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■トワイライト・出発(1)

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(c)Eriko Kawaguchi 2012-03-10  
2012年3月11日14時46分、和実は淳・胡桃と共に、深い黙祷を捧げた。
そして、それが終わると同時に今度はシャンパンを抜いた。
「おめでとう!」
「がんばろう!」
「さあ、始まり、始まり」
 
出席している人たちの間から声が掛かる。そして「生きている人」同士で乾杯した後、早坂さんが美容室の隅に設置している慰霊碑の前にサイダーのコップを置き、早坂さんと胡桃がその前で手を合わせていた。
 
今日はここ「新・トワイライト」のオープンの日である。
 
震災前、胡桃は石巻の美容室「トワイライト」に勤めていたが、地震の後の津波でスタッフのほとんどが、たまたまその時来店していたお客さんともども亡くなってしまった。
 
スタッフの中で生き残ったのは、偶然遅い昼食に出ていた胡桃と、その日山形に住む祖母が亡くなったため帰省していたデザイナーの早坂綾花さんの2人だけであった。オーナー・店長であった出光さんも亡くなったのだが、そのお兄さんが実家で所有する山をひとつ売って、亡くなった従業員とお客さんに手厚い補償をした。その結果、その遺族たちから、美容室再開できるといいですね、という言葉を掛けてもらい、また震災後少しずつ地元に戻ってきた以前のお客さんからも、ここに美容室があると便利だという声をもらい、お兄さんは「トワイライト」
を再開する決断をしたのである。
 
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新しい美容室を作るための建築費・設備導入費などは大半をお兄さんが出したが運営するための会社組織を作るのに、早坂さんと胡桃も少し出資し、出光さんのお兄さんが社長、早坂さんが副社長、胡桃が取締役、ということにして新しい会社を設立した。そして早坂さんが店長兼デザイナー、胡桃もスタイリストとして、美容院の営業を再開することにしたのである。
 
他に、以前元のトワイライトに勤めていたスタイリストの久保田さん、胡桃がこの1年東京の美容室に勤めていた間に知り合った水嶋さんという人も加わり、美容師4人での再出発となった。水嶋さんは鮎川の美容室に勤めていて、そちらも被災し、胡桃と同様に知人を頼って東京に出て来て、やはり1年間東京の美容室に勤めていたのである。着付けの講習会で知り合い、境遇が似ているので仲良くなって、新トワイライトの立ち上げに誘ったのであった。
 
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「出資したから取締役だけど、経験は私がいちばん少ないから、私は実質下っ端」
などと言いながら、胡桃はお祝いに来てくれた人たちに祝杯のサイダーをついでまわっていた。
 
「でもこの美容室で唯一の1級着付け技能士だからね」と久保田さん。
「たまたま試験を受けただけのことで、久保田さんも受けたら即取れるでしょ?」
「私は怪しいや。やり方が自己流になっちゃってるから。正しいやり方で着付けしないと、合格できないでしょ」
 
久保田さんは以前ここに7年勤めていたものの結婚を機に美容師をやめて主婦をしていたが、早坂さんの呼びかけに応じて現役復帰することにしたのである。4人の中では最年長で、チーフスタイリストをやってもらうことになっていた。
 
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「工藤さんも、経験は3年しかないかも知れないけど、東京の人気美容室でこの1年鍛えられてるからね。技術レベルが高いし作業が早いし、6年やってる私よりうまいと思うよ」などと水嶋さんも言ってくれていた。
 
和実も「第一号のお客」として、髪をセットしてもらった。他には社長と、地元の人2人がお客さんとして来ていて「第一号の客」になっていた。
 

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「淳もパーマ掛けてもらえば良かったのに」と和実は言う。
「私は明日会社に出ないといけないから」と淳。
 
3人は石巻で新しく借りた胡桃のアパートで、夕食を食べながら話していた。夕食の後、少し仮眠させてもらってから、和実と淳はプリウスで東京に帰還する予定である。
 
「そろそろ会社にもカムアウトしちゃえばいいのに。私、ふだんは女性として生活してますって」
「まだクビになりたくないから、控えておくよ」
「金曜日オープンだったら金曜日にパーマ掛けて、日曜日にリセットする手もあったんですけどね」と胡桃。
 
