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■寒松(1)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-01-10
「ここに着替え置いとくよ」
母の声に彼はドキッとして《おいた》をやめた。
「うん、ありがとう」
お風呂の中でするのは気持ちいいけど、後で痛くなるんだよなあ、などと考える。再度湯船につかって、しばらくボーっとしている。唐突に詰め将棋の題が頭に浮かぶので、その問題を解いている内に身体が温まってきた。
でも将棋の駒は全部金将になるけど、チェスの駒はみな女王になるんだよな、というのをふと考えた。それって性転換??
そういえば姉貴が持ってたのをこないだチラッと見てしまった18禁小説が変な話だった。やおや小説とか言うんだっけ??あれ?やよい小説だっけ???チン説シンデレラ(*1)とかいうタイトルで、女装してお城のパーティーに行ってたら王子に見初められてしまう。結婚させられそうになって
「僕は男の子です」
と言ったら
「我が国にはいい医者がいる」
という王子のセリフで終わっていた。
つまり性転換手術を受けさせられて王子妃になってしまうという話だ。そんなのありか?などと思いつつも、性転換なんて《オトナの世界》をちょっと垣間見た気がしてドキドキした。まあ、俺は性転換とかしないだろうけどね。
でも性転換手術って、どういう手術するんだっけ??
(*1)「ハルナ♂ (^^;」さん作の実在作品です(nifty 1994.4.15)。
結構温まったのであがることにする。湯船からあがり、ふたをして、浴室を出、身体をバスタオルで拭く。それで母が置いてくれていた下着を手に取る。
しかし彼は戸惑った。
何これ?
パンツのウェストのところが2cmくらいの幅のレースになっている。足を出す所にも小さなレース(ピコレース)が取り付けられている。変なデザインだなあと思う。股刳り(またぐり)のところは二重布(クロッチ)になっている。なによりチンコを出す穴が無い??
彼はそれを見ている内になぜかあそこが大きくなってきた。あれ〜?何で大きくなるかなとは思うが心臓がドキドキしているのも感じる。彼は何か違和感を感じながらも穿いてみた。
すると何だか凄く快い感触だ。いつも穿いているトランクスよりずっと優しく肌にフィットする。あ、こういうのもいいかなあ。でもパンツがピタリと肌に吸着している関係で、あの形とあの形がそのまま外側に見えている。
まあいいかと思いながらシャツを手に取る。
あれ〜? なんかこれも変なの?
袖のところが半袖でもないランニングでもない中途半端な長さ(フレンチ袖)だ。胸の所にはリボンが付いている。裾の所、それから袖の先もピコレースが付いている。なんでレースなんか付いてるんだろうと思いながら、彼はそれを身につけた。あれ?これもいつも着ているシャツより肌に優しくフィットするなと思う。
それからパジャマを手に取る。ズボンを穿いたが、このズボンにもチンコを出す前開きが無い。困ったな。これおしっこする時どうすればいいんだ?と思うが、気を取り直してパジャマの上着を着る。前のボタンを留めようとして戸惑う。
なんでこれ左右逆にボタンが付いてるの?
ふだんと左右の手の使い方が逆になるので彼はそれを留めるのに随分苦労した。
変なボタンの付き方のパジャマもあるんだなあ。
彼はそう思いながらも脱衣場のドアを開け、台所を通り抜けて居間に入る。
「お風呂あがったよ」
とコタツでリンゴを食べている姉に告げた。
これは「寒菊」(菊枝との再会)と「寒蘭」(嵐太郎との出会い)の間に入る物語である。
青葉は小学4年の秋に足に1本の黒い毛が生えているのに気付きショックを覚えた。自分が男の身体に生まれてしまったことは受け入れているが、何となく自分は女として生きていけないかなと思っていた。1本の毛は自分の身体が思春期を迎えて男性化を始めたことを意味する衝撃的な出来事だった。
しかし以前何度か会ったことのある女子大生霊能者・菊枝は青葉の気持ちを察し、青葉の体内の「気の循環」を女性型に強引に変更すると共に、青葉に睾丸の機能を自分で停止させてしまうことを勧めた。青葉は難しい専門書を読解し、その秘術を実施。青葉の睾丸は機能を停止しつつあった。
青葉は5年生になる。
青葉たちの小学校では5−6年生ではクラブ活動が行われており、原則としてどこかのクラブに入らなければならない。
「早紀はどこに入るの?」
と咲良が訊く。
「私、美術部に入る」
「ああ、早紀は絵がうまいもんね」
「私、絵はダメだなあ」
と青葉が言うと
「青葉は図工の時間、絵はほとんど描いてないね」
と咲良に言われる。
「うん、何度も白紙で提出して先生に叱られた」
実はクレヨンとか絵具を貧乏で買ってもらえないので、描きようにも描けないという問題もある。ただ青葉自身、あまり絵を描くのは好きではない。写生などしていると、無意識におかしなもの、普通の人には見えないものまでつい描き込んでしまうというのもある。
「咲良はどうするの?」
「私、ブラスバンド部に入ろうと思ってる」
「へー。咲良、何か楽器できたっけ?」
「練習しようと思って。お母ちゃんにフルート買ってって言ってるの」
「すごーい」
「フルートって幾らくらいするの?」
「総銀のが欲しいんだけどねー。高すぎるから洋銀でもいいよと言ってるんだけど、最終的に白銅になるかも」
「それ、幾らするのよ?」
「総銀だと50万から100万円くらい」
「きゃー!」
「洋銀だと15万から20万円くらいで、白銅なら7-8万円かな」
「それ白銅製になる気がする」
「それにうちのブラスバンド部は女子限定だからさ」
と咲良。
「ああ、咲良って男嫌いだもんね」
と早紀。
咲良はむしろ男性恐怖症である。これは小学2年の時に男の人に怖い目にあわされたことがトラウマになっているのである。彼女は女の人のお嫁さんになりたいなどと良く言っているが、きっと意味が分かってないよなと青葉は思う。
そういう訳で、結局青葉は将棋部に入ることにした。
これを選んだのは消去法による。
まず体育系のクラブに入ると、青葉がどんなに自分は女と主張しても男子の方に入れられてしまう。大会などに出る時に、生物学的に男である青葉が女子選手として出場することは認められないのである。
文化系で、ブラスバンドや美術・書道・家庭などは道具や材料にお金が掛かる。演劇も衣装代が掛かる。合唱も制服と靴・帽子を買わないといけないみたいだし、パソコンはそもそも家にパソコンが無いし(実は所有して佐竹さんの家に置いているのだが)、と考えていくと将棋がいちばんお金が掛からないという結論に達した。将棋の盤や駒は学校の備品を使えばいいし、服は普段着でいい。大会もせいぜい気仙地区大会くらいだろう。まさか県大会まで進出することはあるまいと青葉は踏んでいた。
しかし将棋部の部室に行くと「しまったー」と思う。
女子が全然居ないのである!
