広告:放浪息子(12)-ビームコミックス-志村貴子
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■寒松(6)

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病院に入ったとたん、天津子は《チビ》を解き放った。青葉も頷く。ここはこういう子の出番だ。
 
4階の病室に行く。お父さんは体調がいいのか新聞を読んでいた。
 
天津子と青葉は顔を見合わせた。
「72でいいと思う?」
「うん。私も72だと思った」
 
「な。なんでしょう?」
とお父さんは戸惑うように言ったが
 
「宮坂さん、横になって少しそのまま動かずにいてもらえます?」
と天津子が言う。
「はい」
と言って宮坂は新聞を置いて横になる。
 
青葉は精度をあげるため《鏡》を起動した。天津子が「へー」という顔をする。ふたりでうなずき合って、一気に術を掛ける。
 
「うっ」
と宮坂が声を出した。
 
「終わったかな?」
「うん。できたと思う」
とふたりは言う。
 
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「あのぉ、どうでしたか?」
とお母さんが心配そうに言う。
 
「取り敢えず病気を治さないといけないので、肝臓に転移していた癌を退治しました」
と天津子は言う。
 
「転移していたんですか!?」
「まだ小さいから医者は気付かなかったかも」
と天津子。
「小さいから簡単に処理できました」
と青葉。
 
「次はこちらだよね?」
と青葉が天津子に訊く。
「これ手強いね」
「盛岡と同時にやらないといけない」
 
「明日、片方が盛岡で、片方がここで、同時にやる?」
「それがいいかも」
 
それでふたりは宮坂夫婦に説明する。掛かっている呪いを処理するのに、お父さんとお兄さんのを同時にやらないと、片方だけ残すと残った側に一気に呪いが流れ込む危険があると。それで明日青葉が将棋大会で盛岡に行くので、その時に青葉は宮坂君と一緒にお兄さんの病院に行き、天津子は明日大船渡に残ってこの病院に来て、両方で連絡を取り合って、同時に処理したいと。
 
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「分かりました。お願いします」
 
その時ちょうど《チビ》が満足そうな顔をして天津子の許に戻って来たのを青葉は見た。
 

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その日は宮坂君のお母さんが大船渡市内に旅館を取ってくれたので天津子はそこに泊まった。
 
翌日。早朝に宮坂君のお母さんの車で青葉と宮坂君は盛岡に出た。将棋部の方は顧問の先生に連絡して、ふたりは別行動ということにしてもらった。それで残りは3人なので、先生の車に乗って盛岡に出ることになった。
 
大船渡から盛岡に出る場合JRではけっこう時間が掛かる。朝7時半に出ても盛岡に着くのは12時である(一ノ関から新幹線を使うと10:40着)。バスも似たようなものだが、自家用車で走れば2時間程度で到達することができるので13時から始まる大会に出るには10時半頃に大船渡を出ればよい。
 
今回は先生も含めて6人なので、保護者に送迎をお願いして事故があった場合の責任問題を考えて時間は不便だが朝7時半のJRで行こうかなどと言っていたのだが、青葉と宮坂君が別行動になったので、先生が送迎をしてくれることになった。
 
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青葉は宮坂君とお母さんと一緒にお兄さんが入院している病院に入る。青葉はお兄さんを見て「ああ、男女の気が入り乱れているな」と思った。昨日見たお父さんの場合はやはり年齢が行っているせいか、女性ホルモンの投与を受けていても、ほぼ男性の気であったが、お兄さんはマジで女性化しつつある。これ、このままあと数ヶ月もしたら、多分もう男には戻れなくなる、と青葉は思った。
 
まず病室の四隅に塩を盛る。それから、お父さんの病院に天津子と一緒に行っている美麗さんと連絡を取る。向こうも準備はできているようだ。お母さんの携帯と美麗さんの携帯を借りて、天津子と青葉で直接話をする。
 
「そちらはOK?」
「OK。守りは大丈夫?」
「問題無い」
「じゃ行こうか」
「せーの」
 
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ということで、青葉は一瞬にしてお兄さんに付いている呪いのターゲットマークを消滅させた。
 
「終わった?」
と天津子に訊く。
「もちろん。一瞬にして。でもそちらが0.1秒くらい早かったみたい。バックラッシュが来たよ。何とか防いだけど」
と天津子。
「ごめーん」
と青葉は謝る。
 
