■夏の日の想い出・ある所に(8)

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しおと五郎はお金持ちになっても決して贅沢はせず、麦の飯を食べて頑張って働きました。
 
(何か昔「貧乏人は麦を食え」と言った大臣が居たような)
 
しおは前の夫との結婚の時に父からもらった夫婦茶碗(めおとぢゃわん)は使わず、安い陶器の夫婦茶碗を買ってきて使いました。もっとも後にこの村の名主さんから国産磁器の夫婦茶碗を贈られるとそれを使うようになりました。
 
また村の中のお年寄りとか小さな子供を抱えた女などを助けてあげて、みんなから尊敬されました。飢饉の時も彼らの蓄えのおかげで村は助かりました。
 
しおは高床式の蔵を建ててもらい、米や麦を収穫すると蔵に積んでおき、古い物から順に使いました。一定数を超えたら、新しい物から売却してお金に替えておきました。米や麦があるとネズミがそれを狙いましたが猫を飼って、ネズミを防ぎました。
 
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それで不作の年でも、他の人たちの分まで年貢を出すことができました。またしばしば神様達が「今年はふだんより少し多く作りなさい」と言う年があり、そういう時はたいてい翌年が不作でした。
 
年貢の一部は蓄えたお金で払いました。
 
それで五郎やしおたちの時代には、村には死者が多数出るような飢饉は無かったのです。
 

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しおはある年夢を見ました。以前道で出合って五郎の家への行き方を教えてくれた神様が出て来て、しおに芋を渡して言いました。
「これをどこか痩せた土地に植えて育てなさい」
 
しおが目を覚ますと手に芋を持っていました。朝食の時、しおは五郎に訊きました。
「村からこの家に登ってくる時、川のそばにある荒れ地は誰の物?」
「別に誰のもんでもないよ」
「あそこに畑作ったらいけないかな」
「作っても誰も文句は言わないと思うけど、あそこは痩せてて何も育たないと思うよ」
「そういう痩せた土地がいいのよ」
 
しおは念のため村の名主さんに断ってから、その土地を耕し、神様からもらった芋(サツマイモ)を植えました。その年の秋にはたくさんの芋ができていました。しおは五郎にも手伝ってもらって1日かけて芋を掘り、村の人たちに配りました。
 
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この年は少し稲が不作だったのですが、芋のおかげで、みんな食べ物に困らず助かりました。ほかにもこの芋を育てたいという人があったので、種芋を分けてあげて、「痩せた土地がいいんですよ」と言って育て方の概略を教えました。
 

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数年後、もっと不作の年があり、村によっては飢饉になったのですが、しおたちの村では死者が出なかったことから殿様が注目し、サツマイモの栽培は藩内全部に広がりました(*13).
 
やがて五郎は村の組頭にも推挙されました。
 
しおと五郎の間には、結婚の翌年に女の子、2年後に男の子、また2年後にもうひとり男の子が産まれました。妊娠中などは、人を雇って農作業をしてもらいました。
 
ずっと後、女の子は名主さんの所にお嫁に行き、長男は炭焼き、次男は米作りを継ぎました。
 

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「アクアとアクアで生殖したらアクアが産まれるよな」
「それは何度も議論した」
 

(*13) 飢饉などの時の非常食として役立つ植物を救荒植物という。サツマイモは青木昆陽が飢饉防止のため広めたことで有名。救荒植物の中にはサツマイモとかトマトなどのように今日では普通の作物として育てられているものも多い。
 
ヒガンバナなども救荒植物である。ヒガンバナ(曼珠沙華)は毒があるので畑の周囲に植えると虫除けにも使えるが、毒抜きすれば食べられるので、救荒植物としての価値が高い。
 

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「あなた、浮気はしないのね」
「そりゃお前と結婚しているのに他の女には懸想(けそう)とかできんよ」
「あなたがまじめな人で良かった」
「お前こそ、こんな無骨な男が夫では物足りないだろ?他の男と寝てもいいぞ」
「私はあなたの妻ですから他の男とはしません」
 
実際しおが美人なので言い寄る男は居ましたが、お断りしていました。
 
「あなたお酒飲まないの?」
「酒買う金があったら飯買うよ」
 
五郎達がたくさん人を助けるので、お礼にお酒を持ってくる人もありましたが、みんな人に分けてあげました。
 
「五郎さん、ばくちもしないのね」
「あれは必ず損するようにできてるんだよ」
「それが分かるというのは、五郎さん頭がいいよ」
 
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しおは、五郎が野良着しか持ってないので、村の寄り合いなどに行く時のため。羽織り袴を買ってあげました。しお自身も少し良い服も買いました。
 

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15年後。
 
しおの元夫は、しおが出ていってしまった後、運気が衰え、何をしてもうまく行かないようになっていました。酒とばくちでお金を使い果たし、金が無くなると女も寄ってこなくなりました。土地もみんな手放してしまい、竹細工を作っては売り歩く身になっていました。
 