「でも、淳の女装って、会社の人誰も感付いてないの?」と和実。
「・・・・と思うけど」と淳。
「気付いてるけど黙ってる人もいるかもね」と胡桃。
「夏の間、淳、けっこうブラ付けたまま会社行ってたでしょ。気付いた人もいると思うなあ」
 
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「でも3人で東京のマンション借りたのに、私抜けちゃってごめんね」と胡桃。
「私と淳の2人ででも家賃は払っていけると思うし、きつかったらまたどこかに引っ越す手もあるしね」と和実。
「それに美容室の出資金、和実から借りたしなあ」
「それは出世払いで」
 

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夕食後、和実と淳は仮眠していたのだが、9時頃和実は起きだした。お風呂に入っていた胡桃が出てくると、和実が何かかなり汚れたダイアリーのようなものを見ているので「何見てんの?」と訊く。
 
「これね、震災で亡くなった人の付けてた日記」と和実は答えた。
「へー」
「例の振袖の人のだよ」
「あぁ!あのユキさんね」
「うん。去年の成人式と3月18日の短大の卒業式に振袖を着るつもりだったのに、結局着れなかったというので、私が代わりに着てあげてるのよね」
 
「でもかなり汚れてるね」
「ユキさんが住んでいたアパートの近くのがれきの中から発見された。津波の土砂で汚れて読めないところもたくさんあるんだけど、顔料インクのボールペンで書かれてたから、けっこう読める部分もあるんだよね。お母さんの許可をもらって念のため全ページコピーさせてもらった。写真も撮った。この日記本体は18日にお焚き上げすることにしてる」
「なるほどね」
「年が近いし、同じMTFだし、何か読んでて他人事じゃない感じでさ」
「だろうね」
 
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*月*日。
 
お母ちゃんが来たので一緒に晩御飯を食べた。おごってもらった。金穴だから嬉しい。私のスカート姿見て「お前はやっぱりそういう格好が似合ってるんだろうね」と言ってくれる。食事の後、ドラッグストアで化粧品セットを買ってくれた。私のこと、女の子として認めてくれたのかなあと思うと嬉しくなる。お化粧、毎日練習しなくちゃ。
 
ヒゲを1時間くらい掛けて毛抜きで全部抜いた。剃るとどうしても剃り跡が残るから、抜いたほうがいいよ、と女装関係の掲示板に書かれていたからやってみた。でも凄く痛いんですけど!抜くの。 そのうちお金ができたらレーザー脱毛とかしたいな。
 
うとうととしてたら夢を見た。体中に拘束器具を付けられて、
「男の癖にスカートを穿いていたから罰として去勢します」
と言われてタマタマを抜かれちゃった。中身が無くなってびらびらしている袋を手で触ると、ぶよぶよして変な感触。でもタマが無くなったことで、身体がとても清浄になった気がした。そこで目が覚めちゃった
 
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ああん。本当に去勢されたいよぉ。
 

*月*日。
 
バイト探し不調。今日で12件目,13件目。12件目は書店。性別詐称だと言われて門前払い。13件目はレストラン。面接はしてくれたが、うちは客商売なので、お客さんが不快に思うと困るから、などと言われて断られる。私って、そんなに不快に見えるか?
 
夕方、△美から誘われて、マックで一緒に夕食。テキサスバーガー激ウマ。でもボリュームつらい。半分食べて残りは持ち帰り。お夜食だね。
 
女の子になりたい・女の子になりたい・女の子になりたい・女の子になりたい。
 

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*月*日。
 
明日は入学式。着る予定のスカートスーツを着てみる。こういうの着るの少し気恥ずかしい。これまで女の子の服をなかなか人前で着ることができなかったから、女という状態に慣れてないんだろうな。
 
可愛い服を着るのも快感だけど、フォーマルな場所でこういうのを着るのもまたいい。女であることの責任感みたいな?
 
