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■寒松(5)
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(C)Eriko Kawaguchi 2015-01-11
翌々日の《海の日》。祝日ではあるが月曜日なので母はパートに出て行った。それで青葉は未雨とふたりで祖父母の家に行っていたのだが、そこに北海道に住む天津子が訪ねてきた。
「川上さーん。こないだの本返すね」
「ありがとう、海藤さん。でもよくここが分かったね」
天津子は何の事前連絡も無いまま、祖父母の家を訪ねてきたのである。
「そりゃ、人の居場所は波動で分かる。川上さんも私が来るのは分かったでしょ?」
「うん。それでホットケーキ焼いてたんだけどね」
ということで、作りたてのホットケーキを出して、祖母がお茶を入れてくれて天津子が持って来てくれた《き花》も出して頂く。
「これ、うちのお母さんの友達の娘さんが一度持って来てくれたね」
と市子が言う。
市子の母(青葉の曾祖母)賀壽子の友人・北畠千壽子は北海道の江別市に住んでいて、賀壽子が亡くなった時に、千壽子の名代で娘さんの中村竜子さんがお葬式および一周忌の法事に出席してくれたのである。中村さんは旭川在住なので《き花》を持って来てくれていた。4月に天津子が持って来てくれた《壺もなか》と同じ店の商品である。
ちなみに青葉とも顔見知りの東京在住の霊能者・中村晃湖さんはこの竜子さんの娘である。中村さんは旭川N高校の出身で在学中はバスケット部に所属していたので、東京で霊能者として一定の評価を獲得してけっこうな収入を得られるようになった頃から母校バスケ部に毎年数十万円の寄付をしている。
「じゃ本を返すためだけにわざわざ北海道から?」
と市子は驚いている。
「郵送とかじゃダメだったのかしら?」
と市子は言うが
「危険な本だから」
と天津子。
「うん。私でもこれ郵送する気にはならない」
と青葉も言う。
「危険って爆発するとか?」
「まあ、これを荷物に積んでるトラックが事故起こすかもね」
「私や海藤さんが持っていれば、その作用を抑えられるんだよ」
「抑えられるというより、私たちのレベルの人がそばに居たら悪さができない」
「そういうことか」
市子は霊感は無いのだが、母や霊感体質だった妹(双乃子)の言っていることを聞いて育っているので霊的な問題に理解は持っている。
今日は天津子は盛岡からJRで来たということであった。先日車を運転した件がお母さんにバレて叱られたらしい。それで本を返しに行くのに佐竹慶子さんに連絡して迎えに来てもらい、一緒にそちらに向かった。
しかし本を返していて
「あ、今度はこの本読みたい」
などと言って天津子はまたいくつかの本を借りた。
「そんな感じで、高知の山園菊枝さんとか、神戸の竹田宗聖さんとかもよく来るよ」
「この本はこないだ来た時はなかったと思う」
「たぶん誰かが借りていたんだろうね」
「ここの蔵書はひいおばあちゃんが集めたものそのまま?」
「私が収集したものもあるよ。読んでいた本の中に参考文献としてあげられていたものを取り寄せたり、あるいは奈良の瞬醒さんが「こんな本出てたから、こちらにもあげるね」とか言って送ってくれたり、あるいは竹田さんや中村さんが、自分ちに置くと難しいから置かせてと言って置いて行ったり」
「ああ。ふつうの住宅には置けない本もあるよね」
慶子さんに大船渡の駅まで送ってもらい、天津子は土産物を選んでいた。
「田舎だから大したもん無いけど」
「うん。問題無い。かもめの玉子でも買ってくかなあ」
「東北のお土産としては定番だよね」
そんなことを言っていた時、大船渡線の列車が到着する。この列車は隣の盛駅まで行き1時間後に上りになる。つまり天津子が乗る列車まであと1時間ちょっとある。