ある時、男は立派なお屋敷を見て「竹籠に行李(こうり)(*14)は要らんかね」と言って入っていきました。夫も子供たちも出掛けている時でした。
 
男はしおの顔をもう忘れてしまっていましたが、しおは男を覚えていました。それで男の売る商品を倍の値段で買ってやりました。
 
男は「物の価値が分からない女が居るわい」と思い、また竹細工を作ってはそこに売りに行きました。しおは言いました。
「あんた、もう私の顔を忘れてしまったの?」
それでしおがあの時男がひっくり返して割った茶碗を見せると、男はやっと思い出し
「あの時は済まんかった」
と謝り、そのまま死んでしまいました。
 
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しおは男の遺体を台所の竈(かまど)の下に埋めました(*15)。茶碗の神様と塩の神様が手伝ってくれました。そしてしおは手を合わせて
「なんまいだー」
と唱えてから言いました。
「私はもう再婚したから、あんたには何もしてやれんけど、麦の飯だけはこの竈で炊いて供えてあげるから、好き嫌い言わないで食べなさい」
 
それで男も反省して、以降竈の神様になって、元妻と、彼女の新しい夫、そして子供たちを守護してあげたそうです。
 

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(*14) 行李(こうり)とは竹などで編んで作った衣裳ケース。今は衣裳ケースと言えばプラスチックやモスボックスのような紙製だが、昭和40年代頃までは、結構行李も使われていた。
 
(*15) このシーンは人形を使って撮影した。
 
この“竹の男”を誰に演じてもらうかは、かなり揉めた。七浜宇奈や坂田由里に男装演技してもらう案や、一時は悪役専門の俳優さんに頼もうかという意見もあったが、藤原中臣さんは
「最後は神様になっちゃう竹の男は決して悪役ではない」
と言い、結局アクアとは『ときめき病院物語』以来の付き合いである岩本卓也君がやってくれることになった。きっとアクアを袖にする役をしてもアクアファンから襲撃される恐れの無い数少ない人のひとり。松田理史は
「誰もする人が居なかったら自分がします」
と言っていたが、長年の盟友である岩本君に助けてもらった。岩本は
「牡丹灯籠の時は理史君に助けてもらったからね」
と言っていた。彼の役作りに松田が協力したのである。
(幽霊に取り憑かれて衰弱した男を演じるため徹夜に付き合った)
 
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もし松田が竹の男を演じることになった場合は、浮気シーンはカットする予定だった。
 

アクア(よそ行きの服のしおの扮装)と藤原中臣さん(黄門様みたいな格好)の対談
 
「しおと五郎が豊かになっていったのって粗食に甘んじて一所懸命働いたからですよね」
「ぼくもそう思う。炭焼きに金銀が混ざっていたのはあくまでおまけ」
「でも一般庶民はほんと金銀なんて見たことないから価値のあるものとは分からなかったかも」
「うん。ぼくがストラディバリウスのヴァイオリン持っててもその辺のスズキのヴァイオリンと区別付かないし」
「世の中には素晴らしいもの持ってるのに本人も周囲も気付かず、埋もれている人たちっていますよね」
「うん。そういうの多いと思うよ」
 
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「ところで今日は“萌え”が足りんとメールが多数来てるんですが」
と岩本君が出て来て言う。
「藤原さんに女装してもらいましょう」
とアクア。
「全国でテレビの故障が多発するよ!」
と藤原さん。
 
「でも藤原さんは若い頃たくさん女装しているはず」
とアクア。
「ぞろぞろ出て行く役ばかりだったからね。ひとつの映画で5回くらい別の服着て別のキャラクターやってるよ。散茶女郎やって、火消しの人足やって、虚無僧やって、『者共出合え出合え』で出て行って斬られる役して最後は、通行人の町娘やってとか」
と藤原さんは言っていた。
「いや女郎役でシナが作れて、侍役で殺陣(たて)もできるというのは凄いです」
「適当にやってただけだから」
「藤原さんは男役女役どちらでもこなしたから重宝がられたんだって祖父が言ってましたよ」
と葉月。
「歌舞伎で言うと立て役と女形(おやま)のどちらもできるようなものか」
「そんな凄くない。ただの快傑ゾローズだよ」
 
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(快傑ゾローズはΛΛテレビ・◇◇テレビやあけぼのテレビなどいくつかのテレビ局が共同で運用している大部屋俳優集団。毎月の最低保証がある代わりにコロナ感染防止対策をお願いし、体調不良や熱がある時は撮影に参加しないこと、守秘義務を守ることを誓約してもらっている。学生・主婦、ムーランレストランやーラン建設のスタッフなどが多い。このツテで逆にムーランに入った人もいる。名前は感染対策問題と守秘義務違反の多発で従来のようなエキストラが使えなくなった問題を“解決”し、“ぞろぞろ”出てくるから。むろん“怪傑ゾロ”に引っかけている。一時期はエキストラを撮影の3日前から拘束してホテルの個室に泊め、撮影前に簡易検査キットで全員検査していた。それで1人あたり10万円以上の費用が掛かっていた)
 
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8月19-20日(土日)、小浜市のミューズアリーナでラピスラズリ・アクアのライブが行われた。
 
