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■寒松(7)
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こうして青葉たちの学校は岩手県大会準優勝に終わったのであった。
「優勝していれば全国大会で東京に行けたんだけどな」
「惜しかったですね」
「また練習しましょう」
表彰式で準優勝の賞状と楯をもらい、優勝したチーム、三位になったチームと握手した。3位になったのは準決勝で青葉たちに負けたチームである。
17時すぎに会場を出た。
友人と盛岡駅前で待ち合わせることになっていると言うと、先生はいったんふたりを盛岡駅まで送ってくれて、その後、会場に戻り、残りの3人を乗せて大船渡に戻ると言ってくれた。
ところが盛岡駅まで行くと、既に天津子が来ていたので、先生は結局青葉たち3人を病院まで送ってくれて、その後、会場に戻っていった。
青葉は病院に着くと、宮坂君に先に病室に行ってもらい、ロビーで天津子と少し話す。
「あの人どうなった?」
「残念だけど彼女は生きている。まあ看護婦は辞めることになると思うけど」
と天津子。
「またいけないことをしたりしない?」
「お道具は破壊したから」
「ありがとう」
「何かしようとして、していたのではない。無意識の行動だから、もうしないでしょ」
と天津子は言う。
「でもそれがいちばんやっかいなんだよね」
と青葉は言った。天津子も頷いていた。
病室に入る。
患者を見て天津子は顔をしかめる。
「あのぉ、やはり病状があまり良くないのでしょうか?」
と母親が心配して訊く。
青葉が代わりに答える。
「大丈夫ですよ。この子、オカマが嫌いなだけだから」
「あなた、元々女の子になりたいとか、スカート穿くのが好きだとかじゃないですよね?」
と天津子は尋ねる。
「そういう趣味はないです。それでバストが今少し膨らんでいるのも凄く憂鬱です」
とお兄さん。
「じゃ治療してあげますよ」
と天津子。
「川上さん、番号を書き出してみよう。お互いの結果を照合する」
「うん」
それでふたりは各々《番号》を紙に書き出してみた。
見比べる。
「一致してるね」
「じゃ大丈夫だね」
ふたりは処置する順番を決める。
「よし、じゃ分担して」
と言って始める。
「お兄さん、しばらくじっとしていてください」
「はい」
こういう《治療》は初めてだ。今まで青葉は治療する方法としては病巣を切ったり焼いたり、また気の流れを通したりあるいは遮断したりして物理的な作用を加えてきた。しかし今回青葉と天津子がしているのは、相手に呪文を掛けて霊的に病巣を攻撃しているのである。
従来の方法が外科的な処置とすれば、これは内科的な処置だ。病巣があまりにも多すぎて、外科的手法ではこの人を助けることが不可能なので、こういう方法を取ることにしたのである。
病巣の数は青葉と天津子が数えてみた所、全身に42グループ・306箇所もあった。これをMRIで見た医者は半分匙を投げながら化学療法を勧めたのではないかと思う。しかし病巣の出来ている場所により使うべき薬は違う。お互いに競合する薬もあるはずだ。
「すみません、お茶飲んでいいですか」
と途中でお兄さんは訊いた。
「ああ。水分は取った方がいいです」
と天津子も言う。
お兄さんは結局2Lのお茶のペットボトルを半分くらい飲んだ。
更に治療は続く。途中で看護師さんが体温・脈拍・血圧・血糖値を測りに来た。
「あら、血糖値が低いですね。今日はインシュリン打たなくていいですね」
と看護師さんは言った。
膵臓の病巣を既に処置済みなので、インシュリンの出が良くなったのだろう。膵臓がやられているととてもやばいので、ここは最初に治療している。その後肝臓や腎臓の病変を優先して処置していた。
ふたりの処置は夕食をはさんで結局2時間以上掛かった。ふだんの投薬については天津子が「それは飲んで下さい」というので普通に飲んでもらう。しかしこういう長時間の治療は青葉にとっても、天津子にとってもめったに無いことである。エネルギーを補給する必要があるので、宮坂君に頼んでパンやおにぎりを買ってきてもらい、それを食べながらするが、それでも足りない。
天津子は「予備電源使おうよ」というので、青葉は先日天津子につないでもらったチャンネルを使って《予備電源》さんからパワーをもらう。どこのどなたか知りませんけど、ちょっと貸してくださいね、などと言いながらパワーを借りた。おそらく天津子の友人か親族なのだろう。そういえば自分も随分、祖母の電源になったよなと思う。また現在佐竹伶が祈祷をする時も青葉は自分のパワーを少し佐竹に貸している。
「終わりました」
と天津子が告げたのはもう20時40分くらいである。
「このあとどうすればいいでしょうか?」
「今日は処置しただけなので、病巣が実際に消えるには半月から1ヶ月かかると思います。その間、投薬は構いませんが、放射線治療・手術は拒否してください」
「分かりました!」
「たださあ、大腸のだけは手術が必要かも知れないよね?」
と天津子は青葉に訊く。
「うん。まだ早い段階だからおそらく腹腔鏡で済むと思う」
と青葉も言う。
「ちょっと病巣の範囲が広いんですよ」
と天津子。
「さきほど見せて頂いた飲んでおられるお薬もそれが対象のお薬みたい」
「はい、そんなことを先生はおっしゃってました」
天津子はもう北海道に戻る列車が無いので、その日盛岡市内に泊まり、翌日帰ることにする。青葉たちもお兄さんの《治療》の直後なので念のため一泊して翌日様子を見てから帰ることにする。
