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■トワイライト・出発(8)

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「へー、じゃ新しい支店を作って、その責任者になるんだ?」
夕食の席で和実から話を聞いて、淳は喜ぶように言った。
「おめでとう! 大変だろうけど、頑張ってね」
 
「9月オープンだからね。私が7月に性転換手術を受けて、しばらく休養して休養明けにそちらの支店長として現場復帰」
「わあ、それはしっかり体調戻さないといけないね」
「うん。もう正直、青葉頼りだけど、今回、青葉自身が私の回復ヒーリングをしてくれる余裕があるかどうか微妙だからね。青葉は自分がもし出来ない場合は、知人の優秀なヒーラーさんにカバーしてもらうよう頼んでるとは言ってたけど」
 
「でも和実は体力あるもん。きっと大丈夫だよ」
「そうだね。でも私も淳も、今年は何だか新しい門出って感じになりそう」
「まだ明日、どういう顔して会社に出て行こうか悩んでるよ」
「ふつうに出て行けばいいじゃん。顔はちゃんとお化粧してね」
「いや、そりゃお化粧はするけどさ」
 
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「でも今日は向こうの副社長さんに、私女性の婚約者がいますって言っちゃった」
「私のこと?」
「和実以外に婚約者がいる訳無いよ」
「ま、確かに婚約者が何人もいたら詐欺だね。でも、今夜はたっぷり愛し合おうね」
「毎日たっぷり愛し合ってるじゃん!」
 

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3月17日土曜日早朝。和実と淳はまたプリウスに乗って東北道を北上した。その日の朝から、和実たちのボランティア活動にも参加していた石巻の人が津波で破壊された鮮魚店を再建。その開店祝いに行ったのであった。
 
その祝賀会のあとで、胡桃が勤める、先週オープンしたばかりの美容室「新トワイライト」に行く。するといきなり
 
「和実〜、いいところに来た。今日、着付けの客がたくさんいるのに、店長が風邪でダウンしてるのよ。着付け、手伝って」
などと言われる。
 
和実は結局その日、15時頃まで、多数の女性客に和服の着付けをすることになったのであった。卒業式の女子大生も結構いた。淳もお客さんにお茶を出したり、受付をしたり、お昼を買ってきたりなどの雑用をこなしてくれた。
 
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「ねえ、和実、うちの着付け担当にならない?」
「無理だよ〜。片道4時間かかるのに」
「土日だけでも」
「土日も仕事してるもん。それに9月からは支店長になるしさ」
「それは凄い。でも、いっそ仙台支店作って、こちらに転勤してくるとか」
「じゃ、5年後くらいに」
と和実は笑って言ったが、なぜ今自分は『5年』と言ったのだろう?と疑問を感じた。
 
夕方淳が夕飯の買い物に行ってくれて、19時の閉店のあと、胡桃のアパートに戻って、焼きそばをホットプレートで作りながら食べた。
 
「この一週間、美容室どうだった?」
「フル回転。これはたまらんってんで、早速美容師募集の公告出したよ」
「それは良かった」
 
「震災の時に旧店にお客として来ていて亡くなった人の妹さんが昨日は来てくれたんだよね。ここに来ることで姉の供養ができるような気がするって言ってくれて。ちょっと涙が出た」
「その妹さんも、そんな気持ちになれるまで、いろいろ大変だったんだろうな」
 
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「だと思う。葛藤はあったんじゃないかな。誰かのせいにしたくなりがちだし」
 
「そういえば、淳ちゃん、とうとうOLになっちゃったんだって?」
「はい。女性として勤務することになっちゃいました」
「ふふふ。どうだった?会社の人の反応は?」
 
「みんな最初は唖然としてましたよ。もうこちらは開き直りですけど」
「それは昨日まで男だったはずの人が突然女になってたらびっくりするわね」
 
「こちらも朝行ったら机の上に『課長・システム監査技術者・月山淳』って名刺が置いてあったのにはびっくりした。でも女性の同僚からは、女装してるんじゃないかなとは思ってたと言われました」
 
「ああ、それはだいたい気付かれてると思うよ」
「それと、これまで少し緊張感のある付き合いをしていた男性の中堅の同僚が妙に優しくしてくれましてね」
「へー」
「たぶん、これで私は出世競争からは脱落したと思って、ライバルじゃなくなったから親切にしてくれてるんじゃないかと思います。私はもとより、そういう競争には興味無かったんですけどね」
 
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「契約はできたの?」
「金額が大きいだけに印鑑はまだ押してもらっていませんが、今月中に契約書もらえそうです。こちらが作った提案書を凄く気に入ってもらえて。細かい点は週明けにまた打ち合わせますが」
「お客さんからは何か言われてる?」
 
「あなたが男性だという痕跡を全く見つけきれないのだけど、本当に男性なんですか?と言われました」
「だろうね。元々、淳さんって、喉仏もあまり大きくないしね」
「ええ。それは女装する時に昔から助かっていた問題で。和実にはかないませんけど」
「和実が異常すぎるだけよ。和実、例の子宮問題はどうなったの?」
 
