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専務から「ちょっと一緒に食事しない?」と誘われて高級割烹に入った時、淳は凄まじく嫌な気分になった。専務から前回こういう高い食事に誘われたのは2年前で、その時頼まれた仕事が発注先のふらふらした態度と、メーカー側の深刻なバグなどでデスマーチとなりほんとに大変な目に遭った。その仕事が一段落して東北に旅行に出かけた所で震災に遭ったのである。
その前に専務にこのクラスの食事に誘われた時に頼まれたのは、かなりきつい納期の役所関係の仕事のリーダーの引き継ぎであった。前任者が一週間くらい休んでいたので、ハードスケジュールでダウンしているのかと思ったら、鬱病が悪化して、作業不能になったので取り敢えず半年休職させることにしたと言われた。役所関係は納期の変更が困難なので、大量人員を投入して何とか完成させたが凄まじい赤字を出した。その赤字の責任を取れと言われて給与カットの案を示され、さすがの淳も切れた。じゃ責任取って辞めますよと言ったら、会社も折れて、折れさせた勢いで最終的に特別ボーナスまで勝ち取った。
「専務、今度はどんな仕事なんですか?」と淳は少し達観したような顔で言った。
「察しがいいね」
「だって、専務が食事に誘う時って、私に大変な仕事押しつける時ばかりですよ。私も鬱病になっちゃおうかな」
「君って、楽観的な性格だから、鬱病にはなりにくい気がしてるんだけどね」
「鬱病は性格で罹るものではありません」
「うん。そのあたりは僕も勉強はしているつもり」
「で、何ですか?」
「ね、君って女装趣味ある?」
「は?」
「夏にワイシャツ姿になってた時に、下着の線が見えてね。それに君、いつも眉毛細くしてるよね。徹夜明けでもヒゲが生えてないみたいだし、ひょっとして脱毛済みということはないかなと思って」
淳はため息をついたが、開き直ることにした。この会社に勤めて8年。そろそろクビになっても惜しくない気もする。
「そうですね。女装趣味というか、女性の服を着ていることはよくあります」
「うんうん。そのあたりは個人の生活の問題だから、とやかく言うつもりは無いんだけどね。実は、今、女性用下着の会社のシステムの話があってね」
「はい」
「先方から、できたら女性の方にシステム構築の指揮をして欲しいって言われたんだけど、この規模のシステムが作れる女性SEが全員、今手が離せないんだよね」
「確かに、○○さんも△△さんも◇◇さんも今無茶苦茶忙しいみたいですね」
「君が担当してるシステムはもう納品も終わって、順調に動いてるでしょ」
「ええ、多少の変更は発生しているので、それの対応をずっとしている所ですが」
「もうここまで来たら、他の人に引き継いでもらっても大丈夫だよね」
「まあ、そうですね」
「それで、君この女性用下着のシステム、やらない?」
「でも女性が希望なのでは?」
「うん。でも君が女装趣味あるんだったら、実質的に女性みたいな人ですからと紹介すれば向こうはそれでも構わないと言うと思うんだよね。あ、何だったら打ち合わせに女装で行ってもいいよ」
「そんなのいいんですか!?」
「最近はそういう人、よくいるじゃん。ほら、テレビによく出てる、春野愛?」
「はるな愛ですか?」
「そう、それそれ。他に、椿カンナ?」
「椿姫彩菜(つばきあやな)ですね」
「あとは、きさらぎ何とか」
「如月音流(きさらぎねる)ですね。彼女は実は彼女がブレイクする前からのマイミクですよ」
「ほほお。でも、どうも僕はタレントさんの名前覚えるのが苦手で」
「私も名前覚えるのは苦手です」
「そういう訳で、今はそういうのあまり気にされない世の中なんだよ。それにこのシステムの受注額は2億円なんだ。どうしても君ができない場合は下請けで女性のリーダーがやってくれるところに回すけど、下請けに出した場合、品質をどこまで管理できるかというのがあるし、こういう美味しい話は自分とこでやりたい気持ちもあってね」
「たしかに、今社内に人手の余力があるから、それならわざわざ下請けには回したくないですね」
「だろ?だからぜひ社内でやりたいんだよね。先方との契約はまだ完了してないけど、ほぼ確実に取れそうなんだ。ただ問題は開発のリーダーを誰にするかという問題でさ」
「私が女装で、そちらに打ち合わせに行けば良いのでしょうか?」
「うんうん。それがいちばん理想的」
淳はちょっと呆れていたが、この話、受けてもいい気がした。
「いいですよ。行きます。でもそれで向こうからオカマは困るとか言われて契約取れなかったりしても、私は知りませんよ」