「それで今、ナースステーションの方で凄い悲鳴が聞こえた」
と天津子は言う。
 
「それって・・・・」
「まあ呪い返しを食らったんだろうね」
「海藤さん、最初から気付いてたね?」
「川上さん、気付かなかったとしたら、うかつすぎる」
 
青葉は天津子のドライな対処に軽い反感を覚えた。しかし反感を覚えてしまうことが自分の甘さだということも同時に認識した。
 
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呪者自体はおそらく2年くらい前に亡くなっている。しかしその呪者の意志を受け継ぐ人物があの病院内に居て、呪いの媒介者になっていることは、青葉にも、少し考えたら容易に想像できたことであった。あの病院で見た呪いの掛かり方は死者がやったにしてはピントが合いすぎていたのである。それをちゃんと考えきれなかったのは、やはり自分の経験不足と甘さなのだろうと青葉は思う。恐らく天津子は自分の数倍、修羅場をくぐっている。
 
「Elle est morte ?(死んだの?)」
青葉は宮坂君たちに悟られないようフランス語で天津子に尋ねる。
 
「Elle ne mourra pas si elle a de la chance.(運が良ければ死なないでしょう)」
 
青葉はちょっとだけホッとした。ホッとした所で、青葉は気を取り直して天津子に頼み事をする。
 
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「それでさ、お兄さんの治療なんだけど、私ひとりでは無理。海藤さん、手伝ってくれない?」
「いいよ。病院教えて」
 
それで天津子はお昼のバスで盛岡に出てきて、青葉のほうは宮坂君と一緒にいったん引き上げ将棋大会に出て、それが終わった後、また病院に来ることにした。
 

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将棋大会には県内9つの地域(*4)から16チームの代表が集まっていた。
 
(*4)岩手県には2006年まで、盛岡・中部(花巻市・北上市)・胆江(奥州市)・両磐(一関市)・気仙・釜石・宮古・久慈・二戸という9つの「広域生活圏」が設定され12の振興局が設置されていたが、その後4つに統合再編された。
 
今回、宮坂君・木嶋君の強い要望で、順列を変更することにした。大将宮坂・副将登夜香・三将青葉・四将木嶋・五将大村である。
 
1回戦で当たった所は何か強そうなオーラを持った男の子5人である。
 
「何だ何だ?そちらは上位に女を置いて捨て駒にして四将五将戦を確実に取る戦法かい?」
などと向こうの大将が言ったが、登夜香も青葉も「捨て駒」の意味が分かっていないので、ふたりとも首をかしげていた。ただ、何だか馬鹿にされたようだというのは分かったので、少しだけ燃えた。
 
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対戦開始から7分で登夜香の相手が「負けました」と言い、1分後には青葉の相手も投了した。両局ともほとんど一方的な勝負になっていた。隣の盤を見て大将さん・四将さんが驚いている。
 
やがて向こうの四将も投了する。これでこちらの勝ち確定である。更に大将戦も勝ち、接戦だった五将戦も大村君が勝って、青葉たちのチームは五勝で勝ち上がった。
 

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2回戦の相手は花巻市の小学校であった。何と大将以外4人女子である。それも何だか美人ばかり!?更にその4人がパーティーにでも出るかという感じの凄く可愛いお出かけ用の服を着ている。リップまで塗ってる。登夜香も青葉もポロシャツにジーンズというラフな格好で来ているので、ちょっとだけ恥ずかしい気がした。
 
しかし相手の棋力は大したことは無かった。大将戦以外は4局とも4−5分で決着が付いてしまう。青葉の相手は実際問題として駒の動かし方がかろうじて分かる程度の腕前だった。しかし大将戦だけはかなりもつれ、とうとう宮坂君は「負けました」と言って投了した。
 
しかし副将以下の4人が勝っているので、こちらが準決勝に進出した。
 
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「今の部ってさ、もしかして部員が事実上、大将の子だけだっりして」
と登夜香が言う。
「あとは数合わせ?」
と青葉は訊いたが
「いや。俺の相手はけっこう強かった」
と木嶋君。
「俺の相手もそこそこ指すと思った」
と大村君。
 
「つーことは、きっと副将戦・三将戦を捨てて、大将戦・四将戦・五将戦で勝ちあがる戦法だよ」
「なるほどー!」
 

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準決勝の相手は、何だか頭の良さそうな子が5人である。青葉の相手になる三将が女子で他の4人が男子だ。盛岡の私立小学校のようである。
 
青葉は対戦していて、向こうが「先を読みながら」指していることに気付いた。きっと、こういう指し方が本来の将棋の指し方なんだろうねー、と思う。ところが向こうはあんまり長時間考えながら指していたので、持ち時間を使い切ってしまった!
 