タックの練習してみた。全部剃って全然毛のない状態にすると、何か変な感じ。はさみで毛を切っていたら、そのまま本体も切り落としたい気分になる。でも出血の処置できないからなあ。。。。
 
仮押さえしてから包み込んで仮留めしていくのだけど、それやってる間に仮押さえしている本体が外れてしまう。なかなかうまく行かない。3度トライしたけど今日はギブアップ。バイト先が見つかるまでにちゃんとできるようになりたい。
 
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*月*日。
 
入学式緊張したけど嬉しかった。教室で先生から一瞬「え?」という顔されたけど、それ以上は特に何も言われず。
 
友だち3人できた。○江、□代、◇香。○江と何となく話が合って、おしゃべりしてたら、□代、◇香も寄ってきて、みんなで携帯のアドレス交換した。高校で学生服着ていた時は、こちらも何となく女子と話す時に壁みたいなの感じてしまったのが、その壁があまり無いみたいに感じられる。やっぱり女の服を着ているだけでも違うのかなあ。
 
○江が私のことを「ユキ」って呼ぶ。この呼び方いいな。鷹行(たかゆき)なんて名前は嫌いって思って、これまでアリスとか名乗ってたけど、名前の下半分で呼ばれると、まるで女の子の名前になるって、これまで全然気付かなかった。もう私、ユキになっちゃおう。
 
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兄貴から電話で入学おめでとうって言われた。何か兄貴とは話しづらい。小さい頃からだけど。なんか根本的な考え方が全然違うんだよな。今日も結局話している最中にけっこうむかついて来た。気持ち落ち着かせるのに電話切った後コンビニ行って、チキン買ってきた。美味だけどちょっと油っぽい。やっぱりケンタが美味しい。明日ケンタ行こうかな。。。
 
プレマリンのジェネリック、注文しちゃった。2週間くらいで届くって書いてある。今飲んでるエステミックスが無くなる頃届くかな。
 

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淳が起きてきたのは夜23時頃だった。胡桃が入れてくれたコーヒーを飲んで一息付く。ふと和実を見たら涙ぐんでいたので、驚いて
「どうしたの?」と訊く。
 
「あ、大丈夫。日記読んでただけだから」
「ああ、あのユキさんの日記か」
「うん。何か自分が悩んでたのと似たようなことで悩んでるからさ」
「お焚き上げするの来週だっけ?その前に私にも読ませて」
「うん」
 
和実は黄色いセーターに膝丈のジーンズのタイトスカートを穿く。夜は寒いので厚手のタイツも穿いた。
「あれ?今日は被災者の人のじゃなくて、自分の服を着るんだ? それ可愛くて、好きだけどさ」
と淳が尋ねる。
 
和実はしばしば東北に往復するのに、震災で亡くなった人の服を遺族から贈られたものを着ている。
「うん。元気な時はそれで供養してあげるんだけど、今日はちょっとペシミスティックになってるから、引っ張られて事故起こしちゃいけないから」
「ずっと私が運転しようか?」
「ううん。いつものように交替で。精神が落ち込んでいる時は、かえって冷静に運転できるからいいんだよ。ハイテンションの時のほうがうっかり見逃したりして怖い」
「確かにそうだよね」
 
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淳の方は白いセーターに黄色いニットのロングプリーツスカートを穿いた。ふつうにお出かけする時は、赤やピンクの服を着るのが好きなのだが、夜間のドライブでは、車を降りて外を歩く時に、赤は闇に溶け込んで目立たないので、淳は白や黄色の服を着るようにしている。和実もふだんはゴスロリが好きで黒い服が多いが、夜間のドライブではやはり黒は避けている。
 
和実は冷たい水で顔を洗ったあと、ミントのスプレーを顔に吹き付けた。これでかなりシャキッとする。
 
胡桃に見送られて、ふたりは東京に向けて出発した。最初は和実が運転する。1時間ほど走った所で交替する予定である。淳は和実が運転している間は仮眠しておくつもりだったが、少し落ち込んでいたようだったので、しばらくおしゃべりすることにした。
 
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