「うん。その時は僕の責任だから。じゃ、取り敢えず、この後自宅に戻って女装で出てこない?」
「会社にですか?」
「会社に直接出てくるのが恥ずかしいなら、どこかで待ち合わせようか?」
「はい、そちらが私は気楽です」
「じゃ、15時に○○○駅の乗り場改札口とかはどう?」
「了解です」
*月*日。
※※君と別れちゃった。悲しい。。。。
私があんまり女の子すぎて、自分は愛せないって言われた。
でも「君が男の子だから」と断られるのはこちらとしても諦められるけど、「君が女の子だから」と断られるのって微妙に納得がいかない。
デート楽しかったし、メールのやりとりもワクワクしたのに。
彼、男の子が好きみたい。男の子というより、もしかして「男の娘」っての?おちんちんが付いている子の方がいいのね。
タックを外して、おちんちん見たいって言われたけど、私、好きな人におちんちんなんか見せたくない。だって私は女の子。女の子におちんちんなんて付いてないんだもん。
今日はちょっと辛い。寝る。
*月*日。
○江から慰められた。やけ食いしよって言われて、□代、◇香と4人でケーキバイキングに行った。お腹いっぱい。少し気が晴れた・・・かな? しかしケーキ、ミニサイズだけど15個も入るとは思わなかった。人間やればできるもんだなあ! ○江は8個、□代は10個、◇香は6個。でもこのカロリーは凶悪だ。これで何日節制しないといけないんだろう!? ダイエット辛そう。
追記。
気分が晴れたと思ったのに、夜になったら寂しくなってきた。youtubeでハードロックをヘッドホンつけてガンガン聴く。1時間もしてたらちょっと耳が頭痛?になったので、寝ることにした。寝れるかなあ。オナニーしちゃおうかなあ...
*月*日。
△美と会ってきた。悲しい気分の時は、久しぶりの友だちに会うのもいい気がした。でも、友だちっていいなあ。私が電話したら、いきなり「失恋した?」
って訊かれた。ふたりで思いっきり焼肉食べた。ちょっとお腹いっぱい。ってか、いきなりダイエット挫折〜!!
昨夜は結局オナニーできなかった。立たせるまで行かないまま、触ってる内にいつの間にか寝てた。結果的にオナ禁継続中。
でも、ずっとしてない。そもそもあまり触る気にならない。失恋したらしたくなるかと思ったけど、する気にならない。触っても何か感触が遠い。自分のものじゃない気がする。きっとそうだよね。このおちんちん、間違って私に付いてるんだ、きっと。本当は誰か他人のものなんだよ。でも、これの本来の持ち主は困ってないだろうか? 困ってる人いたら、取りに来て。いつでも返すから。取りに来なかったら、私捨てちゃうよ。私は要らないから。
成人式のことを考える。
△美から、振袖を着るつもりだったら、1年前に頼むのがいいよと言われた。買うにしてもレンタル予約するにしても、早い時期に頼んだ方が、いい柄のが安く確保できるからって。
振袖って、今まで考えたこと無かった。そうか。私って、女の子だから成人式に振袖着てもいいんだよね。考えたことなかったから、頭の中に少し放置しておこう。少ししてから、またよく考えてみたい。
でも1年前って、あと2ヶ月じゃん! 1年前に頼んで、お金はいつ払うんだろ。振袖って高そう。レンタルなら4〜5万って言ってたな。レンタルでも充分高いよ。
振袖、少し勉強してみよう。
淳は専務といったん別れると自宅まで戻り、女物のビジネススーツに着替えて、お化粧もして、筆記具とiPhoneをミラショーンの女性用ビジネスバッグ(実は和実のものを無断借用)に入れて、出かけた。約束の時間の15分前、14:45に○○○駅の乗り場改札口に着く。専務は8分前にやってきた。
こちらが分からないようだったので、淳の方から声を掛けた。しかしそれでも分からないようだったので、ふだん会社で使っている声に切り替えて話しかけると「月山君なの!?」と驚いたような声を出す。
「この格好なので、こちらの声で話していいですか?」と淳は声を元に戻した。
「凄い!女みたいな声も出るんだ。いや、これなら君が男であることをバッくれてでも受注できそうだ」
「それで後からバレるとトラブルの元ですから、ちゃんと最初からカムアウトします」
「まあ、その方がいいね。でもこれなら、先方も文句言わないよ」
と専務は言い、一緒に客先へ出かけた。
「でも、君、胸あるね。まさか本物?」
「はい、本物です。Bカップありますよ」
と淳はにこやかに答えた。
「は〜る〜か〜ちゃん」と店長が妙に優しい声で和実を呼んだ。
「何ですか?店長」
「ね、ちょっと外でお話しない?」