「私に子宮があるんじゃって話でしょ?ある訳無いよ。再度撮影したら写ってなかったしね」
「でも、和実は最初に診断を受けた時にも子宮と卵巣がMRIに写ってたんだよね」
「だからそれは他の人の写真と間違われただけで」
 
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「ほんとかなあ。でも和実には仮想子宮・仮想卵巣はあるんだよね?」
「気の流れで作り上げた、エネルギー上の存在ね。元々自然にできあがっていたものを青葉に強化してもらったから、凄くしっかりした形になってる。でも霊体みたいなものだから、物理的に存在しているわけじゃない」
「その仮想の卵巣からリアルの女性ホルモンが分泌されているんだよね」
「うん。人間の身体の持つ代替機能が動いてるんだろうね」
 
「その仮想の子宮で、リアルの赤ちゃんが妊娠できたりしないんだろうか?」
「さすがに無理だと思うけどなあ・・・・」
 

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「和実と淳さんの遺伝子を持つ子供を作ることは原理的には可能だよ」
と、和実の高校時代の友人で東北大学医学部に通う綾乃はある時言った。
 
「カエルとかマウスでは成功してるんだけどね。オスAの体細胞からIPS細胞を作り、これを細胞分裂させていると稀にY染色体が欠落した細胞ができることがある。これを未成熟のメスの胚に注入して育てると、3つのX染色体を持つメスができる。このメスの作る卵子の中には、オスA由来のX染色体を持つ卵子が存在する。この卵子にオスBの精子を受精させると、オスAとオスBの遺伝子を持つ子供が生まれる。この時オスAは遺伝子的には母親になる訳ね。それとAの精子は使わないんだな」
 
「ちょっと待って。話が難しい。絵を描いてみる」
と言って和実は図を書いていたが「なるほど!」と言って納得する。
「パズルみたいだね」と和実。
「考えた人は凄いね」と綾乃。
 
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「でも、これ人間では実行できないよ。この作業の途中で出来ちゃうX染色体を3つ持つ女の子、というのどうするのさ? 卵子を取るためだけに作ってしまうけど、そんなことするのは非人道的だよ」と和実は言う。
 
「うん。トリプルXじゃなくてダブルXなら問題は少ないけどね。それなら骨髄移植のために子供つくる人たちと似たようなものだし。実際にはマッドサイエンティストか全体主義独裁国家でもなきゃ実行できない話だと思う」
 
「何とか非人道的なことせずにできないのかなあ」
「和実のX精子と、誰か他の女性の卵子を受精させて女の子を作り、淳さんのY精子と更に別の女性の卵子を受精させて男の子を作り、その子供同士が結婚してくれると、和実と淳さんの遺伝子を引き継ぐ子供は出来る。まあ孫だけど」
 
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「分かった。この三倍体の女の子を使う方法って、その孫を作る方法の短絡版なんだ!」
「ああ、確かにそうも考えられるね。それか和実が自分の卵巣で卵子を作るかだよ」
 

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翌日、和実は朝から胡桃の美容室で髪をセットしてもらい、ユキさんの振袖を自分で着て(帯だけ胡桃にしてもらった)、淳と一緒に仙台の短大に向かった。入口のところで、ユキさんのお母さんと落ち合う。お母さんが遺影を持ち、いちばん仲の良かった友人の○江さんと和実の3人で一緒に卒業式に参列した。
 
成人式は私は今年だったけど、卒業式はまだ私は2年先だなと思う。更に和実は修士課程2年も行くつもりだから、最終的な卒業は4年後だ。でも4年後、自分は何の仕事をするんだろう?とふと思った。ユキさんは就職先の幼稚園を見つけるのにかなり苦労したらしいと、お母さんからも、あの後会ったお友達からも聞いていたが、それは全然他人事ではない。
 
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ふつうの人でもなかなか仕事がない世相である。性別を変更する自分がそう簡単に就職できるとは思えない。エヴォンが4年後にも続いていたら、取り敢えずそこで勤め続ける手はあるけど、30歳まで続けられる仕事とは思えない。ほんと喫茶店の経営にでも転じようかしら?などとも思ってしまう。
 

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卒業式の後、ユキさんのお友達が集まってくれたので、一緒にファミレスでお茶を飲み、想い出話をすると、お母さんは涙ぐんでいた。集まってくれたのは、日記にも出て来ていた、△美さん、○江さん、□代さん、◇香さん、☆子さんであった。
 
「高校時代は、あの子が女の子になりたがってるって知ってた子はそういなかったんです。私は偶然女装でショッピングモールにいた所に遭遇して、その後いろいろ服の着こなしとか教えてたんですよね。同窓会に女装で来たの見て、ほとんどの人がびっくりしてました」と高校時代の同級生・△美さん。
 
「彼女にとっても私はいちばんの親友と言っていたとお母さんから聞いたんですけど、私自身もユキは一番の親友と思ってたから、彼女が死んだと聞いた時は、凄くショックでした。死んだこと忘れて、つい彼女の携帯にメールしたり。今でも突然ユキの声が聞こえるような気がする時もあるんですよね」と○江さん。
 
