙を流していた。ついでに天津子のそばに控えている《チビ》は凄く心地よさそうな表情をしている。
 
「負けた!」
と天津子は言った。
 
「私この半年、かなり頑張ったつもりだったんだけどなあ。あんた、また進化してるんだもん」
 
「海藤さんの龍笛は凄いよ。全てを圧倒する」
「川上さんの龍笛は優しすぎるんだ。全てを包み込んでしまう。私泣いちゃったよ」
 
「お互いの性格の違いかもね」
「でも川上さん、その優しさが致命傷にならないよう気をつけなよ。凶悪な敵は何の容赦もなく私たちに襲いかかる」
と天津子は言う。
 
「うん。命を賭して対峙しなきゃいけない時があるって、亡くなった曾祖母ちゃんからよく言われてた。そして必要なら相手を1発で殺せって」
と青葉も答えた。
 
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でもまだ人を殺したことは無いなあ、と青葉は思う。
 
今日の青葉はとても優しい表情をしていた。何だか海藤さんから分けてもらったエネルギーを使っていたら、心の封印がほとんど解けかかっている。どうしよう?もう解いちゃおうかなあ、などと青葉は考えていた。
 

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ところでこの日、北海道に住む千里はバスケ部で合宿をしていた。
 
「千里、どうした? 何か今日は元気が無いぞ」
とキャプテンの暢子に言われる。
 
「うーん。どうしたんだろ? なんか凄く疲れるんだよね」
と千里。
 
「合宿の2日目ってたぶんいちばん疲労のピークになるんだよ。千里少し休んだ方がいいかも」
と寿絵が心配して言う。
 
「うん。じゃ悪いけど1時間休ませて。そのあとまた頑張るから」
「じゃ1時間くらい寝てるといい」
「そうする」
 
それで千里は体育館を出ると宿泊棟の方に戻り、下着を交換して仮眠した。
 

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青葉と天津子は町に戻ることにする。天津子がモコの運転席に座り、青葉は助手席に乗る。
 
「どこから車で走ってきたんだっけ?」
「昨夜《はまなす》で津軽海峡を越えて、盛岡までJRで来てから、知り合いの人のところで車を借りて走ってきたんだよ」
 
「じゃまた盛岡まで戻るんだ?」
「うん」
「運転気をつけてね」
「ありがとう」
 
しかし青葉は何かがおかしい気がしていた。
 
「この車って軽自動車だよね? 軽自動車の免許って中学生になったら取れるの?」
「まさか。車の免許取れるのは18歳から。バイクやスクーターは16歳で取れるけどね」
 
青葉は少し考えた。
 
「まさか無免許?」
「中学生が運転免許持ってる訳無い」
「えーーー!?」
 
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「でも運転楽しいよ。あんたも覚えない?」
「教えて!」
「いいよ」
 
それで天津子は車を停めると、運転席を交代する。
 
「この車はATだからゴーカートと同じだよ。ゴーカート乗ったことある?」
「一度仙台で乗った」
「右がアクセル、左がブレーキ。あとハンドル回す感覚を覚えておけば何とかなるよ」
 
「右足をアクセルに置いて、左足をブレーキに置けばいいんだっけ?」
「そういう運転の仕方もあるけど、お勧めできない。左足ブレーキ方式と言って、山道や海外沿いの道みたいな急カーブの連続する道を走り抜ける時に使う技法なんだよ。上級者のテクニックだから、まずは両方とも右足で、踏み替える方法を覚えた方がいい。それが基本だから」
「了解!」
 
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それで天津子が助手席に乗ったまま青葉が運転して道路を走る。
 
「何かこれ楽しい!!」
「でしょ?」
 
ふたりの「運転レッスン」は30分ほど続き、物覚えの良い青葉はすぐに運転の要領を覚えてしまった。
 
「じゃ、このあと佐竹さんちまで青葉が運転していきなよ」
「そうしようかな」
 

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