19日 ラピスラズリ
20日 アクア
 
バックダンスは、アクセスがしやすい地区からということで、ラピスのステージには信濃町ガールズ中国、アクアには信濃町ガールズ北陸のメンバーが出た。両日ともライブは午後に行われ、15時半には終了する。これは夏休みの終わりなので20日中に帰らなければならない人のためである。
 
アクアライブ参加者は約7万人である。セットはお城のセットが組まれていて、アクアはお城のベランダで歌ったり、掘りのボートで歌ったりした。
 
いつものように前半はお姫様のようなドレスで北里ナナの歌を歌い、後半は男装でアクア名義の歌を歌った。
 
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7万人の入場は7つのゲートから各1万人ずつだが、ほとんどの人がファンクラブ会員証または“ゼロ会員証”を発行してもらっていたので、2時間ほどで入場させることができた。ここでゼロ会員証とは、どのアーチストのファンとも登録されていない身分証明の機能だけがあるファンクラブ会員証で、年会費ゼロ、発行手数料は300円(実費)である。これを持っていると顔認証により、§§ミュージックのアーティストのライブに、ほぼノーチェックで入場することができる。§§ミュージック以外でも∞∞プロ系列のアーティストでは使える可能性がある(三つ葉やハイライトセブンスターズなどはOK)
 
入場待ちは座って待てるようにしていたし、軽食や飲み物を売る人が巡回し、トイレに行く間は“身代わり人形”を置いておけるシステムにしていたので混乱は少なかった。また待っている人たちのために会場の中でも外でも、ずっとあけぼのテレビを流しておいた。
 
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(前座:立山煌)
『フニクリ・フニクラ』
『山があるから山ガール』
『白山にたくさんで来た』
『アルプス一万尺』
 
(前半:北里ナナ)
『風と鳥の歌』
『秘密の入江』
『青い城の姫』
『モンマルトルの風』
『ムーランルージュ』
『氷の宮殿』
『進まない時計』
『恋愛は心のパズルなの』
『スクールガール』
『人魚の涙』
 
(幕間)
『パッヘルベルのカノン』Fl:安原祥子(金狐)・月城たみよ(葉二)・醍醐春海(白狐)
『あらのの果てに』『memories (from "CATS")』大宮万葉 Pf伴奏:今井葉月
 
(後半:アクア)
『愛の塩』
『ぼくのコーヒーカップ』
『白い恋の物語』
『綺羅星の如く』
『旅人の休息』
『カナダの休日』
『朝霞』
『グリーンレイク』
『緑の首飾り』
『風の翼』
 
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(サービスステージ:北里ナナ)
『若草の少女』
『ナナの海』
 

“醍醐春海”とクレジットしているが実際に吹いたのは白狐の所有者ロビン(立花笛吹)である。ブレンダにはプラチナフルートは吹けない。吹けるのはロビン・グレース・ジェーン・ロージーなどとオーリタ・オーリン。ヴィクトリアにも吹けない。
 
金狐と白狐は同じ人の作品、葉二つはお弟子さんの作品でこの三本は同じ音階で作られている。
 
旅行会社と提携し、ライブ参加者は旅行会社が設定したどれかのツアーに参加してもらうことにした。前泊・後泊と組み合わせたツアー、20日のうちに飛行機で新千歳・羽田・福岡空港などに帰着するツアーなどが設定された。大手エアラインが旅行会社のチャーターで、多数の飛行機をミューズ飛行場から、新千歳・羽田・福岡・那覇などへ運航した。ミューズ飛行場にこれだけの旅客が来たのは始まって以来のことである。国土交通省はミューズ飛行場に臨時の管制官を2名派遣して対処した。やってきた管制官は
「ここ、但馬や神戸より大きいじゃないですか」
と驚いていた。
 
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会場から飛行場へはケーブルカーで登るのが標準だが、なんと歩いて登った元気な人たちが居た。この坂を登るには登山をするくらいの強い足腰が必要である。
 
飛行機以外で帰る人はシャトルバスやJR小浜線で敦賀に出て、新幹線や新快速で東京や関西に移動した。小浜線も“貸し切り列車”の名目で多数の臨時便を運行した。
 
ミューズアリーナから麓まではケーブルカーもあるが、長蛇の列ができているので、ほとんどの人が歩いて降りた。麓から小浜駅までは、シャトルバスや若葉がほぼ趣味で作った新交通システムで運んだ。歩いて行く人たちもかなり居た。
 
渋滞回避のため、周辺は、お年寄り・赤ちゃん連れ・障碍者を乗せている車以外は普通車(タクシーを含む)進入禁止にしてバス優先にした。
 
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泊まる人は、若狭地区の多数の旅館や敦賀に作った大型カプセルホテルに泊めた。
 
19日泊まって2日観る人たちも多数あった。19日(土)の夜はアクア主演の昔話ドラマもあるので、各旅館ホテルなどではテレビが見られる環境を整えている。カプセルホテルも液晶テレビを各カプセルに用意したほか、サロンでも見られるようにした。液晶テレビは音はイヤホン等で聴いてもらう。
 
 
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