どうしよう?と思っていた時、ひとりの子が寄ってくる。
「わあい、青葉も将棋部?」
それは幼稚園の頃からの知り合いのひとり登夜香であった。彼女と青葉はお互いに少し壁のようなものがあって、あまり友達という感じではないのだが、男の子ばかりの中で女の子同士は、ちょっとだけ心強い。
「登夜香ちゃん! 良かった。私も男の子ばかり居るからどうしようと思った」
「私もー」
と言ってから登夜香は少しだけ悩む。
「あれ〜? 青葉ちゃん男の子だっけ?」
「自分では女の子のつもりだけど」
「そっかー。じゃ女の子ということにしとこ。うちの祖母ちゃんも青葉は女の子だと言っていたし」
登夜香の祖母の眞純子は拝み屋さんをしている。青葉の曾祖母が生きていた頃は商売敵だったのだが、今は大船渡近辺の霊的な相談をほとんど一手に引き受けている感もある。一応青葉の曾祖母の後継者である佐竹伶もいるのだが伶の祈祷は「効かない」というので有名である!
今回新しく入った5年生の部員は、男の子たちはみな将棋のルールは一通り知っているし、矢倉の組み方などまで知っている子もいるが、登夜香も青葉も実は将棋のルールがほとんど分かってない。かろうじて駒の動かし方が分かっている程度である。
最初対戦してて「打ち歩詰め(*2)は禁止!」とか、「飛車・角はどこまででも動けるけど他の駒は飛び越せない」とか「こら。四段では成れない!成れるのは一段から三段までに移動した時と、一段から三段までに打った駒をそこから移動させる時だけ」などと初歩的な問題で注意される。
(*2)歩を新たに盤に打って相手の玉を詰みにすること。既に盤上にある歩を動かして詰みにするのは構わない。
それで他の男の子たちと全く勝負にならないどころか試合にならないので「女は女だけで指してろ」と言われて、結局登夜香と青葉で指し始めるが、やはりルールがよく分かっていないので、状況を見に来てくれた部長の6年生宮坂君が
「お前ら、それ二歩(*3)どころか三歩になってるじゃん」
などと指摘する有様であった。
(*3)ひとつの筋に(成ってない)歩は2つ置けない。歩を《と》に成らせたものであれば複数置いてもいいし《と》が存在する筋に新たに歩を打っても良い。
ところで5年生になってクラブとは別にやることになったのが鼓笛である。青葉の小学校では毎年5年生が鼓笛隊を編成し、運動会や市のイベントなどで演奏し、卒業式でも6年生を送る音楽を演奏する。6年生に進級した後入学式で新一年生を迎える音楽を演奏した所で御役御免となり、次の学年に引き継ぐのである。
これのパート分けで、青葉はリコーダーでいいと思っていたのだが、パート分けをしていた時、メロディオンのパートが1人足りないという話になる。その時、唐突に咲良が
「川上さんがやりたいと言ってます」
と勝手に言う。
青葉は慌てたのだが、学級委員の元香は
「あ、それでは川上さん、お願いします」
と言ってしまった。
「メロディオンは女子で揃えたいんだげど」
と担任は言ったが元香は
「川上さんは女子です」
と言う。
すると担任も「まあいいか」と言う。
「でも川上さん、スカートのユニフォーム着れる?」
と担任。
「先生、川上さん今日もスカートです」
「あ、そういえばよくスカート穿いてるね」
ということで本人を無視して話は決まってしまう。
「咲良〜、私、メロディオン持ってない」
と青葉は咲良に文句を言う。
「小学1−2年の時に使ってたのは?」
「お母ちゃんがリサイクルショップに売っちゃった」
「なるほどー」
ほんとうはリサイクルショップではなく、青葉の写真付きでブルセラショップに売り飛ばしたものである。買った時の値段より高く売れたなどと母は言っていた。
「じゃ私が使ってたのをあげるよ」
と咲良。
「助かる。ありがとう」
と青葉。
しかしここで青葉がこの1年鍵盤楽器を扱ったことが、翌年からピアノの練習を始めた時、その基礎となったのである。
ちなみに担任の先生はリコーダーを男子で揃える方針だったので、青葉はリコーダーに行かなくて良かったのである。結果的には咲良のファインプレイだ。
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