なにげなく出札口を見ていたら、将棋部部長の宮坂君とお母さんが出てくる。青葉は宮坂君の顔を見て、なにげなく会釈する。すると宮坂君はこちらにやってきた。
「こんにちはー」
「こんにちはー」
と挨拶を交わす。天津子も会釈をする。
「あら。しっかりした感じのお嬢さんたちね。昭次の先輩?」
とお母さんが訊く。
青葉はだいたいおとなびて見える。天津子もしばしば高校生くらいと間違われるらしい。それで先輩と思われたのだろう。
「将棋部の後輩なんだよ」
と宮坂君。
「こちらは私のお友達です」
と青葉。
「へー。将棋部に女の子もいるんだ?」
とお母さんが言う。
「今年2人だけ入って来たんだ。その内の1人」
「女の子で将棋やる子は少ないね。だったら強いんでしょ?」
とお母さんが言うと
「無茶苦茶強い。僕も勝てない」
と宮坂君。
「それは凄い!」
「どちらかにお出かけでしたか?」
と青葉が訊くと
「うん。兄ちゃんの見舞いに行ってきたところ」
と宮坂君は言う。
「お兄さん大変みたいですね」
と青葉。
「病状がなかなか改善しないから実は今、盛岡の病院に行って検査を受けているんだよ」
「何か分かるといいですね」
青葉がそう言った時、天津子が言った。
「それ病院では治らないよ」
「え?」
「川上さんも分かったんじゃない?」
と天津子が言う。
「うん。まあ・・・」
と青葉は歯切れが悪い。基本的に火中の栗は拾いたくない。
「どういうことでしょう?」
とお母さんが訊く。
「だって呪いが掛かってるもん。それをまずは取り除かないとダメ」
と天津子。
「地元の拝み屋さんに一度祈祷してもらったんですが」
「素人の呪いなら普通の拝み屋さんにも対処出来るだろうけどね。これはプロが呪詛してるから、そいつより強い術者がやらないとダメですね」
「強い術者ですか」
「私とか川上さんみたいな」
と言って天津子は微笑んだ。
宮坂君のお母さんが、天津子にぜひ来て欲しいというので、天津子は盛岡に戻るのをやめて一緒に宮坂君の家に行った。
「いらっしゃい」
とお姉さんの美麗さんが歓迎してくれる。
「青葉ちゃんだったよね」
と美麗さんは青葉を見て微笑む。
「あんたこの子、知ってるの?」
とお母さんが驚く。
「この子は凄い子だよ。私言ったじゃん、木村のお婆ちゃんより凄い小学生がいるからって」
と美麗さん。
「ほんとにそんなに凄いの?」
とお母さんは言うが
「もうお仕事してくださいましたよね?」
と美麗さんは言う。
「うん。川上たちがこの家に入ったとたん、家の雰囲気が変わった」
と宮坂君も言う。
「取り敢えずこの家に付いていた呪いマークは全部消しましたよ」
と天津子が言う。
「7割は川上さんがしちゃいましたけどね」
「ちょっと責任感じたから処理した。ついでにこの家全体に結界を張った」
と青葉。
「おかげで、私、予備電源使わずに済んだ」
などと天津子は言っている。
青葉が少しやる気を出したおかげで、この日、大会の決勝戦に出ていた《予備電源》さんは、勝手にパワーを取られることなく済んだ。
お母さんがふたりに紅茶を煎れる。盛岡で買ってきたクッキーなども出す。
「この呪いを掛けた人物はもう死んでますよ。だからやっかいなんですけどね」
と天津子は言う。
「男だけがやられる呪いですね」
と青葉も言う。
「前にこちらで祈祷なさった拝み屋さんが『手応えが遠い』みたいなことをおっしゃったと聞いたのですが、たぶん呪者が死んでいて、直接相手に働きかけられないから遠く感じたんだと思います」
と青葉は付け加える。
「その男だけに掛かるというのはその拝み屋さんからも指摘されました。実は夫も昨年前立腺癌が見付かりまして。ホルモン療法を半年やった上で3月に手術したのですが、ホルモン療法は継続しているので、おちんちんが立たなくなるなどの副作用が出てるんですよ」