そういう訳で盛岡市内にホテルを確保する。青葉と天津子、宮坂君とお母さんで一緒の部屋に入った。
「ね、ね、ね、ね」
と天津子が妙に笑顔で青葉に語りかけるので、青葉は嫌ーな気がする。
「例の呪文、試させてよ」
「え〜〜?」
「だって、男性器を縮小させてもいいような人なんて普通居ないもん」
「あははは」
「他にオカマの知り合い居ないしさあ」
ちなみに天津子は千里がMTFであることに気付いていない。
「でもおちんちんは小さくされると困るんだ。実は性転換手術を受ける時に、それをヴァギナを作る材料に使うから」
「なるほどー。だったらおちんちんは逆に大きくしようか?」
「あははは。凄ーく嫌だけど、それは正解かも」
例の《予備電源》を使ったせいか、今日の青葉はまた表情豊かである。多分この《電源》さんって、凄く優しい人なんだろうなと青葉は思った。
そこで天津子は青葉の身体を実験台にして、睾丸を縮小させ、ペニスを伸長させる術を掛けた。青葉のペニスは元々とても小さく、そのままではヴァギナの材料になり得なかったのが、天津子のおかげでこの後数年掛けて、ちゃんと材料になる程度まで成長することになる。
「睾丸は、川上さんが元々掛けていた術で機能が停止し掛かっているし、私がこれを数ヶ月に1度くらいやっていれば更に縮小して、その内消滅するかもね」
と天津子。
「消滅させたーい!」
「だったら継続的に術を掛けてもいい?」
青葉はさすがにためらった。術を掛け続けさせるためには自分の依代を天津子に委ねる必要がある。しかも根本的に天津子は自分を嫌っている。青葉たちのレベルで依代を渡すのは自分の命を渡すようなものだ。でも青葉は彼女はそんな悪用はしないだろうと思った。彼女は正々堂々と自分に勝ちたいのだ。
「いいよ」
と青葉は答えた。
それで青葉は紙を切り抜いて人型を作り、それに自分の名前を書いて息を吹き掛け、自分の髪の毛1本とともに天津子に渡した。
「これ持ってれば私、川上さんを殺せるよね」
と天津子は、はしゃいだように言う。
「まだ死にたくないから、それは100年後くらいにして」
「100年後はさすがに私も生きてないな。まあ自分が死ぬ時にはその前にちゃんと処分するよ。私が突然死した場合は《チビ》に処分させるから」
《チビ》が処分するというのはちょっと怖いが、この虎ちゃんも最近は躾が行き届いているみたいだし、変な人の手に入るよりはマシかなと思う。
翌日、病院を一緒に訪れた。
「今朝も血糖値低かったんですよ。お医者さんが血液検査してくれたら腫瘍の因子が凄く減っているということで、こちらで出した薬が偶然にもほとんどの病巣に効いているのかもということで、その薬をしばらく継続することにしました」
「良かったですね」
「女性ホルモンの薬も当面継続ということなんですけど、どんなものでしょう?」
とお兄さんは訊く。
たぶんあまり飲みたくないんだろうな。まあ普通の男の人にとっては身体が女性化していくのは耐えがたい精神的苦痛だろうと青葉は思う。
「女性ホルモンはサボってもいいですよ。処分に困るだろうから、お見舞いのお母さんやお姉さんなどを通して川上に渡してもらえばいいです。適当に処分してくれますから」
と天津子は言う。
青葉はドキっとした。
女性ホルモン剤。
欲しいよぉ!
「では私に渡して頂けましたら処分します」
「すみません。お願いします!」
実際お兄さんが男に戻れるのは、今の時期が限界だろうと青葉も思った。これだけの女性ホルモン投与を受けていたら、もう睾丸は死にかかっているはずだ。いったん死んでしまうと機能回復は困難だろう。この人、女性ホルモンのレセプターが強いみたいだし。
天津子は《はまなす》で帰るということだったので、この日も夕方まで病室に居て、17時半頃、お兄さんの食事とお薬が来た所で、その中の女性ホルモンだけ受け取り病院を出る。盛岡市内の日本料理店で夕食を取った後、天津子を盛岡駅に送って行き、そのあと大船渡に車で帰還した。
「でもお兄さん、盛岡に入院しているとお見舞いが大変ですよね」
と青葉は大船渡への道中で言う。
「私が月水金の3日間、娘が土日に泊まりがけで行って、火木は滝沢村に住んでいる夫の姉に顔を出してもらうことにしています。女性ホルモン剤の件も義姉に頼んで了承してもらいました」
とお母さんが言う。
滝沢村は盛岡の隣にある村である。長らく村であったが2014年に町を通り越して市に(合併を伴わず)単独昇格した。
青葉が帰宅すると、例によって母と姉がお腹を空かせていた。青葉は
「ただいまあ。これお土産」
と言って、盛岡で買ってきた肉まん・おにぎり・ピザに、インスタントラーメンの袋麺5個入りを出す。
「おお、すばらしい」
と言って母はとりあえず肉まんに飛びつく。
「暖めた方が美味しいけど」
「構わん」
青葉と未雨はレンジでチンして食べた。ピザもついでにチンする。昨日また溜めていた電気料金を青葉が盛岡のコンビニで払っておいたので今日は電気が使える。電話は数日かかるという話だったな。
「友達のお兄さんのお見舞いに付き合ってくれたお礼と言って1000円もらっちゃったから、それで買ってきたんだよ」
「ありがたい、ありがたい」
「今日の昼間はNHKの人が来たんだよ」
と母が言う。
「うちテレビなんて無いと言ったんでしょ?」
「そうそう。信用しないからさ。家に上げて見せたら同情してさ、非常食に持っていたという、あんパンもらっちゃったよ」
と母。
「おかげて今日はお昼が食べられた」
と姉。
しかし曾祖母が亡くなってから3年、この家もよく持って来たよな。
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