「なんか嫌な予感がするなあ。じゃ、ちょっと出てくるから、もも、後よろしく」
と和実は後事をサブチーフの麻衣に託して、店長と一緒に店を出た。
店長は和実を連れて、近くにある少し値段高めのイタリアンレストランに入る。
「店長、ここに私を連れてくるって、絶対変です!」
「ふふふふふ」
「何ですか? 私に何をさせるつもりですか?」
「君、勘が鋭いね〜」
「誰でも変に思いますってば」
「ところでまず前提の話。君、いつ性転換するのさ?」
「最初タイで8月に手術することにして予約を入れていたのですが」
「うん」
「実は国内の病院で手術してくれる所が見つかって、7月にそこで受けることにしました。タイの方はキャンセルしました」
「ほほぉ。国内で手術するのって、何年待ちって話かと思ったよ」
「大学病院とかはそうです。でも民間の病院なら、割と早い所もあるんです」
「でも技術は大丈夫なの?」
「それは大丈夫です。去年まで大学病院にいた先生で、アメリカの病院にいた頃に性転換手術は何度も経験しているという人なので」
「ほお、それは心強いね」
「昨年いっぱいで大学病院を辞めて個人病院を開いたのですが、ちょっと関わりがあって。積極的に性転換手術をする予定は無いらしいのですが、私のケースが少し特殊らしくて医学的な興味があるので、良かったら手術してあげるよ、と言われまして。むしろ手術してみたいような雰囲気でちょっと怖いですけど」
「へー、実験台か! でも国内で受けられると言葉の問題とか安心だよね」
「ええ。私タイ語できませんし」
「あれ、タガログ語とかできなかったっけ?」
「タガログ語はフィリピンです」
「あっそうか! じゃ、7月に手術して、1ヶ月くらいは休むよね」
「はい、申し訳ありませんけど、休ませてください」
「じゃ、9月くらいには復帰できるかな?」
「ええ。学校にも行かないといけないし。特急で体力回復させます」
「うん。結果的にこちらのタイミングとうまく合うな。じゃ、その前提で君に辞令」
「辞令って。。。。左遷ですか?」
「栄転だよ。銀座店の支店長を命じる」
「銀座店を作るんですか!?」
「そうそう。土地の賃貸契約は済ませた。今その場所で営業しているチェーンの居酒屋が6月いっぱいで閉店するんで、その後改装を始めて8月中には内装や調理設備も整備して、その間にスタッフ募集して当面は本店・新宿店で研修させて、9月に君が復帰できるタイミングで新装オープンさせようという魂胆」
「メイドさんはもうそちら専任にするんですか?」
「最初、全員本店・新宿店・銀座店をローテーションさせようかとも思ったんだけどね」
「それ大変ですよ」
「うん。今でも勘違いして逆の店に出て来ちゃう子がいるからね。それで考えたのが、総合職と一般職を作ろうというので」
「総合職メイドと一般職メイドですか?」
「うんうん。一般職メイドはその店舗の採用。普通はそこだけで勤務するけど、たまに他の店にも顔を出す。総合職メイドは基本的に全店舗を回る」
「結局はややこしそうな」
「あと、一般職はコーヒーと紅茶さえ、ちゃんと入れることができたらいいことにする。総合職はオムレツがきれいに焼けることが絶対条件」
「ああ、それはいいかも。料理下手でも接客のうまい子はいますよ」
「あと、出勤する店を間違わないように、各メイドに自動で毎朝メールして『今日は○○店だよ』というのを知らせる」
「ああ、それはいいですね。今すぐそれはやりましょうよ」
「うん。そのシステム、今制作中。というか、店が3つあって、勤務日も勤務時刻も不規則なバイトさんをうまく配置するのは人間の頭では無理。コンピュータに計算させる。休みを取られた場合は即調整しなおす。その時、どこの店にでも行ける実力のあるメイドがある程度いないと、調整できないんだよね」
「そうか。それでか。納得です。でもそれ結構凄いプログラムですね」
「今悩んでるよ。で、君は今、新宿店支店長の悠子ちゃんがやってるように平日は銀座店で勤務して、土日の一定時間に本店・新宿店にも来てもらえばいい」
「結局3店を回るんですか!」
「悠子ちゃんもね。本店のチーフは麻衣ちゃんに継いでもらう。それで土曜の朝10時から13時までは3人とも銀座店、14時から17時までは3人とも本店、日曜の14時から17時までは3人とも新宿店、とかいう感じにする」
「3人って、私と麻衣と悠子ですね」
「そうそう。君は役職上は支店長だけど、悠子ちゃんと同じように、店内での呼び方は銀座店チーフね」
「本店チーフから、支店チーフへの異動だから、やっぱり左遷かな」
「そう言うなよ。給料は上げるからさ」