とお母さんは説明する。
「この子の兄もホルモン療法を受けているので、やはり立たなくなっているし最近、少し胸が膨らみ始めているんですよね」
「それは女性ホルモンを投与していればそうなりますね。特に若い人の場合はホルモンの効きがいいんですよ。去勢は?」
「夫は場合によっては去勢しようかなと悩んでいます。子供の方は将来結婚できなくなるしというのでできるだけ温存できる道を探ろうと先生とも話し合っていますが、どうにも病状が改善されないので」
「転移しているんですか?」
「夫の方は明確に局所的な前立腺癌で転移はしていなかったそうです。でも息子の方は、あちこちに局所的な腫瘍ができていて。範囲が広いので今の所化学療法を第一に進めています」
「次男さんの方には何か来てます?」
と天津子は訊く。
「実は・・・」
と言ってお母さんは宮坂君と顔を見合わせた。
「僕の方には取り敢えず何も来てないようです。恐らく兄が全部引け受けてくれてるんじゃないかと木村さんはおっしゃってました。でも予防した方がいいということで」
と言って宮坂君は言葉を切り、ちょっと恥ずかしそうな顔をした。
「男がやられる呪いだから、女の子の真似をしなさいと言われてですね」
「はい」
「この半年ほど、ずっと僕、女の子の下着をつけてるんです」
「ああ、なるほど」
と天津子は言った。
「それ効果あるよね?」
と青葉の方を見て言う。
「宮坂さんが何かで霊的なガードをしているのには気付いていた。でも女の子下着をつけているというのまでは分からなかった」
と青葉は言う。
「最初は変な気分になっちゃったりして、困ってましたが随分慣れました」
と宮坂君。
「昭次は女の子下着をつけるようになってから性格も優しくなったよ」
と美麗さんが言う。
「まあ気持ちを結構変えるよね、服装って」
と天津子。
「そうかもね」
と青葉も言う。
「昭次、このままいっそ女の子になっちゃう?」
とお姉さん。
「それ勘弁してよー」
と本人。
少し落ち着いた所で青葉と天津子は、お母さんと一緒にお父さんが入院している病院に出かけた。美麗さんと宮坂君も付いてくると言ったのだが
「守らないといけない人が増えることになるので」
と天津子が言って遠慮してもらった。
病院の前で天津子と青葉は立ち止まる。
「何これ?」
と天津子は不愉快そうな顔をして言った。
「これは酷いね」
と青葉も言う。
「何か?」
「お父さんって4階に入院していたりしません?」
「そうですけど。息子もです」
「4階に入院していたら、治るものも治らないです」
と天津子。
「私も呪い以外にも何かありそうな気がしたんですけど、ここに来て分かりました」
と青葉。
「数年前に1度ここ来たことありますけど、その時はあそこのビルが無かったんですよね」
「ああ、あれで気の流れが変わっているよね」
と天津子は言う。
「転院を考えた方がいいです」
と天津子はお母さんに言った。
「えーー!?」
「この病院の立地が悪すぎるんですよ」
「特に4階は酷い状態です」
「呪われたのに加えて、最悪の病院に入院したんですね」
「お医者さんは何だか信頼できそうな感じなのに」
「医者が良くても病院がどうにもならない感じ」
「あ、でもこの病院、近い内に移転建て替えの計画があるんですよ」
「いい場所に移転するといいですね」
「取り敢えず、お父さんは大きな病院に見せたいとか言って盛岡の病院とかに転院させたらどうでしょう?」
と天津子は言う。
「ちょっとそれ至急検討します」
「お兄さんも盛岡の方に行ったままの方がいいね」
「うん。私もそう思う」
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