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「男の子だってのは最初にカムアウトされたけど、ユキちゃんに男の子って要素を感じたこと無かったです。普通に女の子だから、そのあたりの遠慮とか壁とかも無かったし、私、酔いつぶれてユキちゃんちに泊めてもらったこともあったしね。彼女、料理もうまいし。こちらが見習いたい女の子でしたよ」と□代さん。
 
「私バイだから、ユキのことって、友だちでもあり、ちょっとだけ片思いでもあったんですよね。でもユキのことは女の子として好きでした。彼女を男の子感覚で見たこと無い。凄く可愛い子だし。たまにちょっと男っぽい仕草が出ることもあったけど、逆にそのくらい普通の女の子でもやっちゃうし」と◇香さん。
 
「私最初の頃、随分意地悪しちゃったんです」と☆子さん。
「何よこのオカマ、なんて思っちゃって。でもあの子、凄く素直な子だから。その内こちらが悪いことしちゃったかなと思うようになって。それで少し会話もするようになっていったんですよね。みんなあの時、逃げるのが精一杯で携帯まで構ってられなかった子とか、パソコンにデータ移してたけどパソコンがやられてって子とかで結局、ユキの振袖写真、私の携帯だけに残ってたみたい」
 
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ファミレスを出て何となくみんなでトイレに行った。和実・淳も含めて全員女性なので、8人全員でぞろぞろと女子トイレに入り、できていた列に並んだ。そのまま少しおしゃべりをしていた時に、お母さんがハッとしたようにして、それからうっすらと涙を浮かべたのに和実は気付いた。和実は日記の一節を思いだし、お母さんの手を握ってあげた。
 

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全員で石巻の佐藤さんの住む仮設住宅に行き、仏檀にお線香をあげた。一緒に夕食を取ってから解散する。みんなが帰ってから和実は振袖を脱ぐと、お母さんに返した。
 
「これは大事な娘さんの遺品です。押し入れの隅でもいいから、取っておいてあげてください」
 
「ほんとそうですね。私、あの子のことをちょっと恥ずかしいと思う心があったんですけど、和実さんにこの振袖を着て頂いて、△美さんや○江さんから、たくさん想い出話を聞いて、この子、たくさんの人に愛されていたんだなと思うと、何か誇りに思っていい気がしてきました」
「そうですよ。とっても親孝行な娘さんですよ」
「そうですね。私、あの子のことをやっと『娘』と言える気がします」
「美人だし」
「そうですね! 私、この振袖取っておきます。うちの娘の思い出の品です」
 
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3人で庭に出て、日記をお焚き上げした。
 
「この日記は大学1年の時のものですよね。2年の時の日記というのもあったのでしょうか」と淳が訊く。
「分かりません。見つかったのはこれだけだったのですが」と佐藤さん。
 
和実はしばらく黙っていたが、やがて重そうに口を開いて普段と違う口調で言った。
「大学2年の時の日記、今年中に見つかると思います」
 
お母さんは言った。
「あなたって・・・・ほんとに不思議な人ね。あなたが言うのなら、本当に見つかるかも知れないわね」
 
「ついでに、こんなに凄い勘が働くのはこれが最後です。明日には私は普通の『勘の鋭い子』に戻っちゃうみたい。今、そう言われた」
と話す和実はもうふつうの口調に戻っている。
 
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「言われたって、後ろのお姉さん?」
「ううん。斜め前の方に立ってた、どこかのお使いの人。やっぱり力を貸してくれていたみたい」
 
「後ろとか斜め前とか、よく分からないや、そういうの」と淳。
「それと『4年後』って言葉を言われた。どういう意味なのかはゆっくり考える」
「考えている内に4年たったりして」
「そうかも知れないという気がする」
 

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佐藤さんの家を20時すぎに出た。そのまま三陸道に乗り、すぐに矢本PAで仮眠する。そして24時頃出発して東北道に入り、南下する。例によってふたりで交替で運転した。
 
「ボランティア活動は年末で終わったはずなのに、結構残務整理的なものがあったね」
「うん。結局、恭介お兄さんのトヨエース借りて、何度か荷物運んだしね」
「『新トワイライト』含めて、開店祝いにも随分行ったね」
「最後がこのユキさんの振袖だったね」
 
「さっき見た時、ユキさんはもう完全な女の子になってたよ」
「それは良かった」
 
「私たちは一段落だし、和実にしても私にしても、何か新しい出発って感じのものが目の前に提示されているけど、被災者の人たちは、まだまだ出発まで辿り着けずにいる人が多いよ」
 
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ふたりは今日は宇都宮の上河内SAで長めの休憩をし、起きだしてからスナックコーナーで軽食を取っていたら、空が明るくなってきた。
 
「夜が明けるね」
「東北の夜もそろそろ明けるかな」
「明けていくと思うよ」
 
ふたりは天から射してくる、ほのかな光に祈るような思いを託していた。
 
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■トワイライト・出発(8)

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