この大会では2回戦までは「指し切り」(持ち時間が無くなったら即負け)だが準決勝以上では持ち時間が無くなったら1手30秒以内に指せば良い「秒読み方式」になっている。
 
青葉は普段の部活でも全然考えずに指しているので今日もほとんど早指しの状態で指しており、ほとんど持ち時間を使っていない。しかし向こうは持ち時間が無くなったので「30秒将棋」になる。
 
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ところが盤面はひじょうに複雑な展開になっていた。
 
それで5分ほど経った所で、とうとう30秒以内に相手が指しきれず、結局向こうの負けになってしまった。青葉としてはなかなか面白い展開だったので最後まで指したかったが、時間切れはどうにもならない。
 
登夜香は同様に複雑な戦いを制して勝っていた。四将戦は木嶋君が相手の伏線を読み切れずに負けた。五将戦は一方的な展開で大村君が負けていた。勝負は大将戦に掛かる。
 
こちらも複雑な展開だ。ここのチームはこういう難しい局面に持ち込むのが、きっと好きなんだろうなと青葉は思った。
 
大将戦はどちらも慎重に考えながら指している。そしてとうとう向こうの持ち時間が無くなり、向こうは30秒将棋になる。宮坂君はまだ3分ほど残している。そして30秒将棋になった途端、向こうの指し方の精度が悪くなった。その状態で少し指した所で相手が投了した。
 
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投了した局面は、青葉でもその後の詰め方が分かる完敗状態だった。
 
「今の相手は持ち時間がもっと長かったらこちらが負けてたかもな」
と宮坂君は言っていた。
「でも早指しの練習をしてないんでしょうね」
「うん。きっとよくよく考えて指せって指導を受けているんだよ」
 

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決勝になる。相手は釜石市の小学校だ。沿岸地域同士の対戦となった。
 
青葉はいつものように、できるだけ「駒の勢い」が良くなるように指していく。ところが、指していく内に、勢いはどんどん悪化していくのだ。なぜだ〜!?と青葉は思ったのだが、要するに後々効いてくる相手の仕掛けを青葉が読み切れていないので、劣勢になっていくのである。
 
10分近く戦った所で、盤面は複雑な戦いにはなっていたが「駒の勢い」ではもう大差が付いていた。これはもう挽回不能と青葉は判断した。
 
「負けました」
と言って投了する。
 
お互いに「ありがとうございました」と言ってから、向こうが少し感想戦をしてくれた。
 
「ここの1手がこう効いて来たんですよね」
と青葉。
「うん。でもこの手は3年前の将軍戦で**九段が**八段相手に使っているんだよ」
と相手の子。
「すごーい。よく研究しているんですね」
「君、凄く強いみたいだし、プロのタイトル戦の棋譜くらいは見た方がいいよ」
「頑張ってみます」
 
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「そもそもこの場面で投了するってので、君が物凄く強いことが分かる」
と相手の子は言う。
 
「だってこの後、私がこちらから攻めていっても、そちらがこう受けたらもう私は駒切れして、その先はもう敗戦の一途ですよね」
と青葉。
 
「うん。その応手があることに気付く所が凄い」
と相手の子。
 
実際、観戦していたギャラリーの中で、ここで投了したのに納得している人は半分も居なかったようである。
 

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どうも相手チームは三将まではめちゃくちゃ強い子であったようだ。四将戦と五将戦はこちらが勝ったものの、登夜香も15分ほど戦った所で投了。登夜香の投了も、なぜ投了したのか分からない人が結構いたようである。
 
そして大将戦であるが、宮坂君は劣勢だった。それでも宮坂君はギリギリで逃げて入玉を敢行する。相手が詰めろの状態で駒をかなり消費しており持ち駒の数はこちらが多い。宮坂君は「入玉将棋」を宣言すれば勝てる状態に近づいていた。
 
そこで向こうはそれを宣言させないため必死でまた王手を掛けてくる。宮坂君が必死の応手をする。相手の持ち駒が尽き掛ける。あと少し頑張れば逃げ切れる、
 
と思った時、宮坂君は痛恨のミスをしてしまった。
 
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「あっ」
と言ったがもう遅い。
 
即詰みで宮坂君は敗れた。
 

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